帰宅
いつも誤字脱字報告ありがとうございます。
助かってます!
「じゃ、一回家に帰るね」
「お気をつけて。お帰りをいつまでももお待ちしております」
ひぃん。私の愛し子の圧が強い。もう5年も10年も放っておいたりしないよう。
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「父様〜〜〜〜!」
妖精の国は、人の国とは交わらない別次元の様な場所に存在している。その入り口は草原に生える草花の合間だったり、雨上がりの前の最後の一滴だったり、樹々のさざめき合う中にあったりする。決して人が入れぬ場所、他に侵されぬ場所。それが妖精の国である。そしてその国の主たる方が私の大好きな父様だ。妖精は大体みんな父様の子。ビッグファミリーです。
「おや、おかえりリィナ。来るのを楽しみに待っていたよ、人の世界は楽しかったかい?」
光沢のある白い布を緩く身体に巻きつけたトーガの様な服。サラサラでストレートな白髪。大きなどんぐり眼には目元に陰ができる程長く艶やかなまつ毛。思わず撫で回したくなる滑らかな頬、緩やかに上品なカーブを描く唇は健康的な桃色。ああ、今日も父様は素晴らしく完璧なショタ。そう、ショタなのだ!!!うーん、最高。もう父様がいるってだけでこの世は素晴らしいね。YESロリショタNOタッチ?知らんな。このショタ、父。私、娘。なので無問題!子供が親に甘えるのは当然の権利なのでなぁ!
私別にショタ萌え無かった筈なんだけど父様はそういう次元じゃない。この世のありとあらゆるもの共は父様を敬い、崇め奉るべき。
そしてそんな父様が大きな大きな、世界樹とも呼ばれる大樹の枝の1つに優雅に腰掛けながら腕を広げてくれるので遠慮なく飛び込む。ショタは小さいのでどっちかっていうと抱え込みに行く感じになるけど。
「ただいま父様!今回はね、もうパフィ達から聞いたかもしれないけど人の子を1人お持ち帰りしてしまったの」
すると父様は肩口で揃えた髪をサラサラと風に遊ばせながら「聞いているよ」と上品に笑う。ショタな見た目なのにこの落ち着いた声と口調と雰囲気よ。たまんねぇな!
「それで?私の可愛いリィナはその子供をどうするつもりかな?」
え?いや、うーん。アルにも言ったけど特に考えてないんだよなこれが。一応面倒はみようと思ってる。結局アルに投げてるから初っ端から見てないけど。なので正直に「特に考えてない」と答えると愛し子にするのかと聞かれるが全然そんなつもりは無い。まじで全くない。あくまで推しだしな…ちょっと離れた所から愛でたいとは思うけど。
「まあゆっくり考えるといい。私はリィナが健やかであってくれれば何でもいいよ」
ひょえー!今日もストレートな愛情表現がたまらん!好き!今日も今日とて私は父様が大好きだし、父様は私が大好き。なんてシンプルで完成された素晴らしき世界。いつまでも私はファザコンを極めていくぜ。
「あー幸せ…………」
妖精の王たるショタ父様の膝枕を堪能しつつ呟く。こんな贅沢な事をどうして皆んなはしないのか。畏れ多いって言うけどもっと父様に甘えればいいのに。父様、妖精らしくめちゃくちゃ贔屓はあるけど基本的に穏やかだし妖精達には愛情深いよ?本当、まじで贔屓はあるけども。そこではたと気がつく。私、前世の記憶がありますって父様に伝えるべき?でもそれで人間成分ちょこっと混じっちゃった私なんていらないってされたらどうしよう。それは嫌だな。そう思って一度目を瞑って息をつく。
………………うん。無いな。無いわ絶対。父様が私を嫌いになる訳なかったわ。
うんうんと1人納得した所で父様の前に何となく正座をしてみる。
「父様実はね、私なんか前世?みたいなのの記憶があって」
しかしそこまで言ってはたと気付く。待って、妖精って輪廻転生の概念あるっけ?妖精の存在=自然現象の概念みたいな所あるけどどうだろう。しかし流石は私の敬愛する父様。優しく微笑んだかと思ったら「知っているよ」と頭を撫でてくれる。ひぇ、ほ、包容力〜〜〜〜!そんでもって知ってるんか〜〜〜〜い!物語によっては前世の記憶云々で拗れたりしそうな所を「知っているよ」で済ませてしまえる父様!ビックラブ…………!もう何で知ってるんだろうとか思ったけど父様への愛の前にはどうでもいい〜〜!
その後は私の覚えている範囲で前世の話をしてみた。主にヲタ活の。すると普段は上品スマイルが標準装備の父様がふんふんと真剣に聞いた後、「それじゃあ私は妖精達推し、という事になるのかな?」とその顔を更に綻ばせた。
「つ、面が良〜〜〜〜!!!」
なんかちょっと違うかなとか思わんでもないけどそれもど〜〜〜でもい〜〜〜!!世界に住まうありとあらゆる生命達よ。父様を讃えよ。父様を崇め奉れ。そして日々父様が父様らしく父様であられる事に感謝しながら未来永劫父様をを支持するのだ!!!
そんなこんなで私は目一杯父様を堪能した後、とりあえずアルの所へ帰るにした。いやー父様への愛情を確認して100歳くらい若返ったわ。自分今何歳か知らんけど!
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「たでーまー」
小屋に帰るとどこか不安そうな顔をしたアルがいたが私と目が合った瞬間ぱあぁ!っと笑顔を見せながら「おかえりなさい」と駆け寄ってくる。うちの愛し子は可愛いね……大きくおなりってなる。あとご飯にするかお風呂にするかとかさらっと聞いてくれる。アルは新妻だった……?やだ、頑張って養わなきゃ。
「ご実家は楽しまれましたか?」
「うん。めっちゃ父様成分補充してきた」
それはよかったです。そう言って微笑んだアルが当たり前の様に準備してくれた夕食を食べて、別に必要は無いけれど前世思い出したら入りたくなったお風呂も堪能して、アルが持ち込んだ書類仕事を横から覗きながら雑談と妖精視点で発見した面白い事なんかを話しながらお茶を飲んで、アルにおやすみの挨拶をして、これまた必要ないけれど前世以下略の寝具に包まった所ではたと気が付く。
「あれ?アルってここに住むの?」
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「おはようございますリィナ様!」
ぐっすり寝て、やっぱり寝具とはいいものだなと思いながら一階に降りるとめちゃくちゃいい笑顔のアルバートがいた。おぉん、やっぱ君もこの小屋で寝たんだな?だっておやすみって言った時寝巻だったもんな?
「今日の朝食はリィナ様が大好きなベーグルをご用意しましたよ。プレーンはお好きな具材を挟める様にしてあります。もう一つは切り込みを入れていない無花果のベーグルですよ」
「無花果!!」
実は私、ジャーキーだけではなく無花果とベーグルも大好きなのだ。中々に珍しい果物らしいがアルの家が商会で取り扱っている為こうして私の好物×好物をアルの家の料理人が作ってくれる。
「んんんん美味しい〜!」
「リィナ様の好物であるこのベーグルだけは家の料理人にも負けない自信があります」
「……ん?」
嬉しそうに胸に手を当て誇らし気なアルを見て、齧り付いたベーグルを見て、またアルを見た。
「え、もしかしてこれアルの手作り……?」
「はい!」
ひぇええ!何でもできるな?!スーパーマンか君は。商会の次期後継者でめちゃくちゃ多忙だって聞いてるけど一体いつ料理の練習をしたのだろうか。ちょっとリィナさん心配になってしまうよ。人の子はすぐ身体壊れるのに……しかしこちらを見るアルが本当に嬉しそうなのでお礼を言って、たくさんよすよすしておいた。よしよし、頑張り屋のアルくんにはこの妖精さんが飴ちゃん…はないのでなんかあげられる物はないかなとパタパタ自分の服を漁っているとポケットから親指の爪程の大きさの黒い石がころんと出てくる。黒瑪瑙が近いだろうか。しかし、私は知っている。こいつが黒瑪瑙ではない事を。
「ううん。これかぁ」
「リィナ様、それは?」
あまりにも微妙な顔で私が石を摘んでいるのが気になったのだろう。アルが不思議そうに顔を傾げて問うてくる。
「う、いや。ううん……アルが頑張っているご褒美に何かあげられるものが無いかなーって探してたんだけどね。でもこれあげるのはちょっとな…って思って」
「何か貴重な物なのですか?リィナ様から何か頂けるのはとても嬉しい事ですが、自分の為にやっている事ばかりなのでリィナ様の負担にやる様な事は……」
「あっ!違う違う。全然貴重……でもない事はないけど心情的に微妙というかなんというか……」
はっきりしない私にアルはきょとんとしているが黒瑪瑙擬き、実は私の身体から採れた物である。ざっくり私の感覚で言うと垢。もっとちゃんと言うと私の鱗粉やら妖精の力やらなんやら〜がガッ!と固まって稀に羽の付け根に発生する石なのだ。そう、付け根に発生した石。
いやいや身体に石is何?ってなるよね。でもなんか出来るんだもん。そもそもお前羽あるんかーいって?あるんだなぁこれが!私is妖精。今まで特に何にも思ってなかったけどなんか綺麗なレースみたいな感じの繊細な羽がでかいの2つに小さいの2つ生えてる。どちらも黒レースって感じの。ひぇ〜ふぁんたじ〜〜〜!!!そんでもって身体に石も出来る。ふぁんたじ〜〜〜!!!でもこの石生える?発生する?子と生えない子が居て私は生えるタイプの妖精さんなのよ。不思議だねぇ。そんなしょっちゅうでは無いけど。ちなみにサリンも生える。アクアマリンよりはブルートパーズって感じの綺麗な水色の石が。氷っぽいイメージが涼しげで好き。パフィは耳上に小ぶりの花が生えるんだって。猛毒の。危険だけど可愛いから無罪。どっちのも可愛いからちょうだい!って言ったら私の石と交換する事になって、3人でそれぞれの石と花を持ってる。仲良しみたいで嬉しいね。他は知らん。だって私まともな……まともな?友達この2人くらいだからね!ははは!何わろとんねん。
「リィナ様?」
「ごめんまた現実逃避してた」
そんな私にくすくすと笑うアルが石を近くで見てみたいと言うので渡すとすぐにキラキラした目と上気した頬で「リィナ様の瞳みたいできれいですね!」などと可愛い事を言う。でもそれ垢なんだよなぁ。まあアルバートが楽しそうだしいいかとベーグルにクリームチーズやらスモークされたおサーモン様やスライスオニオン様を挟んでいれば「あれ……?」と少し震えるアルの声。
「どうした?」
「ああああああのリィナ様、これってもしかして『妖精の祝福』では?!」
は?何じゃいその有り難そうな名前は。
「いや垢だよ」
「垢?!いやいやそんな筈は……ちなみにこれ、どうされたんです?」
「私の羽の付け根に発生した」
するとアルはガタンと椅子から立ち上がって「ほらー!!!やっぱり妖精の祝福じゃないですかー!!」と叫んだ。いや何。垢なんだって。
しかし話を聞いていく内になんと妖精のこの垢、人間達は『妖精の祝福』などと恥ずかしい名前を付け大層有り難がって高値で取引するらしい。まあ実際妖精の力の塊そのまんまだから色々と使い道はあるだろうけどね。でもなぁ、やっぱり私の感覚垢なのよ。複雑な気持ちになるわ。でも貴重ならお小遣い代わりにもなるだろうから欲しいならあげるし売ってもいいよって言ったら「売りませんし誰にも触らせませんよ!」って胸元でギュッて握りしめてた。幼子は可愛いね。よすよすしてあげよう。
「ん゛ん゛っ、ではこれは有り難くいただきますね。」
「うんうん。大きくおなり」
「……身体の大きさだけならもうリィナ様よりも大きいですよ」
「確かに」
少しむすっとしたアルだったが、すぐに表情を引き締めるとルシアナの話をしたいが先に私に聞いておきたい事があると言った。
「その、リィナ様はルシアナ嬢に関してはあくまで鑑賞対象で加護を与えたり愛し子にする気はない。ここまでは宜しいですか?」
「うん。そうだね」
「では、ルシアナ嬢の生家や生まれ故郷である国はどうでしょう」
はて。そんな事考えた事も無かったぞ。
「それあれだよね?ルシアナの事要らないって言ってた親と、ナ、ナ……なんちゃらナって国……」
「リッフェルナ王国ですね」
「そうそれそれ。アルの商会の名前とちょっと似てるよね」
そう軽い気持ちで言ったのだが、アルは一気に真顔になると「……商会の名前を変えましょう」と呟いた。
「ちょっとうそうそ!まって、似てない似てない大丈夫!ごめんね?そこまであの国が嫌いだとは流石に思わなくて」
そう言って何とか宥めすかして商会の大切な名前が変更されるという危機は去った。私の適当な言葉1つでとんでも無い事になる所だった。アルの一族私の強火担過ぎるんよ……。もう今までどうでも良かったけど、アルがそれだけ嫌うってだけでも私からしたらマイナスポイントなのでそのリッフェルナ王国とかいうのは更にどうでも良くなった。私、妖精だからね。贔屓of贔屓よ。うちの愛し子が可愛い。愛し子しか勝たん。外見だとルシアナも可愛い。
しかしまあアルがこれだけ嫌ってて、前置きでどう思ってるか聞いてきたりしてる時点で何となくわかる気がするけど何かあったんだろうねぇ。しかし私はどうでもいいのスタンスを貫くのでその旨をしっかりとアルバートに伝えておく。安心した表情をしてたからこれから話してくれる内容があまりいい物ではないのだろう。
「実はルシアナ嬢は生家で軽んじられていた様です。ルシアナ嬢の実母である正妻は彼女が幼い頃病で亡くなった事になっており、現在生家では第二夫人とその娘…ルシアナ嬢の腹違いの妹ですね。それが幅を効かせているらしく家ではやりたい放題、社交界でもルシアナ嬢のある事ない事を吹聴しては多人数で嘲笑の的にしていたそうで」
「よーし、処すか!…………ん?病で亡くなった事になっており?」
漫画とか小説ならよくありがちだけど本人からしたらたまったもんじゃない境遇じゃないですかやだーっ!と思っていたら何だか引っ掛かる言い回しが。
「ねぇ…そんな細かい事まで分からないならいいんだけど。ルシアナの産みの母親と実父ってその……恋愛結婚?」
「結婚当初から関係は冷え切ったガチガチの政略結婚ですね」
「死因が不穏じゃないですかやだーーーっ!」
人間怖いよ!妖精も理不尽な所凄くあるけど人間のそのどろっとしたやつ何!好きじゃ無いのに結婚して上手くいく方が珍しく無い?いやまあ個人の感情でどうにもならんのが政略結婚なんだろうけども。しかもルシアナが生まれた事が奇跡なくらいに冷え切った関係性で、下世話な話もう義務としての閨ですら無理なのではって感じだったらしい。そして妊娠中、出産後も2人の間にはブリザード。まだ母親の方は父親に対してきつい態度を取る程度に留めていたみたいだけど、父親の方がそれはそれはもう大胆に享楽へ耽っていたらしく。そしてお察しの通りというかなんというか……ルシアナと妹の年齢差なんと数ヶ月。つまりONAIDOSHI!ひぃん。ねぇやっぱり政略結婚どうかと思うよ。これは極端な例かもしれないけど全然上手くいってないじゃん!そして何より他国の、しかも公爵家の言うなれば汚点をこんなにも短期間且つ詳細に情報を集められるアルの情報網が怖い!!なんて事ない顔してるけどこれそんな誰でも集められる情報なの?ルシアナから聞いた事もあるかもしれないけどそれでも何なの?アルを始めとしたマルシェイナ商会はどこを目指してるの?
まあとにかく、ルシアナ本人は置いておいても割と周りが面倒くさいゴミ&クズの集まりなので正直商会が彼女を拾うメリットもなければ関わるのも何だかなぁって感じの背景らしい。例の婚約破棄騒動も元婚約者組はルシアナが許されざる罪を犯したからうんぬんかんぬん言ってるけどそれも冤罪っぽいのに国王達大人組も誤魔化しに走ってるっていうし。いや本当、そんな爆弾ちゃんを単に見た目が好みってだけで拾ってきちゃってごめんなさい。それで、アル達の考えとしてはもうこれルシアナ別人として生かした方が良くない?ルシアナなんて名前いっぱいいるからそんな子なんて知りませんのスタンスで良くない?ってなったので最後に私の意向も聞いてくれてるらしい。大丈夫です。異存有りませんって伝えて貰った。
「ま、本人はそれどころじゃ無いんですけどね」
「え、どゆこと?」
アルの不穏な一言に思わずデザートのチェリーを食べる手を止める。
「なんていうか絶望?もう抜け殻みたいになってる様です。受け答えも緩慢で食事もほぼ喉を通らないみたいですね」
「あー」
まあそうなる理由があり過ぎるよね。きっと今まで耐えてきた物とかが今回ので一気に心に来てしまったんだろう。カサリと音を立てるアルの手元の書類には多分商会からのルシアナについての報告が書いてあるのだろう。ふむふむと読んだ後に「今にも死にそうらしいですね」とケロッと曰う。
別に正義の味方になりたい訳でも、人助けをしたい訳でもないけれど。でもせっかく『推し』の具現化みたいな奇跡に出会えたのだから、どうせなら元気になった推しが見てみたい。まあなー、私が行ったところで特に出来る事があるとは思えないけど、行くだけならタダだもんね。あと拾った責任は私にあるしね……。
と、いう訳でですね。アル様に都合つけて頂きました。突撃、隣のリィナ様ですよ!
「話はつけておきましたが……本当にお一人で会われるのですか?」
散々ごねてごねてごねまくってやっと納得してくれたかと思ったのに、やっぱり納得していなかった様子のアルが不満げに言う。
「まあちょっと色々聞いてみたい事もあるしね。私1人の方が気を遣わないかなって」
「いや多分それは無いと思いますけどね。まあ……リィナ様に危害を加えられる存在ではないと思いますけど、それでもお気をつけ下さい。僕は貴女が傷付けられる事は望まない」
何だろうね。人外になって、しかもその中でもかなりの上位だから私自身を傷付けられる人ってほぼ居ないからこうやって心配してくれる存在っていうのは有難いよね。
「うん、ありがとう」
「本当の本当にですよ?傷っていうのは身体的にだけではないんですよ?精神的に傷つくのも駄目ですからね。もしそうなったら直ぐにでも呼んでください。即刻排除致します。」
「やだ過激」
それが例え私推し強火担一族の狂人だったとしても。
✳︎✳︎✳︎
目の前の扉をアルがコツコツとノックするがそれに対する応えは無く、ふた呼吸置いた後アルの手によって扉は開かれる。
「ありがとう」
扉を開いておいてくれるアルにお礼を言いつつ部屋に足を踏み入れる。陽当たりが良く明るい雰囲気の中にふわりと風に乗って香るのは百合の花。そして窓辺に置かれた一脚の椅子に姿勢よく、しかし生気なく座っているのはルシアナ・アルベルティーニ。つまり私の推し、である筈なのだが。
め、目が死んどる…………!
なんだこの姿勢のいい人形は!とでも思ってしまいそうなほど生気が無い。アルが『絶望って感じ』と言っていたのが誇張でも何でもないとよく分かる。窓の外を見ている様で特に何も見ていない。瞬きはしているが物凄く回数が少なくそして緩慢。呼吸、してる?と不安になるレベルで動かない。やばばばば。アルによるとこうなったのはここへ来てかららしい。正しくは私の小屋からこちらに向かう途中、どんどんと表情が抜け落ちて目から生気が失われていったらしい。彼女に付いてくれた侍女が言うには、私の小屋にいた時は私に対して緊張していて恐らく理解が落ち着いていなかったのだろう、と。そしてアルの商会が管理している邸の1つに着き少し落ち着いた所で自身の置かれている状況を冷静に考える時間が出来たので心が折れてしまったのではないか……という推察らしい。いや侍女さん凄いな。めちゃくちゃ細かく見てるね?
とりあえず最低限の食事はしてくれるので生命維持に問題は無いが人としてちょっと色々やばそうなのでアルに報告していた所、まずは私に聞こうとなったらしい。何から何までありがとう。しかし、ふむ。成る程?ルシアナの立場で考えるとさもありなんって感じか。婚約者に冤罪ふっかけられて、しかも大勢の前で断罪という辱め。大人達も自分の味方にはなってくれず暴力まで受けた。私ならブチギレ案件だな。しかしこのルシアナちゃん。見た目はつよつよ悪役令嬢顔なのに反して優しすぎるというか繊細というか……たまに漏れ出る独り言も「私がもっとしっかりしていれば」「私が不甲斐ないばかりに」みたいな自分を責めるものばかりらしい。まじか……私の周りにはいないタイプだな……みんな我が強いからな……
「こんにちは。久しぶりだね」
今もなおぶつぶつと生気のない表情で窓に向かって何かを呟いていたルシアナに、羽をふわりと震わせながらそっと声を掛ける。
「あ…………」
ゆるゆるとこちらに顔を向けたルシアナと目が合うと、焦点のあっていなかった瞳に僅かにだが光が戻る。
「少しお話ししたいんだけどいいかな」
「あ……の、わた……くし…………」
どうやら完全に拒否という訳では無さそうなので予定通り一旦アルには退出してもらい、近くに座っていいかを確認してから椅子を移動する。
「まだ数日しか経ってないと思うんだけど、ちょっと痩せたね。あんまりお腹は空かない?人間は食べないとすぐ壊れるんでしょう?食べたい物があるならリクエストしたらいいよ。多分ここの家はよっぽど無茶な事言わなければある程度は聞いてくれる……と、思うし。多分。」
うん多分。対私とそれ以外の違いとか気にした事無かったから分かんないけども。うん。
「どうして……」
「お?」
「どうして私をそこまで気に掛けて下さるのでしょう。ご覧になられたとは思いますが、私は婚約破棄をされる程魅力の無い女なのです」
自分で言っているうちに悲しくなってきたのかほろほろと静かに涙を流す姿が何とも痛々しい。
「でもそれ聞いたけど破棄理由冤罪だったんでしょ?ならルシアナ悪くなくない?むしろ相手とか周りが悪くない?」
首を傾げてそう聞くと、殿下のお心を射止められなかったルシアナが悪い。もっと気を配って冤罪を掛けられるような隙を見せない様にするべきだった。そもそも自分の魅力を引き出す努力が足りない云々並び立てるので、思わず「人間めんどくせぇな」と言ってしまえば更に落ち込んでしまった。やはり私に人を慰めるなんて無理らしい。前世人間だった筈なのにもう感覚が完全に妖精だからね……もう面倒くさいしか出てこないよね。
「じゃあさールシアナは今婚約者も無くて、ついでに言えば家も出て自由の身になったでしょ?何かやりたい事とか行きたい場所とかそんなのは無い?」
そうやって聞いてみれば「何の価値もない私が自分の願望を抱くなど…!」みたいな事を言うので流石にこれ落ち込んでるだけの発言じゃないよなぁと思う。なんていうか、だいぶ思想?思考?色々管理されてたのを感じる。これ、虐待ってやつでは……と思わんではないがまあそれはおいておいて、大変申し訳ないとは思うのだが、ちょっと面倒くさくなってきたのでシクシクモードをぶった斬らせて頂こう。
「あのね」
そういうと未だ影の残る瞳で緩慢にこちらを見上げるルシアナ。
「私、あなたを連れ出したでしょ?あの王城から」
こくんとひとつ頷くルシアナ。よしよし。
「どうしてだと思う?」
「それは……その、貴方様はとても偉大な妖精であると伺いました。ですのでその広いお心のまま御慈悲で……」
「私が慈悲深いってここの邸の人が言ってた?」
「……?いえ、偉大な妖精であるのだと」
まあ、だろうなと思う。他の人は知らんがアルの一族や私に関わることがある従業員は私を『慈悲深い』だなんてきっと言わない。しかしそれを伝えるとルシアナは「では何故……?」とますます困惑してしまった。
「あのねー、私貴女の外見が好きなの」
「が、外見ですか?」
「そう。顔もスタイルも声も凄く好み。だから助けた」
目を見開き驚いた表情のルシアナは少し幼く見える。
「そ、れは……しかし私など釣り上がった目がきつく」
「うんうん。吊り目お揃いだね」
「身長も、女性としては高い方で」
「背が高いと色んな形の服がスラっと着られていいよね」
「声も、鈴の鳴るような可愛らしい声では……低く男性の様だと」
「ちょっとハスキーで落ち着いたいい声だもんね。っていうか男性の声は流石に違うでしょ。耳腐ってんじゃ無いのそいつ」
後々判明した事ではあるが、その発言をしたのは王子の浮気相手であるあの頭ふわふわっぽい女らしい。成る程。性根に加えて耳まで腐ってたんだね。
その後もルシアナが何か言う度にあくまで私が思うままにだが答えつつゆっくりと話をしていればルシアナの瞳にはどんどんと涙が溢れ、決壊した。
「気が付いて無かっただけでルシアナはいっぱいいっぱい素敵な物を持ってたねえ」
「わ、わた……くし。今まで何をやってもダメだと。私の努力が足りないから悪いのは全て私だと」
ぐずぐずと両手で顔を覆って泣き出すルシアナを横目に自分の領域から紅茶を2人分取り出してゴクゴクと飲んでゆく。環境が悪かったんだろうなきっと。
「それでもいつかはお父様や王妃様、殿下の望む様な立派な人間になれると信じて努力を続けていたのに……」
もう少し長くなりそうなのでフィナンシェも出しておこう。
「本当はある程度の年齢になれば気が付いておりました。私を取り巻く環境や周りの方々の発言が歪んでいると。しかし、私1人ではどうする事も出来ず……その内に、心が耐えきれなくなり、言われるまま望まれるまま心を殺して生きていく方が楽だったのです」
甘い物食べたらしょっぱいのが欲しくなったのでここで秘伝のジャーキーも出そう。
「ですが、あの騒動の時にふと思ったのです。全て自分の不甲斐なさのせいだと考える思考の片隅に『なぜ』と。私は努力を致しました。望まれる発言、行動をとり様々な屈辱に耐え生きてきたのに。最後に残ったのは空っぽな状態に慣れた人形の様な私の心だけ」
行儀が悪いのは分かっているがジャーキーを咥えつつ頬杖をつく。ルシアナの瞳からもう涙は流れていない様だ。
「…………申し訳ありません。純真と平等を愛する妖精の方にこんな人間の醜い話をお聞かせしてしまって」
一通り泣いて少し冷静になったのか最初よりは光が戻った瞳を申し訳無さそうに伏せ謝るルシアナ。しかし気になる点がひとつ。
「いやそんなもん全然愛してないけど」
え?みたいな顔されてもな。そういうのが好きな妖精も居るだろうけど基本的に妖精ってめちゃくちゃ贔屓するし全然平等じゃない。あと純真……どこからそんな話が出たのかは知らんがそれは一部の妖精の性癖では……少なくとも私は別にどうでもいい。私のテリトリー内に手を出すなら容赦しないけど、自我がある以上醜い事を考えたりするのは生物として健全では?って思ってる。程度はあるかもしれないけども。
「まあねー。多分自分でも話してて分かったと思うけど環境が悪かったんじゃない?私妖精だし共感は出来ない事多いけど、これからの事を一緒に考えるくらいはしてあげられるよ」
「これからのこと……」
「そうそ。これからのこと」
呆然と呟くルシアナにジャーキーを持たせてやる。
「今までやりたい事やって来なかったんでしょ?なら今からは自分の好きに生きたらいいよ。自分で責任を取れる範囲でね。きっかけ作りは一緒にしてあげる。好きな事、本当に無かった?」
すると少し俯き考え出すルシアナ。まあじっくり考えるといいよ。私はジャーキー齧って待ってるから。所で紅茶とジャーキーって意外と合うんだよね。サリンは困った様に笑うしパフィには鼻で笑われるけど私は決して味音痴ではないと自分を信じている。
「ひとつ……」
「はいはい」
フィナンシェもお食べと目の前に置いてやる。
「王子妃教育の一環で諸外国の特徴等について学ぶ機会がありました」
うんうんと頷き先を促す。
「その時に思ったのです。所詮叶わぬ願いだと分かってはいるのですが、気侭に様々な国を巡ることが出来たならばどんなに素敵な事だろう。と」
「おお、いいねいいね。」
「それも、国の重要人物などではなく一介の旅人や商人の様にその土地の良い所も悪い所もありのままの姿を見る事が出来る立ち位置で」
まあ、口に出す事すら許されておりませんでしたので直ぐに心の奥底に仕舞ったのですが。そう呟くルシアナは少し遠い目をしていて、もしかしたら厳しい王子妃教育とやらの内容を思い出しているのかもしれない。だがルシアナの気持ちは分かった。これだけ聞けば十分だ。
「よし。じゃあ、今から行くか。アル呼ぼう!」
「……えっ?ど、どこにでしょう」
突然立ち上がった私に釣られ慌てて立ち上がるルシアナ。
「どこって、旅に?行き先は〜まあ適当でいいや。適当に決めよ」
「……………………は?」
ルシアナさん口の中見えてるよ。
ジャーキー狂