出発
「もう……リィナ様はもう……!いつもいつも思い付きで、もう!」
そう言いつつもテキパキと大きな地図を机に広げるアルバート。でもアルも一緒に行くでしょ?って聞いたら「勿論行きますよ!リィナ様は僕の中で最優先事項なんですから!」と真っ赤な顔で返された。ツンデレかな?
「えっ、えっ」
そして未だに状況に着いて来れず両手を組んだ状態でオロオロとするルシアナ。こっちはジャーキーあげたら落ち着くかな?
「はぁ、貴女もそろそろ落ち着いてください。リィナ様がこう言い出した以上今から旅に出るのは決定事項です。この際ですからお伝えさせて頂きますが我が商会としては『ルシアナ・アルベルティーニ』という女性は預かっていない、知らない、というスタンスでゆく事になりました。貴女は1人の商人見習いという事にします。当然、公爵令嬢としては扱わず今回の旅の間も見習いとして扱います事をご了承頂きますよう」
ルシアナの隣でふんふんと話を聞いていると一度地図に移した視線をもう一度ルシアナに向けたアルは「ちなみにリィナ様のお世話は僕がやりますので貴女は手を出さないで下さいね」とにっこり笑った。笑顔なのに圧が強いねアル……見てみなよ。ルシアナめちゃくちゃ震えてんじゃん……。
正真正銘の公爵令嬢に向かって不敬をかましまくるアルに物凄く不安になるがもしなんか駄目そうなら私の妖精ぱうわーで何とかしよう。無計画だけど。それでも駄目そうならアル連れて適当に逃げよ。しかし、ルシアナも別に怒ってはなさそうだし(めちゃくちゃに怯えてはいるが)多分恐らくきっと大丈夫だと信じている。うん。
✳︎✳︎✳︎
「ではでは出発します!皆さん荷物は持ちましたか?」
ルシアナが滞在している邸の一室で今回の旅のお供であるアルバートとルシアナを振り返る。どちらも街にいても不自然ではないがそこそこに上品な服装をしていてそれぞれの肩にはショルダーバッグ。ルシアナの物は少し小ぶり。アルは平然と立っているがルシアナは頭の上に疑問符が大量に飛んでいそうな表情をしていた。
「あ、あの……旅との事でしたが行き先はどちらになるのでしょうか」
「んー未定」
「み、未定……?!」
「まあ見たら分かると思うから。あ、それから私の事は外で妖精って呼ばない様にね。向かう先によっては妖精バレって本気で面倒な事になるから。」
狂信者共が押し寄せてきたりな!!!
しかしそれなら何て呼んでもらおうかな。愛し子でも無いのに名前呼びは流石に妖精の感覚的にNGだしな……どれくらいNGかっていうとまず自分の思い付く最上位の『生理的に無理な不審者』を用意します。そいつが初対面にも関わらず何故かこちらの氏名・年齢・住所や職業、趣味などありとあらゆる事を知っている状況で2人きりになろう?僕or私の家で。みたいな事を言ってくる感覚だ。そんなもんもうESCAPE or KILLじゃん。そして力のある妖精であればあるほどKILL一択。つまり私もKILL一択。流石に理性が多少なりとも備え付いてるからね。多少〜〜は我慢出来るが抱いた不快感や殺意は中々に消えない。妖精って怖いね。
そんなこんなで頭を悩ませているとアルが私の通称名であるレースの貴婦人を使うのはどうか、と提案してくれた。
「ラ・エディト……?人間の古い言葉でレースの貴婦人……か?待って私にそんな通称名あったの?!」
羽か?この羽の事か?!全然知らんかったわと唖然としていればアルバートは「我らアルベルティーニが先祖代々広めて参りました!」と胸を張る。ま、ま、ま、またお前らか……!本当に何をやってるんだ何を。正直膝から崩れ落ちたい気分ではあるが時間が無いのでもう知らないフリをしよう。ルシアナが私をエディトと呼ぶと決めたみたいだし私の心のダメージを考えなければ名前問題もこれで解決だろう。後でアルはしばくが。
「じゃ、行き先の希望ききまーす」
パンパンと手を叩き私が宣言すると嬉しそうに「いつものですね?!」とわくわくし出すアル。久しぶりだから嬉しそうだね。
「はい!リィナ様。僕は『色彩が鮮やかなところ』がいいです!」
元気に手を挙げるアル。ふむふむ。OK。
「ルシアナは?あ、具体的な国の名前じゃなくてざっくりした希望ね。その方が面白い」
そう伝えれば戸惑った様子のルシアナは小さな声で「では、温かい所、でしょうか」と答えた。OK。
「最後は私ね〜。じゃあ今は新鮮な海鮮が食べたい気分だから、海鮮が美味しい所かな」
「いいですね!」
アルと一通りキャッキャした後は2人を一歩下がらせる。背後でルシアナがアルに「一体何を……?」と戸惑っているがアルの方は「みていれば分かりますよ」と簡単にしか答えない。まあね。これは見るしか理解出来無いよね。
「かいもーーーん」
私が言葉を発した直後、私の目の前には花や植物の蔦が絡み合う優美な一枚の扉が現れた。
「な……!突然扉が……!」
「あれ?リィナ様もう前の派手な桃色の扉は出さないのですか?」
いや、だってあれどう見てもど◯でもドアだったんだもん……記憶戻って無かった時だから出来たけど戻った今あれやるのはなんかほら、コンプライアンス的にね。うん。それからルシアナは一通りビビり散らかした後恐る恐る扉の前に立ったり後ろ側を確認しに行ったりしている。あれ、意外とこの子好奇心旺盛だったりする?
「じゃあ行くよー」
2人を伴いドアノブに手を掛ける。いざ行かん!旅行ガチャ!
✳︎✳︎✳︎
「成る程。こうきましたか……」
唖然とするルシアナの隣で嬉しそうに感心するアルバート、そしてその足元で笑い転げる私。
「ジャングルじゃん!これ、ジャングルじゃん!だーーーっはっはっは!!」
「確かに条件は満たしていますね。温かい、なんてものじゃない外気温ですが」
「ね。本当条件ガバガバだよね」
これ、私の特異性というか司っている物の1つである。私達妖精は上位になればなるほど司っている物への影響力が強くなったり、それを自在に操る事が出来る。今回やった旅行ガチャは、わざと行き先を明確に決めず当てはまる条件の土地にランダムで繋げるという魔法……みたいなもの。ちなみに人間達から私は『扉の妖精』と言われており、尊敬や畏怖を込めて『扉の君』『扉様』等と呼ばれている。扉様って何やねんと思わんでも無いがまあ別に好きに呼ばせている。
しかし実際私が本当に『扉の妖精』かと言えば答えはNOだ。正しくは『扉』ではなく『空間』の妖精。扉より余程やべー物を司ってしまっている。しかしやべー物にはやべー物が集まってくるので、それが面倒だった私は誤認される様に移動時なんかはわざわざ扉を出現させて使っていた。そしたらちゃんと『扉の妖精』として勘違いされたのである。まあ別に空間の妖精ってバレると私の力が激減したり、知った相手に服従させられたりとかでは全くない。ただ私が面倒だっただけ。とりあえずこの事を知る人間は唯一の愛し子であるアルバート1人だけで、それはこの先増やすつもりも無い。まあ愛し子増えたらその子にも教えるかもしれないけど。
そんな感じで私がぼさーっとしている間に優秀なアルバートさんはルシアナに状況説明をしてくれていたらしい。一家に一台アルバート。
そこからは足場の悪いジャングルを歩き回っては不思議植物を観察したり、そこに居た小さな妖精に食べても問題ないかを確認して食べてみたりと大いに遊んだ。お昼は(アルが)持参したサンドイッチやベーグルでお腹を満たしたが夜はどうしようかな。
「あの、エディト様。可能であればやってみたい事があるのですが……」
お、ジャングルを歩き回る内にどんどん表情が明るくなってきていたルシアナがついに自分の要望を出しだした。
「なになに?」
「釣り、という物をやってみたくて……この地で出来るのかどうかは分かりませんがもし可能であればと」
「いいねー」
川自体はあるし、後はそこに私達が望む様な美味しいお魚がいればいいんだけども。
「じゃあとりあえず川に向かおう」
「はいっ」
うむうむ。推しが元気なのは素敵だね。
そして川に到着。思ったよりも近い所に居たらしくそんなに時間は掛からなかったのだが、問題はここから。
「ねえ、アルバート」
「何でしょうかリィナ様」
「ここ……食べられる魚いると思う?」
「うーん何とも……」
2人で川を見つめつつ遠い目をしてしまう訳は少し離れた場所に見える魚影である。ならさっさと釣り糸を投げ込むか船にでも乗ればいいだろうと思うかもしれないがそうはいかない。その訳は
「お、大きい……ですわね……」
思わず控えていたお嬢様言葉がポロリしてしまったルシアナの言う通り、魚影が余りにも大きいから。何だっけ、ピラルク?あれよりもまだ大きい。そしてそれが多分ワニっぽい何かと戦っている。いやいやワニと戦える魚って。人間の力で釣れる気がしないわ。
「てゆーか多くない?魚もワニ?も多くない?何で?何で団体様なの?こんだけバッシャバッシャやってたら少し歩いた所で改めて釣りしようとかも出来ないじゃん!戦争やめてよ!」
そういう事なので釣りは断念。だがしかしどうしても私は魚が食べたい。アルに聞けばおそらくだがあのワニと戦っている方の魚は食べられるし美味しいらしい。ワニの方は昔アルの先祖の誰かがジャーキーにしてくれたやつな気がする。あれ?なら捕獲一択なのでは……?
「よし、2人とも。あの2種類食べよう」
「「えっ」」
大丈夫。釣り糸垂らす釣りはまた今度やらせてあげるからね!
「はい、やってきましたリィナさんの釣りコーナー!今回捕獲するのはガァガァとかいうアヒルの鳴き声みたいな名前のくせにぜーーーんぜん可愛くないデカさの巨大魚と、その魚と縄張り争いをしているワニ!……っぽい何か!とりあえず食べられるはずなので両方捕獲したいと思いまーす」
「わーい」
「え?え?」
ぱちぱちと手を叩いてくれるアルに、唐突に始まった茶番について来れないルシアナ。大丈夫、君もその内慣れるはず。
「ではまず〜捕獲をする為の準備をします!材料はなんと扉たった1つ。お手軽ですね〜〜」
はいドーーーン!そう言いながら私が手を翳した先には地面にビタッと張り付いた状態の扉。なんだか不法投棄みたいだね。
「そしてここをガチャリとあけて、お邪魔しま〜す」
扉の先には地面では無く、先ほどまで見ていた筈のガァガァとかいう魚vsワニの戦場。の、真上。水飛沫が酷すぎてアルとルシアナが素早く退避した。
「ここに〜適当に腕を突っ込みます。コツは特にありません。自分を信じてガッ!です」
「きゃあ!!」
思わずルシアナが悲鳴をあげながらこちらに腕を伸ばして心配してくれたがモーマンタイ。
「いえーーーい!まずはワニ〜〜〜」
ズルリと扉から引き出されたのは私の身長の3倍くらいある野生のワニ。尻尾を掴まれた挙句突然地上に出されてパニックになっているのか物凄く暴れる。可哀想かもしれないが食べる予定の子に人間組が怪我をさせられると良くないので反対の手で頭をコツンして〆ておく。
パァン!
うむ、これで〆られた筈。次はガァガァさん。
「よいしょおーーー!」
ザバァ!と大きな水飛沫と共に扉から現れたのはガァガァ。いや本当でっかいな。さっきのワニよりデカい。そして近くで見ると牙!牙凄いんですけど!サメみたいなんですけど!これも暴れたら人間組が危ないので〆る。
パァン!
よし。背骨をカット出来たのでこれで良いはず。
「終わったよー」
扉を消しつつ声をかけると少し離れた木の後ろから出て来る2人。捕まえたガァガァとワニを見て目を丸くしている。
「凄い!素材として取り扱われているのは知っていましたがこんなに新鮮な状態でのものは初めて見ました!」
アルの言葉に首を傾げる
「素材?食材じゃなく?」
アルによればガァガァとこのワニは食材としても扱われるが鱗や牙が装飾品としても実用品としても良い素材になるので中々に良いお値段で取引されるという。へぇ。
「それにガァガァの鱗を見て下さい。通常のガァガァは碧色の鱗を持ちますが、ある一定の条件下ではこの様に碧色の中にコバルトブルーの斑点が出来るのです。この斑点が星を散らした様に美しいと男女問わず人気で、宝飾品としての価値が更に上がるのです」
「成る程」
そしてその『一定の条件下』が揃う場所がかなり限られているので、今居るこの場所もどこだか分かったという。流石アル。さすアル。ルシアナに聞いてみれば魚としての状態は知らなかったが鱗の説明を聞いてピンときたらしく、ご令嬢時代にいくつか所持していたという。
「なら身だけじゃなくて牙とか鱗もきちんと処理しないとだね。」
と、いう事でカモーン暇してる小さな妖精さん達よ。
「相変わらずリィナ様は人気者ですねぇ」
呼び掛けに応じてそこら中からわらわらと集まってくる小さな妖精達を見てアルが呟く。
「な……なんて幻想的なのでしょう。人里離れた森の奥、閉ざされた神々の楽園で繰り広げられる美しくも儚い妖精様達の戯れ……!汚れを知らぬ無垢で小さな妖精様、そしてそれを慈愛の瞳で見守るエディト様。それは決して人が見る事を許されていない禁断の園……!」
ルシアナがなんか壊れた。あとここ森じゃ無くてジャングルだし、小さい妖精も私ほどじゃ無くてもその辺の人間より全然怪力だよ?結構ゲスな事も考えてるよ?さっきのワニくらいなら全然持ち上げるよ?あとアルバート、小さい声で「素質がありますね」じゃないんだよやめろ。君のそれ絶対私の信者にしようとしてるだろ。
「はあ」
何も言わなくてもサクサクとワニとガァガァ達を捌いてくれる妖精、そして頼んでも居ないのに楽しそうに私の髪を結い出す妖精、狂った人間達。もう、いいけどね……。
処理が終わった物から順に自分の領域にポンポンと放り込み、代わりに小さな妖精達へのお礼に甘いお菓子を取り出し振る舞う。そんな私達の様子にまたルシアナは興奮し、アルは私の隣で「流石は僕のリィナ様です」と言い続けていた。もう、いいけどね……。
その後はワニ肉とガァガァ肉に岩塩をぶっかけて焼くという豪快な料理で小腹を見たし、私の扉で近くの街に移動した後は食べきれなかった大量の肉の一部を市場で売り捌いた。なんで一部かって?んっふっふ、昔作ってもらったジャーキーをもっかい食べたいからだよ!
街を眺めると土壁でできた建物が続く、素朴だが活気のある所だった。私たち3人は肉を売って出来た資金を元に宿を取って食べ歩きをしたり、現地の人々が着ている涼しそうな軽装を購入して着替えた。勿論羽は閉まってある。ちょっとむずむずするけど収納可能です。
「ああ、なんて刺激的な一日だったのでしょう」
夜、宿の椅子に腰掛けルシアナがほぅと息を吐く。肉の売上がとても良かったので大きめの宿で、中で4つに仕切られている大きな部屋を借りた。今集まっているのはその内の余った1つで、屋台等で酒や食べ物を買い込んだ物を並べている。
「初めは行き先も未定な上馬車も付き人も居らずどうなるのかと思いましたが、こんなにも心踊る日は初めてです」
目をキラキラとさせているルシアナは上品に果実水を飲むと「ああ、これも美味しい」と頬に手を当て幸せそうに呟いた。良かった。アルは小さい頃から私がこうやって思い付きで連れ回すので慣れているがお嬢様のルシアナは初っ端から旅というかサバイバルになってしまったのでどうかなと思っていたのだ。全く反省も後悔もしていないが。
「私、本当に視野が狭かったのだと今では思うのです。公爵家の令嬢という恵まれた立場であったのに、言われた事をただ従順に熟すだけの単調な毎日。無駄な願望は抱かぬ様にと抑圧された窮屈な生活。あの閉ざされた箱庭では分からなかった自由な不自由さが、ここにはあります。ですので、あの時の婚約破棄も決して悪い物では無かったのだと、今では少しだけそう思えるのです。あの時……私を助けて頂いて本当にありがとうございました」
ルシアナの言う『単調な毎日』も『窮屈な生活』も、決してルシアナのせいではないと思うけれど、少しでも彼女が生きる事に前向きに考えられる様になったのならば良かったと思う。深々と下げられたルシアナの頭をぽんぽんと撫でた。
「よかったね」
「……っ、はい!」
嬉しそうな推し、我関せずとひたすらに今日見聞きした情報を一心不乱に書類へと纏めながら串焼きをつついている愛し子。そんな2人が見られただけでも今回の旅はいい物だと思えた。
翌朝。
「ではしゅっぱーーつ」
今日はこの街をしっかり観光して、夕方には扉で帰る。なので出来る限りここでの思い出を作って沢山の経験を積んでいくのだ。
「2人はやりたい事とか食べたい物ある?」
「そうですね。手始めにこの国で常食されているという虫を食べてみたいです」
わーお。人間って本当なんでも食べるよね。
「美味しいの?」
「いえ、食べ慣れていないこの国以外の者からすれば理解できない不味さらしいです」
「あっはー!ウケる。行こ行こ」
話を聞いて白目を剥いているルシアナを引き摺って例の虫が売られている屋台に辿り着く。そこでは何とも言えない甘さと酸っぱさ、そして強めの香辛料が混じった独特の香りが充満していた。
「アルさんや」
「何でしょうかリィナ様」
「…………半分こしない?」
「それが良さそうですね」
いざ行かん!クソまずと噂の虫料理with白目中のルシアナ!そう意気込んで食べた虫串は、口に入れた瞬間爆発する泥沼の様な香りとえぐみ。身体が受け付けない類の酸味、舌が痺れるのは毒ではなく過剰な香辛料だと信じたいが自信がなく、そしてそれら全てをまっっったく包み込めずに激しく主張する謎の甘み。
「「ごほっ!」」
同時に咽せ込んだが両者半ば意地で飲み込んだ。が、どう頑張っても二口目は無理そう。人類よ、何故これを食べ物と認めた。
「あ」
「どうしましたリィナ様」
ぬるい果実水をがぶ飲みして少しでも口内から虫味を無くそうと頑張っているアルがこちらを向く。
「これお土産にしよお土産。食べかけだけど」
おい、その正気かみたいな顔やめろ。いるだろこんなのでも泣いて喜びそうなのが身近に!そう伝えればハッとした表情をするアル。
「もしや、父に……?」
「そうそう。私の領域に入れといたら傷まないし、出来立てのこの香りごとお届けできるね。」
この香りで食欲が減る事はあっても増える事は無さそうだが関係ねぇ。
「それはいい考えですねそうしましょう」
被せ気味で賛成するアルバート。言い出した私が言うのも何だか君の父親の扱いがこれでいいのかい?
この辺りでルシアナが正気に戻り、会話が聞こえていたのか私の手にある虫串に怯えながらもアルバートの父にそんな事をして大丈夫なのかと心配するので奴は私の信者の中でもやべー部類なので問題無いと説明しておいた。その後はブラブラと市場を歩いてみたり、露店を冷やかしながら異国情緒溢れる街並みをまともに楽しんだ。ちなみに口はまだイガイガしている。
最後に追いガァガァを捕まえておかなくて良いのかとアルバートに聞いたが昨日の一匹でもかなりの量の鱗が取れたので暫くはいいらしい。何とも控えめな愛し子である。
「じゃあ、帰るか!」
「「はい!」」
「………………リィナ?」
そんなこんなで今回の旅は二日で終了。また突発的に誘うねと言うとルシアナは目をキラキラとさせながら頷いていた。可愛い。そして人目を避けた場所で出したのにも関わらず扉をくぐる直前不快な声を聞いた気がするが全然お呼びでないので無視して帰った。いやー楽しかった。次はいつ行こうかな!
✳︎✳︎✳︎
ジャングル旅行に行ってから一月経った。何故かあの日からアルバートは私と一緒に小屋に住んでおり、何かと私の世話をしたがる。しかし小屋は山の中にあるので仕事場への道のりが遠いのは辛かろうと世話は有難いが毎日来なくても……と伝えたのだが陸で干からびて死んだ魚みたいな目になったので小屋とアルの書斎を繋げる事で落ち着いた。唐突に虚無と絶望を掛け合わせたみたいな目になるのはやめてほしい。びっくりする。
「ではリィナ様、いってきますね」
「はーいいってらー。あ、私今日妖精の国帰るから数日戻らないかも。こっちと感覚ちょっとずれるから」
「………………はい」
「ちゃんと戻ってくるから待ってて」
「………………はい」
物凄くしょげてしまった。私が実家に帰る度にアルが泣きそうというか不安そうになるな……でも人間には毒な場所だからね。連れて行ってあげる訳にもいかないし。可哀想だが我慢してもらおう。帰ってきたら沢山よすよすしてあげようと心に決めてアルを見送り、小屋の食材置き場からワニジャーキーを取り出す。んっふっふっふ。これ、一月前にアルやルシアナと共にジャングルで一本釣りした例のワニで作ったジャーキーで、今日は父様にこれを渡しに行くのだよ!
「とーうーさーま!」
「おやリィナ。おかえり」
「只今帰りました!」
ぎゅーーっと抱き付くと抱き返してくれる父様プライスレス。課金させてくれぇ……!あ。
「父様に会えた喜びで目的を忘れる所だった。はいこれ、ワニジャーキー!」
でかい瓶をドドンと渡せば父様は今食べて行くんだろう?お茶を出せばいいのかな?とクスクス笑った。やだショタ可愛い。可愛い上に私の事を分かってくれている父様は流石。さす父。SUKI。
他にも先日買ってきた綺麗な布だったり、私調べ1番良い感じの枝や石みたいに硬くてツルツルしている木の実を持ってきた。森でも中々見つからないレア物だ。それらを渡したり、手に入れた時のエピソードを一通り語り尽くした所で父様にお願いというか告げ口をしておく。
「この間このジャーキーのワニを捕まえた街に行った時にね、楽しかったのに最後の最後でものすごーーーーーく不快な声を聞いたのね。最近何もなかったから私への興味も薄れたと思ってたんだけどなんか嫌な予感がするから父様に先に言いつけておいてやろうと思って」
すると可愛くジャーキーをガジガジしていたショタ、もとい父様が「ああ」と頷く。
「あの子はお前に執着しているからね」
「いらねぇええええ!」
手をワナワナさせながら叫ぶと困った様に少し眉を下げ微笑む父様。
「あの子はあれでも人気があるんだけれどね……でも嫌がるリィナに付き纏うのは良くないね」
「ストーカーだめ絶対!」
「うーん」
とにかく私は奴なんてお呼びではないと父様に強く強く伝えておいた。これで何かあればすぐにでも父様に言いつけてやる。プライドがない?他力本願?はっはっは。何とでも言うが良い。嫌な事してくる奴になぁ!真正面から向かい合ってやる義理は無ぇ!!!
とりあえず伝えたい事は伝えたし、父様成分も補充できて幸せな気分になったのでそろそろ小屋に向かおうかな。可愛い愛し子が待っているからね。
「リィナ」
帰るねと伝えて扉を出した所で父様が背中から名前を呼ばれる。
「なに?父様」
「…………チチュの樹液が必要になったらいつでもおいで」
「………………へ」
チチュの樹液って………父様が管理して守ってるこの世界樹の最深部で採れる樹液だよね?でもあれって妖精の羽が千切れちゃった時にくっ付けたり、基本的に大怪我した時に使う物だよね?え、え、まってまって不穏。
「わわわわわ私近々そんな大怪我する感じ……?!」
嫌なんですけど!心の底から嫌なんですけども!!そう思ってあわあわしていると何故か少し呆れた父様に「別にそれだけでは無いんだけれどね」と言われてしまった。よく分からんが誠に遺憾。
小屋に帰れば3日後だった。まあ概ね予想通りか。
「おかえりなさいリィナ様!」
こうやってアルバートが寂しかった分を取り戻すかの様に私に尽くしまくるのも含めて。よしよし。寂しかったんだな、愛いやつめ。
✳︎✳︎✳︎
最初の旅行でルシアナの反応に味を占めた私はとりあえずその後1ヶ月は自重した。というかアルとルシアナが忙しそうだったから暇で暇で暇だったのでアルが小屋に居着いているから一応小屋に帰宅していたものの大妖精としての仕事をいっぱいこなしてしまった。小さい妖精達からは有り難がられたけどパフィからは指差して笑われた。失礼か。ちなみにサリンは親しい人限定の優しい顔でよしよしと頭を撫でてくれた。ママァ……
しかし!1ヶ月経って、2人の様子を聞くにまた連れ回しても良さげな雰囲気を(勝手に)察知したのでまた旅行に行かないかとお誘いしてみた。すると2回目も2人は二つ返事で乗ってくれる。可愛いねぇ可愛いねぇ。
そこからはもう遠慮なんか無く2人をお誘いした。予定が合わなければ私1人でぶらっと行くつもりで誘ったけど律儀な2人は1週間から2週間程前に伝えれば予定を空けてくれた。時々少々不躾が過ぎる輩とは出会うがやはり気儘に旅をするのはいいものである。予定と言えばルシアナは1度目の旅行後本当に商人見習いとして働いているらしい。まあ礼儀作法は完璧だし、目利きはいい物沢山見てきてしっかりしてるしね。何よりルシアナがそれを望み生き生きと学んでいると知って私も嬉しい。もう精神構造というか、考え方が完全に妖精になってしまっているので基本自分の欲にしか従わないが自分が目をかけている存在が楽しそうだったり生き生きしているとそれだけでよしよししてあげたくなる。
「わたくし、今本当に幸せです」
きっと令嬢時代にはしなかったであろう弾ける様な笑顔でそう言ってくれるルシアナを見ていると完全にテンパった故の拉致だったが結果オーライなのではと思う。そんな日々を過ごす内に、ルシアナがアルの商会に来てあっという間に一年経った。一年の間に突発旅行は沢山行ったし、色んなことをした。私の扉があるので気に入らなければすぐに行き先を変更する事も帰宅する事も可能。便利〜。ま、そんな日々を過ごしている内に過ぎ去った一年なんだけど。時が経つのは早いねぇ。
「リィナ様、少しお話しがあります」
食後のお茶を一緒に飲んでいたアルが改まった様子でこちらを見る。なんだなんだ。
「最近、ルシアナの不名誉な噂が流れているのはご存知ですか?」
「ん、んんー」
まあ、心当たりがあるっちゃあ、ある。ただそこまで詳しくは知らない。最近は特に私の元へお喋り好きの小さい妖精が頻繁に遊びに来るのでその時に人間の間で広まっている噂なんかを教えてくれるのだ。だがそれも詳しく調べて貰った訳ではないので本当に軽い噂程度である事をアルに伝えれば予想はしていたのだろう。こくりと一つ頷く。
「簡単に説明しますと、ルシアナの祖国で彼女の根も葉もない事が吹聴され、あたかも大罪人かの様な扱いです。その中でも特に重い罪だと言われているのが………………その」
「え、なになに」
心配そうにチラチラとこちらを見るアルバート。
「国の所有物である妖精を攫って逃げたというものなのですが」
へーえ。あのクソ王国、妖精所持してるって言ってるの?そもそも妖精って自分が気に入ったり、対価次第では力を貸すのもやぶさかでは無いってスタンスなのに所持を許容する子がいたんだね。私なら無理だな。
「それがどうもその……リィナ様の事を指している様でして」
「……………………あ゛?」
一瞬、言われた意味が分からずに呆けてしまったが後から追いついた理解によって思わず低い声が出る。
「それ、本当に私の事なの?」
私の様子を気遣わし気に見ていたアルは大きなため息を一つ吐くと「お話ししますが小屋を吹っ飛ばしたり、飛び出してそのまま王国を滅ぼしに行かないもしくは行くのなら僕を連れて行ってくれると約束してくれますか?」と言う。え、そんなに私が怒りそうな事がまだあるんだ?っていうか王国滅ぼす事に関しては賛成なんかい。
「わかった」
私がしっかり頷くのを確認するともう一度ため息を吐くアルバート。しかしここでひとつ気が付いた。アル、私の事心配してため息ついてたのかと思ったけどこれガチギレを我慢してるんだな?実はもうだいぶプッツンしてるんだな?私の心配もあるだろうけど怒りが外に出過ぎない様に我慢してるんだな?しかもその怒りだって元を正したら私を想ってだもんな?か、可愛い〜〜〜うちの愛し子可愛い〜〜!もうこれだけでとりあえず腹がたっても直ぐに王国を攻め滅ぼしに行かないでおけるくらいは心が和らぐ〜!
「アル。アルバート」
「何です……っ!」
愛しいね、愛しいね。思わず座ったアルバートを椅子ごとぎゅーっと抱きしめる。するとぷるぷると小刻みに震えて真っ赤になるアルバート。大丈夫だよ。思春期にぎゅってされるのは恥ずかしいかもしれないが私はアルがお爺さんになっても可愛いと感じると思うからその時もちゃんとぎゅってするね。
「ありがとうアルバート。私の為に怒ってくれてるんだよね。大丈夫、アルがそうやって私を想ってくれている気持ちが伝わるだけで私は冷静でいられる」
そう言って髪を撫でると先程とはまた違ったため息を1つ吐き、私の腕をポンポンと優しく叩く。
「じゃあ、お話ししますから。座りましょう」
OK、心の準備は出来た。いつでも来い。