聖女の衣
東の辺境領から王都までは、通常は馬車で余裕を持って移動すれば十四日以上かかる。
その距離をルナたちは強行軍で九日で走り抜けた。
辺境伯ルーセル家は古くからの名門らしく王都に立派なタウンハウスを構えていた。
しかし、女主人がいなくなって久しく、また当主のバシルは貴族間の社交に全く関心がなかったので、タウンハウスは年に数日しか使われていなかった。
したがって、タウンハウスの使用人はごく少人数だけであり、連絡を受けていたものの、護衛の騎士を含め大人数での来訪に驚いた。また、一行が到着して直ぐに当主のバシルが嫌っているはずの神殿の人間、神官と思われる人物まで急に訪れて来たので、更に驚いた。
その神官、ガスパールは無事に聖女と聖騎士の衣装を中央神殿から借り受けることができ、タウンハウスへ持ってきてくれたのだった。
久しぶりに服を身につけたガスパールをユーゴとルナ、ダフネはタウンハウスのティールームで出迎えた。
「ありがとう、ガスパール。」
ユーゴとルナはお礼を言った。
ガスパールは、丁寧に布でくるんであった聖騎士と聖女の式典用の正装の衣装を取り出し、二人に渡した。
「いや、礼には及ばない。聖騎士の制服は予備のものを持ってきたので楽だった。
ルナのドレスは…あの日ルナが神殿に置いていったものを、首席聖女様が保管してくださっていた…。」
「え?! 首席聖女様が?」
「ああ、神官長様からそのことをお聞きし、首席聖女様のところへ伺わせていただいた。聖女ルナは、おそらくまた衣が必要になるだろうから、自分が保管しておいた…、とそれだけおっしゃって渡してくださった…。
首席聖女様も、底が知れないお人だな…。」
ルナは、ガスパールからドレスを受け取った。そして、それを広げ改めて眺めてみた。その高位聖女用のドレスは美しく、施された刺繍も伝統的で格調高い意匠のものだった。
ルナの胸に決意をもって神殿を脱出したときの思いがまざまざと甦ってきた。
「私は、またこの衣を着てもよいのかしら…?」
個人的な思いで神殿を脱出した自分には、もはやこの衣を着る資格などないのではないか?、そんな気持ちが沸き上がってきた。
「ルナ…、いや聖女様。」
ガスパールがルナを真っすぐに見つめ、口を開いた。
「貴女には、その衣を着る資格があると私は思います。なぜならば、あなたは神殿の外でも、どちらにいても、聖女としての役目を果たしてきたからです。
貴女を捜索し続けていた私は知っています。乗り合い馬車で一緒になっただけの少年へ、食堂に来る町の労働者へ、あなたは聖なる力を分け与えていましたね。東の辺境領でも常に力を尽くしていました。
常に人々を思い、癒しの業を施す貴女は、紛れもなく、聖女様でいらっしゃいます…。」
「ガスパール…。」
ルナはそう言ったまま、ガスパールの言葉で胸がいっぱいになってしまい、何も言えなくなった。
ユーゴとダフネは黙って二人の話を聞いていた。しかし、急にユーゴの右手の先の空間が光輝き、聖剣が出現した。そしてそのままガスパールの言葉を肯定するかのようにゆっくりと光が揺らいだ。
「勝手に出てきた…。ルナ、聖剣もガスパールに賛成しているようだぞ…。」とユーゴが言った。
ガスパールとダフネは、初めて間近で聖剣を見たので、その美しさと不思議さに息をのんだ。
「これが聖剣…、ユーゴ、すごいわね…。」
「なんという神々しさだ…。」
と、二人は呟いた。
「俺たちは、皆それぞれ、すごい存在なんだよ…。」
静かに、でも力強く言ったユーゴの言葉に、聖剣の光がまた美しく輝いた。




