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第二十九話 封印解除

 二日が経ち、草木を掻き分けて洞窟へと戻ってくるとビャクヤとティナは既に準備を完了させていた。

 帰ってきた俺にビャクヤが気づき、投げかけてくる。


「首尾はどうだ」

「できることはやってきたつもりだ」

「であれば天命を待つのみよ」


 これから死地に赴くというのにビャクヤの表情は一段と明るく、清々しい。


「どこまで効果があるか分からないからな。油断は禁物だ」

「時の運次第であろう。だが余は、確信している。必ず掛かると」


 幻影に造詣が深いだけあってか欺くことに長けていたビャクヤの教えに従い、森の中で目立ち過ぎない程度に足跡や草木を掻き分けた痕跡を幾つも都市に向かう形で刻み込んできた。


「焚火の跡を作るのは、流石に見え見えな気はするが」

「気にすることはない。どちらにせよ、精神的な負荷は与えられよう」


 事前に話し合って辿り着いたクレディウス対策。

 都市の方角へ向かっていることさえ伝えられれば、ティナを狙っているクレディウスには確実に焦りが生まれる。

 そしてその焦りは正常な判断を狂わせる。


「引っ掛かってくれるといいんだが」

「なに。今もこうして我らが探知されていないことを見るに、そう言った術の類は持ち合わせていない。

 ならば策に嵌るのも必定であろう」

「そうだな」


 発案当初ビャクヤは反対していたが、都市には狩人が居ることから問題はないだろうということで纏まった。


 こうして不安要素に対する手は打った。

 二日間を経て、可能な限り準備もした。


「では、征くとしよう。決着の時だ」


--- ---


 再びやってきた浅く広がった湖。

 中央に立ち込める濃霧に変化は見られない。

 昨日や一昨日と変わらない風景に安堵するが、それでも今から封印を解くとなると緊張するもので。


「こわい?」


 手を繋いでいたことで不安が伝わったのか、ティナがそんなことを口にする。

 強がるべきだろうか。そんな考えが一瞬過るが、色々な感情を一言に纏めて正直に吐露した。


「……少しだけな」


 魔術店を経営して、魔術書を読み漁っていただけの人生だ。

 戦闘経験も乏しく、足手纏いになるだけかもしれない。

 正真正銘、命を懸けた戦いになる。

 そんな場所に臨むのが怖くない訳がない。


 それでも、そんな戦いを楽しみにしている自分もいる。

 思う存分、魔術を行使できる機会など他になく。

 災害と謳われるかの大蛇に何処まで自分の魔術が通用するのか。

 試してみたい。


「大丈夫か?」


 こちらを見て、ビャクヤが問いかけてくる。


「大丈夫だ」

「ならばよい。恐怖を抑える必要はなく(ぬし)は、主の役割を果たすことだけ考えればよい」


 それぞれに事前に決めた役割がある。

 互いの穴を埋め、補完する。ビャクヤであれば必ず俺の足らないとことを補ってくれるだろう。


「あぁ。頼りにしてる」

「それでよい。ではこれより封印を解く」


 満足そうにそう言うとビャクヤが濃霧に向かって手を掲げ、唱える。


「役目を継承せし余が命ず、其の身を縛る鎖よ解けよ。其に施されし鎖鑰(さやく)よ解けよ」


 ビャクヤの詠唱と共に濃霧の揺らぎが強くなる。

 胎動は激しくなり、霧の中に薄っすらとしか見えなかった影が次第に大きくそして濃くなっていく。


「其の身を繋ぐ枷は外れ。其の運命を今、解き放つ!」


 詠唱が終わり、封印が解かれた。

 霧が薄れ、中に居た化物が湖へと降り立つ。

 水面を叩き、波紋を広げた中心に見えるそれは太く分厚い皮膚と鱗に覆われた―――、


「脚……?」


 戸惑いが生まれ、そして同時に衝撃が走る。

 事前情報では大蛇と聞いていた。その為に蛇に対する術式も組んできた。だが、今目の前にいるのは何処からどう見ても、


「……ドラゴン!?」


 四脚に角を備え、二本の赤い髭を生やし、分厚く大きな尻尾を生やす、上位の存在。

 一つだけ明確に違う点があるとすれば、それはミズチには羽がないことだろう。

 そんなことを思いながら、困惑する思考を落ち着けていると。


「来るぞ!」


 こちらの事情など知らず、湖の中央に現れたミズチはこちらを視認するや否や口を大きく開けた。

 淡い光が一瞬煌めいたように見えた直後、高圧の水流が放出される。


「ッぶない……!」


 間一髪でティナを背負い、放たれた水流から逃れる。


「主よ! 準備だ!!」


 湖を駆けるビャクヤが役割を全うしろと叫ぶ。


「あぁ!」


 大蛇ではなくドラゴンだったが、整えてきた準備は大きく意味を失った訳ではない。

 水面を走り、注意を逸らすビャクヤが刀の柄に手を当てる。


孤影(こかげ)流・古式」


 ビャクヤの合図。

 作戦自体は単純明快。ビャクヤの攻撃時は援護、魔術による打開策はビャクヤが援護。それぞれにできる最大限を最高効率で発揮する為の役割分担。

 故に今は彼の援護に徹することだけを考える。

 そうして予め湖の外周に刻んでいた魔法陣を起動させた。


大凍結(フローズン・グランデ)!」


 唱えた直後、周囲の水を基点に湖が瞬時に凍っていく。

 凍結の連鎖がミズチの四つ脚に到達する直前、術式を感じ取ったのかミズチの視線がこちらを捉える。

 そうして大きく口を開き、再び淡い光が煌めく刹那。


「―――『閃影』」


 駆けていたビャクヤの影が揺らめいた。直後、ミズチの頭部が上に弾かれていた。


「なっ……」


 そんな間の抜けた声に呼応するように、行き場を失って放たれたミズチの水流は天を貫き、雨を降らせた。

 視えなかった。

 何が起こったのか理解できない程に速く、まるで二人存在したかのような光景に驚きを隠せない。


「次だ!」


 ビャクヤのそんな声で我に返り、再び次の術式の準備を始める。

 湖が凍り付き、ミズチの脚も凍結の連鎖に巻き込まれたことで動きは鈍くなった。

 そして何よりミズチが操るという水を凍らせることができたことは大きな意味を持つ。が、まだ甘い。

 さらに畳み掛けるべく、新たに術式を起動して詠唱を開始する。


永久(とこしえ)に巡りし水よ。凍てつきしその身で我が意に応え、敵を討て。氷柱スタラクティーティス・(ブリーニ)!」


 凍てついた湖が震え、足元から幾本もの氷柱(つらら)が抜き出される。

 そうして空中に浮遊し始めると、標的(ミズチ)を捉えた氷柱から順に勢いよく射出されていく。

 一つまた一つと氷柱が命中するが、傷を負っている様子はない。

 少しでもダメージを稼ぐべく、射出速度と補充速度、同時に撃ち出す本数を上げていく。

 そうして周囲の足場の氷全てを使い切る勢いで何百という数の氷柱で以てミズチを襲う。すると、


「グアァァ!!」


 そんな咆哮と共に淡い光が煌めいた。

 直後、周囲に浮いていた氷柱の全てが放たれた高圧の水流によって破壊されていく。

 その光景を目に、即座に回避へと切り替える。が、


「なっ――!」


 それでも迫り来る水流の方が速く。躱しきれない―――、


「孤影流・新式『逆波』」


 一瞬にして割って入ったビャクヤが斬りこむ。

 刀が水を切り裂き、勢いを弱めつつ受け流すように逸らして見せた。


「……助かった」

「無事ならばよい。まだ志は消えておらぬな?」

「もちろんだ」

「よし、―――では再び攻めるぞ」

「おう!」


 そう答えた直後、再びビャクヤが駆ける。

 ミズチに近づき、離れ、攪乱させ、機を見計らい、制止しながら納刀した。


「孤影流・古式」


 再び合図が聞こえた。

 即座に術式を展開し、援護の準備に入る。


「風よ。我が力となりて彼の者を討ち払え! テュエッラ・ 旋風(インペトゥス)!!」


 魔法陣が吹き荒ぶ風を出力し、高威力の旋風がミズチの側面を襲う。が、傷すら付けることできなかった。


「やはりこれも通用しないか」


 ショックではあるが、今回の役割は傷を与えることではなく、ミズチの気を逸らすことにある。

 そして側面を旋風で攻撃されたミズチはこちらに意識を向けた。


「今だ!」

「―――居合『電影』」


 ビャクヤの刀が抜き放たれる刹那、黒い雷が走った。

 それは錯覚なのか、それとも実際に生じたのか定かではない。が、ビャクヤの周囲から雷が迸ったように見えた直後、ミズチの肢体を漆黒の稲妻が撫で鮮血が宙を彩った。

 

「―――!!」


 耳を突く程に大きな悲鳴。否、咆哮が湖に轟く。

 ミズチを覆う鱗から血が滴り落ち、傷一つ負うことがなかったミズチの全身に刻まれた創傷。

 その痕跡に確かな手応えを実感する。


「凄まじいな……!」


 半信半疑だった先日の『周辺国家の名だたる英雄たちにも引けを取らない』というのも嘘ではないように思える。


「気を抜くな! 来るぞ!!」


 ビャクヤがそう叫んだ直後、周囲が少し暗くなったのを感じた。


「来たか」


 事前に聞いていた天候操作。

 不安になりそうな程黒い雨雲が天を覆い。一粒、また一粒と降り始めた雨は次第に激しくなっていく。

 水を操るという能力を抑えるため、湖を凍らせたがこれでは意味がなくなってしまう。

 有利な状況を作らせてはならないという共通認識から、ビャクヤが口を開く。


「次の策に移すぞ」

「了解だ」


 その言葉に答え、急いで少し離れた岸へと走り出す。 

 降り注ぐ雨に打たれ、泥濘みと散乱した氷の残骸に足を取られそうになりながらも目的の岸へと辿り着く。

 予め地面に刻み込んであった魔法陣。そこに手を当て、マナを流し込む。


「巡りし大いなる水よ」


 詠唱を進めるにつれ、術式が始動し空を覆う黒雲に異変が起こる。


「其の循環の理を断ち」


 降り注いでいた大雨は次第に勢いが弱まっていく。


「我が意で以て、其の輪廻に永久(とこしえ)の安寧を与えん」


 周囲の気温が少し下がることで肌寒く感じ始めた。

 準備が整ったことを確認し、最後の詠唱を口にする。


積層(ポリュストローシス・)雹霜(ハラザ)!」


 雨が止み、次第に雹が降り始める。

 先に零れ落ちた雹は始まりに過ぎず、即座にビャクヤへと声を飛ばす。


「術式を起動した! 離れろ!!」


 ミズチを攪乱し続けていたビャクヤが頷き、すぐさまその場から離れた直後。

 ミズチを中心としたその場が更に暗くなった。その原因が影であると誰が思うだろうか。

 上空に滞留していた黒雲を突き破るように巨大な氷塊がその姿を現し、標的へと落下していく。


「わぁ……!」


 目の前の光景に背中から感嘆の声が上がる。

 用意された雨雲を逆手に取った渾身の一撃がまもなく着弾する。

 迫る氷塊にミズチが気づき、移動しようとしたが時既に遅く、


「―――!!」


 着弾間際に放たれた断末魔の様な怒りの咆哮。

 それすらも掻き消し、着弾した巨大な氷塊は激しく大地を揺らした。

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