第十八話 幻影都市の実態
三日目の朝。宿泊している屋敷の一室で頭を下げながら切実な願いを口にする。
「お金を貸してください!」
メリアに基本的に財産管理を任せているため、実質的には共有資産と言えるのだが。
額が額であるためにいずれ返す前提で話を持ち掛ける。
「今度は何を見つけて来たんですか」
「狐紙っていうスクロール制作に使える上質な用紙です」
「金貨三枚までなら問題はありませんが」
そうメリアから額が提示される。金貨三枚。今持っている銀貨を合わせても四枚しか買えない計算。
目標の十枚からは程遠い。
「もう少しお願いできませんでしょうか」
「以前、稼いだお金は金貨十枚と銀貨五枚です。それは覚えていますよね?」
「はい」
「ここに来るまでの食事や馬車代、その他雑費で金貨三枚は使っています」
「……」
つまり残りのお金は金貨七枚と銀貨五枚辺りとなる。そこから狐紙用に金貨三枚を差し引くと……。
「言いたいことは分かって貰えましたか?」
「……分かった。が、それでも、あと金貨一枚上乗せして貰えないでしょうか」
「本当に理解してますか? ここで出費がかさめば今後が危うくなるんですよ?」
資金管理をしているメリアだからこそ、今後を見据えるべきだと言う。が、
「理解している。でもだ。資金は今後が保障されてこそじゃないのか?」
前回、資金調達に時間を使ったことで狩人に捕まりかけた。
その経験から、一番に考えることはなにか。お互い理解しているはずだと問いかける。
「今、必要なのは逃げて生活する資金じゃなくて、確実に逃げる為の手段であるとも言えないか?」
「それはそうですけど……」
こちらの言い分を理解しているからこその長考。
そうして少しの間を置き、メリアは自身の思考に終止符を打って結論を出した。
「はぁ……分かりました。口車に乗せられたような気もしますが、一理あると思ったのも事実です」
そう言ってメリアは革袋から金貨四枚を取り出し、手渡してきた。
「もう出せないので気をつけてくださいね」
「わかった。ありがとう、メリア」
そうしてメリアから金貨四枚を受け取ると、廊下からコハクとティナが談笑しながらやってきた。
「でね、でね! あ、ごしゅじん! おはよう!!」
「おはよう。なんの話してたんだ?」
何やら楽しそうにしているティナを見て、そんな疑問を口にする。
「なに、ちょっとした魔術とやらの話じゃよ」
「ねー」
「魔術の話なら俺も――」
「なに呆けたこと言っておる。お主が混ざれば話が長くなるじゃろう。
ほれ。準備ができておるなら出立するぞ」
そうして会話に混ざることができないまま、コハクの一声で屋敷をあとにすることとなったのだった。
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少しして、やってきたのは昨日の砂客通りを北に一つズレた場所。
「ここは?」
「旧備地区じゃな」
商店が立ち並び賑わっていた砂客通りとは違い、馬車などが忙しなく行き交う様相に少しだけ落胆したような気持が芽生える。狐紙を買うのはしばらく先になりそうだ。
「観光地っぽくはないな」
資材を運搬する馬車を遠目に見ながら、そんなことを口にする。
「そうじゃな。ここは観光スポットではないからの。故にここに幻影は殆どないはずじゃ」
「確かに見えないな」
物寂しいと言えば物寂しいが、この地区を見る限りそういったものは求められていないのだろうと思う。
「さ、制御門はこの先じゃ。疾く終わらせようぞ」
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二つ目の制御門。
昨日のものと大きく変わった所はなく、前回と同じ手順を経て術式構造を写し取って作業が完了した。
「終わったかの」
「あぁ。これで昨日と合わせて写しは二枚。少し見比べてみるか」
そう言ってポケットから出したもう一枚を横に並べ、目を通していく。
「……外観と同じく術式構造も大きな変化は見られないな」
特筆すべき点は見られない。おそらく他の制御門も同じような感じなのだろう。
魔術機構というだけあって術式構造が極めて特殊である点がやはり面白いが、一つ疑問を抱くものもあった。
「地脈制御に似た術式……。いや、抑制の方が意味合いとしては強いか?」
お狐様の力を借りているというのだから、制御するのは当然ではある。が、
「かと思えば、逆に強引に抽出するような術式まで存在している……」
これはお狐様の力を借りているというより、寧ろ抑圧し搾り取っているというような……。
そこまで思考を巡らせた直後、
「――そこまで分かるとはのう」
後ろで経過を見ていたコハクの声が聞こえてきた。
その一言に緊張が走り、思わず空いた手で術式を構築し始める。
「安心してよい。説明はちゃんとしよう」
一変して穏やかな声音のコハクは理由を口にする。
「まず第一に弁解からかのう。試すような真似をした訳ではなく、事前に情報を話し過ぎることでお主の分析のノイズになると思ったからであることは理解してもらいたい」
「それは事前に情報を話さないことで、新たな視点からの分析に期待したということか?」
「大方その通りじゃな」
あくまで騙したという訳ではなく、必要なことであったと話すコハク。
これくらいの情報程度であれば話してくれても良かった気はするが。やはり都市の根幹に関わる部分は核心に迫るまでは、おいそれと話せなかったといったところなのだろう。
「理解はできた。分析するのは楽しかったから問題はないんだが、この術式の理由については説明してもらえるのか?」
「無論。それについても答えよう。前提知識として、幻影都市はお狐様の力を借りているというものがあったと思うが。それは間違いではない。じゃが正解でもない」
「というと?」
「お狐様の力を借りているという話から、まず何を思い浮かべる?
いや、何を誤認する? と聞く方が適切かもしれぬな」
「誤認……?」
何かの認識が間違っている。それは一体何なのか……。
お狐様の力を借りる。これが間違いでもなく、正解でもないという。
では何が正解なのか。前提の誤認……。
お狐様の力であることは間違いない。であれば、
「借りているのではない?」
「語弊はあるが、そんなところじゃな」
「そんなことができるのか……?」
つまり、借りているというより略奪。或いは無断使用。そんなところだろうか?
あんな上位存在を相手に……?
「狐族を率いて幻影都市を建国した我が先祖はお狐様に勝利し封印を施したことで、都市の礎として利用したと伝え聞いておる」
つまりお狐様と慕うように言っていたが、実際は封印することでその力を得ていたということ。
「弁明するつもりはないが、お狐様というのは厄災にも似た生ける災害じゃったそうじゃ。周囲に瘴気と化したマナを撒き散らし魔物を活性化させていたそうじゃからのう」
「それじゃあ、なんでお狐様なんて呼称なんだ?」
「そっちの方が都合がよいじゃろう? それにその力で救われているのも事実。益あるものに感謝し、敬うのは当然じゃろうて」
「なるほどな」
疑問に対して納得はいった。
制御門は封印の役割とお狐様の力の抽出を兼ねていたということ。
だが、ここでまた一つ疑問が生まれる。
「封印していたなら、この前のアレはなんだったんだ?」
雨客通りで目撃した巨大な怪物。逃走する罪人を一口で食していた光景は鮮明に覚えている。
「あれは条件付きで漏れ出た一部じゃな」
「条件付きとは言え、漏れ出てたら不味いんじゃないのか?」
どんな条件かは知らないが、漏れ出て人を食したというのはショッキングなものであるように思う。
「じゃから、お主に制御門の依頼を出しておるじゃろう」
思っていたより、事態は深刻なのかもしれない。
そんなことを予感させながら、今日の制御門調査は終わりを迎えた。
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陽が沈みつつある旧備地区の大通りをコハクと共に帰路に就いていた時のことだった。
「ちょっと!」
どこかで聞いたことのある女性の声と共に後ろから腕を掴まれた。
「はい?」
何かした覚えはなく。何の用だろうと、後ろを振り返り声の主へ視線を向ける。
「ッ……!?」
絶句。
驚き過ぎると声が出なくなると言うのは、こういうことなのだろう。
視線の先には見た事のある紅い髪を靡かせ、戸惑いの表情を浮かべる狩人の姿があった。
「ごめんなさい。人違いだった」
そう言って掴んでいた腕を離し、踵を返すように去っていく狩人。
突然のことに頭が追い付かないが、離れていく狩人に一言だけ投げかける。
「誰かを探しているんですか?」
その言葉に足を止め、狩人が振り返り答える。
「はい。ある人をずっと」
「……そうですか。見つかるといいですね」
それが自分ではないことを祈りつつ、狩人にそう返してその場から歩き出す。
「なんじゃ。知り合いか?」
「わからん。だが、助かった。幻影さまさまだな」
「だから言ったであろう? 都市内であれば魔術王であっても騙して見せると」
狩人すら欺いてみせた彼女の言葉に偽りなく。本当に凄いものだと改めて実感した。
「さすがだな。これからも頼む」
「ふふぅ。もっと褒めて良いぞ」
そんな言葉を交わしながら、改めて帰路に就いたのだった。




