第三十二話 『ゼロから』
第三十二話。 前半は三裡視点、後半はニチカ視点です。
感想、ご指摘、いいねなどお待ちしております。
「はぁ、、疲れた」
ため息と共にそんな事を呟きながらわたし、熊谷三裡は廊下を歩いていた。目的地は春樹君達の教室だ。他の教室に足を運ぶのは私にしては珍しい行動なのだが、理由はまぁ、、逃げてきたからだ。
朝、登校するやいなや私はクラスメイト達に一斉に取り囲まれ、あれやこれやと質問攻めにされた。同じ事を別の人から何度も聞かれたり、終わる気配を見せない訪問者にいい加減うんざりした私は、トイレに行くと言って逃げるように教室を飛び出してきたのだ。当然、春樹君の所には私以上に人が集まっている事だろう。実際、先程「勇者が登校してきたらしいぞ!」と騒ぐ声を耳にしたし、廊下もいつもよりも人が多い事から間違いなく賑やかなことになっているはずだが、それでも1人で質問攻めにされるよりはずっといい。
そんなこんなで春樹君の教室に向かって歩いてわりとすぐ、何やら様子がおかしい事に気がついた。春樹君の教室の入り口あたりにやけに人が集まっていたのだ。
、、、なんだろう?入らないくらい教室に人が溢れてるのかな?
不思議に思った私が正面に見えてきた人だかりに視線を向けると、やはりみんな教室には入らず廊下で立ち尽くして中に視線を向けているのだが、、やはりなんだか様子が変だ。今世間を賑わせている勇者がいるのだからもっと浮き足だった雰囲気でもおかしくないと思うのだが目の前の人たちはなんと言うか、、呆然としてるって感じだ。ますます不思議に感じた私は、人混みをかき分けて進み教室の中を見て、、、固まった。
中では今村さん達仲良し3人組が青ざめた顔で立っており、その他の人達は廊下の面々と同じ様に呆然とした表情で固まっていて何故か床には粉砕された勉強机の残骸がある。そして、春樹君は教壇の上に座り足を組み、島で何度も見た凄惨な笑みを浮かべていた。
その光景を見てなんとなく何が起きたのかを察して春樹君の顔をチラリと見た私は、何も見なかった事にして即座に踵を返したその時だった。
「とりあえずお前ら全員、教室の後ろに並べ」
スタスタとその場を去る私の背にそんな言葉が聞こえてきて、その瞬間思考が停止した。
あ、、すぐに行かなきゃ。
そうして、私はほぼ無意識にただ春樹くんの言葉に従い、再び踵を返して教室の中へと歩を進めるのだった。
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ーー三裡の訪問から少しだけ時を遡ること数分前。
春樹と一緒に登校してきたわたし、今村仁千佳は教室に入ってすぐに一旦春樹と別れて恵美や郁美と挨拶を交わしに行った。そして簡単に挨拶を交わし、3人でチラリと春樹の方に視線を向けると、自分の机の惨状を見て何故だか楽しそうな様子だった。そんな春樹をハラハラとしながら見ていたらさっそく懸念通りに1人の男子とその取り巻きがニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべて春樹に近付いていった。
彼の名前は若林くん。下の名前は、、なんだったか、、まぁそれはいい。とにかく、彼はクラスの中でも特にアイツに積極的にいじめを加えていたグループの中心人物だ。
、、、正直、しつこく私を遊びに誘ってくるので個人的にはちょっと苦手な人だ。
そんな事を考えていると、いきなり若林くんが春樹の胸ぐらを掴み上げた。思わず、悲鳴をあげそうになるがなんとか抑えているとなんと、若林くんが春樹の頭を叩くという衝撃的な光景が視界に飛び込んできた。
だっ、、、誰かあのバカな自殺志願者を止めないと!?
若干パニックに陥りかけ、思わず腰の剣に手をかけた私だったが、、春樹は胸元を掴まれ殴られて尚、怒るような様子は見せなかった。
あれ?私が心配しすぎだったかな?
一瞬、そう思った私だったが、春樹の表情を見て背筋が凍り付いた。
春樹は笑っていたからだ。島で何度も見た、あの肉食獣を思わせる獰猛な笑顔だ。
前言撤回。ヤバイ、、ヤバイヤバイヤバイ。なんとしてでもあのバカを止めなきゃ!!今ならまだ、地面に頭を擦り付けて謝まらせれば許してくれるかもしれない。
そう思い、3人で制止の声をかけるが当然、そんなもので止まるわけもなく、こちらにまで攻撃の矛先が向けられ始めた時、春樹が振り上げた手をそのまま下ろし、机を粉々に破壊した。
あぁ、、だから言ったんだ。
頭を抱えた私は心の中でそう思いながら、時が止まったかの様に静まり返った周囲に目をやった。皆一様に信じられない物を目にしたかの様に呆然としている。
、、無理もないと思う。きっとみんな、別世界から来たからと言って所詮アイツはアイツ。つまりは「気弱で、暗くてウジウジしている渋谷春樹」を想像してナメてかかっていたのだろう。、、私は「昔の春樹を知っている」と言う前提があったから比較的すんなりと受け入れる事ができたが、知らないならそりゃあさぞかし戸惑う事だろう。実際、島では恵美と郁美もかなり戸惑っていた。
、、、あんなに怖い春樹は私も知らなかったのでもれなく一緒に動揺していたが、、それでも他よりは戸惑いは少なかったはずだ。
正直、私は惚れている事を抜きにしてもちょっと春樹には逆らえそうにない。私達に暴力を振るう事はないとわかっていてもだ。それほど、この状態の春樹はすごく怖いのだ。つい先日、私達に地獄を見せた牧瀬さんととてもよく似た雰囲気を身に纏っている。
そして、そんな事は知らない彼らは絶対に踏んではならない虎の尾を踏んでしまった。
そんな事を考える私をよそに、春樹は黒板の前まで悠然と歩いていくと教壇の上に座り、足を組んでクラス全体を見回し、口を開いた。
「とりあえずお前ら全員、教室の後ろに並べ」
その言葉を聞いた私達遭難組の判断は迅速だった。疑問を持たず、ほとんど無意識にただ言われるがままにノータイムで行動を開始した。そして、そんな私達に待ったの声がかかった。
「まて、、お前らは止めようとしてくれてたし別にいい、、、てか三裡、、お前別クラスだろ?なんでいるんだ?」
そんな春樹の言葉に、はて?と思い後ろを振り返るといつの間にか私達の側に熊谷さんがいた。私達と同じ様に春樹の言葉に従った結果なのはなんとなくわかるが、、、春樹も言っていたけどそもそも何故ここに?、、、と言うか、、今春樹、熊谷さんのこと下の名前で呼んでなかった?ど、、どうして?いつのまにそんな仲、、、
「チッ、、ってか遅っっせぇなァ?とっとと並べやウスノロ共がァ!!!んな簡単な事もできねぇのか?無理やり引きずって並ばせてやろうか?ア゛ァ゛?」
「ひぅっ!?」
なんだか熊谷さんと春樹の仲がよくなっている事に引っ掛かりを覚え、その事を考えていたら突然、空気が爆発したのかと錯覚するほどの怒号が聞こえ、思考は強制中断させられ小さく悲鳴をあげて飛び上がった。
どうやら、春樹が呆然としたまま動こうとしないクラスメイト達に痺れを切らしたらしい。
そして、そのクラスメイト達は春樹の強烈な怒号に私と同じように小さな悲鳴をあげて飛び上がったり、腰を抜かしてしまったりとさまざまな反応をみせた。また、春樹から発せられる強烈な威圧感によくわからないけどとにかく何かヤバいと本能で悟ったのか皆大人しく従った。先程、春樹に絡んでいた若林くん達まで納得いかなそうな表情を浮かべつつもしぶしぶ指示には従っていたくらいだ。
そして、春樹は全員が整列したのを確認すると「三裡、ノートとペン持ってこい、、俺のカバンに入ってる」と顎をしゃくって指示を出した。一方、指示を出された熊谷さんは短く「はっ!」と答えると素早く机の残骸付近に落ちてる春樹のカバンから目的のものを回収して、春樹の元に戻ってくると跪き「これを、、」等といいながらノートとペンを手渡した。
それを春樹は「おう、ありがとな」と短く答えて受け取り、それに熊谷さんが「恐悦至極」と返して、、、ちょっと持って。
、、、え?なにそのやり取り。主人と下僕かなにかなの?、、というかやっぱり下の名前呼びになってるしいつの間にか仲良くなってるぽいけどなんか思ってたのと違う?!
私が、目の前でいきなり見せつけられたナチュラルな主従ムーヴに困惑していると春樹が「さて、、早速だけど、、」と前置きしてから話を切り出した、、、所で騒ぎを聞きつけたのか先生が教室に飛び込んできた。
飛び込んできたのは担任の田辺先生だ。高圧的で、色々と口煩く言ってくる嫌な先生だ。、、、いじめを行っていた私達が言えた事ではないが、、アイツを虐めていたのも明らかに気付いていて放置していた、、いわゆる「ダメな教師」というやつなのだと思う。そしてそんなダメな教師こと、田辺先生は教室に入ってくるなり大声で「お前ら朝っぱらから何をやってるんだ!!さっさと席に戻れ!!」などと喚き散らし始めた。そんな先生を見て、会話が中断されたせいかそれとも単純にうるさいからか不機嫌そうな顔になった春樹が口を開いた。
「黙れ、ブタ」
その一言で、教室はシン、、、と静まり返った。
先程の様に大声で怒鳴ったりしたわけではないのに、春樹の声はやけに響き、一瞬何を言われたのかわからないと言った様子でポカン、、としていた先生はみるみるうち耳まで真っ赤にして何事かを言おうとしたがそれを言わせないとばかりに強烈な怒気が春樹から発せられた。
怒気と言うより、もはや殺気と呼んでもいい代物に当てられた先生は言葉を発することができず、顔を青褪めさせて金魚みたいに口をパクパクさせていると、春樹はある方向をスッと指差し口を開いた。
「担任っつう立場で気付いてませんでしたとは言わせねえ。、、、黙っててやるからいつもみてえにそこで、ただ見てろ。わかったか?ブタ」
そう言う春樹の指さす方向には、春樹の机の残骸があった。粉々になっているが、悪口が読める程度には原型が残っている部分もある。、、、つまりは「虐めを黙認した事を指摘しないでやるから手出しをするな」という事だろう。
そう言われた先生は、怒りと屈辱に更に顔を赤くして表情を歪めたが、春樹から発せられる強烈な怒気も手伝って結局何もいう事ができず、ただ睨みつけるだけに終わった。
その様子を見て満足そうに怒気を引っ込めた春樹は、気を取り直すように手を叩き再び口を開き始めた。
「、、さて!うるせえブタのせいで逸れた話を戻そう。回りくどいのは嫌いだし単刀直入に言うな?、、こんだけ話題になってりゃあ嫌でも耳に入って知ってると思うけど、俺はこことは違う別世界から来た。名前は渋谷春樹、世間じゃ勇者だのなんだの言われてるが、ただの人間だ。別に、目の前で困ってる奴がいりゃ手を差し伸べるくらいのことはするが、世界を救おうだとかそんな事は微塵も考えてねえ。、、そんなどこにでもいる、お前らと同じただの一般人だ」
そこで一旦言葉を区切った春樹は反応を確認するようにクラスを見渡してから再び喋り出した。私も釣られてみんなの様子を見てみると、みんな先程までと変わらず顔は青ざめ汗も凄い。
「ただの一般人」に関しては疑問を呈したいところだけど、まぁそれはさておき、みんなの様子がおかしいのは表情はにこやかなのにも関わらず相変わらず圧倒的なまでの威圧感が場を支配しているのが原因だろう。そして、その威圧感をばら撒く張本人は特に気にした様子もなく再び口を開き始めた。
「んで、テメエら随分とこっちの俺の事が嫌いみてえだが、、そうなる理由があったのか、それとも別に誰でもよくて、その誰かがたまたま俺だったのかは知らんが、、そんな事どうでも良いし俺に同じように接されても迷惑だ。だから、ここはお互いまた一からやり直さないか?」
そう提案した春樹に答える声はない。これは、、無視していると言うよりは困惑半分、威圧効果半分で答えることができないと言った感じだろう。春樹もその辺りはわかっているのかやはり特に気にした様子もなく話を続けた。
「別にそんなに難しい話じゃないぞ?ただ、初対面として接すりゃいい。興味があるんなら話しかけてくればいいし俺もそうする。逆に関わりたくないと思うのならそうすりゃいい。さっきの若林みたく危害を加えてくるのならそれも自由、そん時は俺もそれなりの対応をするだけだしな。、、、でもそんなの不毛だろ?」
そう問いかけた春樹は一旦言葉を区切るがやはり返事はない。春樹も特に気にした様子もなく話を更に続ける。
「そこでだ、今後実際に仲良くするかどうかはさておき、まずはお互いを知る為に簡単な自己紹介をしよう。、、ほとんどの奴は俺も名前を知ってるけど、、何人か知らねえ顔もいるし、性格だって違うかもしれねえしな」
なるほど、関係性をリセットして新たにやり直すためにまずは改めて自己紹介から、と言うのは納得というか、、まぁ自然な流れな気がする。、、、とりあえず、、血で血を洗う惨劇は起こらなそうで何よりだ、、
私がホッと胸を撫で下ろしていると、教壇の上に置いてあった生徒名簿を手に取った春樹は、内容に目を通して一瞬考える素振りを見せてから口を開いた。
「まぁ下手に凝る必要もねぇしベタに出席番号順でいいか。、、おっ?さっそく俺の知らねえ奴だな。相川祐也、まずはテメエから『名前』と『こちらの俺に何をしてたか』を言え。、、あぁ、お前は既に名前見たから名乗るのは次のやつからでいいぞ〜」
生徒名簿をヒラヒラと振りながらそう言った春樹に全員が息を呑んだ。
お、、おっと?なんか話が変わってきたぞ、、?求める情報が名前とこちらの春樹にしていた事って、、それは、、、自己紹介じゃなくてただの自白と言うのでは?
私が、どうやら惨劇はまだ回避できていなかったらしい、、と身構えていると、答えが返ってこない事に怪訝そうな表情を浮かべた春樹が声を上げた。
「おい、相川?どうしたよ?、、別にそんな難しい事聞いてねぇだろ?」
「そ、、そんな事聞いてどうするんだよ?」
生徒名簿を肩でトントンしながら問いかける春樹に、相川くんは震えながら若干上擦った声でそう答えた。
「ふむ、、そういやテメェ、さっき若林の後ろに金魚のフンみてえにくっついてたウチの1人だな?」
教壇からおり、そんな事を言いながら相川くんの前まで移動した春樹は、そのまま思いっきりビンタを繰り出した。バシィィンと物凄い音が鳴り響き、悲鳴を上げる事すらできずにその場で横に1.5回転した相川くんは頭から派手に落ち、ビクンビクンと痙攣し始めた。
「聞かれた事だけ、さっさと答えろや、、、、あぁ?なんだァ?、、テメエ気絶してやがんのか」
未だ痙攣している相川君を冷めた目で見下ろした春樹は、足で軽く小突いても反応しない相川くんをみて「チッ、、めんどくせえ」と言うとギロリ、とこちらの方を向いて口を開いた。
「盛島ァ!!!」
「は、、ひゃい!!?」
「水」
急に呼ばれて驚いたのか。噛んで変な声を上げて飛び上がる恵美に端的な指示が飛ぶ。
、、、どう考えても、島で緋月さんにしたように相川君に水をかけて意識を覚醒させろと言う意味だろう。恵美もすぐに理解し、また抵抗しても無意味な事も知っているので大人しく従って相川君の顔に水をかけ始めると、すぐに相川くんは激しくむせつつ目を覚ました。
、、、友人が、なんだか人の意識を無理やり覚醒させる事に少しこなれてきているのはきっと気のせいだと信じたい、、
「、、、ゲホッ、、ガハッ、、な、、何が、、ぶべっ!?」
そして春樹は目覚めたばかりで激しく咽せている相川君の襟元を捻り上げ容赦なく1発、更に返す刀でもう1発平手を撃ち込み、女の子座りで頰を抑え呆然としている相川君に告げた。
「起きたんならさっさと答えろ。こっちの俺に、なにしてた?」
ヤンキー座りで座り込み、にっこりと満面の笑みで問いかけた春樹。そんな春樹のあまりに容赦のない仕打ちを見たクラスメイト達は、ここに来てようやく自分達の置かれた状況に気が付き始めた様子で、皆ガタガタと震え上がり汗を大量に流し始めた。
「あ、、、、え?」
一方、相川くんの方はと言うと相変わらず女の子座りで頬お押さえて呆然としており、未だ現実に復帰できてない様子だ。そして、そんな相川君をみた春樹はため息を吐きつつ「ちょっと加減しすぎたかな?」などと呟きながら真顔で右手をスッと掲げた。
「、、、ヒッ!?わ、、わかった!言う!!言うからもう殴らないでくれ!!!」
掲げられた右手を見て、生存本能からか一気に意識が現実に帰還を果たした相川くんは、自分が過去にしてきた事を話だした。そして、それを聞く春樹は怒るでもなく、悲しむでもなく、「うんうんなるほどなるほど」などと呟きながらただ淡々と書いた内容をメモに書き記していく。
、、、、いや怖いよ!?そのメモなに!?自分がされた事をメモに残してどうする気なの!?ただ怒鳴ったりするよりずっと怖いわ!?
そうして恐怖に打ち震える私をよそに、途中から恐怖に耐えかねたのか泣きながら答えていた相川くんは全て言い終わると「じゃあもう用はねえから席に戻れ」という春樹の一言でトボトボと自席に帰って行った。
「次」
「いっ、、井上昌子、、です。わっ私は渋谷くんの事虐めたりなんてしてません!!」
「うんうん、何もせずにただ見てたわけねりょーかい。じゃあ戻っていいよ」
「ッ!!」
春樹にそう言われた井上さんは、くしゃくしゃに表情を歪めてそれでも何か言い募ろうとしたが、結局何も言えずにその場で崩れ落ちて泣き出してしまった。そしてそんな井上さんをすでに興味を失った様に さっくり無視した春樹は「次」と続きを促した。
結局、その後は特に変わったこともなく全員が自己紹介という名の自白を終えたのだった。
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