第二十三話 反撃戦
コハク達と別れ、全力で駆けてきて正解だった。
ギリギリの所で間に合い、そんなことを思う。
「すみません。
変質者にティナちゃんを攫われました」
「なるほど。あれがその変質者か」
彼女と対峙する黒い礼服を身に纏った男。
敵は眷属とばかり思っていたが、これは流石に予想外だった。
「私は動けないですが、魔剣で多少の援護はできると思いますのでティナちゃんをお願いします」
満身創痍の彼女は、悔しさを滲ませながら口にする。
「了解だ」
狐紙を既に一枚使ってしまっただけに不安は残るが、ティナを取り返すのは絶対に成し遂げなければならない。彼女を失うのは魔術史における大きな損失だ。
「悪いがティナを返して貰おうか」
ティナを抱える男にそう声をかける。
「礼節を知らぬ下等種族が」
怒りに顔を歪める男は吐き捨てるように、そう口にした。
「まるで自分は上等な種族であるような言い方だな」
「身の程を弁えろ。盗人風情が」
現在進行形でティナを攫っている相手からの罵倒に頭が痛くなってくる。
男は何者なのか。なぜティナを攫おうとしているのか。そんな疑問から思考を巡らせる。
先ほどメリアに放とうとしていた術式。あれは古代魔術に酷似していた。というより原型そのものだろう。ティナと出会うきっかけとなった古代の魔術書と関係しているのだろうか。
そこまで推察していくと、抱えられていたティナが目を覚ます。
「あ! ごしゅじん!!」
男に抱えられている疑問すら無く。
こちらに気づいたティナは、純粋無垢な笑顔で元気よく口にした。
「……ご、主人だと……?」
信じられないものを聞いたように、男は驚きと疑問の声を上げる。
やがて怒りに震え始めた男は、こちらを見て質問を投げかけた。
「貴様か……? 貴様が……を……盗み出した挙句、我らが王を……この様な姿にしたのか……? 答えろ」
「……? 何も盗んではないし、会った時からティナはその姿だ」
「嘘を付くなぁァァ!!
貴様を殺し、王の契約を断ち切るッ!!」
そう男は怒り狂いながら術式を同時展開し始めた。
『大気よ。圧し潰せ!」
男の詠唱と共に周囲の空気が振動する。
「メリア! 離れろ!!」
そう叫ぶと同時にメリアと反対に跳ぶ。
刹那。先ほど居た場所が大きく歪んだ。
巻き込まれたら死ぬことなど容易に想像が付く、その光景にメリアが声を上げる。
「さっきみたいに無効化できませんか!?」
「難しい! さっきは狐紙に書いた同じ古代の魔術だったから対応できた」
ある程度、古代魔術に対して知識があるとは言え、現代に於いて古代魔術はまだまだ研究途中で未解明な部分が多い。何の準備も無しに打ち合うのは無謀と言わざるを得ない。
その上、これほどまで古代魔術に秀でた者など聞いたこともない。ティナを攫う変質者で無ければ根掘り葉掘り聞きたかった所だが。
「コハクさんの幻影に頼ることは!?」
「理由は後で話すが、それも難しい!」
制御門を奪還できてない現状、残念ながらコハクは戦力外と言わざるを得ない。あるとすれば……、
「ティナを助けたら、コハクと一緒に制御門を回っている狩人を頼ってくれ!」
取り返すことに成功したとしても、現状の手札で逃げ切るのはほぼ不可能。
追われていた彼女に助けを求めるのは複雑であろうが、メリアで太刀打ちできない現状唯一頼れるのは彼女の力だけだろう。
「えっ!? 何を考えているんですか!?」
「事情は後で説明する」
「わかりました。納得のいく説明をお願いしますね」
メリアの返答に後が怖くなりながらも、ティナを取り返した後の段取りは定まった。
『炎よ。燃やし尽くせ!』
男の詠唱と共に周囲から炎の塊が溢れ出す。それ認識した直後、反応する暇もなく炎の塊は目前に迫っていた。
「はぁッ!!」
視界の端で剣が振り下ろされる。
剣の軌跡から氷が生まれ、打ち出された氷塊が炎の侵攻を阻んでみせた。
「その術はもう見ました! あとはお願いします!」
「任された」
メリアの魔剣に助けられつつも、爆発する様に広がった蒸気に紛れて男の元へと走り出す。
ティナを取り返す上で接近は必須。肉薄するまでに飛んでくるであろう次の魔術に対抗すべく、二つの術式を順に構築していく。
『大地よ』
男の詠唱。
即座に構築した術式を起動させてから、進行方向を少しズラすことで男の認識を誤認させる。
『――!』
恐らく続きの詠唱だろう。
地を蹴る音、風を切る音、術式起動により土人形が形成される音で男の詠唱は聞き取れなかったが。
その後、蒸気に紛れた土人形が突き刺される音を聞いて状況は理解できた。
囮が有効に働くのは一度きり。
ここで取り返さないと、後はなく。
残り少しの距離を駆け抜ける。
『風よ』
再び男の詠唱。
それに対抗すべく、既に構築してあった術式を起動し唱える。
「風よ。我が力となりて彼の者を討ち払え!」
大気が震え、周囲の風の勢いが次第に強まっていく。
そして、
『吹き飛ばせ!』
「暴旋風!」
互いの詠唱により、吹き荒れる風がそれぞれの意志に従って撃ち出され衝突する。
「……ッ!」
威力は互角。
凄まじい勢いの風同士がぶつかったことで生じた余波を全身に受けながらも、相手の風を相殺できたことを確認してそのまま駆ける。
「貴様ッ……!」
ティナを抱える男へ肉薄する。
手を伸ばせば届くほどの距離。
そこまで来てなお、嫌な予感めいたものが背筋を冷たくする。
「ティナっ!」
そう言って彼女へと手を伸ばす。が、
「残念だったな。下等な種族よ」
そう口にした男はニヤリと笑って一歩後退する。
次の瞬間、踏み込んだ足元から僅かに光が溢れた。
「なっ―――!」
そこまで来てようやく思い至る。嫌な予感の正体。
男が質問を終えた直後に、術式を同時展開していたこと。
そしてそれを起動させることなく、最後まで保ち続けていたことを見落としていた。
「ごしゅじん!!」
呼ぶ彼女へと伸ばした手が届くことはなく、虚しく宙を切る。
直後、足元の術式が爆発を起こした。
「ウォルトさん!!」
全身を襲う凄まじい衝撃と少しの浮遊感の中、メリアのそんな声が聞こえた気がした。
「がはッ……!」
迎えられた硬い地面に苦悶の声を漏らす。
「大丈夫ですか!?」
「大丈夫だ……」
駆け寄って来るメリアにそう答えながら、身体を起こす。
幸い、以前狩人に奇襲された経験が役に立ったのか咄嗟の防御が間に合い、致命傷までは負っていない。
「悪い。折角の機会を無駄にした」
「いえ」
気丈にそう答えるが、既に限界を迎えているであろう彼女の顔色は悪い。
創り出した機会は消え、同じように近づくことは困難を極める。
どう動くか思考を巡らせていると、男は何かを察知したのか少し険しい表情を浮かべて呟いた。
「チッ。もう潮時か」
そう言うと男は背を向け、新たな詠唱を口にする。
『開け・そして繋がれ』
微かに聞き取れた詠唱。
知らない古代魔術に警戒を強めていると、男の前に何もないはずの空中から人が通れるほどの黒く淀んだ大きな穴が開いた。
「貴様の死をこの眼で見届けられなかったのは残念だが、下等な種族の無様な死を王の目に映すのも品がない。よって貴様らは誰に見届けられることなく死ぬがよい」
まるでこの場から去るような物言い。
そんな感想から、見た事のない術式への推測が立つ。
「まさかっ!?」
逃げられる。ティナを連れたまま。
そう予感したときには既に遅く。
男は新たな術式を唱えた。
『大地よ。圧し潰せ』
直後、大地が音を立てて震動する。
動こうとする意志に反して、立つのもやっとな状況の中、周囲の地面が山のように盛り上がり始める。
「そんな……」
メリアが絶望に満ちた表情でそう呟くのも無理はない。
二人を囲うように盛り上がった山は、圧倒的な質量で以て圧し潰さんと少しずつ狭まってきていた。
「くそ……」
四方から迫り来る死の気配と、ティナを連れ去られる焦燥から視野が狭まっていくのを感じる。
ティナを優先すればメリアを切り捨てることになり、自分とメリアを優先すればティナを見捨てることになる。八方塞がりに思える状況に、思わず笑いが込み上げてきそうになる、が。
「はぁ……」
一度深く息を吐き、心を落ち着ける。
仕方ないとは言え、未知に翻弄され続けていた自分が情けなくなる。
男の出方に合わせた後手に回り続ける戦い方。実戦で古代魔術を見ることができたのは収穫だったが、このままでは面白くない。
「メリア! まだ魔剣は使えるか!?」
呆然自失の一歩手前の彼女に問いかける。
「―――あ、はい。振ってみせます!」
既に限界だとしても執念で振るのだろう。
そう思わせる程に強く頷いた彼女の言葉に疑いの余地はなく。
最後の反撃を試みるため、残り一枚の狐紙にペンを走らせる。
時間はない。ティナを連れていかれる前に辿り着く為の必要最低限の術式だけを走り書く。
「贅沢過ぎる使い方だが、頼んだぞ!」
そう口にしながら、独自に改良した術式を書き上げる。
思い描くは狩人の姿。術式を阻害した火の粉を参考に構築した魔術を詠唱する。
「氷晶爆発!」
狐紙が燃え、巨大な魔法陣が広がる。
気温が下がり、地表に冷気が立ち込めたことで準備は整った。
「メリア! あとは頼んだ!!」
「はい。信じてます!」
時間を惜しみ、何一つ説明しなかったが故に彼女の中で戸惑いがあったのだろう。
それでもメリアはそう言って、片手で構えた魔剣を前方の山へと振り下ろす。
「はぁッ!」
振り下ろされた魔剣から氷が生成され、凍結の波が前方の山を襲った直後。
小さな爆発音が連鎖的に響き始めた。
周囲一帯、地面に染み込んだ氷の粒子が魔剣の放った氷に反応して爆発し凍結させていく。
「よし」
目論見通り地面の動きが止まったことに満足しつつ、氷の山へと風の魔術で加速しながら駆け上がる。
崩れそうになる態勢を必死に堪え、メリアの作った氷の上を滑ることで障害となる山を走破していく。
そうして頂上へ勢いよく登った直後、凍った山をジャンプ台の如くして宙へと跳んだ。
「――いた」
開けた視界。眼下に映る男の姿。
もう居ないかもしれない。そんな考えもあったが、男は抱えたティナに難儀しているようだった。
「ティナ――!!」
近付く地面、捉えた男の背に向かってそう叫ぶ。
「―――ごしゅじん!!」
「なっ。貴様ッ―――!!」
男はティナと同時に気づいたが、既に遅く。
魔術を行使するよりも先にティナへと伸ばした手が届く。
「悪いが、返してもらうぞ!」
ティナの手を掴むと同時に引っ張り上げ、男とティナの間に身体を割り込ませることで取り返す。が、
「え―――」
落下の勢いを殺しきることができず。
そして押し退けた男に身体を引っ張られる形で、閉じかけた黒い穴に吸い込まれていくのだった。




