本気で考えています
この時代、すべての子ども達は5歳になると、地方にある神殿に置いてある水晶に触れさせられた。水晶が白く光ると、その子どもには聖なる力が宿っているとされ、中央神殿に集められ、そこで育てられることになっていた。
女児は聖女もしくは神殿女官へ、男児は神殿づきの騎士もしくは、神官へと、なるべく養育と教育が施されていた。
5歳から10歳になるまでは、子どもたちの情緒を安定させるため、聖養母と呼ばれる、かつて聖女であった40歳以上の女性が少人数の子ども達を担当し、養育をしていた。
子どもたちは基本的には、集団生活で、男女別の大部屋で過ごすのだが、まだ幼いうちは、夜に寂しくなり泣き出す子やおねしょをする子もいるので、聖養母の個人の部屋で就寝することが許されていた。
ルナとユーゴは、同い年で、同じく同い年のガスパールやダフネと共に、同じ聖養母が担当となっていた。
四人は兄弟姉妹のように、時には喧嘩をしながらも仲良く育った。
しかし、長じてそれぞれの道は分かれ、〝癒しの業〟の力を発揮するようになったルナは聖女となり、剣術に優れた才能を見せるようになったユーゴは神殿づきの騎士となった。
また、少し神経質なところがあったガスパールは神官となり、優しかったダフネは持っている聖なる力が成長と共にかなり弱まってしまったので、神殿を去っていった。
ルナが、初めて神殿脱出についての話を出してから数日たった。脱出計画についてルナが毎日話題にするようになったので、ユーゴはルナが本気だと認識するようになった。
「ちゃんと聞いてる?ユーゴ?」
今日もルナがユーゴに脱出の話を始めてきた。
「ちょっと待って、ルナ。世話係に聞かれるとまずいよ。」
同じ部屋の隅で、片付けをしていた女性神官の姿を認め、ユーゴは小声でルナを制した。
「あら、大丈夫よ。私たちの周りだけに結界を張ったから。
話し声はもれないようになっているわ…。」
いつの間にそのような高度な技を習得したのか、才能豊かな幼馴染にあきれるユーゴだった。
ルナが続けた。
「それでね、決行するのは、来月の〝祈りの日〟にしようと思うの。来月は招待客も多いし、特に多くの人達が集まるでしょう?あの日なら警備が手薄になると思うのよね…。」
中央神殿では、毎月の月初めの日に祭祀が行われていた。そして特に季節の変わり目となる月は、王族や貴族などの多くの貴人も招待され大規模に行われていた。このため、神殿の警備の人手を貴人の警護に割かなければならなかった。
「目の付け所としては、悪くはない……、って、違う!!
そもそもなぜ神殿を出て行こうとするんだ?!」
ユーゴの問いに、ルナは改めて、神殿側の言うがまま貴族だけを相手にしているのがつらくなってきたこと、もっといろいろな人たちと接したいこと、できれば自由に世界を見てみたいと強く思うようになったこと、などを話した。
結婚話が貴族から出てくることについては、ルナは話さなかった。
そのような話をすると、ユーゴが貴族に対して怒り出す気が、なんとなくしたからだった。
「自由に世界を見てみたいか…、首席聖女になったら叶うかもしれないけどな…。」
首席聖女は、神官長と並ぶ大きな力を持っていて、神殿全体や聖女の活動を決定する権限を持っていた。
「首席聖女になるまでまっていたら、おばあちゃんになっちゃうわ!」
と、少し口をとがらせてルナが言った。
ユーゴのような神殿騎付きの騎士は、魔物退治のために各地からの要請に答え長期に遠征することがあった。また一人前になれば、神殿の外に住むことも、妻帯するのも自由であった。
そんな騎士の立場に比べれば、〝癒しの業〟が使える貴重な存在である聖女には、確かに自由はほとんどなかった。
かといって、おそらく神殿を抜けることは、いかに高位の聖女だったとしても、罪に問われる可能性は十分にあった。
「…ユーゴ、お願い。私が神殿を出て落ち着くまででいいから、一緒に来てほしいの…。」
ルナが真剣な目でユーゴを見つめて言った。
本作の世界観は、『前世は落ちこぼれ聖女だったから、今生こそは華麗に活躍したい』の一部の世界観とはば同じです。このため、『前世は~』の12話目[大切な言葉]と同じ記述があります。[大切な言葉]は単独でもお読みいただける話ですので、よろしければどうぞ…。