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第二十二話 紅辺地区の激戦

〈メリア視点〉


 遡ること数刻前。

 私たちは紅辺地区へ来ていた。


「すごい! すごい!!」

「紅葉が綺麗な地区であると聞いていましたが、ここまでとは……」


 舞い上がる紅葉が太陽に照らされ、視界を紅く染め上げる。公園のような広場に立ち並ぶ木々は、人々を歓迎するようにその葉を惜しむことなく散らしていく。

 圧巻の光景。観光地として挙げられるのも納得の場所であった。


「これも幻影ですか?」


 案内してくれているコハクさんへ問いかける。


「そうじゃな。幻影じゃから儚さはないが、圧倒される光景であろう?」


 舞い落ちる葉を見ながらコハクさんはそう答える。

 地に落ちた葉は静かに消え、木々が散らす葉に終わりは見えず。周りの地面には通行の邪魔にならない程度の落ち葉が堆積してるのが見えた。


「確かに圧倒されました」

「じゃろう? ティナはどうじゃ?」

「おもしろい!」


 掴むと消える葉を見ながら、ティナちゃんはそう答える。


「気に入って貰えたようなら何よりじゃ。次はあっちを見に行くとするかの」


 そう言って進むコハクさんの後に続き、紅辺地区を観て回る。こうして四日目も楽しい一日として過ぎ行くはずだった。異変が起きるまでは。


--- ---


「一人で勝手に走ってはダメですよ」

「むー。わかった」


 途中現れた狐を追いかけ、駆け出したティナちゃんを捕まえてそう注意した。

 少し不服そうな顔をしながらも、理解を示す彼女の頭を撫でながら私は代案を口にする。


「次は一緒に追いかけましょう? ね?」

「わかった! 一緒に!」


 表情が明るくなったティナちゃんと手を繋ぎ、置いてきてしまったコハクさんの元へと戻ろう踵を返すも、


「あれ……?」


 振り返ると来た道には誰も居なかった。それだけではなく、立ち並んでいた木々の数は減り、先ほどまで舞い散っていた綺麗な紅葉は青々とした緑色へと変化していた。


「これは……」


 明らかな異変。幻影による演出の一部という思考が脳裏を過ぎるも、その推測は楽観的で希望的観測に過ぎないことは明白であり。幻影のコハクさんが居ないことから、本体である彼女に不測の事態が起きたと考えるのが妥当でしょうか。

 長考を経て、導き出された可能性の高い推論。


「ウォルトさん……」


 コハクさんと行動を共にする彼にも何かあったのかもしれない。そう考えると嫌な予測が次々と頭に溢れてくる。

 今すぐ駆けつけたい。そう思う心を抑え込み、今の自分が取るべき行動に思考を切り替える。

 最優先はティナちゃんの安全。まだ確実な情報は何一つないけれど、考え過ぎぐらいが丁度いい。


「すみません。ティナちゃん。

 一旦、屋敷に戻りましょう」

「えー」


 少し不満そうなティナちゃんの手を引き、一度屋敷に帰ることを選択する。

 楽しんでいた彼女を連れて帰るのは心苦しくあるけど、仕方がない。そう決断し、足早に紅辺地区から離れようとした直後、


「え……」


 反対の地区から巨大な火柱が上がった。

 この都市で何が起きているのか。それを考える間もなく、上空から龍の形をした何かが火柱へと落ちていった。


「……っ!!」


 衝突と共に起きた爆発が都市全体を揺らし、吹き荒ぶ爆風が私たちを襲う。


「本当に何が起きて……」


 そう呟きながら、爆風からティナちゃんを庇っていた身体を起こす。


「今のすごかったね!」

「そうですね……」


 先ほどの衝突にティナちゃんが恐怖を感じて居ないのが救いだろうか。

 興味津々といった感じで飛び跳ねている所が、少し彼と似ているようにも思う。


「無事だといいのですが……」


 先ほどの衝突は誰と誰のものか。一方が以前の狩人であったとしたらと考えると、嫌な予感が胸を締め付ける。


「今は急ぎましょうか」


 そう口にし再び移動を開始しようとすると、後ろから尋常ならざる気配を感じ、振り返る。

 寂れた並木道に歩いてくる影が一つ。

 それは人の形をした狐であった。

 白い装束を身に纏ったその存在は、一歩ずつ覚束ない足取りでこちらに近づいてくる。


「……っ」


 異変に次ぐ異変。

 間違いなく、歓迎される相手ではない。

 剣の柄に手を当て、最悪の事態を想定して備えていると、ふらついていた狐の身体は制御を失うように倒れてしまった。


「え……?」


 よく見ると倒れた狐の身体は傷だらけで、満身創痍といった状態であった。


「一体何が……?」


 一先ずの危険はないことに安堵しつつ、そんな疑問を口にしていると、


「―――思わぬ邪魔が入ったとは言え、遅れてしまい。

 申し訳ありません」


 この場に存在しない第三者の声に耳を疑い思わず視線を向ける。すると今度は己の目すら疑うことになった。


 そこには知らない男が跪き、ティナちゃんの片方の手を取っていた。


「え……?」

「だれ……?」


 至近距離ですら察知することができなかった異常さに全身の毛が逆立つような感覚に襲われる。

 疑問と衝撃で動けない私たちを置き、黒い礼服の様なものを見に纏った白髪の赤目の男は恭しくティナちゃんへ言葉を紡ぐ。


「お迎えにあがりました。我らが王よ。この様な形での出迎えとなってしまい申し訳ありません」

「うん……?」


 理解が及んでないティナちゃんは男の言葉に首を傾げた。

 私ですら何一つ理解が追いつかない状況。だけど、一つだけ明確なことはあった。この男は危ない、と。


「すみません。恐らく人違いだと思いますので、では行きましょうか。ティナちゃん」


 生物としての本能、そして剣を扱うものとしての経験から、絶対に相手にしてはならない存在だと直感し、足早にその場を去ろうとする。が、


「ティナちゃんだと……?

 おい、そこの人間。不敬であるぞ?」

「え……?」

「不敬であろう!!

 馴れ馴れしいぞ下等種族風情が!!」


 突如、烈火の如く激昂し始めた男に警戒しつつ、後ずさるように距離を取る。


「怒る理由がよく分からないのですが」

「貴様如きが、その様に軽々しく縮めてよい名ではないということだ! 身の程を弁えろ、下等な種族の女よ」

「そうですか。わかりました。以後気をつけようと思います。では」


 下手な否定はせず、受け流してその場を後にしようとするが、


「待て。我らの王を保護して頂いたことには感謝する。だが王の身柄はここで引き渡して頂こう」


 離れようとした足を制止させるには充分な一言が男の口から放たれた。


「馬鹿なことを言わないでください。身元も分からない人にティナちゃんを渡せる訳ないじゃないですか」


 実際、ティナちゃんは男の姿を見て知ってるような反応は示していない。

 子供を狙った変質者であるという可能性が濃厚な相手に大切なティナちゃんは渡せない。


「私に失態を重ねろと言うのか? 下等種族の分際で? 文明の遺産すら盗み取られた私から、王までも奪おうと言うのか……? 醜悪で、下賎で、卑劣な種族風情が!!」


 激情を露わにした男は明確な意思を持って、力を伴った言葉を口にする。


『アエル! コンプリメ!!』


 向けられた殺意。それを肌で感じ取り、ティナちゃんを置いて男の元へと即座に距離を詰める。

 すぐ後ろから空気が圧縮される音が聞こえ、ギリギリで躱わせたことを認識しつつ、鞘から抜いた剣が男の首へと軌跡を描いていく。

 身を守る為、敵を斬ることに躊躇いはない。

 不可避の一閃が男の喉元を切り裂く直前、


『グラディ・コンシステ』


 僅か数瞬、剣の動きが止まった。


「ッ……!?」


 そして男は僅かに身体を引くことで不可避の一閃から逃れてみせた。

 妙な術に驚いている暇はなく。男は次の詠唱を口にした。


『テッラ・トランスフィゲ』


 男の言葉と共に振動した地面から無数の棘が突き出す。


「ッ……!!」


 駆け、躱し、避けきれないものは剣で切り捨て、再び男へと迫る。


「これならっ!!」


 剣で斬り上げる。

 先ほどよりも早く。力を込めて。


『グラディ・コンシステ』


 一歩退きながら、男は再びそう唱えた。

 そうして再び剣の動きが止まった瞬間。


 魔剣を起動させる。

 斬り上げた軌跡から氷が生まれ、加速度的に侵蝕する氷結は天をつく程の巨大な氷の塊を生み出し男を襲う。

 圧倒的な質量による攻撃。周りの被害を考える余裕すらなく、魔剣を使用したが、


『フランゲ』


 男の一言により、築き上げた巨大な氷の山は一瞬にして粉々になっていった。


「これでもダメですか……」


 自分の知る魔術というには少し不可解なものに思考を巡らせながら、現状の最適解を模索する。

 術者相手には距離を詰め、隙を与えないことが定石。けれど剣術も魔剣の力も男には届かない。

 倒せないなら逃げる? 私だけなら逃げられるけど、ティナちゃんを抱えてだと難しい。


「……私が守らないと」


 かつて剣の師が言っていたことが、脳裏を過ぎる。

『いつでも守って貰えると思うな。失いたくなければ、お前が護れるぐらい強くなれ』

 酷い言葉だったけど、今なら身に染みて感じる。

 世の無情さを。


 ようやく守りたいと思える生活ができたのだ。

 研鑽は無駄では無かったと証明してみせろ。

 魔剣を持ち出した意義を失わせるな。

 闘志を奮い立たせ、真っ直ぐと目の前の男へ視線を向ける。


「ふざけるなよ。なんだ。その目は! 私から王を、役目を、奪おうとした盗人風情が!!」


 さらに怒り狂う男の言葉は、何一つ理解できない。

 お互いに譲れないものがあるのであれば結局は力でもって押し通るしかないのだろう。


『フランマ・アルデ!』


 男の新たな詠唱。

 予測は不可能。五感を研ぎ澄ませ。全ての情報から反射で対応してみせろ。


 視界に映る男の姿。その動作の中で手が大きくーー、


「……はぁッ!!」


 判断するよりも先に手が動き、一瞬にして目前に現れた炎の塊を切り裂いていた。

 予想外だったのか、男は少し驚いた表情を浮かべたようにも見える。そしてこの距離、今なら届く。師の技なら――、


『ウェントゥス・エクスペッレ!』


 制止する術ではない。

 その事に驚く間も無く、私の身体は横から吹きつけた暴風に吹き飛ばされた。

 身体を水面に叩きつけたような衝撃を全身に受けながら、宙を舞って地面に転がる。


「……ゲホッ……ッ……」


 受け身を取り体勢を立て直す。

 分かっていたけど、詠唱から発生までが早過ぎて攻撃する隙がない。

 悠長に対応策を思考する時間も与えないと言うように、男は次の詠唱を口にした。


『テッラ・プラヒべ』


 地面が振動し隆起するように男との間に大地の壁が現れる。

 それはまるでティナちゃんへの道を阻むように。


「……ッ!?」


 気づいた時には既に遅く。

 風に飛ばされたことで、いつの間にか大きく距離が開いていた。

 最優先はティナちゃんの安全だと言うのに。


 力の限り駆け、阻む壁を斬り捨てる。

 崩れ落ちる土塊と土埃を気にすることなく、ティナちゃんの居た場所へ手を伸ばす。


「え」


 伸ばした手が彼女に届くことはなく。

 虚しく宙を切った手は、イヤな音を立てて折れ曲がった。

 直後、脳を焼く様な痛みに悲鳴が上がる。

 それが自分のものだと理解するのに、そう時間は掛からなかった。


「……」


 激痛に頭を支配されながらも、意識の端で誘われたのだと理解する。

 痛む片腕を抑えながら、周囲を見渡して男の姿を探す。

 すると少し離れた所でティナちゃんを抱えた男の姿が見えた。


『アエル……」


 何か唱えている。


「待っ……」


 動こうにも足が動かない。

 いつの間にか増えていた全身の傷が動こうとする意思を拒んでいる。

 その上、片腕は折れ曲がり、剣を持つことも覚束ない。


「そんな……」


 自身の命の終わりを直感する。

 ティナちゃんを知らぬ男に奪われたまま。


 私のせいで。楽しかった生活が終わる。

 弱かったから守れなかった。

 命が惜しいとは思わない。でも、願わくばティナちゃんを……。


『マグナ・コントゥンデ』

「誰か……助けて……」


 溢れでた言葉は誰に届くこともなく。

 大気が振動する音に掻き消され、この地を中心に男の術が―――、


「オムニア・アド・ニヒルム・レデウント!」


 舞い落ちる一枚の紙。

 地に着くと同時に燃え上がり、巨大な術式をこの地に展開させた。

 直後、振動していた大気が鎮まり、濃密な死の気配が遠のいていくのを感じる。


「悪い。メリア。遅くなった」


 そう口にしながら後ろから歩いてくる一人の青年。

 いつも頼りないのに、本当に助けて欲しい時だけは必ず助けてくれる彼に、嬉しさを抑えながら軽い言葉を送る。


「遅すぎます。もっと早く来てください」

「返す言葉もないです」


 しゅんとしてそう答える彼。

 少し意地悪したくなる気持ちを抑えながら、簡潔に現状を説明する。


「すみません。

 変質者にティナちゃんを攫われました」

「なるほど。あれがその変質者か」


 黒い礼服の男に視線を向け、彼は状況を飲み込んだ。


「私は動けないですが、魔剣で多少の援護はできると思いますのでティナちゃんをお願いします」

「了解だ」


 こうして反撃の狼煙が上がったのだった。

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