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忘れ物  作者: あるて
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 そしてわたしが一緒に住むことになったのを機に、兄はとうちゃんの連れ子である昭文にいさんとすぐ近くのアパートに二人で住むようになり、自宅マンションにはわたしと母ととうちゃんの三人だけとなってしまった。

 産まれた時から反社の人の息子として育った昭文にいさんの影響で、二人で暮らしていた兄は不良への階段を着実に上り始めていく。

 わたしはそういった影響は特段何も受けることはなかったが、家がそれなりの広さがあったので一人部屋をあてがわれることになってしまった。

 

「わたしおかあさんと一緒に寝たいな・・・」

「それは無理だから、せっかく自分の部屋もあるんだし、おとなしく一人で寝れるでしょ?詩織は賢い子なんだから。」

「・・・わかりました。」

 

 たぶん生まれて初めて絶望に近い気分を味わったんだと思う。1年もの間、離ればなれになっていた母と兄。恋しさはつのり、とうとう実力行使までして勝ち取った一緒に暮らすという権利。


 その勝利はただのハリボテでしかなかった。その時に母がどんな表情でその科白を私に言い聞かせたのかは覚えていない。ただ、わたしは以前にはなかった母との決定的な距離、もしくは溝というものを感じてしまっていた。


 壁一枚。たったそれだけの距離がやけに遠い。その近くて遠い距離感は自分でもわからないくらいの影響を与えたのかもしれない。


 聞き分けのいい子。

 世間一般から見れば、わたしは子供らしくないほどに聞き分けのいい子に映っていたことだろう。


 でもそれは決して聞き分けがいいわけではなくて、子供らしくない可愛さのかけらもない分別からの遠慮であり、距離を感じたが故の諦観であり、どこか他人事のように客観的に眺めることで自分の心を押し殺すための自己防衛手段でしかなかったのかもしれない。


 一人ぼっちで昼間を過ごすよりも、母や兄と離れて暮らすよりも余程ましだし、元々父のところで暮らす予定が変わったのだから贅沢だと言っていいかもしれない。そんな風に少し切り離して考えることで、せっかく同じ家に住みながらも感じる寂しさを誤魔化すしかなかった。


 こうやって3人+2人の生活が始まったわけなんだけれども・・・。

 有言実行。

 世間一般ではもっぱら肯定的な意味でとらわれることの多い四文字熟語だけど、結果はいいことばかりではないということをまたしても幼くして学んでしまうことになるとは。


 反社父の子供嫌いは決して口だけではなかった。兄と喧嘩をして少しでも大きな声で泣いたりすると、兄が後で謝るほどの容赦のなさで蹴り飛ばされた。ガラスの灰皿を投げつけられたことも。おいおい、当たったら死にますよ、それ。


 背中の落書きの意味が全く分かっていなかったので、一度お風呂に一緒に入ろうと誘われた時に、絵の具が湯船に溶けて汚れそうだから嫌だと、至極子供らしいある意味かわいらしい理由で断ったところ、リンチですか!?ってほどに殴られた。


 常に緊張を強いられる生活。父のところにいたころとどっちが幸せだったのかとか、考えると死にたくなりそうだったので意識してそういうことは考えないようにしていた。


 代わりに覚えた処世術は、機械になること。インプットされた言語のようにとうちゃんと呼びかけ、言われたことには決して逆らわない。余計な一言で怒らせないように極力家で会話をしない、つまり声を出さない。


 結果的に母や兄との会話も減ってしまったけれど、誰も不平をいったり咎めたりすることもなかった。怒られた時にかばってもらった記憶もほとんどないけれど。


 結局その当時は誰も彼に逆らうことはできなかったんだと思う。きっと私を父のもとから引き取るときに多大なる援助をしてもらったのだろう。


 それとこれは後から聞いた話だけど、父を説得するのに反社組織の若い人材を派遣していたらしい。その時に父がわたしを引きとどめていた理由も聞いた。わたしを人質にしていたら出て行った母がそのうち戻ってくるかもしれないと望みをかけていたらしい。つまり未練たらたらだったというだけ。わたしが必要だったわけではなかった。

決してわたしに対する愛情がなかったわけではなかったんだろうけど、結果として子供を道具のように扱い、母との再会を妨害していたということ。

幸いその事実を聞いたのは高校生になってからだったのでそこまでショックを受けることもなく人間不信をさらにこじらせるだけで済んだのはよかった。のかな。

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