第二十八話 救出作戦
幻影都市・紅辺地区にて。
山のように盛り上がり凍り付いた地面と氷の残骸が広がる惨状で、満身創痍の少女が一人呆然と佇んでいた。
何かの間違いであってほしい。きっと悪い夢なのだと。
そう思い、少女が何度目を開けるが映る光景は変わることがない。
自分に力が無いせいで、大切な人が二人消えてしまった。
護ることができなかった。かつての研鑽が無意味であったと、嘲笑うかのように大切な物を奪い去った現実に怒る気力すらもう残っていない。
「……ウォルトさん…………ティナちゃん……」
名前を口にしたところで帰って来る訳もなく。
忽然と姿を消した二人に心配と無力感ばかりが募っていく。
「…………」
もう会えないかもしれない。もう生きていないかもしれない。
最悪な憶測ばかりが脳裏を過る。そんな最低な自分が嫌になる。
何もできないことが歯痒い。何もできなかったことが悔しい。
自責の念が重く、いつまでも心を蝕み続ける。
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少女が途方に暮れてから暫く経ち、他の五カ所の制御門を奪還してきたコハクたちが到着した。
「酷く荒れておるの」
「師匠が戦ってこれぐらいならマシな方よ」
「そうかのう?」
認識の齟齬に疑問を抱きながらも、コハクは荒れ果てた地を迂回して生存者の確認と制御門の奪還に動いていく。そしてその途中で、変わり果てた生存者の姿を見つけ駆け寄った。
「なっ。お主、満身創痍ではないか! 残りの二人は何処じゃ?」
「…………私のせいで……」
コハクが問いかけるが、メリアの瞳は虚ろに映ったまま、それ以上の答えが返ってくることはない。
「少し待っておれ。先に門の制御権を奪取してくる故な」
そう言い残してコハクは制御門の制圧に向かう。
するとコハクと共に並んで歩くダイナが気になることを口にした。
「眷属の気配がない。やっぱり先に師匠が終わらせちゃってるわね」
「じゃが傷だらけの彼女を手当てもせず、何処かへ行くのも考えにくいじゃろう」
制圧するべき敵は既に居らず、ダイナからの情報にコハクは少し困惑の色を浮かべる。
「一緒に居たはずのティナまでもが居なくなっておるのが気になるのう……」
先に到着したであろうウォルト彼一人であれば行方知れずになったところで、心配する必要は然程ない。
だがこの非常事態に、戦闘能力を持たない少女までもが行方不明となるのは不自然極まりない。
「これ以上、面倒なことにならなければ良いのじゃが……」
そんな懸念も虚しく、何かに気づいたダイナが声を上げる。
「ちょっと待って。ここ、この場所。ちょっと違和感がある」
「違和感とな?」
「残滓みたいなのを感じる」
「ほう?」
何も感じないが、高位の魔術師ともなると常人とは感覚すらも違うのだろうとコハクは思う。
「殆ど見ない魔術……、転移? いや、空間を繋げる門と言う方が正しいかも」
「それが此処に?」
「そうね。時間も経ってるから、繋げ直すのは無理」
「行先は分かるかの?」
「それも無理。残ってるのはあくまで残滓だけ。
これ以上の詳細は専門の復元術師にでも頼まないと難しいわ」
「そうか……」
得られた情報は誰かがこの場から、別の場所へ転移したということだけ。
行先が分からない現状打てる手はない。が、コハクには一つだけ明確にしておかなければならないことがあった。
「その転移術の使用者がウォルトかどうかは分からぬか?」
「それだけなら分かる。これは間違いなく師匠じゃない」
「であれば第三者ということか……」
六つの制御門を抑え都市の混乱が収まりつつあるが、ここで新たに問題が浮上するとは想像だにしなかった。
が、これらのことからある程度の憶測は立てられる。
姿を消した二人と第三者は共に別の場所へと転移したのだろう。
それは不本意な出来事であったということは茫然自失の彼女の姿から明らかだ。
「困ったことになったの……」
終わらない事態の収拾と新たに生じた問題に頭を抱えながら、狐族の少女はそう口にしたのだった。
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翌日。コハクの屋敷にて。
三人の少女が集った部屋で、疲労を隠しきれていない男の声が響き渡った。
「お嬢、正気ですか!?」
「騒ぐでない。妾は正気じゃ」
「ならなおさらです。助けに行くって、何を口にしているかもう一度よく考えてくださいよ」
コハクの言葉に耳を疑い、再び問い掛けるノモリ。
「制御門の問題だってまだ残ってるんですよ?」
「だからこそじゃろうて。この問題は妾だけの力では解決できぬ」
既に八カ所の制御門は奪還に成功した。が、最後の一つだけは今のコハクにはどうにもならない。
そう理解しているからこそ、連れ去られた二人の救出は急務となる。
「ですが……」
「お主の言いたいことは理解しておる。
じゃが、客人の安全を確保できなかった責任も果たさなければなるまい?」
「…………そうですが……」
協力関係を結んだ者としての義理と責任が存在しているとコハクは言う。
「話は纏まった?」
ノモリが言い淀んだのを見計らってか、心底興味無さそうに話が終わるのを待っていたダイナがそう口にした。
「手間を取らせたようじゃな」
「構わないわ。魔術書さえ回収できればそれでいいもの」
「うむ」
昨日、ウォルトに渡せと言っていた魔術書を取りに来たことは理解している。が、所持者本人が居ぬ間に話を進めて良いのだろうか。そんな思考も同時に存在したコハクは再度思案した後、変わらぬ結論から答えを出した。
「これでよいな?」
事前にメリアから受け取っていた黒い魔術書を差し出す。
魔術書を注意深く観察し、騙されていないか等を一通り確認した後、
「……間違いなさそうね。確かに受け取ったわ」
そう言って、ダイナは魔術書を懐に収めた。
「これで問題は一つ片付いた訳じゃが、行方知れずになった二人をどう捜すかが最大の問題じゃな」
「…………」
俯いたままのメリアは未だに沈黙したままでいる。
余程、ショックだったのだろう。
昨晩、治療が終わった後に彼女から話を聞いたが、大きな情報も得られなかったことから希望が視えないことも要因か。
そんなことを思い返しながら、足掛かりすら見つかっていない現状に歯噛みしていると、コハクの元に思わぬところから光明が差し込んだ。
「行方知れずって誰の話?」
「無論、ウォルトとティナの二人しかなかろう?」
「? 師匠の行方ならわかるけど」
「―――それは誠か!?」
「当り前でしょ」
知っていて当然といった面持ちで、不思議そうに語るダイナ。
まさかの情報に俯いていたメリアも顔を上げ、会話に加わる。
「どうして知っているんですか!?」
「えっ、ちょっと、なに……」
向かい側の席から机に乗り出すようにメリアが問いかけていく。
「どうして知っているんですか?」
「近い近い……」
沈黙していたはずの少女の唐突な参入に困惑の表情を浮かべ、ダイナは後退る。
そんな光景に見兼ねたコハクが割って入り、落ち着かせながらダイナへと再度問う。
「その情報が確かかどうか。判断するためにも妾からも問いたい。何故知っておる?」
その問いに逃げられないと判断した彼女は、若干の罪悪感からか目を逸らしながら理由を口にした。
「…………逃げられるから」
「どういうことじゃ?」
「また勝手に居なくなったら会えなくなるじゃない。
だから予めバレないように探知できる術式を付けてたの! 悪い!?」
悪戯が露見した幼子の様に少女は理由を羅列し、開き直った。
「善か悪かは今はよい。足掛かりすらない現状で、その情報は何よりも価値を持つ」
「と言っても、ここからだと方角だけしか分からないけど」
「今はそれでもよい」
ようやく見つかったかもしれない有益な情報。
聞き逃さないよう耳を澄ませながら、コハクはダイナへと続く言葉を促す。
「して、二人の行方はどの方角じゃ?」
「―――南西。そこに師匠は居る」
「南西……なっ! お嬢ッ……!?」
静かに耳を傾けていたノモリが気づき、声を上げた。
南西。その方角には……、
「大森林……」
奇しくも、二年前にコハクの兄と母が行方不明になった地である。
切っても切れない因縁の地に、乾いた笑いを零しながらコハクは腹を括る。
「明朝、精鋭四名で大森林へ出立する!
準備せよ!」
「お嬢!!」
怒気を孕んだ声でノモリが叫ぶが、知ったことではない。
大森林に関わってはいけない。以前から、そう口にしていたが逃げ続けることにも限度はある。
「ノモリ。命令を下す。負傷者が居る事も考え、医療に長けた者を一人選抜せよ」
「どうしても行かれるのですね……」
「逃げられぬ故な」
そう伝え終わると、ノモリは諦めたように目を伏せ覚悟を決める。
「分かりました。都市屈指の者を選抜して参ります」
ノモリはそれだけ言い残すと、すぐさま部屋を出て己が仕事を成しに行った。
そんなやり取りを見て、ダイナが気づいたように声を上げた。
「ちょっと待ってくれる?
四人ってあたしも入ってない?」
「無論」
「行くって言ってないんだけど?」
勝手に数に加えられていたことにダイナは立ち上がって苦言を呈する。
「何を言っておる?
お主が来なければ捜し人の居場所も分からぬ。
その上、昨日見えたという術者に誰が敵うと思う?」
魔剣を扱う者を一蹴したという者が相手では我らだけで太刀打ちできぬのは目に見えている。
それは幾ら兵を搔き集めようと同じ事。
ならば案内役も含め、狩人の名を持つ彼女が共に来ることは絶対条件となる。
その為の交渉をと、コハクは考えていたが、
「……はぁ。そこを断言するのもどうかと思うけど。
いいわ。師匠を捜すの手伝ってあげる」
「誠か。感謝するぞ」
無理強いしたとは言え、思いの外受け入れるのが早いことにコハクは驚いているとダイナが言葉を続けた。
「ただし!
その術師とやらと遭遇したら、その術師の身柄は王国側が持つ。これが絶対条件よ」
「……よかろう」
「決まりね」
その術者を如何様にするつもりなのか。想像は付かないが切れる手札は他になく。
無事に狩人の協力を取り付けることができたことに、今は僥倖であったと喜ぶべきだろう。
そんなことを思いながら、コハクは最後の同行者に問いかける。
「という話に纏まった訳じゃが、他に意見はあるかの?」
「いえ、ここまで取り計らって頂き有難うございます」
そう言って頭を下げるメリアの顔色は、希望が視えたことで少し明るくなったように思う。
「当然のことをしたまで。と言いたい所じゃが、済まなかった。
安全を保障しておいて、この体たらく。謝罪など意味を為さぬと心得ておるが―――」
そこまでコハクが口にすると、メリアは首を横に振り言葉を遮った。
「元凶はあの術者です。それにコハクさんが保障したのは狩人からの安全だけですよ」
だから、約束を破ってはいない。と、謝る必要はないとメリアは口にする。
それは詭弁でしかないが、彼女なりの励ましなのかもしれないとコハクは思う。
「―――」
彼女の気遣いを無駄にする野暮は言ってはならない。
故に謝意は行動で示すしかなく、コハクは改めて覚悟を決める。
「一族の名に懸けて必ずや見つけ出そう」
「はい。お願いします」
こうして話は無事に纏まり、明朝集った四人は大森林へと出立したのだった。




