第二十話 制御門奪取戦
狐族とは違う。
全身を覆う白い毛並みに白い装束を身に纏った、尾に走る黒い線と眼が特徴的な人型の狐。
その出で立ちは一種の神々しさすら感じさせる。
狐が降り立ち、地に足を着ける。
「え……?」
直後、周辺の光が瞬く間に奪われ、まだ昼時だというのに一帯は夜を迎えた。
驚きは絶えない。状況の理解も追いつかない。それでも解する為の情報を求め、目の前の狐を刺激しない程度の声音でコハクに問いかける。
「一応、確認だ。あれは幻影か?」
「……幻影であって欲しかったというべきじゃろうな」
「つまり幻影ではないんだな?」
聞く前から、なんとなく感じてはいた。濃密なマナを伴う存在感。
普段、絶対に出会うことがないであろう人智を越えた種族。
「見た所、狐の姿だが何か知ってるか?」
「……恐らく、お狐様の眷属じゃ」
「あれが眷属……?」
幻影都市内で駆け回っていた狐たちを思い出す。
人畜無害で愛らしいだけの狐たちと、目の前の狐とでは存在感からして違いすぎる。
「本当か?」
「うむ。昔聞いた程度の知識しかない故、妾もよく理解しておらぬがな」
「情報不足か」
得られる知識はなく。
無策で動く訳にもいかず様子を伺うが。
「動かないな」
「じゃな。敵意はないのやもしれぬ」
微動だにすることなく佇む眷属の姿に、コハクは一縷の希望を見出し始める。
「けど、さっき狙ってきていたのは確かだ。動かないのなら、わざわざ現れる理由もないだろ」
「そうじゃな……」
なぜ現れたのか。なぜ攻撃してきたのか。そして今、攻撃してこない理由。
今と前の状況の違い。それは奇襲できたかの違い、或いは自分たちが移動したからぐらいで……。
「―――制御門か!?」
「……なるほどのう」
制御門の前から動かない眷属。
そして制御門から離れてからは攻撃の予兆はない。
理由は分かったが、なぜ阻むのか。そう思考を切り替える。すると隣のコハクが困った様に呟いた。
「どのようにして、制御門を奪取するべきか……」
「奪取?」
「先程述べた通り、今の妾は制御権を失っておる。制御権を得るには制御門に接続し直す必要があるが、守り人が居ては接続などできぬのじゃ」
「さっき接続が切れたと言っていたが、接続が切れるとどうなるんだ?」
なんとなく予想はできるが、認識を擦り合わせるべくそう問いかける。
「接続が切れた今、幻影都市の幻影は殆ど消えておるはずじゃ」
その言葉を受け、後ろへ振り返り大通りへ視線を向ける。
確かに店の看板となっていた浮遊する商品などの幻影が消え、辺りを無邪気に飛び跳ねていた狐の姿もない。
賑わっていた通りもどこか物寂しく、そして人々は夢から醒めたように困惑の表情を浮かべていた。
なるほど。確かに都市機能が停止している。
周囲の状況を理解し、事の重大さを実感し始めていると、
「それに下手すれば、封印も解けるやもしれぬ」
現状考えられる最悪の未来をコハクは口にした。
「制御権を奪取するしかない訳だな」
悠長に構えている時間はなく、戦力が結集するのを待つのも現実的ではないということ。
「うむ。奪取さえできれば、あの眷属も幻影と同じく制御できるはずじゃ」
「なるほど。奪取するにはどうしたらいい?」
「妾が制御門に触れ、再接続すれば奪取できるはずじゃ」
制御門に触れる。シンプルな話だが、眷属はそれを許しはしないだろう。
「つまりアレを制御門から引き剝がせと?」
「そうじゃな。頼めるじゃろうか?」
「簡単に言ってくれる」
相手は人智を越えた存在。敗色濃厚な賭けになる。
だが、
「――面白い!」
最初の奇襲。あれはマナを伴っていた。
つまり実質的には魔術か、魔術に近しいものを使っているという訳で。枠組みが近しい以上、対応さえできれば必ずどこかで勝機は生まれる。
それに相手は獣神という上位存在の眷属。この機会を逃す手はないだろう。
「本来、戦闘はメリアの領分なんだが。良質な魔術が観れるなら、逃げる訳にもいかない」
「ならば済まぬが任せたい。妾は人払いと情報伝達に幻影を割く故な」
「了解だ」
そう答え、一度深く呼吸をすると。
遠くから爆発音や悲鳴などが聞こえてきた。
恐らく各制御門で似たような状況になっているのだろう。
この混乱では増援は見込めない。メリア達の状況も気になるが、恐らく問題はないはずだ。
そこまで考えると、後の事はもう考えず、今はただ目の前の興味へ全神経を集中させる。
「その力の全て、見せて貰おうか」
こうして制御門を陣取る眷属との戦いの火蓋が切って落とされた。
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まずは小手調べ。
眷属に対し、術式を構築して詠唱する。
「土壁」
制御門の横の地面から大きな壁が出現し、それを中距離から手で弾く動作で動かし眷属へぶつける。
一番手っ取り早い物理的な手段で、眷属の位置を強制的に移動させようと目論んだが。
直後、弾けるような衝撃音が鳴り響いたと同時に、土壁は呆気なく崩落してしまった。
「なるほど。さっきの奇襲はその蛇か」
舞い散る土埃から現れたのは、土壁を一瞬で崩したであろう張本人。
狐の眷属の周りでくねくねと身体を動かしている水でできた大蛇。
恐らく先ほどの水が主の元で再び形を取り戻したのだろう。
「物質操作系統の魔術? いやでも、術式基盤が異なっている?」
そんな分析をする時間など与えないと言わんばかりに、眷属は大蛇を突撃させてきた。
それを風魔術で跳躍することで躱し、蛇の頭部に触れることで構築された術式を読み取り、逆算していく。
「……現代魔術じゃないな?」
よく考えれば、当り前ではあった。
相手は獣神の眷属。現代魔術を使う道理はない。
「だが、まぁ確信が得られただけでも上々」
古代魔術かその他の魔術系統か。現状の知識では断定はできない。
だがマナを伴う以上、それには必ずルールがあり、世界に働きかける術式が存在する。
術式の理解が進めば、相手が使おうとする魔術の系統も先読みできる。
「風よ。我が力となりて彼の者を討ち払え」
詠唱を口にしながら、魔法陣を展開。
突撃を躱され、後ろに回った獲物を追って振り返った大蛇へ術式を起動する。
「暴 旋風!」
魔法陣が吹き荒ぶ風を出力し、高威力の旋風が水でできた大蛇の身体を抉り取っていく。
上半分の身体を失い、術式としての制御権を失ったのか残った大蛇の身体は形を保てず崩壊していった。
「よし。これくらいの出力でなら倒せるみたいだな」
大蛇は倒した。今なら眷属を狙える。
身体を捻るようにして眷属へと振り返り、詠唱を口にする。
「風よ。我が力となりて彼の者を討ち払え。暴 旋風!」
向けた手のひらから、先程と同等の威力の旋風が巻き起こり容赦なく対象へ襲い掛かる。
それを眷属は微動だにすることなく、手を掲げるようにして術式を起動し防御の形を取った。
瞬時にして空中に広がった霜が、甲羅のような氷の盾を形成することで荒れ狂う旋風の猛攻を阻んだ。
「そういうこともできるのか」
倒せなくとも、風で制御門から引き離せばいい。
そう思ってのことだったが、一歩も動く気配すら見せないとは。
感心するようにそんなことを思っていると、背後から二つの線が両脇を抜けて行った。
直後、左手に鋭い痛みが走る。
「ッ―――!?」
鮮血が飛び散り、左手に走る傷口から牙が掠ったのだと理解する。
掠っただけで皮膚は引き裂かれ、見えている肉は血を惜しむことなく溢れさせている。
「さすがに再生が早いな。分裂することで時間を短縮したのか?」
眷属を守るように立ちふさがった二匹の大蛇。
最初よりも一回り小さくなっている変化から、分裂したであろうことは推測できる。
だが、何より変化したのは大蛇の姿だった。
「氷の鎧を纏うことで、強度を上げて来た訳か」
幾ら数を増やそうと簡単に倒されるようでは意味はなく。
耐久力と数。どちらも上げてきたという訳だ。
恐らく大蛇を保護する氷の鎧は、先ほどの氷の盾と同じ強度を誇るのだろう。
「水を操るだけというのも術式の複雑性から見てもないとは思っていたが。その術式の限界はどこ
だ? 水を蒸発すればどうなる? 他の水を取り込むことは? その形以外で操作することはできるのか?」
戦局は厳しいまま。だが溢れ出す疑問は止まることを知らない。
「あぁ。気になって仕方がない……。一度に行使できる水の量も、分裂できる数も、氷の強度も、何もかも……」
実験したい。検証したい。解析したい。
左手の傷の痛みなど、気にならない。任された役目など、気にしていられない。
こんな機会は二度とやってこない。
気が済むまで、目の前の獲物で楽しみたい。
「お主、無事か!?」
流血する左手を見てか、人払いを終えたであろうコハクがそう口にしながら駆けつけてきた。
「あぁ。問題はない」
「ならばよいが。旗色はよくないようじゃの」
氷の鎧を纏った大蛇が二匹。
眷属に有効打は入っておらず、こちらが傷を負っただけ。
確かに形勢は悪いと言える。
「無理ならよい。ノモリに遣いを出した。都市の状況が整理でき次第、増援が来るじゃろう」
増援が来る。それはつまり邪魔が入るという訳で。
試したい事も試しきれないまま、獲物を横取りされる。
それだけは我慢ならない。
それに各制御門の眷属も気になる。
「コハク。一つ訊きたい。この制御門を奪取できたら、他の制御門にも行けるのか?」
「そうじゃな。他の制御門は衛兵や私兵を回して対処しておるが。今は手が足りん」
「そうか。なら一つ頼みたいんだが、制御門奪取に使用した物品などの補填はできるか?」
「無論。常識の範囲内であれば対応しよう」
「了解だ」
その一言で取るべき行動は定まった。
補填があるなら、検証などしていられない。
「どうするつもりじゃ?」
「狐紙を使う」
メリアに怒られる為使うのを控えていたが、補填があるなら話は別だ。
「それで本当に打開できるのか?」
「あぁ。できる」
確信を持ってそう答える。
「即時対応の魔術戦は個人の力量が求められるが、スクロールなどによる事前準備が可能なら魔術は全魔術師が積み上げてきたもの全てが武器になる」
つまる話、魔術はその積み上げてきた歴史が力となる。
「コハク。少し時間を稼げるか?」
「本当に少ししか稼げぬぞ」
「なら、これも使おう」
そう言って地面に手を当て、土人形を三体作り上げる。
まだ眷属と二匹の大蛇は動く様子を見せないが、スクロールを創るときに察知して襲い掛かってこないとも限らない。
「土で囮を作り上げるとはの」
「これなら少しは時間が稼げるだろ?」
「そうじゃな。時間が欲しいなら少し距離を取るか」
コハクのその言葉に従い、ゆっくりと後ずさって距離を確保する。
こうしてスクロールを製作する時間は確保できたが、問題は何を作り上げるか。
悠長に思考する時間はない。下手な魔術であれば氷の鎧に阻まれ、盾を崩せない。
蛇を撃破しても更に分裂する恐れもある。
的確に制圧し、眷属を制御門から離す方法……。
「大蛇が少しずつ寄ってき始めたぞ。はようせぬか」
狐紙を広げたまま動かぬ手を見て、コハクがそう口にする。
「分かった。今書き上げる……」
にじり寄る大蛇を前にして、左手の流血で狐紙へ術式を刻んでいく。
扱い切れるかは分からない。力を引き出せるとも限らない。それでも躊躇うことなく、記憶に残った魔術の軌跡を刻み付ける。
一枚、また一枚と書き上げる度、大蛇を攪乱しようとした土人形の破壊される音が鳴り響く。
そうしてコハクの幻影が何度目かの死を遂げた時、ようやく三枚のスクロールが完成した。
「よしできた! あとは任せてくれ」
大した時間も確保できず作ったスクロールは、急造の劣化品もいい所だが、これに賭けるしか道はない。
書き上げたスクロールにマナを通し、術式を起動する。
「借りるぞ。王国騎士!」
脳裏に過るは男の姿。その魔術の真髄。
「刻み貫きしは罪人の咎。顕現せよ。黒鉄の墓標!」
詠唱が終わると同時に、周囲のマナが物質に変化していく。
幾つもの黒い球体が空中に出現し、一瞬の蠢きと共に弾けた。
飛散した針は二匹の大蛇を無差別に襲い、串刺しにしていく。
「ある騎士の生涯が詰まった魔術だ。存分に堪能してくれ」
かつて追い詰められかけた、そして魅せてくれた彼の魔術。
その魔術の前に氷の鎧など意味はなく、容易く貫き、大蛇を無数の水の塊へと変える。
「いつまで盾の裏で隠れてる? 眷属。そこも射程内だ」
削られる氷の盾を都度、補強して一歩も動かない眷属。
だが、この魔術は動かず防げるほど甘くはない。
かつて王国騎士が地中から射出したように。
眷属と盾の合間から、針が発生する。
それを受け防ぎきれないと判断したのか、即座に盾から距離を取った。
「待ってたよ。そこから出てくるのを」
残った狐紙三枚のうち一枚を使い詠唱する。
「大波」
術式が起動し、投げ捨てた狐紙が燃えるように消失した直後。
何もない空中から水が溢れ出し、街路を押し流す勢いで大波が眷属たちへ襲い掛かる。
「操れないよな。その大蛇は」
針により姿を保てなくなった水は、恐らく再び一定の大きさに戻らないと復活できない。
そして眷属の指揮下に入っていない大波の水が、バラバラになった大蛇の水ごと押し流す。
取り込まれる可能性もあったが、術式の傾向的に許容量を超えているはずだ。
全てを押し流す大波は眷属たちを巻き込み、大蛇の再生を邪魔しながら制御門から距離を遠ざけていく。
そして絶対に死守したい眷属なら、
「そうだよな」
大波に押し流される眷属は進行方向に氷の壁を築くことで、これ以上押し流されることを防いだ。
勢いを失い、意義を失った大波を見届け、間髪入れずにスクロールを使用する。
「大凍結」
流れ出た水を基点に大波が瞬時に凍っていく。
凍結の連鎖は止まることなく、大波に巻き込まれた大蛇を例外なく氷漬けにし、自ら作り出した氷の壁で行き場を失くした眷属をも凍らせ、身動きを封じていった。
「コハク。今だ!」
「大義であった!」
阻む者の消えた制御門へとコハクが駆け、制御門へと接続を始める。
一時的な封じ込めがどれだけの効力を発揮するか分からない以上、気は抜けない。
そうして油断せず構えていると、少しして戻ってきたコハクが労いの言葉と共に成果を口にする。
「無事、一つ目の制御門の奪取が完了した。
感謝する」
こうして雨客通りの制御門を奪還することに成功したのだった。




