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脱走聖女と幼なじみの騎士  作者: もりの
52/92

父と子

 辺境伯ルーセル家は、もともと家族とのつながりや、交流が薄い家ではなかった。

5歳のユーゴを神殿へ出さなければならなかったということがあったものの、当主のバシルは、息子たちにしっかり愛情を注いだ。長子のラファエルは、次なる辺境軍の盟主、領主としてりっぱに成長していたし、次子のジョセフも頭脳明晰で兄を支える力を十分にもつようになっていた。

ラファエルとジョセフの兄弟仲もよく、ジョセフはラファエルの子、ノアをかわいがっていて、ノアを中心に家族の笑顔があり、城の中の雰囲気も明るかった。


 しかし、事故で、ラファエルとその妻が亡くなり、ジョセフの病も一気に進行してきた。


気がつけば、ユーゴが神殿へ出てから、17年間の間に、バシルの妻と母親が亡くなり、ラファエルとその妻もと、4人の家族がいなくなっていた。 

 

孫のノアが両親の死後に、部屋に引きこもりがちになっていることは、もちろん、バシルは知っていた。しかし、頼りにしていたラファエルを失ったバシルは大きな無気力感に襲われていて、孫を気遣う余裕などなかった。


更には、あらためて継嗣として、領主としての勉強のために、自分の補助をしてくれるようになったジョセフも、病を発症し、仕事に耐えうる身体ではなくなってしまった。


バシルは、家族が不幸になっていく姿をもう見たくなかった。

だから、いそがしさを理由に意図的に家族には接しないようにしていた。


ユーゴが自分に助けを求めてくれ、戻ってきてくれたのは、とてもうれしかったが、いざユーゴを目の前にすると、今までルーセル家を襲ってきた不幸の霧のようなものがユーゴを飲み込んでしまうのではないかという漠然とした恐れが、バシルの胸に湧き出てきた。このため、ユーゴとの接触も次第に少なくなってきていた。


また、ユーゴが自分にだけ明かしてくれた彼の〝事情〟も、いずれはユーゴとの別離を再びもたらす可能性があった。

騎士として立派に成長したユーゴを誇らしく、頼もしく思うものの、17年間で希薄になってしまった親子の関係性を改めて深めていこうとは思わないバシルだった。


 

 そのような中、ユーゴがあらためて話をしたいと、面会を求めてきた。

バシルが執務室に招き入れると、ユーゴは、すっかり着慣れた様子となった辺境騎士団の騎士服で入室してきた。

バシルは、ユーゴの姿に、武人としての才も持ちあわせていた亡きラファエルの姿の面影を見出し、懐かしさと寂しさに目を細めた。


「なんだ、ユーゴ、あらたまって…。」


「単刀直入にお聞きします。お父さんはジョセフ兄さんの病の治療について、どのように考えていますか?」


ユーゴの質問に、バシルは顔をしかめた。

「ユーゴ、今まで私が何もしていなかったとでも思っているのか? 私とて手を尽くし、国内外の腕利きと言われる薬師を呼びよせて、ジョセフを診てもらった。

しかし、どの薬師が出した答えも一緒だった。原因不明、治療はできない、と。」


「なるほど。お父さんとジョセフ兄さんは似ていますね…。」

「は? 何を言っている?」

「あきらめが良すぎるところが、です。」

「……。」


「あきらめていらっしゃるなら、私にジョセフ兄さんの治療の手配については任せていただけませんか?」

「何をする気だ?」

「ブイエ村の薬師、ダフネを呼びよせます。」

「ダフネ…? 聖女見習いで脱落した娘か? そんな小娘風情に何ができると言うのだ?」


「おや? 領民を尊重し、大事にするという評判の辺境伯らしからぬ発言ですね。

ブイエ村の領民を守ったのはダフネですし、ダフネも大事な領民の一人で貴重な人材ですよ。」


ユーゴの挑戦的になってきた物言いに、バシルも冷静さを欠いてきた。

「勝手にするがいい。」

と、言い捨てたバシルに、ユーゴは続けた。

「もう一つ、勝手をさせていただきたいことがあります。」


「まだ、あるのか?!」

「はい、ラファエル兄さんの息子、ノアに武術を教えてやりたいと思っています。」

「ノア? あの子は引きこもりだ。」

「そこも、あきらめていらっしゃる…?」


ユーゴの指摘に、確かに自分はいろいろなものをあきらめてしまっているのかもしれない、とバシルは一瞬胸を突かれたような思いがした。

けれど、「勝手にするがいい!」とその場では、重ねて言い捨てた。


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