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第十一話 別れ。そして遭遇

 二日が経ち、ティナの試行錯誤していた魔法陣にようやく完成の時がやってきた。


「ごしゅじん! ごしゅじんッ!!」


 すぐ傍で興奮を抑えきれないようすのティナが、飛び跳ねながら肩を叩いて来る。


「どうした?」


 認識阻害のローブを編んでいた手を止め、叩かれた方へ視線を向ける。


「完成した!!」

「ほんとうか!?」

「うん! きて!!」


 言われるがまま、手を引かれるがままティナの後をついていき、魔法陣の置かれたベッドへと腰を降ろす。


「見てて」


 そう言ってティナが魔法陣へマナを流し、術式が起動していく。

 すると魔法陣の上で倒れていた人形たちが起き上がり、一定のリズムで軽やかなステップを踏んでいく。

 昨日まで失敗続きだった魔法陣は壊れることなく、止まることなく正常に動作し続け、懸念していた暴走もなく、最後まで人形たちは綺麗に踊り切ってみせた。


「どう!?」


 褒めてと言わんばかりに、ティナの期待が込められた眼差しを受ける。


「完璧だ……」


 それ以外に出てくる言葉はなく。

 たったの二日。三日目の朝にして完成させる呑み込みの早さに圧倒されてしまっていた。

 無論。数日で終わらせるつもりでいた。だがそれはある程度ティナが作り上げた所を手直ししながら共同で完成させるものであった。

 予想を軽々と超えてきたティナの才能に感動し感服し、そして笑いが止まらなくなった。


「はは、すごい! すごいぞ!! ティナ!! ここまでできるとは思わなかった!」

「すごい!? やったー!!」


 ティナを抱き上げ、喜びを分かち合いながら体勢を崩してベッドへと倒れ込む。


「流石だ」

「えへへ」


 そうして照れながら笑うティナの頭を撫でていると、出立にあたって必要な物資を買い集めてきたメリアが帰ってきた。


「ただいま戻りました。……どうしたんですか?」


 二人でベッドに倒れ込み、頭を撫でている光景にメリアが疑問を口にする。

 心なしかメリアの視線は冷たく感じる。


「おかえり!!」

「おかえり。ティナの魔法陣が完成したから、いっぱい褒めていたところだ」

「そうなんですか……さすがティナちゃん」

「えへへぇ」


 いつも通り、すぐさまメリアの元へ駆けて行ったティナはメリアに撫でられながら、だらしのない声を上げた。


「店が潰れてなかったらお祝いに杖でも用意してあげれたんだけどな」

「え、そこまでのことなんですか!?」


 魔術師にとって杖は非常に重要な意味を持つ。

 その意味を理解しているからこそ、メリアは驚きの声を上げた。


「魔術には詳しくないので分からないのですが、今回のティナちゃんの凄さは他に例えるとどれくらいのことなんですか?」

「そうだな……剣の初心者が中型の魔物に才能だけで打ち勝った。みたいなところか」

「凄すぎますね……」

「だろう?」


 中型の魔物に剣の初心者が勝つのはまず不可能。

 熟練の剣士数人でようやく打ち勝てる。そんな話である。

 勿論、中には一人で勝利するような例外もいるらしいが、そんな例外に並び立つ才能がティナである。


「そんなにすごいの……?」


 凄さの表現がいまいち分からなかったのかティナは首を傾げながら、そう呟く。


「凄い。けど魔術が面白いのはここからだからな。今度、いっぱい色んな魔術で遊ぼうか」

「うん!!」


 遊べることに歓喜したティナは元気よく返事した。

 ティナの魔法陣製作も終わり、物資の補給に行っていたメリアも帰ってきたことで出立の準備は整った。


「よし。今日、出発しようか」


--- ---

 出立の時刻が差し迫る頃。

 ティナはメリアと一緒に友達の家の前へと来ていた。

 メリアは少し離れた所から見守ることに徹し、ティナは一人窓へと手を振る。

 すると少しして茶髪の少女が家から出てきた。


「ティナちゃん!」

「アニー!」


 お互いが駆け寄って目を見合わせたところで、アニーが問いかける。


「どうしたの?」

「これを持って来たの」


 ティナが魔法陣の刻まれた皮紙をアニーへと手渡す。

 戸惑いつつも受け取ったアニーは描かれた魔法陣を見て、何に使う物かを理解してからティナに確認する。


「これって……いいの?」

「うん。ティナがアニーの為に作ったんだよ!」

「ほんとうに!? すごい!!」

「でしょー」

「ありがとう! 大切にするね!!」


 アニーは目を輝かせるようにして受け取った魔法陣を抱きしめた。


「……」

「どうしたの?」


 喜びはしゃぐアニーは、対照的に暗い表情のティナへと問いかける。


「ティナね。……そろそろ行かないといけないみたい」

「どこに?」

「遠くって」


 未だ状況を呑み込むことができないアニー、それでもティナの続ける言葉がなんとなく理解できていた。


「……じゃあ、しばらくお別れだね」

「……う゛ん」


 お互い込み上げてくるものを抑え、ゆっくりと抱き合って別れを告げる。


「また会える?」

「……分からない」

「じゃあ待ってるから、またいつか会えるといいね」

「うん」


 ひとしきり抱きしめ合った後、アニーは服についていた赤いリボンを取ってティナの長髪を結び始めた。


「何してるの?」

「魔法陣のお礼。遠くに行くには長すぎる髪だもの」

「そうかな?」

「そうよ」


 そうして結び終えたアニーはティナから離れて、頬を濡らしながらも笑顔で別れの挨拶を口にした。


「いってらっしゃい」

「ありがとう……! いってきます!!」


--- ---


 ティナが友達とお別れをしている一方で一人、オルロアナの店へと足を運んでいた。


「あれ、ウォルトさんじゃないっすか。今回はどうしたんすか?」

「こんにちは。オルロアナさん。今回はお別れとお礼をしにきました」

「あれあれ。今回は珍しく恭しい感じっすか?」

「珍しいっていうほど会ってないだろ」


 思わず突っ込んでしまった。お礼をしに来たというのに。

 

「それっすよ。自然体でいいんす。

 丁寧な感じはメリアさんだけで充分なんで。まじ怖いんすよ。丁寧な口調で詰めてくるの」

「ちょっとわかるな。ほんと怖い」

「そうっす、そうっす。目が笑ってないんすよ。

 何処からか冷気を感じるし、正直、死んだと思ったすね」

「この短期間で何したんだよ……」


 そこまで怒ることはあまりないように思うが。

 あっても家が崩壊してたり、仕事を放置してたぐらいで……。

 そうやって思い返すと全然そんなことはなかった。


「良い人なのは確かなんすけど、怒らせると怖すぎる人なんで怒らせない方がいいっすよ?」

「生憎と身に染みてる」

「手遅れだったすか……」

「手遅れって言うな。次から気を付けようと思う」

「それがいいっす」


 何の話をしにきていたのか。

 本題から逸れていたことに気づき、脱線し過ぎていた話を戻す。


「今日はこれを渡しに来たんだ」


 そう言って纏めた書類をオルロアナへと手渡す。


「これは……?」

「舞踏人形と舞踏術式の製作方法を纏めたものだよ」

「いいんすか?」

「あぁ。事細かく書いてるから、手順通りに作れば問題なく完成までできるはずだ」


 素人でも作れるように隅々まで解説した力作。

 余程の不器用でもなければ売り物として出せるようになるはずだ。


「いくら出せばいいんすか? 今出せるのは金貨十枚だけなんすけど」


 金貨十枚もあれば新たに魔術書が買える。

 そんな欲望を押し殺し、金銭の受け取りを拒む。


「いらない。お礼だって言っただろう?」

「感謝っす! これで明日の安泰は確約されたも当然っす!!」


 受け取った書類を掲げ、勝ち誇ったようにそう宣言するオルロアナ。

 生活が厳しいのはどの店も同じということだろうか。

 そんなことを思いつつ、切り替えてオルロアナへと感謝を伝える。


「ティナの件、本当に助かった。改めてありがとう」

「礼には及ばないっす。と言っても、お礼ならもう受け取ったんで、お互い助かって万歳っすよ」


 そう言ってオルロアナは屈託のない笑顔を浮かべた。


「朝、メリアさんから聞いたっすよ。今日、出立でもうそろそろ時間なんすよね」

「あぁ、お別れの挨拶も兼ねてきた」

「またメリアさんとティナちゃん、ウォルトさんの三人に会える日を楽しみにしてるっす」

「それじゃ」

「またのご来店をお待ちしてるっす!」


 こうして街での挨拶は終わり、目を腫らしたティナと付き添いに行っていたメリアと合流したことで、認識阻害のローブを羽織ってから街を出た。


--- ---


 街を出てすぐの所でその時はやってきた。


「このまま西へ向かって、国境を越えようと思います」


 これから向かう先の話をメリアがしている途中、街道の向かい側からやってきた者とすれ違う。

 深紅の外套にフードを深く被った細身の人間。

 接近してようやく気付いた、微かな違和感。


 確証の持てぬ違和感に、思考を加速させた瞬間。


狩人(あたし)たちに相手に認識阻害なんて、自ら犯人であると言っているものよ」


 まさか……!

 そう思うよりも先に言葉が出ていた。


「――メリアっ!」


 彼女は意図を理解できたのか。

 確認する暇もなく。

 名を叫ぶ声が響いた直後。掻き消すように爆発音が街を揺らした。


「挨拶代わりに爆発させてみたけど、上手くいかないものね」

「挨拶で撃っていい術式じゃないだろう。だが、いい魔術の腕をしている」


 舞う土煙の中から現れる狩人。

 役目を果たし終え、崩れ行く土壁と霧散していく風の層を見ながら少し離れた場所にいるメリア達の無事も確認する。


「無傷の人間に褒められてもね。至近距離での爆発を防いでそれは、煽りにしか聞こえないけど?」


 若干の苛立ちを含んだ声で狩人はそう答えた。


「あれ以上の爆発なら防ぎきれなかった」


 恐らくすぐ傍の街に配慮しての威力だったのだろう。

 運に恵まれた。


「腹立たしいわ。始末すべき対象にここまで言われるなんて」

「始末か……」


 追い付かれた以上、逃亡劇はここが終点。

 狩人に勝つか、死ぬかの二択のみ。そこに絶望などなく、今はただ彼女の魔術のみが見たかった。


「最高峰の魔術師の力。お手並み拝見といこう」

「二度とその口を開けなくしてあげる!」


 そう言って彼女は魔法陣を展開し、高濃度の炎の奔流を撃ち出してきた。

 躱すことならできる。だが背後にいるメリアとティナたちに向かってしまう。

 選択肢が一つ潰れ、魔法陣を展開することを余儀なくされる。


「風よ。我が力となりて彼の者を討ち払え。

 (テュエッラ・) 旋風(インペトゥス)!」


 出力の勝負で負けるのは必定。

 今はただ逸らせればいい。

 吹き荒ぶ風を旋風として炎の奔流へとぶつける。

 直後、旋風は爆発するように弾け、炎の軌道を逸らして見せた。


「くっ……」


 目的を果たせたのはいいが、弾けた風が吹き荒び視界を覆ったせいで狩人の姿を捉えることができない。

 風で取れたフードを気にすることなく腕で目を覆いながら視界を確保していくと、晴れてきた視界の中で呆然と立ち尽くす狩人の姿が視えた。風でフードが取れ紅い髪が露わになる狩人(少女)は、まるで幽霊でも視たかのような顔をしている。


「し、しょう……?」

「ッ……!?」


 まさか、もう一人来ていたのか。仲間がいる可能性を失念していた……!

 一瞬にして導きだされたその答えに従い、後ろへ振り返ると、


「ウォルトさん、一歩右に!」


 ティナを置いて鬼気迫る表情で走って来るメリア。

 言葉に従い右に一歩避けると、迫るメリアが剣を抜いて狩人へ向けて振り上げる。

 狩人とメリアとの間には十分な距離があってもなお、そこは魔剣の間合いであった。


「はぁッ―――!!」


 振り上げた魔剣から氷が山を築く様に放たれる。

 突如、街道に連なった氷山。それに圧し潰されるように彼女の姿は視えなくなってしまった。


「ウォルトさん早く!!」


 そう言って手を掴んだメリアが引っ張っていこうとする。が、


「待て、俺はのこ―――」


 残る。そう言おうとした瞬間。メリアの鋭い眼光が向けられる。

 そこから先を言えば、首が飛ぶ。そう錯覚させるには充分なほどに。


「なんですか?」

「なんでもないです」


 狩人の魔術を堪能できないのは惜しいが、先にメリアに処されては元も子もない。


「いきますよ」

「はい……」


 メリアに手を引かれその場を離れようとするが、依然彼女の表情は硬いまま。

 魔術王国の精鋭部隊である狩人が氷山に埋もれただけで終わると思えないのは、メリアも同じなのだろう。

 今逃げた所で追いつかれるのは自明。

 故にメリアはいつになく焦っている。


「どうしたら……」

「――俺に考えがある」


 手を引くメリアを止め、そう口にした。


--- ---


 十秒と少しの時を経て、氷山は盛大に爆発を起こした。

 中から出てきた狩人は纏まらぬ思考を放棄し、ただ自らの使命のみを全うすることに切り替える。

 今の彼女に油断は無く、水蒸気の中で微かに動いた影すら見逃すことはなかった。


「逃がさないッ!」


 飛び出した三人の影を追い、狩人は駆ける。

 罠か、一か八かの逃走か。

 迷っている暇はなく、どちらであってもねじ伏せる考えで狩人は追いかける。


 立ち込める蒸気から抜け出した狩人は、晴れた視界で獲物の姿を捉えた。

 そこから炎魔術でさらに速度を上げて接近していく。


「捕まえた!!」


 ものの数分で追走劇に終止符を打ち、狩人はもう一度素顔を見るべく押し倒した三人のローブを引き剥がす。が、


 そこに目的の人間は居らず、等身大の土人形が三人分転がっているだけだった。


「やられた……」


 零れ出たのは悔しさであり、簡単な仕掛けに騙された屈辱の言葉であった。

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