第7話 編入と変化
新章突入です。新キャラいっぱい出ますぞ
拝啓、愛する家族へ。
異世界に来てから約5か月が過ぎました。2回くらい死にかけたりもしましたが、何とか元気にやっていけてます。
魔法が使えるようになったり、あらゆる数字を9にできるようになったりと、まぁ俺自身色々と成長しましたが、そんなことはどうでもいいんです。もう慣れましたから。
というか、今別に手紙書いてるわけでもメッセージ残してるわけでもないんです。
じゃあ何してるのかって?
……現実逃避です。
「今日からこのクラスに編入することになった、キョウト・ホワイト君です~」
「「「「ええええぇえええ!?」」」」
……近況報告です。俺、日本からシュレイツ王国に留学しました♡
どうしてこうなったのかと言うと、1週間前……俺が真奈を助け、『契約者』になった日にまで遡る。
あ、敬具
× × ×
真奈と『契約者』になった後、戦闘の音を聞きつけてやって来た憲兵さん達に事情を話し、怪我や現場の様子からすぐに解放され、俺たちは俺が全身骨折した時に世話になったお医者さんの所へと向かうこととなった。
能力で怪我を治したと言っても、俺は『怪我による生存率を10%から99%にした』だけで、生存率がもし9%とかだったら俺はそのままの状態で戦わなくてはならなかった。あんな大怪我でも生き残る確率が10%もあるとは、運よく急所が外れていたのだろうか?
なので俺はまだ1%の確率で死ぬくらいの怪我を負っていて、かなり深い刺し傷がずきずきと痛む。
診療所はここから300mほどで、すぐに到着した。
扉を開けると、一人の女性が受付の席に座っている。
「いらっしゃ……って、キョウト君……久しぶりだね」
「久しぶりですね、アイリスさん。……怪我しちゃったんで診てもらえませんか?」
耳にかかった明るい茶の長髪をかきあげ、ガラス細工のような灰色の瞳でまっすぐに俺を見据える目の前に座っている女医。
この人はアイリス・ユーリシア。この街一番の名医だそうで、頼りになる大人のお姉さんだ。
バジリスクの時にお世話になってから特に怪我をすることがなかったので会ってはいなかったが、俺のことを覚えてくれていたようで嬉しい。
「そりゃ覚えているよ。バジリスクに果敢に立ち向かっていった新人ギルド職員……実に面白い話じゃないか」
「……相変わらず心読んできますね」
この人を街一番の名医たらしめている理由の一つがこの心を読んでいるかのような観察力だ。
実際に心を読まれているわけではないのだが、その人の視線、手癖、口の動きなどから何を考えているのかが予測できるそうだ。これを最初されたときは本当に心を読まれているのかと思って、『喰雲』のことがバレないように動揺の中必死で心を無にしていた。
「はは、君は顔に出やすいからね。すぐにわかるさ。……さて、見たところそちらのお嬢さんと同件の様だ……何があったのかな?さっさと治療して話を聞こう」
アイリスさんが椅子から立ち、俺と真奈の所まで歩いてきて、二人に手をかざす。
「【清めろ――浄化】」
この魔法は過去に俺も使われたことがある。体についた汚れを払ったり、外部から体内に入り込んだ小さな破片のような不純物を取り除くことができる魔法だ。シャワー代わりにもなる非常に便利な魔法なのだが、着ている服などに付いた汚れまでは取れないのが残念だ。
「【巡れ――治癒促進】」
そして次の魔法が行使されると、身体の痛みがだんだん引いて行くのがわかる。
この魔法は俺も知らない魔法だ。全身骨折の時は自然回復で治したため、使われた回復系の魔法は応急処置の時だけだ。
「はい、これで治療は完了だ。もう痛みもないだろう?」
「え……本当だ……やっぱりすごいですね、アイリスさん」
「ありがとうございます……」
「うん、じゃあ話を聞こうか」
俺たちは応接室に通され、さっきあった出来事をイセカイゲーム関係のことは伏せて説明した。
「なるほど……冒険者狩りのことは私もよく耳にしていた。相当の手練れと聞いていたが……よく勝てたものだ。しかもあの程度の怪我で」
「はい……まぁ……運よく?」
「……そうか、運よくか」
この人のことだ。俺が隠し事をしていることなんかすぐに読めてしまうのだろう。
「まぁ、別に黒い何かがあるわけでもなし。そちらのお嬢さんもね」
「え……えーと……」
隠し事をしているのは事実だが、この人たちに危害を加えるわけでもないのもまた事実。
疑わしきは罰せよという考えは、この人の中には存在しないようだ。
「うん、治療はもう済んだし、聞きたいことは聞けた。後は治療費をもらうだけだが、今回はタダでいいよ」
「え!?そういうわけには……!」
「大した治療でもないし……冒険者狩りを退治してくれたお礼だとでも思ってくれればいいさ。お客さんが減ったことは医者としては喜ばしいことだからね」
いたずらっぽく笑うアイリスさん。恐らく今俺の持ち合わせがないことを見越してのことだろう。
ほんと、この人には頭が上がらない。
「本当に、ありがとうございました。アイリスさん」
「ありがとう……ございました」
「うん、気を付けることだよ。体のことも――それ以外のこともね」
含みのある笑みを浮かべるアイリスさん。これから忙しくなるということなのだろうが、恐らくそれは事実だ。
そのことを改めて認識した俺が診療所から出るときに思い浮かべたのは、大きな声で問い詰めてくる俺のパーティーメンバーの姿だった。
× × ×
正座。それは日本に古くから伝わる座り方の一つで、現代社会の文化においては、ある時を除いて日常であまり使うことのない文化である。
そのある時とは……反省の時だ。
「ま……まぁまぁレナちゃん、無事に帰って来たんだし、それくらいに……」
日が傾き始めた夕方、ギルド内に人影が減り始める頃だが、今日にいたってはさらに人が少ない。
しかし静けさと言う面では全くの逆。声を張り上げていた仁王立ちの女の子一人とそれを止めようとあたふたする男性一人と女の子一人。そして硬い床に正座させられている惨めな男が一人。
と言うか、俺だった。
俺とマナがギルドに戻った時、既に憲兵さん達から報告を受けていたカルムさん達が出迎えてくれた。
当然グリス先輩もそこにいたわけで、真剣な顔で俺に向かってまっすぐと歩み寄って来る姿に、一人で行ったことへの叱責が飛んでくるかと思っていたが、グリス先輩は何も言わずに俺を抱きしめて来た。
困惑する俺だったが、背中に回されたその手が小さく震えていることに気が付き、ごめんなさい、と俺を案じてくれた人への謝罪の言葉が口から洩れた。
しばらくして抱擁を解いたグリス先輩の顔は、いつもの呑気な表情に戻っていて、ただ一言、『おかえり』とだけ残して仕事に戻って行った。その後クルルに聞いたのだが、一日中そわそわしっぱなしで仕事が全く手に付かずにどんどんとたまっていったらしい。……今度仕事手伝ってあげよう。
その後のことはあまり覚えていない。カルムさんが報酬やらなんやらの話をしていたが、その話の途中で記憶が途切れている。恐らく寝落ちしてしまったのだろう。目を覚ました時にはもう空が橙色に染まっていて、目を覚ましたのは俺の自室のベッドの上だったからだ。
俺が帰って来た平和を噛みしめていると、大きな音とともに勢いよくドアが開き、額に汗を浮かべたレナが足音を立てながら何も言えないでいる俺の元まで歩み寄ってきて……
『ばか!心配したんだから!!』
と、糸が切れたようにその場にへたり込んでしまった。
グリス先輩や真奈も部屋に入ってきて、全員でレナを落ち着かせた結果、今に至る。
「学園でキョウトが冒険者狩りと戦ったっていう話を聞いた時……私、目の前が真っ暗になったの。キョウトが死んじゃうんじゃないかって、何で魔力がないキョウトが戦ってるのって、何で私はそこにいないの……って」
一瞬の静寂が場を包む。状況は違えど、皆同じ気持ちを味わったのだから。
「でもキョウトが冒険者狩りを倒したって聞いて、もう何が何だか分からなくなった。だってそうでしょ?魔力のない一般人が、あのシリウス先輩が倒せなかった奴を倒したんだから」
「……そう、だな」
今の俺には魔力がない。そのことを知っている人間はこの場にいる全員と、後クルルくらいだろう。そんな状態の俺が冒険者狩りと言う万全の状態でも勝てるかわからない強敵を倒したのだ。それに疑問を抱かないほどレナは鈍くはない。偶然では片付けられない力量差だ。
「でも、すぐにわかった。キョウトならできるって……ねぇ、キョウト」
俺たち以外周囲に誰もいないことを確認したレナは、正座している俺と目線を合わせて俺に問いかける。
「――キョウトの正体を……教えて」
「――っ!」
「っ……」
その問いかけに、真奈は動揺し、グリス先輩は口を結んで目線を落とす。
そして俺は――真実を話さなかった。
「俺と真奈は、とある村の生まれなんだ。その村は外の世界と完全に隔離されていて……その村に生まれた人間は、一人一つだけ、魔法とは違う、特殊な能力を持って生まれてくるんだ。それが何故そうなるのかは俺にもわかんないんだ。それで、その特殊能力の発現には個人差があって、俺は今日やっと自由に能力が使えるようになったんだ」
俺は真奈に目配せをし、「話を合わせてくれ」という思いを込める。
「同じ村の生まれだって知ったのはさっきで……その……私たちの村のことは外の人間には絶対に話しちゃいけないんです」
「……なるほど、そう言うことだったんだね」
グリス先輩は納得してくれた様子で、レナも驚きの表情を浮かべてはいるが、疑ってはいないようだった。
「じゃあ、あのバジリスクの時のキョウトはその特殊能力って言うのを無意識に発動して、やっと今日能力を自分の意志で使えるようになったってことなんだね……それで、キョウトの能力?……ってどんなの?あ、これって聞いちゃだめかな?」
「能力の内容自体は言っても大丈夫だ。それで俺の能力が……あー、実際に見せたほうがいいか」
俺は近くにあった羽ペンを手に取り、能力を使用する。
【26→99】
「伸びた!?」
「これが俺の能力。数字を9にする能力だ。今この羽ペンの長さを26cmから99cmにした」
この世界のあらゆる単位は元居た世界と同じで、cmだったりkgだったりと、能力を説明するには困らないようにはなっている。
なので理解はできるはずなのだが、二人はあまりピンと来ていないようだった。
俺はペンを元に戻して元あった場所へ置く。
「わ、戻った……じゃなくて、バジリスクを倒したときなんかは何を9にしたの?」
「その時のことは覚えてないんだけど、冒険者狩りと戦った時はまず怪我による生存率を10%から99%にした」
「それって、回復魔法みたいになるってこと?」
「あぁ、それでも完全に回復するわけじゃないけどな」
それで、と話を続ける。
「その後は色々やったな。冒険者狩りが出す剣との距離を1mから9mにして瞬間移動してみたり、100mを14秒で走れるって言うのを999mを14秒で走れるってのにしてみたり、後は重さとか刀の長さとか強度とかを最大まで引き上げてみたり……」
説明を聞いたレナとグリス先輩は二人揃って考え込んでしまう。
そしてゆっくりと顔を上げる。
「なんか、不思議な感じ。私の方が強いって思ってたのに……なんだか勝てる気がしないんだもん。あのバジリスク討伐の時のキョウトがさらに強くなってるってことだもんね」
「キョウト君の成長は喜ばしいことだ。……でも、ちょっと強くなりすぎたかな。僕もバジリスクの時のキョウト君は見てた。……ただただ圧倒されたよ。本当に、味方で良かった」
俺自身、この能力が強力なものだとはわかる。応用の幅、それによって得られるアドバンテージ。
完全に使いこなすのは不可能と言えるほどに多彩な使用用途の能力だ。弱いわけがない。
「まぁ、俺の能力の話はこれくらいにして……」
恐らく次のレナとの特訓の時に色々と話し合うだろうから。
俺は意識を切り替え、俺の隣に座る『契約者』へと向き直る。
「……わかってるよ、京斗。私の能力……だよね」
「あ、そう言えばマナちゃんにも能力があるんだよね」
冒険者狩りに捕らえられていた時の真奈に能力を使わないほどの余裕はなかった。しかし状況は最悪だったことを考えると、使いどころが難しい能力だということか?
「私も……実際に見せるね」
真奈は俺に向かって口を開く。
「『立って』」
「え?――って、あれ!?」
立ってと言われ、なぜか体が自然に動く。
「『グリスさんに抱き着いて』」
「え!?ちょ、何言って……って、また体が勝手に……待て待て待て!!」
そういうことか、真奈の能力……
「あう、キョウト君、嫌ならやらなきゃいいのに……」
「嫌っすよ!でも体が勝手に!」
グリス先輩に抱き着いた瞬間、身体が俺の意思で動かせるようになる。
「これが私の能力……言霊を操る能力……です」
やっぱり、強制的に体が動いたのはそう言う感じの能力だったからか。
「こと……だま?」
レナが不思議そうな声を上げる。確かに言霊と言う単語はこの世界にはないものだ。
「簡単に言うと……言葉に強制力が宿るんです。私が歩いてって言ったら言われた人は歩いて、死んでって言ったら言われた人は死ぬ……でも、一つだけ能力を使うための条件があるんです」
この能力があれば、冒険者狩りを操ることもできた。しかしそれができなかったのはその条件とやらが満たせなかったのだろう。
「条件は……言霊を使う相手のことを少しも恐れない事です。私には、それが難しかったんです」
悲しみを帯びた声色でそう説明する真奈。
少しも恐れない、それがどれだけ難しいことかはよくわかる。俺だって学校の連中と話すのは怖かった。目を付けられないように当たり障りのない受け答えをしなければ、そんなことばかり考えていた。その結果友達ができなかったわけだが。
「私は……あんまり話すの得意じゃなくって、何とかしなきゃってお店も出してみたんですけど……それでも誰にも能力が使えなくって……初めて能力を使えたのが、キョウトと初めて会った時なんです」
「――あ」
そう言えば、あの時真奈は『早く良くなってね』と言っていた。そしてその日から怪我の直りが異様に早くなっていった。それが言霊によるものだとしたら納得できる。
「だから、私の能力は気にしないでください……どうせ使えないので……」
「マナちゃん……」
真奈にとって、その諦めがどれほど辛いことか。しかしこればかりは仕方ない。真奈に自信がつくまで待つしかない。
「……あのさ」
今まで黙って話を聞いていたグリス先輩が、思い立ったように話に入る。
「さっきカルムさんに伝言を頼まれたんだよね。『キョウト君の望む報酬を用意する』って。冒険者狩り討伐の報酬だって」
確かにそんなことを言っていた気がしないこともない。しかし何故今?
「それでさ、僕思ったんだけど……君たち、学園に通いなよ」
「「「え?」」」
いや、えっと……なんで?
確かに学生としての精神はまだある。それにこの世界でのルールを学んで常識を身に着けるためには学園が最適なことはよくわかっている。しかし生きていくために金を稼がなくてはならない。学園に通っている金銭的余裕は……って、あ。
「望む報酬……それを学園への入学手続きや学費なんかにすれば、君たちは晴れて学園の生徒だ。キョウト君前々から学園に興味持ってたよね」
カルムさんならその辺のことは問題ないはずだ。学費程度であの人が金銭的に困るようなことはないと思う。
「二人とも村の外の世界についての勉強ができるし、さらに強くだってなれる。マナちゃんも人と話すことが増えて能力を活かしやすくなるかもだしね」
グリス先輩の横ではレナが首をブンブンと振って賛成している。
「いや……でも、俺はそれでいいかもしれませんけど、真奈はどうなんですか?もしかして真奈にも報酬が?」
「いいや?ないよ」
当然、と言った様子でそう言うグリス先輩。
真奈が言うには、貯金はあまりなく、普通に生活するだけで精いっぱいだそうだ。そんな真奈に学費を払う余裕なんかは無い。
「じゃあ――」
「だって、どうせあの人が……」
「あの人?」
その時、部屋のドアが遠慮しがちに開く。
「失礼します……は……話は聞かせてもらいました!」
「僕が誘いました~」
入って来たのは、精いっぱいかっこつけようとしているクルルだった。
「クルル!?いつから聞いて!?」
「最初から……だよ、キョウト達の正体から……」
「「っ!!」」
まさか聞かれていたとは……
クルルは俺の元まで来て、俺に向かって手を伸ばす。
黙っていたことに怒って何かされるのだろうか。そんな不安感が俺を支配するが、その手は俺の頭を撫でている。
「言えなくてつらかったよね……頑張ったね。もう大丈夫だよ」
「クルル……」
クルル・ナトリエラは優しい女の子だ。女の子と言うよりは女性と言った方が年齢的には正しいのだろうが、幼さが残る彼女にはこう言いたくなる。
そんなクルルが不器用なりに俺を慰めてくれている。その優しさに触れて俺は何度も救われてきた。それと同時に、嘘をついているという意識がどんどん大きくなってきてしまう。
「ありがとう……クルル、それとごめんな?言おうとは思ってたんだけど……」
「うぅん、いいよ。私の方こそ、盗み聞きなんかしてごめんね」
互いに笑みを交わす。この関係が、どこか心地よくて、安心でき――いたたたたたたた!!
「真奈!レナも!何してんの!?痛いんですけど!」
「「別に!」」
何故体をつままれたのだろうか。そして何故そっぽを向かれているのだろうか。
理解を放棄した俺は、改めて気になったことをグリス先輩に質問する。
「で……もしかしてさっき言ってたあの人って……」
「そう……!私がマナちゃんの入学の支援をしようと思います……!」
誇らしげに胸を張るクルル。
一方の真奈は焦ったように言葉を紡ぐ。
「そんな……!ダメです!もうこれ以上クルルさんに迷惑かけられないです!」
真奈にとってクルルは恩人だ。そんな人に迷惑がかかるようなことは真奈の性格なら絶対に良しとはしない。
「……私ね、とってもいい子なマナちゃんのことがすっごく大切なんだ。だからマナちゃんには、幸せになってほしいって思うの。できることはしてあげたいって思うの」
「でも……!」
「顔に書いてあるよ。本当は学園に行きたいんだって。自分はこのままじゃダメなんだって思ってることも」
この二人は何処か似ている。姉妹のように。
だから互いに理解し合えるのだろう。本当に望んでいることが。
「大丈夫だよ。こう見えても私結構お金持ちなんだから。学費なんて余裕で払えちゃう」
眼鏡をくいっと指で直してそう言うクルル。
恐らくその言葉は事実だ。クルルの家にはいくつもの勲章のようなものが置かれていた。何かと聞いてみると、魔法関連の技術提供や技術の発展に大きく貢献したとして度々報酬金なんかをもらっているそうだ。
「……いいん……ですか?」
「うん。学園での話、聞かせてね」
真奈はクルルに深く頭を下げ、学園入学を決意した。
× × ×
学園への入学は驚くほどスムーズに進んだ。まるでカルムさんが元から俺を入学させようとしていたみたいで……いや、まさかね?
編入生として扱われるようになった俺たちは入学にあたってのちょっとした説明を学園で聞いている。出張中の学園長の代わりの先生から聞かされた授業の受け方だとか施設の利用の仕方なんかは、元居た世界の高校とあまり変わりはないものだったが、学校と言うもの自体が苦手な俺はそのことが少し残念だった。多分真奈もそう思ってることだろう。だってため息ついてたし。
入学は明後日とのことで、真奈は一つ学年が下で、俺のクラスはレナと同じにしてくれるらしい。また詳しい説明はその時にレナから受けるようにとのことだった。
そんなわけで説明を終えた俺と真奈はギルドへと戻ることとなった。
入学にあたっての制服やら教科書やら魔導書?とやらもろもろは全て学園側が支給してくれた。ありがたっ。
「ね……京斗、これからも一緒に学園行っちゃ……だめ?」
前まで真奈がゆきもちを売っていた道まで差し掛かると、真奈は目線を反らしてそう聞いてくる。
「ダメなことないよ。俺も真奈と一緒がいいし」
友達と登下校するということに憧れを抱いていなかったかと言われればウソになる。
しかしレナは友達と一緒に行くそうなので、必然的に真奈と二人になる。憧れに手が届いたこと自体は嬉しいのだが……女の子と二人きりと言うのはやっぱりどうにも恥ずかしい。しかし年上としての威厳は保たねば。頑張れ俺。
そしてギルドに戻り、俺の部屋にて二人で荷物の確認や教科書のチラ見なんかを始めた。
「そういえば真奈、この世界に来る前ってどこに住んでたんだ?俺は京都」
「なに?自己紹介?」
「ちゃうわ。わかって言ってんだろ」
「えへへ……実は……私も京都生まれ京都育ちだよ」
「マジか!偶然だな……これで元の世界に帰れてもまた会えるかもな」
「う……うん、そうだね」
などと、いままで互いに話す機会のなかった話をしていたが、二人の目は手帳のような学生証をペラペラとめくって何枚目かのページである『成績のつけ方』という項目に固定される。
中等部、高等部と大まかに別れたミラレス王立学園での成績のつけ方は、元居た高校のものとは違い、いくら成績がよくとも実技試験での成績が振るわなかった生徒は容赦なく退学、その逆も然りと言った厳しめなものだった。
実技の方は魔法だったり身体能力だったりを基準としている。レナ曰く『魔力の量が少なくてもちゃんと魔法を使えていたら大丈夫!だからキョウトは大丈夫!多分!!』と言い聞かせるように言われたが、真奈はどうなのだろうか?
「なぁ、真奈。真奈ってこの実技は――」
「運動できないし魔法なんてふぁんたじーな世界わたしにはちょっと良くわからないです」
「……詰んだくね?」
「詰んだね……」
どちらかと言うと身体能力の方より魔法の方が実技の点数は高いらしいが、真奈本人がわからないと言っているのだ。状況はかなりまずい。
「一応……クルルさんにも教えてもらったんだけどね?……私、魔力の量は多めらしいんだけど……全然魔力の使い方がわからなくって……」
そこで躓いたのは俺も同じだ。しかし俺は昔から飲み込みが速い方だったのですんなりと魔力の流れを感じ取ることができたが、真奈はそうはいかないらしい。
「結局クルルさんにもどうすることもできなくって……」
「クルルがお手上げってなったら……俺は力になれそうにないよ。ごめんな」
「うぅん、いいんだよ。私が退学になるだけだし」
「待て待て待て」
光のこもってない目でそうつぶやく真奈。今絶対本気だった。
その後、魔法を使っている時の感覚を口で説明したりもしたが、まぁ無理。
魔法を実際に使おうにも今俺の身体には魔力は無い。冒険者狩りの奴め……
結局解決には至らず、学園生活の中で突破口を見つけるしかないという結論に落ち着いた。
× × ×
そうして編入当日。俺は学園から支給された学園の制服(めっちゃ洋風)を身に纏い、今日から俺の担任となるおっとりとした雰囲気の女性教師であるリリーラ先生に連れられ、2年Aクラス……レナのいる教室へと向かって歩いていた。
もうすでにホームルームは始まっているようで、廊下に他の生徒はいない。
(……なんか、妙に緊張するな)
これから俺が行う転入最初のミッションは編入生の挨拶だ。
別にそれ自体が嫌なわけじゃない。元々俺は人と話すのが苦手だとかそう言う部類の人間じゃない。……ただ、学校においては、一概にそうとは言えなかった。
学校では一人も友達ができなかったが、その理由は俺の中から消えそうにない後悔とトラウマだ。
でもここは日本じゃない。俺のいた高校じゃない。――あんなことには、二度とならない。
自分に言い聞かせるようにそう心の中で繰り返していた俺の前でリリーラ先生が足を止める。どうやらクラスに着いたようだ。
中から声が聞こえるので耳を澄ませてみると、Aクラスの副担任の先生が不審者に関する注意喚起を行っている。「冒険者狩り」と言う単語が聞こえたことで俺は大体の内容を察した。今後またそんな人間が出てくる可能性があるかもだから気を付けなよ、というところだろう。
「それではここで皆さんに一つだけお知らせがあります」
冒険者狩りの話が終わって、副担任の先生がそう切り出す。
それと同時にリリーラ先生が「行きましょう」と言う言葉と共に教室へと入っていく。
俺は勇気を出してその後へと続いて教室へと入る。
「あ、リリちゃんだ――って、え?……キョウトさん?」
「え?何でここに?っていうか制服着てね!?」
「マジだ!?――ってことは……っ!?」
良くも悪くもこの学園では有名人な俺が入ってきて、教室内は喧騒に包まれる。
そんな中レナだけが呑気に笑顔で手を振っている。
騒ぎが大きくなり始めてきて、リリーラ先生が手をぱんぱん、と叩いて注目を促す。
「はいはいみんな静かに~、みんなにお知らせです。こちら、今日からこのクラスに編入することになった、キョウト・ホワイト君です~」
「「「「ええええぇえええ!?」」」」
予感が確信へと変わり、教室が生徒の声で震える。
……あのね、嫌われてないのは良かった。でもね。
(学校の暮らしと学園の暮らし……正反対すぎだろ)
しかし、それがちょっとだけ嬉しい自分もいる。……正反対なら、大丈夫だと。
「やったねレナちゃん!青春スパークだよ!」
「青春スパークは意味わかんないけど……ありがとね、アイシャ」
「クラスメイトという俺の唯一のマウントがぁぁあああ!!」
「いやマウントも何も最初から土俵にすら立ってねぇだろお前は」
「あ?」
「あ?」
いややっぱり不安だわ……助けて京ちゃん。
「みんな落ち着いて、はい、キョウト君、自己紹介をどうぞ~」
先生が教卓から避け、俺はそこへ行き、必死に考えた自己紹介を始める。
「改めて……俺はキョウト・ホワイト。気軽にキョウトって呼んでくれ。昔通ってた学園はこことは結構違うようなところだったから、慣れてないところもあるけど、これから仲間として、よろしくお願いします」
俺が言い終え、頭を下げると、ぱちぱちと拍手が聞こえ始め、やがて教室中に響くほどの拍手になる。
「ありがとうございました~……みんな、仲良くしてね。それで、キョウト君の席は……空いてる席に座ってね」
学園のクラスに決まった席というものはないらしく、基本的に皆適当なところに座っているそうだ。
なのでいくつか空いている場所があるのだが、唯一の友達であるレナの周りは全て埋まってしまっている。
「あっ……あー……」
そんな俺の視線に気づいたレナが、気まずそうに苦笑いを浮かべる。
「――はっ!?」
その様子を見ていたレナの周りのクラスメイト達は、何かに気づいたように目を見開く。そして、
「散ッ!!」
蜘蛛の子を散らすようにレナの周りから離れていった。忍者かよ。っていやそうじゃなくて。
「そんな気を使わないで欲しいんだけど……」
結局その後、俺は強制的にレナの隣に座らせられた。
そうしてホームルームが終わるまで、俺はクラス中の視線を集め続けた。
× × ×
「よろしくな!キョウト君!なぁなぁあの冒険者狩りを倒したって本当!?」
「レナちゃんとどんな冒険したの!?」
ホームルームが終わるや否や、俺の周りには視界を埋め尽くすほどの人だかりができていた。
アニメでよくある転校生の定番イベントであるとは思うのだが、編入生でも適応されるようだ。
押し寄せてくる質問の波に俺が返答に困っていると、その様子に気づいたレナが立ち上がって皆を手で制する。
「ほら、キョウトに色々聞きたい気持ちもわかるけど、次の授業2限連続実技の授業でしょ?」
「「はっ!?」」
レナがそう言うと、皆急いでがさごそと自分の鞄を漁って体操服を取り出す。
「ほら、キョウトも早く更衣室いかなきゃ」
「更衣室の場所俺知らないんだけど……」
「あれ?そうなの?」
学園の設備の話はまた入学した時に、とリリーラ先生に言われていたので、俺はこの学園に何があるのか、どこにあるのかを全くと言っていいほど知らない。
まぁでも更衣室ならだれかについて行けばいいか。
「それじゃ、キョウト君。一緒に行こ」
体操服を持ってピクミンのように誰かについて行く気満々だった俺の元に、ところどころ寝ぐせのついた深い海のように青い髪、それに反するように琥珀色の瞳を持ち、眼鏡をかけた男子生徒が声をかけてくる。
「更衣室はここからちょっと遠いからね。急がないと結構まずいことになるよ」
「ありがと、じゃ、また後でな、レナ」
「うん!……またね」
女子は教室で着替えなのだろう。男子が去っていくのを気にしながら服を準備している。
俺たちは少し急ぎ目に教室を出る。
「急いだほうがいいっぽいし、早めに行った方がいいよな?……えーっと……」
「あ、自己紹介がまだだったね。僕はレオナルド・ジェイル。気軽にレオって呼んでね。キョウト君」
「よろしくな、レオ。できれば、俺のことも気軽にキョウトって呼んでくれ」
「うん、よろしくね。キョウト」
入学早々かなりいい友人候補と出会えたぞ。
もしや先生はこういうイベントがあることを見越してこの学園の設備のことを何も教えなかったのか……?もしそうなら後でお礼言っとこう。もし違ったら拗ねよう。
「ここが更衣室だよ。ここで着替えたらすぐに闘技場へ行くよ」
「……闘技場?」
もしかして……この後の実技の授業って……
× × ×
「それではこれより、模擬戦の実技授業を行う!」
(やっぱりそうだぁ……)
レオに連れられてきたのは、まるでローマのコロシアムのような、観客席までついた闘技場だった。硬い床にはいくつもの傷跡が残っており、戦いの残滓が感じ取られる。
ここで模擬戦をするそうなのだが、ルールを何も知らない俺はしばらく観戦することとなった。
客席へと上がり、高見の見物を決め込む俺の横にレナが座る。
「レナも観戦?」
「うん、私は後から入るつもり。……だよね、キョウト」
「……そういうことか。いいぜ」
いつもの訓練の時のようなやり取りで模擬戦の申し込みを受理し、俺は客席から再び闘技場へと視線を移す。
模擬戦の実技授業では、どれだけ活躍できたかで、担当の教官が評価を付けていくそうだ。
その内容は刃のついていない剣や槍、弓に短剣にはたまた素手など、色々な武器(魔法もアリ)での決闘を行い、先にどちらかが降参するか、審判がどちらかの負けと判断した時に決着がつくそうだ。
その舞台となるのは外への影響を遮断する結界が張られたバトルフィールドで、闘技場の中に三つほど設置されている。各自好きな対戦相手を決めてそこでバチバチにやり合っている。
そしてこの模擬戦では『射影具』というカメラのような役割を持った魔法具を使うことで、模擬戦の一戦の映像を残すことができるそうだ。これが学園では人気で、昼休みの食堂なんかでその映像が流れているらしい。特に実力のある生徒たちの模擬戦は、食堂においての最大の娯楽となっているそうだ。スポーツ観戦みたい。……一歩間違えば公開処刑じゃね?
「お、レオが誰かと戦ってる」
盾と片手剣を装備した大柄な男子生徒と対峙しているレオは武器を何も持っていない。しかし大柄な男子生徒の攻めを紙一重で回避している。
細身のレオに比べて、同い年らしかぬ肉体を持つ男子生徒。体格差では大きく見劣りするが、着替えるときに見たレオの身体を知っていると、この勝負の先は見えない。
あの細い体は、運動するときに一切妨げになる筋肉がないのだ。その柔軟性はまるで女性の持つ筋肉のようで、それこそがレオの持つ武器の一つであると断言できる。
おそらくあれは……戦いの中で身に着けた肉体だ。
「なぁレナ、あそこで戦ってるレオってさ、いつも素手で戦ってるのか?」
筋肉の柔軟性を活かして攻撃を避け続けているレオだが、今の所反撃に出ている様子はない。
「あぁ、レオナルド君ね。素手とは……ちょっと違うかな。あ、ほら」
再びレオに視線を戻すと、あの男子生徒が振り降ろしたであろう片手剣を、レオは涼しい顔で左手の手のひらで受け止めていた。
(なんだあの身体!――いや、違う)
よく見ると、レオの手と片手剣の間には透明な壁のようなものがあった。
「レオナルド君はね――魔術師なんだ」
「……なるほど、これは面白そうだな」
受け止めた剣をそのまま透明な壁で滑らせ、体制の崩れた男子生徒の間合いに潜り込んだレオは、追い打ちのように顔面に向かって右の拳を叩き込もうとする。
が、その拳は男子生徒には当たっていない。顔に当たるすれすれで静止したのだ。
「勝負あり、だね」
「え――?」
レナの漏らした言葉に疑問を抱いた俺だったが、すぐにその言葉の意味を理解した。
「――ヘリアル・マドロック戦闘不能!勝者!レオナルド・ジェイル!」
あの大柄な男子生徒、ヘリアルと言うのか。が、突然その場に倒れ込んだ。
どうやら意識を失っているらしい。しかしなぜ?あの拳は当たっていなかったはず……
「レオナルド君がさっき使った魔法――【空気操作】。その効果は空気を好きな形の物質に変えることができるの。あの剣を受け止めた壁だってそう。それでさっきの拳を突き出した時に、右手を固めた空気で覆ってたから当たってないように見えても本当は当たってた。ってわけ」
「なるほど……強いな。レオは」
こちらに気づいたレオが嬉しそうに手を振る。さっきの鬼気迫る表情とは違う、授業が始まる前のどこか気の抜けた表情に戻っている。
「うん、強いよ。彼の能力なら、ミラレスだけじゃなくて全世界に名が轟くほどの実力者にまで上り詰められると思う」
「だろうな。まだ戦闘に関しちゃ半人前な俺から見ても、レオは強者だ」
【空気操作】……全く、そそりやがる。そのかっちょいい名前も、その応用性も。
「でも、レオナルド君の本当の強さはここでは見られないと思うよ」
「え?」
レオに視線を移すと、気を失ったヘリアルになにやら魔法をかけている。
「どういうことだ?レナ?」
「学園にはね、特殊な技能や高い実力を持った一部の生徒には『二つ名』っていうものが生徒たちの投票によって名付けられるの」
「なにそれはずっ」
二つ名って……しかも投票で。
「二つ名が与えられるのは、少なくともこの学園の実力トップ10に入るほどの実力者。にもかかわらず、レオナルド君は二つ名を持ってるの」
トップ10……レナと同格の連中が揃うと聞いていたが、まさかレオがそんなに強かったとは……
しかしさっきの模擬戦を見れば納得できる自分もいる。
「それで、レオの二つ名って?」
「――『バフ・メイカー』……彼は、付与魔法においては、右に出るものがいないの。私の知る限り、誰も」
付与魔法。ゲームでよくある“バフ”を他人にかける魔法で、身体能力を向上させたり、魔力量を底上げしたり魔法の威力を向上させたりと、聞いただけではかなり強力な魔法だ。
しかし、その効果はどれも微妙で、魔力量を増やすと言っても良くて5%ほどであり、身体能力を向上させると言ってもせいぜい100m走のタイムが0.5秒ほど縮むだけ。さらに付与魔法は魔力の消費が大きかったりと、とても実践レベルとは思えない魔法だ。
「付与魔法は本来効果に期待できないのが普通。でも、彼は違う。……異常ともいえる効果の付与を行えるの。その効果は平均して元の倍の効果を得られて、本来使えないはずの回復機能を持った付与まで行うことができるの」
「はぁ……?倍……?」
レオが魔法をかけたヘリアルは既に立ち上がってレオを握手を交わしている。どこにも異常がなさそうな所から、今の話が本当だということがわかる。
「その卓越した付与魔法の腕前からついた二つ名が『バフ・メイカー』……しかもさっきみたいに他の魔法にも適性があるんだから、本当にずるいよね……って、キョウト?聞いてる?」
レオナルド・ジェイル……早速レナと同等かそれ以上の化け物が出てきたな……
(あぁ……楽しいな……ここは……)
日本に居たころとは違う、戦闘と言う行為が日常の一コマに組み込まれた世界。
こんな高揚を感じたのは初めてだ。心の底から闘争を求めているこの感覚……
恐らく、原因はこいつだろう。
――『管理者』……俺が『喰雲』だということを忘れないようにと、こいつが俺の本能を揺さぶっているのだろう。
安心しろよ、『管理者』……俺も、お前と同じ気持ちなんだよ。
俺はレナに「ごめん」とだけ言って客席から飛び降り、水分補給をするレオの元へと歩く。
「なぁ、レオ。もしよかったら――俺と模擬戦をしないか?」
「――っ……あの冒険者狩りを倒したキョウトだ。相手にとって不足無し……いいよ。魔力もまだまだ有り余ってるからね」
「決まりだな」
とある闘技場にて、日本から来た留学生が、ミラレスという異国の地で学ぶ学生と、こうして互いに楽し気ににらみ合っている。
俺はいつからこんな性格になったのだろうか。
そうだ。正確に言い直すとしよう。
同格以上の強者を前にして、闘争を欲してやまない戦闘狂は嗤う。
客席に被害が及ばないようにするための防御の魔法が張られた舞台へと、俺とレオが歩く。
二人の歩幅は――全く同じだ。