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忘れ物  作者: あるて
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実力行使

 そこからは何度か母と会えるようになり(なんだかんだ兄も来ていた)、母と兄が暮らす家にも連れて行ってもらえるようになった。

 わたしが「おじゃまします」というたびに兄は怒ったような顔をしていたけれど、どうしてかは教えてくれなかった。

 もっとも、家にお邪魔するようになってからの展開はけっこう早かった。

 またしても父に対してわたしが実力行使に出てしまったのだ。

 その日は母と一緒にケーキを作っていたと思う。

 そして三人でケーキを食べ、もうすぐ帰宅する時間に近づこうかというころ。


「おかあさん、ちょっと電話かしてね。」

「え、電話なんか何に?使い方わかるの?」


 そう、わたしは日頃の勉強の甲斐あって記憶力が鍛えられていたのか、特に数字を覚えるのが得意で母の家も自宅も電話番号を完璧に暗記していた。40年以上たった今でも覚えている。

 そして当時の回転式のダイヤルを淀みない手つきで回し、父に電話をかけた。


「もしもし」

「しおりか?今日は晩御飯はいるのか?」

「おとうさん、わたしもう帰らないから。それじゃ。」


 ガチャン。こんなかわいくない子供、探してもそうそういるまい。

 母は大慌て。当然だ。子供のころは知らなかったといえ、親権のない親がいくら子供の同意があったとしても親権者の同意がない限り、子供を帰らせないと誘拐になってしまう。

 そんなことを露とも知らないわたしは得意満面。


「これでまたおかあさんといっしょだね!」


 笑顔でそういうわたしに母は困惑顔。でも怒ることもできず仕方なく母は父に再度電話を入れる。


「私が言わせたわけじゃないし、まさかいきなりこんな行動をとって私もびっくりしてるところだから。今からじっくり詩織と話してみるから。わかった。また連絡するから。」


 そう言って電話を切った母は私に向き直り、問いかけてきた。


「本当にもうおとうさんのところに帰らないの?」


 やってやった感で得意になっているわたしは自信満々。


「うん!絶対にかえらないよ!そうしたらおかあさんともおにいちゃんとももうバイバイしなくてよくなるよね!」


 でも少しだけ不安になる。わたしが勝手にやったことで、母は喜んでくれるとばかり思っていたのに少し困ったような顔をしている。


「ダ、ダメだった?わたしやっぱりいらない?ここにいちゃいけない?おとうさんのところにかえらないといけない?」


 目にいっぱい涙をためて訴えかけるずるい子供。

 そのころのわたしはもしダメだと言われたら笑顔で帰っていくような聞き分けのいい子だったから。

おかあさんからすればそんな健気な子供にそんな顔をされたらダメだなんて言うことはできなかっただろう。


「わかった。これからいろんな大人の人にいろいろ聞かれることもあるかもしれないけど、その時はちゃんと自分の意志でお母さんのところにいたいって、詩織の言葉で答えてね。」


 ようやく母が笑顔でそう言ってくれた。


「あ、ありがどう、おがあざ~ん!」


 本当はすごく不安だった。父が怒ってまた喧嘩になったらどうしよう。母に拒否されたらどうしよう。こんなことを言って父のもとに帰ることになったらどんな顔をして会えばいいんだろう。

 そんな不安が一気に解消されたわたしは安堵と歓喜で泣きむせり、母にしがみついたまましばらく泣き続けた。兄も後ろから優しく抱きしめていてくれた。

 ようやく人知れず泣いてばかりだった生活も終わる。そう信じて。


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