捕虜
ある日治療院へ、捕虜となった敵兵を診てほしい、という依頼があった。
お抱え薬師の手がふさがっていたため、ダフネとルナが診察用のかばんを持って、先導する若い兵士について行った。
捕虜がいたのは、城の半地下にある牢だった。
中年の兵士が高熱を出して床に横たわっていた。見ると右足のすねに傷があり、その傷が膿んでいた。
「これは…重症ね。ここでは、命に関わるわ…。」
ダフネがつぶやいた。
「ここから出して治療院で処置した方がいいわ。いいでしょ?」
ルナが兵士に聞いた。
「それはできません。負傷しているとは言え、敵兵です。逃走できるようなところに移すことはできません。」
「そんな…。一歩だって動けない状態なのに…。」
ルナは言葉を失い、捕虜を見つめた。
しかし、ルナはすぐに顔を上げ、強い意志を湛えた瞳で言った。
「ダフネ、業を施すわ。倒れちゃったらごめんなさい。」
「わかったわ、ルナ。」
ダフネはしっかりと頷き、そして兵士に言った。
「今からここで起こることは、他言無用に願います!」
「は、はい…。」
兵士は何のことかわからなかったが、ダフネの気迫に押されてそう言うしかなかった。
ダフネはカバンから白い清潔な布を取り出し、ルナに渡した。
ルナは白い布を患部に置き、そしてその上に両掌を重ねた。
捕虜の男は、薄っすらと目を開けて、ルナの方をぼんやり見つめ、うわ言を言った。
ルナは目を閉じ、祈りを捧げた。
薄暗い牢の中で、ルナの手から光が放たれ、男の身体を光が包みゆっくりと消えていった。
若い兵士は急に放たれた光に驚き「うわっ!?」と大きな声を上げてしまった。
その声に気づき、牢の区画の入り口の警備についていた兵士が「どうした?」と駆け寄ってきた。
その兵士が見ると、捕虜のそばに女性が二人いて、そのうちの一人は目を閉じぐったりとしてもう一人に支えられていた。
「こちらのお嬢様が疲労で倒れてしまったの。人を呼んできて。お嬢様を治療院へ運びます。」
そう言われて、駆け寄った入り口警備の兵士は、慌てて人を呼びにまた駆け出していった。
「あなた、くれぐれも口を閉じていること。もし余計なことを話したらご領主様からお咎めがあるかもしれませんよ。」
唖然として立っている若い兵士に、ダフネは言った。
ダフネは、ルナを運び、侍女のマージにルナを頼んだ後、再び捕虜の様子を見るために牢へ戻った。
捕虜の男の熱は下がり、穏やかな寝息を立てて眠っていた。
そして、すねの傷を見ると腫れや膿は引いていた。
「ルナは一気に力を放出したのね…。」とダフネはつぶやいた。
今まで治療院でルナが〝癒しの業〟を施すときは、なるべく昼間に、受ける人には目隠しをし、傷口に薬を塗るなどの処置と並行し気を逸らして…、というように工夫をして、〝癒しの業〟と極力わからないようにしていた。
ただ、〝癒しの業〟が施された負傷者の回復ぶりは目覚ましく、兵士たちの噂に上がってくるのは時間の問題とも思われた。
〝混乱が起きないように、気をつけないと…。〟
ダフネは自分があと三人くらいればいいのに…、と思った。ルナへの配慮も、治療の手も、薬剤の管理も、捕虜の待遇改善の働きかけも、いくらでも手が足りなかった。
〝それでも、一つ一つやっていくしかないわね…。〟ダフネは自分の頬を軽くパンパンと叩き、治療院へ戻っていった。




