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第十七話 制御門調査

 幻影都市二日目。

 都市を観光するメリアとティナの二人と、制御門の問題に取り掛かるコハクと俺の二手に分かれることとなった。


「それでは、行ってきます」

「行ってくるね!」

「いってらっしゃい」


 そう言ってコハクの幻影に案内されながら離れていく二人を見送り、一段落した所で口を開く。


「俺たちも行くか」

「そうじゃな」


 そうして歩き出すも、すぐに不思議そうな面持ちのコハクが問い掛けてくる。


「少しは残念がるかと思ったが、何やら気分が良さそうじゃの?」

「ん? あぁ。確かにいい気分ではあるな。

 なにせ、ようやく魔術機構との御対面だ。これが嬉しくない訳がない」


 まだ見ぬ叡智の結晶は一体どんな構造をしているのだろうか。

 そう考えるだけで、ワクワクが止まらない。


「ふむ。人の価値観はそれぞれというが、こうも違うと人類が発展した理由も分かる気がするのう」

「そうだな。個人的に魔術は娯楽に近いと思うんだが。何故かわかってくれないんだよな」


 一度、メリアに熱弁したことがあったが苦い顔をされたことを覚えている。

 新たな魔術式を構築する際、試行錯誤の末に術式が上手く嵌った瞬間とか最高なのに。


「人には向き不向きがあるからのう」

「喜びを共有するって難しいよな」

「そうじゃな」


 メリアが魔術の深い所を理解してくれないように、俺もまたメリアの剣術の深い所を理解できない。

 その点、ティナは見たもの全てに関心を向け、飲みこもうとする。子供というのは凄い生き物だ。などと一人感じていると、コハクは珍しく遠慮がちに問いを口にした。


「して、一つ訊いてもよいかの?」

「なんだ?」

「ずっと気になっておったんじゃが、お主は何故ティナにご主人と呼ばれておるのじゃ?」

「…………」


 開いた口が塞がらないとでもいうべきか。

 想像すらしていなかった質問に頭が真っ白になる。

 今まで深く考えていなかったが。返答次第では社会的に死ぬかもしれない。


「……答えにくい質問じゃったな。忘れてくれて構わん」

「いや、忘れるのは無理があるだろ。……答えたいところだが、実際俺にも分からん」

「そうか。お主の趣味なぞではなかったのじゃな」

「当り前だ。そんな趣味はない」


 不名誉すぎる誤解に強く否定の言葉を口にする。

 が、ティナがごしゅじんと呼び続ける以上、今後も付きまとうであろうことに頭が痛くなってくる。


「であらば何故そう呼ぶのか、俄然謎が深まった」


 少し疑っているようで、無駄な考察を深めているであろうコハクがそう呟いた。


「おおかた、ごっこ遊びの延長線とかじゃないか?」

「ふむ。そういうこともあるかの」


 一応の納得が得られたようで、これ以上の追求はなく。

 思わぬ所で受けた誤解のせいで、制御門に辿り着く前に大きく疲弊した気がした。


--- ---

 一日ぶりに戻ってきた砂客通り。

 昨日歩いた道を引き返し、ようやく見えてきた赤い門。


「あれか」

「あれじゃな」


 言われてみれば確かに異質な気配を纏った不思議な門である。


「こんなの昨日あったか?」

「昨日降りた場所はもう少し中の方じゃったからの」

「そういうことか」


 言われてみれば昨日の馬車では、コハクとの話に掛かりっきりで外の様子など見ることはできなかった。まさか、その間に通り過ぎていたとは……。

 少しショックを受けつつも気を取り直し、制御門に近づいて観察していく。


「どうじゃ? なんとかなりそうかの?」

「調べてみないことには分からんな」

「であれば、頼んだぞ」

「了解だ」


 共に来たコハクの期待を背に魔術機構の調査へと取り掛かる。

 視覚情報に頼り観察するも外観から得られる情報は少なく、赤い柱であること以外に特筆すべきところはみられない。


「中の術式構造がどうなっているのかが問題だな」


 制御門に手を当てマナの流れを読み取り、術式構造の外郭から少しずつ判別し全体像の把握に取り掛かる。

 二対の柱で一つの制御門となっていることから、それぞれに役割があるだろうと予測は立てられるが。


「分かってはいたが、規模が大きいうえに複雑だな……」


 これはマナの流れを読み取るだけでは全体像が掴めないと判断し、ポケットから羽ペンを取り出す。


「筆? どうするつもりじゃ?」

「綺麗に消せるやつだ。少し書いてもいいか?」

「消えるのであれば問題はないが」

「よし」


 赤い柱を囲うように地面にペンを走らせ、陣を描いていく。

 それなりの時間を要し、書き終えた陣に手を当てマナを流す。


術式解明(アナリシス)


 そう唱えた直後、描いた陣を中心として新たな魔術式が陣の外側に書き出されていく。

 そうして膨大な量を描き終えた術式は停止し、羽ペンで描いた部分の術式は綺麗に消え去った。


「なんなのじゃ、この量は!?」


 コハクの足元にまで伸びるおびただしい量の術式の列に驚愕の声を響かせる。


「普段の術式把握の仕方じゃ、内部構造までは辿り着けなかったから。

 内部までの術式構造を書き出した」

「こんな量どうするつもりじゃ」

「もちろん精査して必要な箇所だけ抜き出す」


 術式解明は便利な魔術ではあるが、簡略化された部分ですら解明して冗長にしてしまう欠点がある。

 不要な部分を切り詰めていけば、書き出された術式量も常識の範囲内に収まることだろう。


「陽が沈むまでに終わるといいな」

「夜通し働かされるのだけは御免じゃ」

「奇遇だな。俺もだ。怒られるからな。

 お互いの利益の為に少し手伝ってくれ」

「仕方ないのう」


 こうしてコハクの補助を受けながら、術式の精査に取り掛かり始めた。


--- ---


 精査し始めてからかなりの時間が過ぎ、気づけば陽が傾き始めた頃。


「この部分は要らんのかの?」

「あぁ。そこはマナ伝導効率を高める為の術式だから、今回は関係ない」

「了解じゃ」


 そうしてコハクが術式を靴底で擦るようにして消していく。


「随分、減ったがあとどれくら残っておる?」

「これで最後だ」


 途中でコハクに買ってきてもらった紙に抜き出した術式を書き終え、そう答える。


「ようやく終わったかの」

「あぁ。お疲れ様」

「ご苦労であった。では帰るとするかのう」


 そう言って踵を返すコハクに置いて行かれないよう小走りでついて行く。

 が、ここは砂客通り。魔術機構に思いを馳せていた朝とは違い、好奇心を掻き立てられる品々が目に入ってしまう……。


「いちいち立ち止まっては帰ることすらままならぬじゃろう」

「わかってる。わかってるんだ……。でも気になって仕方がないんだ」


 特に目を引くのはきつね色をしたスクロール制作に使えそうな用紙。


「なんじゃ。狐紙(こし)が気になるのか?」

「狐紙って言うのか。術式が馴染そうな良い素材だと思って」

「良い目を持っておる。狐紙は、この都市の技術を結集した一品じゃからな」

「なおさら、興味が湧いてきた……。よし、買おう!」


 誘惑に抗えず、購入を即決するもコハクが一つ忠告を口にする。


「一応言っておくが、狐紙は高級品じゃ。それなりに値は張るが大丈夫かの?」

「幾らなんだ……?」

「一枚、銀貨八枚じゃ」

「銀貨八枚か……」


 狐紙一枚で俺一人の半月分の生活費に相当する計算。

 ここで買っておかなければ、今後手に入る機会がないことも考慮して予備含め十枚は欲しいところ。


「十枚買うなら金貨八枚……」


 改めて現在の所持金を見ると銀貨三枚だけが目に映った。一枚すら買えないとは。


「メリアに頼み込むしかないな。よし! また来よう」

「交渉になると良いがのう」


 後のことをなんとなく察したであろうコハクの声を聴き、今度こそ帰路に就いて滞在二日目は過ぎていった。

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