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忘れ物  作者: あるて
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再会

 それからどれくらいの時間が過ぎて、何度電話で話したかも覚えていない。ただ最初の一回をわたしが力づくで取って以来、父は母との電話に介入してこようとはしなくなった。

 そして約1年ぶりの母との再会。5歳年上の兄の隆一とも。

 元々ぽっちゃり生まれてきたわたしが1年でやせ衰えている姿を見て、母も兄も言葉がないようだった。

 でもわたしにはそんなこと関係なくてひたすらとびついて、泣いて、甘えて。

 その時は本当に幸せな時間だった。

「おかあさん大好き!」

 そんな言葉に少し涙を浮かべながら、申し訳なさそうにほほ笑む母の笑顔が印象的だった。

 ちなみに兄にはよくいじめられたりしていたので大好きとは言ってやらなかった。それでもうれしくてずっとつきまとっていたから態度ではバレバレだったんだろうな。


 ひさしぶりの再会であろうが、実の親子の対面であろうが、時間は待ってはくれない。

 当時のわたしは親権なんて言葉すら知らなかったけど、今は父のところに帰らないといけないということはなぜか理解できて、帰りたくないとぐずって困らせることもなく、お別れの地下鉄の駅までたどりついた。

 年齢的には幼稚園児なのに気持ちの悪いほどの聞き分けの良さで子供らしさのかけらもないなと今なら思う。どれだけ達観した5歳児だろう。

 でも兄は違った。

「ねぇ、おかあさん」

「どうしたの?隆一」

 みるみるうちに兄の目から涙があふれだしてわたしは驚いた。

「ど、どうしてしおりを連れて、か、帰れないの?」

 なんでそんなわかりきったことを聞くのだろうと思っていたわたしはやっぱり可愛くない子供だった。

「ごめんね、隆一。」

 また申し訳なさそうにほほ笑む母。

「おにいちゃん、また会いにきてよ!今度は公園で一緒にいっぱい遊んでよ!」

 笑顔でそう答えるわたしに兄は腹が立ったのだろう。

「もう来ないよ!バカ!」

 そうこうしているうちに母と兄が乗る電車が到着する。普通逆だろうと思うけど、どうしてもわたしが見送ると言ってきかなかったそうだ。

 やがて地下鉄の独特のにおいの中で、母と兄を乗せた電車のドアが閉まり、ゆっくりと出発する。地下鉄の電車なんて見えなくなるまであっという間。残されたのはわたしと地下鉄のにおいだけ。

 見えなくなってからもわたしはずっとそこに立っていた。戻ってくるはずもないのに。

 ただ突然訪れた寂しさを自分でもどうしていいかわからずに、ずっと涙を流し続ける。

 あぁ、この姿を見られたくなくって見送るって言ったんだろうなと、後からようやく自分の行動の分析ができるようになっても寂しさだけは消えてくれない。

 意地っ張りで、余計な気を使って自分の感情を隠そうとする。やっぱり可愛くない子供だ、わたしは。

 そして涙を流したままゆっくりと自分が乗る電車に向かって階段を上る。

 こうしてはじめてのおつかいに続いて、はじめての一人遠出も何の感動もない、ただの刹那的な幸福感と寂しさを思い出に私の記憶に刻まれることになってしまった。


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