出陣
翌朝まだ暗いうちに、ユーゴが率いる先発隊は城を出発するという。
ユーゴの出陣を見送ろうと、ルナはロイに案内してもらい、城壁の上の、城の大門を見下ろせるところまで登った。
大門から50騎程の武装した騎士たちが次々と駆け出していった。ユーゴは、馬の脚を止め、振り仰ぎルナを見つけると、ルナに向け馬上から手を上げた。その表情には暗さはなく、ただルナの方をしっかりと見つめていた。
「ユーゴ…。」ルナもユーゴに答えて、微笑みながら懸命に手を振った。
しかし、先発隊が見えなくなり、振る手を止めた後は、ルナは滲んでくる涙を止めることはできなかった。
その場で立ちつくしてしまったルナに、ロイが遠慮がちに声をかけた。
「ルナ様、戻りましょう。僕もルナ様と薬師様のお手伝いがしたいです…。」
ルナは右手で涙をさっと拭った。そして、
「ありがとうロイ。じゃあ、お言葉に甘えて、こき使っちゃおうかな~?」
と、笑顔で言った。
「え!? え~?」
ロイの声を聞きつけ、少し離れたところでやはり先発隊を見送りに出ていたノアも近づいてきて、言った。
「ルナ姉さま。僕も!何でも言ってください!」
「じゃあ、朝ご飯を食べてから、まずはお掃除からよ!」
「「はい!」」
少年二人の存在に、救われる思いがするルナだった。
ジョセフやお抱え薬師と相談をしながら、ルナとダフネは負傷者用の治療院の準備を進めていった。騎士団の詰め所近くにある治療院として使用されていた4部屋は、重症者用の部屋にすることにした。そして詰め所中のホールにベッドを運び込み軽症者用の大部屋として使用することにした。
戦闘は両軍の先頭部隊の小競り合いから始まっているようだった。
ユーゴが出陣していって3日後から、負傷者が運びこまれてきた。
接近戦まではまだ至っていないらしく、ほとんどが矢傷の者だった。
傷の処置と、投薬により軽快が見込まれる者には、ダフネとお抱え薬師が次々と処置をしていった。
そして、負傷した部位が悪かったり、傷が深かったりして、後遺症が残りそうな場合は、重症者用の処置室でルナが〝癒しの業〟を施した。
〝癒しの業〟を施すことについては、辺境伯のバシルに了承を得ていた。非常時となったので、兵士や騎士のためには使えるものは何でも使う、という領主らしいバシルの判断だった。
まだルナの力が必要な負傷者は多くはなく、〝癒しの業〟を施すことによる、ルナ自身の体力の消耗はそれほどではなかった。
〝負傷者が多くなってきたときは、自分の消耗度合いにも注意していかないとね…〟とルナは思っていた。神殿にいたときは、神官やお付きの者が、神殿を出てからはユーゴが、ルナの体調に気を配ってくれていた。しかし、今は一人で自己管理していかなくてはならない。
〝ユーゴ…、私も頑張るからね…。〟
ルナは遠くにいるユーゴに思いをはせた…。
ジョセフは、補給路や補給物資の確保の指揮を取り、活躍しているようだった。そのいそがしいさ中にも、ダフネやルナの様子を見に来てくれた。
「良くも悪くも、おそらくは三週間以内には敵は本気で攻勢を仕掛けてくると思う…。」
ジョセフはダフネとルナに見通しを教えた。
「三週間以上経つと都からの援軍が到着するからですか?」
ダフネが聞いた。
「ああ、そうだ。援軍が着く前には、我々に損害を与え、あわよくばこの城を奪ってから、停戦交渉のテーブルに着きたいという思惑だろう。敵のイースター国はこの豊かな辺境領の食物備蓄を喉から手が出るほど欲しがっているだろうからな…。」
ジョセフの説明に、ルナはため息を一つついた。
「ルナさん、気持ちはわかるよ。争いは本質的にはくだらないものだ。隣国だって、一時的な食糧援助を頼むにしろ、作物の品種改良を進めるにしろ、他の産業を盛んにして商いを回していくにしろ、やり方はいくらでもある。それなのに一番愚かで一番安易な方法に出るんだからな…。」
そう話して、ジョセフもため息を一つついた。
「さあさあ、二人とも、起きてしまったものは仕方がないのだから。早めに終わらす努力は必要だけれどね。」
ダフネが二人の肩を叩いて、微笑んだ。
「君は…、頼もしいな。」
ダフネにつられて、ジョセフも微笑んだ。




