新しい家族
「失礼します。」
そう言って部屋を出て行く、すらりとしているが逞しい息子の後ろ姿を見送ったバシルは、大きく息を吐いた。
そして、二度三度深呼吸を繰り返していると、気持ちが落ち着いてきた。
〝息子に「勝手にしろ」などと言うのは、初めてかもしれない…。さすがは末っ子、大胆なのか? ラファエルとジョセフは、どちらかと言うと、いい子タイプだからな…。〟
バシルは、久方ぶりに哀しみの感情を持たずに息子たちの顔を思い浮かべ、小さく笑みを浮かべた。
ユーゴは、騎士団長のローガンにダフネへの手紙を託し、ダフネを呼びよせる手配も頼んだ。そして、甥のノアを部屋から連れ出し、健全な生活に戻すために、トムを一時ノア付きにしてもらうようにした。
ローガンとしても、盟主である辺境伯家の一人一人が力を取り戻し、結束を強めることは大歓迎であったので、喜んで協力を申し出てくれた。
朝恒例の乗馬と体術の鍛錬の場に、トムに付き添われ姿を見せたノアを初めて見た時、ルナは驚いた。
ロイと同い年とは聞いていたが、4年に渡り引きこもりがちだったためか、ロイよりも手足が細く、背も頭半分小さかった。また、顔も色白で生気に乏しかった。
ルナとユーゴ、ロイがいる馬場に到着しても、怯えるようにトムの陰に隠れるノアに、ルナは目線の高さを合わせ、優しく声をかけた。
「初めまして。私はルナ。一応あなたのお兄さんのユーゴの婚約者なので、私のことは〝ルナ姉さま〟って呼んでもいいからね。」
ノアは、全くの初対面のルナに、思いがけないことを言われたためか、ぽかんという顔をして、ルナの顔を見つめた。
〝まあ、この子の瞳の色はユーゴとそっくり!〟
ルナはそう思い、うれしくなって、さらに笑みを深めた。
ノアは髪の毛の色は黒だったが、ルーセル家に受け継がれている新緑の瞳の色を持っていたのだった。
「あの、ルナ様、『お姉さま』呼びは、徐々にでよろしいでしょうか? まずは、我々に慣れていただくところから始めたいと思いますので…。」
傍らにいたトムが言った。
「もちろんです。よろしくね、ノア。」
ルナはノアへ右手を差し出した。ノアは恐る恐る握手を返してくれた。
ルナがノアへくだけた口調で話しかけたのはわざとだった。ノアは長い間、使用人と限られた家庭教師とだけ接していたと聞いている。ノアに必要なのは対等に話す友人であり、受容してくれる家族だと思ったのだ。
「さあ、始めよう! ロイは、まずは準備体操をノアに教えてあげてくれ。トムは補足と見守りを頼む。」
ユーゴが皆に声をかけた。
そして、ユーゴは前半にルナの乗馬のレッスンをつけ、後半にノアとロイに体術を教えることにした。
前半の時間は、ノアには、ロイを相手に前日習った基本的な動作の復習をしてもらうようにした。
本来ならば、ノアには基礎的な体力づくりが優先されるべきところだった。しかし、いきなり走り込みや筋力トレーニングを行っては、ノアが嫌になってしまうだろうとユーゴは思ったのだった。
それよりも、最初は身体を動かす楽しさを思い出してもらった方がよい…、そう思い、ロイやトムとも相談しながら、時には大縄跳びや鬼ごっこも、体力づくりの一環として取り入れていった。




