幽霊少女と霊能力少年~彼氏を寝取られ地縛霊となった少女は、第二の人生を歩む~
夏と言うことで。
「なんか最近は寝取られ、ざまぁ系が多いな」
高校を県外にした俺は、安い賃貸のアパートに住みながら学校に通っている。
結構古いアパートで、何度か住みやすくするために改装を繰り返しているようだが……いわくつき。
どうやら、十五年前ほどに一人の女子高生が死んでしまったらしいのだ。死んでしまった原因は……どうやら付き合っていた彼氏を寝取られたらしい。
……親友に。
昔から仲がよく近所でも評判だった。
けど、よくぶつかっていたらしく、同じ人を好きになった。
そして、死んだ少女の方が付き合うことになったのだが……対抗心からなのか。少女の知らないところで、色々とやって彼氏を寝取ってしまったらしい。
その事実を知り相当ショックだったのだろう。
唯一の親であった母が帰って来た時にはすでに冷たくなっていたらしい。母は、その後アパートを引っ越し、今は友達夫婦の家で暮らしているとか。
で、だ。
それ以降夜中になるとその部屋から少女の泣く声が響いてくるとかなんか。そんないわくもあり、かなり安い賃貸となった。
まあ、俺には関係ない。
え? 幽霊なんて居るわけないと思っているから? いやいや違う。
むしろ俺は幽霊は居ると思っている派だ。
なにせ俺は。
「……ふっ。寝取られとかマジ許さん」
「ですよね。マジ許さんですよね」
パソコンから目を放し、後ろへと振り向くとマジな表情で体育座りをしている白髪の少女が居た。
どこか時代を感じるセーラー服を身に纏い、体は半透明である。
そう。
彼女こそ、話にあった彼氏を寝取られた少女。どういうわけか髪の毛は生前の黒髪から白へと変わってしまったみたいで。
そして、そんな彼女が見える俺は……霊能力者である。
しかも、かなり特殊な部類で。
「ちょっと貸して」
「あ、なにを」
ゆらりと立ち上がった少女―――水瀬響華は、俺からパソコンを奪い取り、恨み辛みを文字にこめ、とある作品の感想欄へそれを送る。
「ちょっと勘弁してくださいよ。これ俺のアカウントなんですけど」
「心配しないで。一度ログアウトして、ログインしてなくても感想を書けるところに送ったから」
その後、テーブルに置いてあるせんべいをバリバリと食べ始めた。
……とまあ、こんな風だ。
どういうわけか。俺の周囲に居る幽霊達は、なぜか実体化できたり、普通に食事をできたりする。
俺自身、まったく理解できずにいるので、幽霊さん達に聞いたところ。
「あなたがわからないのに、私がわかるはずないじゃない」
ごもっともな返答だった。
ただわかっていることは、俺を中心とした範囲十メートル以内にいないと実体化もできないし、食事もできない。
範囲から出てしまうと、普通の幽霊に戻ってしまう。
だから、昔から生きた人間より幽霊達と遊んでいた。かなりの田舎だったからな……子供も少なく遊ぶものも少ない。
そんな環境で育ってきたからなのか。
いわくつきとか言われても、あそうですかって感じだった。でもまあ、始めは大変だった。俺が幽霊が見える人間だと知った水瀬さんが、これまで貯めていたものを一気に吐き出すかのように、俺へ愚痴ってきた。
「というか、私の前でそんなジャンルを読むとか清太郎くんって意地悪だね」
「いや、これはあれですよ。最近のトレンドを知ろうとしていたっていうか」
「はあ……そういうのを書いている人達って、ストレスでも溜まっているの?」
「さあ、どうなんでしょうね。ジャンルとしては有名な部類ですけど、そういうのは書いている人にしかわからないかと」
俺は読み専だから書いている人達の気持ちはわからない。
けど、水瀬さんの前でこのジャンルを読むのは止めておこう。
「そういえば、今更ですが。水瀬さんは成仏する気ないんですか?」
「えー? 成仏ー? 正直ないかなー。だって、今の生活凄く気に入ってるしー」
そう言って、俺の腹に顔を埋める。
「おらー、私を癒せー」
「はいはい」
水瀬さんは、信じていた二人から一気に裏切られた反動なのか。こうやって癒しを求めてくることが多い。
ずっと誰かに甘やかされたかった、癒されたかった。
けど、自分は幽霊。
誰かに触れてもらえることができない。いや、そもそも自分のことを見える人が居ない。
でも、俺が現れたことで、癒せとか命令してくる。
「どうですか?」
頭を撫でる。
「たりぬー」
足りなかったようで、俺は再び撫でる。
「気持ちがこもってないぞー」
「こめてますよ」
「たりぬー。もっと気持ちをこめろよー」
そう言って頭を動かし、俺の腹にぐりぐりと擦り付けてくる。実体化しているとはいえ、彼女からぬくもりは感じない。
他の幽霊もそうだったが、やはり死んでいるからなのか体は冷たい。
というか近くに居るだけでひんやりとした空気を感じる。
そもそも、元は実体がないからな。体がひんやりしているだけで、十分凄いことだ。マジで、俺の力ってなんなんだろうな……。
「おーよしよし」
「私は動物かー!」
「もう、めんどくさいですね」
「どうせ、私はめんどくさい女ですよー」
生前は、気立てのいい子だったらしいが。
今の水瀬さんは、完全にかまってちゃんである。
「……水瀬さん」
「なーに?」
俺は頭を撫でながらぼそっと呟く。
「なにか、晴らしたい未練とかないんですか?」
「なんだよー、そこまでして私を成仏させたいのかー。君も楽しく暮らしていたと思ってたのに、悲しいぞ」
「いやいや。これは純粋に水瀬さんのためを思って言ってるんです」
それに、俺も今の生活を楽しんでいる。
水瀬さんのために何かをしたいと心の底から思っているんだ。昔から、たくさんの幽霊達を見て、話して、色んな事情を知って来た。
時には、成仏したいと思っていた幽霊の手伝いもした。
だから、こうやって自然と言ってしまうのだ。
「……お母さん」
「お母さん? ……元カレとか親友のことじゃないんですね」
「けっ! あの二人なんてもうどーでもいいんですー」
うおっ、一気に冷気が……。どうやら幽霊は恨み辛みとかそういうのが高まると力が増すようで、それが周囲に影響を及ぼす。
どうでもいいと言っておきながら……。
「私が一番気にしているのは、お母さん。子育てが嫌で逃げ出した父親の分、一人で私を育ててくれたのに。勝手に死んじゃった……本当は、お母さんに相談するべきだったのに」
「……お母さんに、謝りたいんですね」
「うん。でも、私ってば幽霊だし。それも地縛霊。ここに縛られて動けないしー」
実体を持っているが、やはり元は幽霊なので霊感のない人には見えない。霊力が強ければ誰にでも見えるようになる、とか故郷で知り合ったとある幽霊から聞いた。
「いえ、方法はありますよ」
「え?」
お母さんに会って謝りたい。
けど、自分は地縛霊だから普通は見えないし、その場に縛られて動けない。
だから諦めている。
そんな風に思っている水瀬さんを連れて、俺は玄関へと向かう。
「俺の手を握っててください」
先に外に出た俺は、彼女へ手を差し出す。
本来なら、外に出ようとすると見えない壁というかそういう力で阻まれてしまうのだが。
「う、うん」
水瀬さんは、何をするのかわかっていないが、俺の手をぎゅっと握る。
そして。
「せーの!!」
「わわ!?」
霊力を込めて水瀬さんを一気に引っ張り出す。
「……あ、あれ? 部屋から出られた?」
「これも俺の力です」
「わー! わー!! 部屋から出られた!! あははは! 十五年ぶりだの外だー!!」
部屋から出られないと思っていたため、空中をふよふよと浮かびながら喜ぶ水瀬さん。
「あー、でもあまり俺から離れないでくださいね」
「どういうこと?」
「あんまり俺から離れると強制的に元の場所に戻されてしまうようなんです」
「なるほど。つまり君は、私のことを縛っているってわけだね?」
「その言い方は誤解を……って俺以外聞こえてないから意味ないか」
「私は、そう簡単に縛られない女だから!!」
いや、あなた十五年間も部屋に縛られていたんですが。
なんかいつも以上にテンションが高いな。
まあ、それもそのはずか。
二十年超しに外へ出たんだから。
「それで、どうしますか?」
「……うん、行く。お母さんのところに」
今日は休日。
用事がない限り、家に居るかもしれない。ちなみに、水瀬さんの母親が現在住んでいる家はすでに調査済みだ。
「おー、やっぱ十五年も経てば変わるものだね」
道中、子供のようにふわふわと周囲を物珍しそうに眺める水瀬さん。
すると、とある電柱のところで止まる。
「その電柱がどうかしたんですか?」
どこにでもありそうな普通の電柱のように見えるが。
「ふっ、あの裏切り者と初めてデートの待ち合わせをした場所」
「あー」
こういうことがあるとは予想していたんだが、まさか早々に。
「えっと、水瀬さん」
「ねえ」
どうしようかと考えながら声をかけると、突然電柱の前に立つ。
「ちょっと駆け寄りながら、ごめん! 待った? って言って」
「あ、はい」
水瀬さんの圧に押され、俺は周囲に誰もいないことを確認した後に言われた通りのことをする。
「ごめん! 待った?」
「ううん、全然! そんなことよりデートを楽しもうよ!」
そう返事をし、俺の右腕に抱き着いてくる。もの凄い笑顔で。
まさかこれは。
「……この調子で、忌むべき記憶を塗り潰していく」
やっぱりかー。
その後、俺は本来の目的地へと向かう中で、水瀬さんの忌むべき記憶を塗り潰していった。俺は、常に周囲へ神経を張り巡らせていたから、なんかどっと疲れた。
「す、すっかり日が暮れましたね」
「えへへ。楽しかったー!!」
「そ、それはよかった」
おかげで、水瀬さんの機嫌はすこぶるよくなった。
さて、後は母親のところに……ん? あそこに居るのは。
「……」
河川敷にある橋。
そこに一人の女性が悲しげな表情で立っていた。
そして、その女性は……どこか水瀬さんに顔が似ている。まさか彼女が。
「水瀬さん」
確認をするために彼女へ訪ねると、先ほどまではしゃいでいたのが嘘のように立ち止まっていた。
「お母、さん」
やっぱりそうだったか。居場所は知っていたが、顔までは知らなかったからな。けど、血が繋がっているとはいえここまで似ているとは。
名前は水瀬静依さん。確か、今年で四十八歳になるそうだ。でも、相当やつれている。それでも美人なのは変わらないが。
彼女は、十八歳の時に子を身籠ったらしい。すでに高校は卒業しており、大学には通わず就職をしていたが、両親は問題視していた。
そして、彼氏の方は彼女が身籠ったと知るやいなや逃げるように彼女の下から去ったと言う。それからは、両親とも相談し、色々あったが育てることを決意した。
「水瀬さん。どうしますか?」
予想外の出会いだが、本来の目的はここで果たせそうだ。
「……大丈夫。ここまでいっぱい君に甘やかしてもらったから」
えへへ、と子供のように笑い俺の隣に並ぶ。
その決意を聞いた俺は、ゆっくりと佇む静依さんのところへ歩み寄る。
「こんばんは」
「え? あ、はい。こんばんは」
突然挨拶され、少し驚いた様子だったがすぐ返事をする。
「どうかしたんですか? なんだか思い詰めた様子でしたが」
「……実は、この先にあるアパートにずっと行こう行こうって思っていたんだけど。いつもここで立ち止まってしまうの」
突然現れた怪しい少年、と思われてもしょうがないのに、彼女は俺の問いに答えてくれた。
「そのアパートに、なにかあるんですか?」
知っているくせに、俺は再び問いかける。
「もうずいぶん昔の話なんだけど……そのアパートに娘と二人で住んでたの。裕福じゃなかったけど、とても楽しい日々だったわ。けど……」
そこで言葉が詰まる。
しばらくの沈黙の後、静依さんは。
「ごめんなさい。私、そろそろ帰らなくちゃ」
まるで逃げるようにアパートとは逆方向へ歩を動かす。
「待って! お母さん!!」
「え?」
しかし、すぐに止まる。
本来なら聞こえるはずのない娘の声を聞いて。
そんなはずがない。
ありえない。
静依さんは、そう思っているだろう。そう思いつつも、ゆっくりとこちへ振り向く。
「……響華、なの?」
震える声で、静依さんは問いかける。
俺の横には、ぎゅっと手を繋いだ今の水瀬響華が夕日に照らされながら立っていた。十五年ぶりに聞いた母親の声に、娘は。
「うん。私だよ。響華だよ。えへへ、髪の毛は真っ白になっちゃったけど」
笑顔で問いに答えた。
一歩、また一歩と近づいてくる。
「響華!!!」
そして、溢れんばかりの想いを込めて抱き着く。
その勢いが強く、思わず握られた手が離れる。
ふわりと宙に浮きながら、母親を抱きとめた娘は……静かに目を瞑る。
「ごめんね、お母さん。勝手に死んじゃって……」
「いいの。いいのよ……なにがあったのかは知ってるから! お母さんの方こそごめんなさい。あなたが苦しんでいるのに、それに気づけなくて!」
「ううん。お母さんは悪くない。悪いのは裏切った二人。そして……お母さんに何も言わずに死を選んだ私なんだから」
しばらく空中で抱き合った後、地面に降りる。
そこで、やっと娘の体が冷たいことに気づく。
「……響華。あなたは」
「本来なら、触れられない幽霊なんだけど。そこに居る清太郎くんのおかげで触れられることができるんだよ」
「あなたが……」
「どうも。今は、あなた達が住んでいた部屋に居座っています。峰野清太郎です」
「響華の母親の静依です。……清太郎くん。本当にありがとう! もう、会えないと思っていた娘に……こうして会わせてくれて。本当だったら、私の方から会いに行くべきだった。でも、アパートに近づけば近づくほど……響華が死んだあの日を思い出して」
トラウマになるよな。
帰ったら、娘が部屋で死んでいたなんて。
「……じゃあ、そのトラウマ。なくしちゃおうよ」
「え?」
母親と再会できたテンションのまま、そんなことを言いだす。
それからというもの。
「公園に寄ろう!」
と言って公園に寄り道したり。
「スーパーで買い物していこう!」
と言ってスーパーで買い物したり。
アパートに向かうまで色々と寄り道をしながら、これまでのことを楽しそうに話し合っていた。
ちなみに、静依さんにも見えるようにした方法は、俺が霊力を流し込み霊体を強化したんだ。
「到着ー」
「……」
時間がかかったが、なんとか到着した。
静依さんは、黙って自分が住んでいた部屋を見詰めている。
「改装されているって聞いたけど、随分と印象が変わったわね」
「中も大分変ったんだよ? ワンルームなのは変わらないけど」
ここは、駅や商店街からも割と近いし、物静かなところなので良い物件だとは思う。
「……」
「大丈夫ですか?」
「……ええ、大丈夫よ。さあ、行きましょう。二人ともお腹減ったでしょ? 今日は私が腕によりをかけて作るから。楽しみにしてて」
「わーい! お母さんの手料理久しぶりー」
橋で出会った時は、かなり沈んだ雰囲気だったが、今はそんな雰囲気はない。
娘に再会できて、話せて、色々と回復したんだろう。
「―――でも、驚いたわ。幽霊なのに、食べられるなんて」
「この体の良いところは、いくら食べた分だけ力が湧いてくる! そして、トイレにもいかなくて良いってところ!」
「こら、響華。食事中よ」
「にへへ」
静依さんが作ってくれた手料理を三人仲良く食べた。
まあ、俺は一歩引いて、二人が楽しそうにしている光景を眺めていたんだが。
「それじゃあ、残ったものは明日の朝食で食べます」
「ごめんなさいね。こんなに長く居座っちゃって」
「良いんですよ。それよりも本当に大丈夫ですか? 一人で」
静依さんが帰る頃には、すっかり太陽は沈んでいた。
時刻にして、二十一時。
月の光があるとはいえ、ここからだと大分距離がある。
「大丈夫よ。昔は、夜遅くに一人で帰るなんて当たり前だったから」
静依さんは、いくつものアルバイトを掛け持ちしていたらしく。昼夜訪わず働いていたらしい。
「……響華」
「ん? なに?」
一度、娘の名を呼んだ後、俺達のことを交互に見る。
「今、幸せ?」
「うん! もちろん!!」
静依さんの問いに、即答しながら俺の腕に抱き着いてくる。
「そう……それを聞いて安心したわ」
「お母さんも、今からでも遅くない。いっぱい幸せになってよ」
「その心配はいらないわ。だって……ほら」
「指輪?」
あ、本当だ。なんで気づかなかったんだろう。
しかも左の薬指に……ん? ということは。
「今度は、家族で会いに来たいんだけど。大丈夫かしら?」
「け、結婚してたの!? というか家族って……ま、まさか!?」
「ええ。今年で十歳になる娘が居るのよ。ふふ、あなたの妹になるわね」
「ええええええ!?」
衝撃の事実。
住んでいるところは知っていたが、そういうところは知らなかったからな……というか。
「あの、じゃあ今住んでいるところは」
「昔は、友達のところにお世話になっていたけど。今は結婚をして、自分の家に住んでいるの」
そうだったのか……あー、もう少ししっかり調べておくべきだった。
「だ、だったらこっちから行く!」
「え? いや、まだ俺は会うのを了承したわけじゃ」
「行くのー! 妹に会わせろー!!」
「わ、わかりましたから! 宙に浮こうとしないでください! というか静かに! 今何時だと思ってるんですか……!」
「やたー!」
「ふふふ。本当に幸せそうね、響華」
その後、約束通りこっちから新しい家族へ会いに行ったのだが、それはまた別の話。