第6話 喰雲として、俺として
と、まぁなんやかんやあって今の状況に至るわけだが、昨夜の俺は眠すぎて正常な判断ができてなかったようだな。一緒に寝るったって女の子と同じ布団は無いだろ同じ布団は。
……いやでも相手からの要望だったらいいのか?据え膳喰わぬは男の恥と言う。俺はその恥に該当する考えを今まで持っていたのか……!?
「ん……おはよう……キョウト……」
くだらない思考を遮るようにレナが目を覚ましてもごもごと朝の挨拶をする。
「おう、おはよう。レナ。よく眠れたか?」
「そ……それはもう……よく眠れたよ?うん」
布団で顔を隠しながらそういうレナ。顔が一瞬赤い気がしたが気のせいだろう。
「これから俺は朝食を買いに行こうと思うんだが、レナ君もどうかね?」
「朝食なら家で食べればよくない?多分もうそろそろ作り始めるころだろうし……」
「それはそうなんだけど……朝食にはゆきもちがなきゃダメな体になっちゃったみたいで……」
レナは小首をかしげて俺に問う。
「ゆきもちってギルドでキョウトが宣伝みたいなことしてたやつ?白いおもちみたいなやつだーって」
「うん、それ。俺朝は甘いものがないとダメって言ってたじゃん?でもそれがゆきもちに置き換わっちゃったってわけ。あの甘さは俺をダメにするぜ……」
俺の言葉にレナは口に指を当て、物欲しそうな様子だ。
「私行ってみたい……」
「行く?」
「行く!」
不要な外出は避けるべきなのだろうが、こればっかりは仕方がない。一応生きるためだ。
それに、マナに冒険者狩りについての注意喚起もしたいと思っていた。もうすでにクルルに教えてもらって知っているかもしれないが念のためだ。
食卓にはすでに豪華な朝食が並んでおり、俺たち二人はそれを完食した後、さっそく食後の朝食を買いにマナの屋台へと向かった。
× × ×
レストン家の屋敷から少し歩いた通りにぽつんと立っている屋台が見えてくる。これだけ離れていてもかすかにいい匂いが漂ってくる。
「ほら、あれがその屋台」
「あんな感じなんだね……初めて見た」
この時間帯は学園に通う生徒たちでにぎわっているとマナは言っていたが、今日は学園が休みの日だそうなので通行人は俺たち以外にはいない。
「そういえば、ここって通学路なんだよな。じゃあなんでレナは屋台すら見たことなかったんだ?」
ルート的にもこの道を通って行った方が学園には近い。それにマナの屋台はほぼ毎日出ているからたまたま店を出してなかったってこともないとは思う。
「友達と一緒に行ってるから違う道から行ってるんだ~。もちろん帰りも……ちょっと遠回りになっちゃうけどね」
「友達と登下校……」
一緒に学校に行くやつなんて京ちゃんしか経験のない俺は、その友達と登下校するというのがどうにも想像できなかった。
まぁあっちの世界では友達すらいなかったんだけどね……はぁ……
などと俺が勝手に落ち込んでいると、屋台の前まで到着する。
マナは俺の姿を見て明るい表情を浮かべる。
「よ、マナ。ゆきもちふたつくださいな」
「いらっしゃい、キョウト!お買い上げありがとね……って……そっちの人は?」
そしてマナはレナの方を向いてそう尋ねる。
「レナ・レストンです。キョウトとは冒険者のパーティーを組んでて一番の仲間です!あと一番最初の友達です!」
なぜかやたらと“一番”を強調しているが、そのせいでマナは少し困惑気味だ。
なので代わりに俺がマナの紹介をすることにする。
「この子はマナ・エンドノーツ。俺らより一歳年下でこの店?屋台?……を一人で営んでるんだ」
「どうも……マナです。マナって呼んでください……レナさん」
「う……うん、よろしくね、マナちゃん!」
落ち着いたマナの言葉に元気に返すレナ。正反対のように思える二人だが、どちらも優しい人間なので相性的には悪くないとは思う。
「なぁマナ?ゆきもちまだ?」
「ふふふ……そう言うだろうと思ってずっと手に持ってましたぁ」
「そう言うだろうと思ったなら早く出そう?あと手ぇ冷たくなっちゃうから早く置きな?」
「はい、お代ちょうだい」
マナは顔色一つ変えずカウンターにゆきもちを置いて、空いた手をこっちに向ける。
「ちょっと店員さん?態度悪くない?……ほらよ、200ゴールド」
「まいど~……」
俺は受け取ったゆきもちの片方をすぐ横にいるレナに渡す。
「はいよ、ゆきもち……って、どしたの?」
「別に~?」
そっぽを向きながらゆきもちを奪い取るように受け取るレナの頬はぷっくりと膨らんでいた。
「あぁ~……」
マナは納得いったような息を漏らすが、皆目見当がつかない。
「レナ?」
俺の呼びかけにレナは答えることなくそっぽを向いている。なんなんだ?ジムバッジ足りてないのかな?
持っているだけで食べようとしないゆきもちが何だか寂しそうにこちらを見ているような気がした。このままではらちが明かないと思い、フグのように膨らんだレナのほっぺたをつん、と指で押してみる。
「ぷしゅ……って、何するのキョウト!」
かわいい音の空気が出たレナは怒ったように、恥じらうようにこっちを向く。
「ゆきもち、早く食べよ」
「~~!……はぁ……わかったよぉ……もういいもん」
何かを言おうとしていたが、なぜか諦めたレナは俺のいつもの食事場所である、近くのベンチへと座って食べ始めた。
「おぉ、めっちゃ食ってる。そんじゃ俺も――冷たっ!?」
俺もそこに行こうかと思った瞬間、マナが俺に向かって雪粉を投げつける。
「何すんだよマナ!?」
「天誅~」
「何のだよ!」
レナもマナも様子がおかしい。というかマナさんそれ結構お値段しますよね?しかも今ゆきもち10個分くらい投げて来ましたよね?俺ほんとにゆきもちさんになっちゃうよ?
しかし楽しそうにくすくすと笑うマナを見ていると怒る気も失せ、レナの隣に座ってゆきもちを食べ始めた。
ちなみにレナはおかわりまでした。気に入ってくれたようで何よりだ。
× × ×
二人ともゆきもちを食べ終えた後、俺はマナに冒険者狩りという連続殺人鬼がいることを話した。クルルからはまだ聞いていなかったようで、不安そうな表情をうかべていた。
「さっきも言った通りそいつは今はまだ冒険者しか襲ってないわけだけど、何でそんなことをするのかがわからない以上、マナも十分気をつけろよ」
「う……うん。屋台を出すのもなるべく人が多い所にするね。でも朝はここに居ると思うから……また明日来るときは覚えててね」
「明日は学園もあるし、人通りは多いと思うよ。だからマナちゃんも安心して頑張ってね」
ゆきもちですっかり機嫌の直ったレナは、マナの不安を取り除くようにそう言葉をかける。
「ありがとう、レナさん……」
「大丈夫!もし何かあっても絶対に私とキョウトが守ってあげるからね!」
「あぁ、絶対だ」
年上としての責務だろうか。それともただ不安にさせたくないだけなのだろうか。俺は背中に伝う嫌な汗の感覚を必死に意識しないようにする。
「っ……!?」
「ん?どうしたんだレナ?」
突然レナの顔が強張る。何やら不穏ではない雰囲気だ。
「なんだか今ちょっと視線が……っ!?キョウト!避けて!!」
「くっ!?」
俺は言われてすぐに魔力を巡らせて身体能力を向上させ、その場から飛び退く。すると俺が立っていた所には大量の剣が突き刺さっていた。
「この剣は……冒険者狩り!?二人とも無事か!?」
「う……うん……大丈夫だよ………」
「私も大丈夫。攻撃されたのはキョウトだけみたい」
剣の見た目とその攻撃性からしてまず間違いなく冒険者狩りの攻撃だろう。
「マナ、ここは危険だ。今すぐここから避難し――!!」
俺の言葉を遮るように再び空から降り注ぐ剣の雨。間一髪でそれをよけるが、また次の剣が降って来る。
「キョウト!」
レナの言葉に返す余裕すらないほどにギリギリで避け続けている俺。
このままではいずれ体力と魔力の限界が来る。レナもそれを理解して冒険者狩りの居場所を特定しようとしているが、レナの様子から見て見つけられてはいないようだ。
そんなこの状況を変えるために俺はレナに考えを伝えたいが、声が出せないほどに今は余裕がない。
(仕方ねぇ……これあんまりやりたくないんだけどな……)
俺は串刺しよりかはマシか、と思い、その魔法を発動する。
「【導き出せ―――終着点】」
その魔法の発動と同時、俺の全身から黒い霧が放出される。
「何……?それ……?」
その霧は俺、レナ、マナを包み込み、やがて辺りへ霧散する。しかしその霧が晴れた時、3人の姿はそこには無かった。
「――チッ」
その様子を遠くから見ていた黒いフードを被った男は、一つ舌打ちをしてその場を去って行った。
× × ×
「あ……あれ?」
「ここ……どこ……?」
突然変わった景色に、レナとマナは困惑していた。
それもそうだろう。ほんの数秒前まで街にいたはずが、自身を包んだ霧が晴れた今はレストン家の中の俺の部屋へと瞬間移動しているのだ。
【終着点】……それが俺の使用できる二つ目の強力な魔法。霧を出すという共通点がある【結論】と、発動の仕方は似たようなものだが、その効果は全くの別物だ。
その効果は【結論】のように応用が利くものではなく、『自分が安全だと思う所に霧で包んだ任意のモノを転移させる』という効果だ。
これだけ聞くと便利すぎる魔法と言ってもいいのだが……この魔法には、俺にとって大きすぎる欠点がある。
「ここは……キョウトの部屋?ねぇ、キョウト!これって……って、キョウト!?」
この魔法は……魔力消費量が莫大なのだ。
体から魔力がすべて消え去った感覚がして、俺の意識は、そこで途切れた。
× × ×
「見知ら……見知った天井だ」
もうなんだかこの展開にも慣れて来た。俺異世界に来るまで気絶なんか一回もしたことなかったのに……流石に2回目ともなると落ち着きはある。
「キョウト!良かった……目が覚めたんだね!!」
「キョウト……!おはよう……!!」
こっちの落ち着きは無いようだが。
「レナ、俺どれくらい寝てた?」
「えーっと……1時間くらいだよ。それよりいきなり倒れてびっくりしちゃったし!それよりそれより!あの魔法何だったの!?」
「レナさん……キョウト困ってます……」
「ありがとうマナ。二人とも、心配かけて悪かったな。あー……何から話そうか……」
それから俺は【終着点】の効果と、その魔力消費量の多さについて二人に話した。
マナはあまり魔法に詳しくないらしく、あまりピンと来ていない様子だった。
「それでキョウト、その魔力消費量って具体的にはどれくらいなの?キョウトの魔力ってあんまり多くなかったよね?じゃあ、そんなに多くないのかな?」
「……」
「キョウト?」
本来、俺の持つ魔力の量ではこの魔法を使うことは絶対にできない。それほど多くの魔力を必要とする魔法なのだ。
しかし、この魔法は他の魔法とは一つだけ違う性質がある。
「この魔法は、足りない分の魔力を未来の俺から徴収するんだ」
「「?」」
二人は揃って首をかしげる。それもそうだ。俺自身この性質を理解するのには時間がかかったのだから。
「魔力は一日で回復する。……俺は【終着点】を発動するのに―――一週間分の魔力を使ったんだ」
「っ!……そういうこと!」
「え……えぇ?」
「そう、これがこの魔法の特殊な性質だ。だから俺は、一週間は魔法が使えない。あと、魔力での身体能力の強化もできない」
わかりやすく言えば、俺は足りない分の魔力を借り受けたということだ。だからその返済が終了する一週間が経つまでは、俺の魔力は【終着点】に強制的に徴収され続けるのだ。
まだ骨折が治ってない時、暇だったので【結論】をどうにかして別の魔法にできないかと魔力の流れを変えていると、たまたまこの魔法が使えるようになったのだ。ちなみにその時は床にテレポートしていきなり気絶するわ目覚めたら起き上がるのに時間がかかるわその日と明日の魔力が空になるわで散々な結果だった。たった数十センチ移動するだけでもこんなに魔力を消費するのだ。今回の魔力消費が一週間で済んだのはまだ安い方だろう。
「なんで俺はただの一般人になりました。よろしくお願いします」
「あはは……そうだね、うん、正体を突き止められなかったのは悔しいけど、皆無事でよかったね。ありがとう!キョウト!!」
「ありがとうね……キョウト……」
まぁ、何はともあれ、こうして無事ならよかった。この二人のこんな平和な顔が見れるなら、魔力の債務者になった甲斐があるというものだ。
「そういえば、マナはこれからどうするんだ?巻き込まれたとはいえ、冒険者狩りに俺と一緒に居るところを見られちゃったわけだし……」
冒険者狩りがもし俺が『喰雲』だということに気付いているのなら、俺の周りにいる者たちを襲う可能性は高い。
それにマナは戦闘能力は無いに等しい。襲われたらまず間違いなく無事では済まないだろう。
「う~ん……でもゆきもち売らないといけないし……でも外危ないし……」
このまま冒険者狩りの件が解決するまで家にこもっているというわけにもいかない。
「そういえばマナってどこに住んでるんだ?」
「私?あのいつもの通りの近くの宿屋に泊まってるよ」
宿屋!この街にあるのは知ってたけど、行ったことは無かったな。
「オーナーさんが優しい人で、すっごく快適。ご飯もおいしい。すっごく快適」
(二回言ったな……そんないいところなのか……)
「でも宿代が払えなくなったら出ていかなきゃだよね……」
「うーん……あ、それじゃあうちのギルドでゆきもち売ってみないか?」
「え?」
ギルドなら人もいてなおかつ冒険者狩りが攻めてくるリスクも低い。さすがに冒険者の本拠地に正面切って突っ込んでくるなんて奴ではないだろう。
「いいの……?」
「カルムさん……ギルドの支配人の人に聞いてみない限りはわかんないけど、多分いいと思うぞ」
「お父さん甘いもの好きだから大丈夫だよ!早く聞きに行こ!」
レナはマナの安全が保障されることにまるで自分の事の様に喜んでいる。面倒見がいい子は好きだ。
善は急げと言わんばかりに、俺たちは周囲の警戒を怠ることなく、ギルドへと向かった。
× × ×
事情を話したらギルド内でのゆきもちの販売をあっさり許可してくれたカルムさんに感謝し、俺とレナも協力して、ついにゆきもちギルド店が開店した。
ちなみにゆきもちの屋台はサボってたグリス先輩に取りに行かせた。屋台があるところが書かれた地図を見ながら嫌そうにしていたグリス先輩だったが、「サボってたこと……」と言った瞬間すごい勢いで「僕に任せてよ!」と飛び出していった。愚か愚か。
ありがとうの意を込めて一個サービスでグリス先輩にゆきもちを食べさせてあげた所、それはそれはおいしそうに食べるので、興味を惹かれた冒険者たちが買って食べ、ゆきもちはすっかり冒険者達お気に入りのお菓子となった。
ごつい見た目の冒険者たちに最初はビビってたマナだったけど、皆においしいと言われて嬉しそうにゆきもちを作っていた。よかったよかった。
そして日は暮れ、すっかり辺りが暗くなってきた頃、皆退勤して人気のないギルドで俺は気絶していた分の業務を終え、嬉しそうにソファで疲れているマナの所に行く。
「あ、キョウト……お疲れ様……」
「そっちこそお疲れ。まだいたんだな。どうだった?ゆきもちギルド店は」
「忙しかったけど……皆おいしそうに食べてくれて嬉しかった……暇なときなんかなくて、でもなんだか楽しかった……!」
マナは微笑み、心底嬉しそうに言った。
「もうお片付けも済んだし、宿屋に帰るね」
外を見てみると、街頭の明かりだけが頼りなく輝いている。さすがに女の子をこんな中一人で帰らせるわけにもいかない。冒険者狩りではなくとも不審者に襲われてしまいそうだ。
とはいえ今の俺ではただのチンピラにも抵抗できそうにない。レナには今日はギルドで寝ると言って先に帰ってもらってるので頼りに行くわけにもいかない。
かくなる上は仕方がない。
「外もう暗いし。うちに泊まっていけよ」
「うちって……ここに?」
「そ……そう」
自分の住処に女の子を泊めようとしているのだ。普通は警戒される。しかし状況が状況なので仕方ないとわかってもらいたい!
「ん~……」
マナは目を瞑り、うんうんと唸りながらゆらゆらと揺れ動いている。
マナ自身も外の危険さはわかっていたようで、
「よ……よろしくお願いします……」
と、恥ずかしそうに小さくお辞儀をした。
「それじゃ、色々と案内するからついて来て」
「は……はい、わかりました……」
緊張?なのかはわからないが敬語になったマナだったが、今日の疲れは尋常じゃなかったらしく、来客用の部屋を紹介する前に近くにあったベッドに倒れ込んですぐに寝てしまった。
気持ちよさそうに眠っているマナをどかすのも悪いので、布団をかけて寝させておいた。ただ……
「そこ……俺のベッドなんだよなぁ……」
同じベッドで寝るわけにもいかないので、俺はその日仮眠室のベッドで寝た。
ちなみに仮眠室のベッドのほとんどがグリス先輩の匂いだった。あの人どんだけだよ。マジで。
× × ×
『どうせまたアイツなんだろ?』
違う……
『ほんっと、信じて来た俺らが馬鹿みてぇ。おー怖ぇ』
なんでだよ……!なんで……そんな………!
『もうほっとこうぜ。下手にちょっかいかけて―――殺されたら嫌だしな』
―――ッ!!!!!
「―――俺はっ!!!」
「うおぁ!?」
……久しぶりに、あの夢を見た。
こっちの世界に来ても、そう簡単には離してはくれないらしい。いや、俺はどこかで、離しちゃいけないと思ってるんだ。また戒めがどうのこうのと、自分で自分を納得させて。
(贖罪なんか……できるわけないのに……)
「あのー……キョウト君?」
「へ?って、うおぁ!?グリス先輩!?」
呼びかけられて顔を上げれば、心配そうに俺を覗き込むグリスの顔がすぐ近くにあった。
(あぁそっか、そういえば俺仮眠室で寝たんだっけか……)
「おはよう、キョウト君。よく眠れたかな?」
「えぇ、まぁそうですけど、それより、マナはどうしてるんですか?」
時計を見ると、いつもならもうゆきもちを売り始めていてもおかしくない時間だ。
「マナ……あぁ、あのゆきもちちゃんね!マナっていうんだ。へー……」
何やら嫌な表情を浮かべるグリス先輩。
「なんすか」
「いやぁぁ?別にぃぃ?レナちゃんは大変だねと思って~」
「何のことっすか?」
今日レナは学園に行っているが……なんか特別なことでもあったのだろうか。
「いやいや、本当に何でもないんだよ。うん。気にしないでおくれよ。うん」
とりあえず何か変なことを考えているのは確実だが、今はそれよりもマナのことだ。
「で、マナは今何してるんですか?もうゆきもち売ってるんですか?」
俺がそう聞くとグリス先輩は少し首をかしげて
「まだだけど?」
「まだ……?」
おかしいな……この時間なら確実にマナは屋台にいたはずなのに。まだ寝ているのか?
「マナちゃんなら、確か材料を買いに行くって言ってからまだ戻ってないね」
「材料……?一人で買いに行ったんですか?」
「うん、そうだけど」
――嫌な予感がする。どうか思い違いであって欲しい。
「マナが材料を買いに行ったのはどれくらい前ですか……?」
ゆきもちの材料は雪粉以外近くの店ですべて買える。雪粉を買いにクルルの店まで行くとしても30分もあれば余裕で戻ってこられる。そしてこんな状況にわざわざ寄り道なんかはしたりはしないだろう。
「確か―――丁度1時間前だったね」
「――っ!?」
まずい……まずいまずいまずい!
俺は急いで昨日レナの家から持ってきた霧断ちを持ってゆきもちの店があるところへと走る。
「あ……おはようキョウト。マナちゃんいる?」
そこにいたのは少し困ったような顔をしたクルルだった。
「クルル……何でここに居るんだ……?」
俺は高まる不安を感じながら、クルルに問いかける。
「なんでって……さっきマナちゃんに言われたの。お店の場所ギルドに移ったからよかったら来てねって……」
「じゃあマナはクルルの店で買い物してたってことか?」
「うん……いつも通り雪粉を買っていったよ」
「それは……どれくらい前のことだ?」
「えーっと、確か40分くらい前だったよ?それがどうかした……って、キョウト?」
―――確定だ。
「マナが……攫われた」
「……え?」
「まだマナが帰ってきてないんだ……昨日冒険者狩りの襲撃に巻き込まれたマナならすぐに帰って来るはずだ……なのに……!」
「キョウト……?落ち着いて?っていうか、今の話本当なの?マナちゃんが攫われたって……」
「多分……いや、ほぼ確実にそうだ……」
恐らく冒険者狩りは、俺が『喰雲』だと気づいている。キョウト……って、元の名前のままだったからだと思う。だから行動を共にしていた中で一番人質に取りやすそうなマナを攫った……
誇りとかいう俺のただのエゴでマナを危険に晒してしまった……!
それに―――マナは……!
「――今の話が本当だとして、君はどうするつもりだい?キョウト君」
振り返ると、真剣な顔をしたグリス先輩が階段で俺を見つめている。
「決まってるでしょ!今から助けに……」
「―――魔力のない状態でかい?」
「っ!!」
今の状態を当てられ、言葉に詰まる。
「僕だって一応魔法使いだ。それくらいのことはわかる。どうしてそんな状態になってるかは知らないけどね。霧断ちまで持ってるってことは、行くつもりなんだね」
グリス先輩は普段は適当な性格だけど少なくとも危険が及ぶようなことに関しては至って真剣だ。今だって俺を心配してくれているのがわかる。……でも、
「グリス先輩……ごめんなさい。これは……俺の問題なんです」
「マナちゃんを攫った犯人が誰かもわからないのに、そんなことを言い出すとは……単に君がマナちゃんに惚れ込んでいるだけか、あるいは―――君が何か心当たりがあるか。どっちだい?答えてくれよ。キョウト君」
単に惚れ込んでるだけですよ……なんて、冗談が通じる雰囲気でもなさそうだ。
「……だんまりかい。なら、ここを通すわけにはいかない。マナちゃんの捜索は依頼と言う形で冒険者たちに任せることにするよ」
扉を背に立つグリス先輩に、俺は一歩進む。
「……納得は、してくれないみたいだね」
その時、比喩でもなんでもなく、辺りの気温が一気に下がった。
「言ったろ?ここを通すわけにはいかない。―――僕の可愛い後輩を守るためだ」
グリス先輩の周りの空気が白く、霧のようになっていく。
「【凍えろ―――氷点下】……少しの間だけ、氷漬けになってもらうよ」
グリス先輩の戦う所を、思えば俺は見たことがない。バジリスクの時は自分のことでいっぱいいっぱいだった。
―――氷魔法……強力だが、ごく一部のものにしか使えないという特別な魔法……まさか、グリス先輩がそれを使えるなんて……聞いてない……!
当然ギルド内は混乱に包まれる。朝早いこともあってか人は少ないが、皆困惑の眼差しを向けている。
今の俺がグリス先輩に勝てる可能性なんか一つもない。この人を甘く見ていた。こんなことしている場合ではないのに……
俺が半ば諦めていると、突然身体を浮遊感が包み、そして視界が一瞬にしてギルドの外へと切り替わる。……この現象は昨日も体験した。――テレポートだ。
僕の目の前から突然キョウト君が消える。何故と思ったが、すぐにこの人の仕業だとわかった。
「すでに呪文を唱えてたなんて、気づきませんでしたよ……ナトリエラさん。どういうおつもりで?」
クルル・ナトリエラ……いくつもの魔法を使いこなすという、『賢者』とまで言われた魔法使いが使う魔法だ。さっきみたいなことが起きてもおかしくはない。
「【転移】は相変わらず魔力消費が多いです……それでも、あなたを止められる程は残っていますよ。グリス・フリージングさん」
「あなたが相手ではここでは狭すぎる。やめておきます」
「そうしてくれると助かります」
「しかし、どうしてキョウト君を行かせたんですか?あのままでは……」
「……キョウトなら、多分……大丈夫ですよ」
言い切った。何故だ?
「この件は、彼に任せましょう……キョウトは……私たちにはない何かがある。違いますか?」
バジリスクのあの瞬殺……あの時の彼なら……今は自覚がないようだけど、いずれあれを使いこなす。そんな未来を僕は見た。
(これは……殻を破るいい機会なのか?)
……やめだ。僕らしくもない。可愛い後輩を信じられないでどうする。
「はぁ……仕事するかぁ」
「うふふ……」
無事に終わってくれよ。キョウト君……
僕は、結構君のことが好きなんだからな。
「何だかわかんないけど、多分クルルだよな。何かぶつぶつ言ってたし!」
俺の知る限りでこんなことができる魔法使いはあの場には一人しかいない。
クルルはクルルなりに俺のことを信じているのだろう。
「これで心置きなくマナを探しに行けるって思ったけど……」
まだ探しに行く段階だ。どこへ向かえばいいかなんてまだわからない。しかし、一刻も早く助けに行かなくてはという焦燥が俺を突き動かす。とりあえず俺はクルルの店からギルドまでの道のりを捜索することにした。
するとクルルの店から少し離れたところに見覚えのある袋がある。
「これって……雪粉……?」
あの時マナが買っていた雪粉と同じものだ。と言うことはこのあたりでマナは攫われたということか。
「ん……?なんだこれ……?」
袋の中をよく見ると、何やら紙のようなものが入っている。
その紙を取り出し、書かれている文字を読んでみる。
「っ!!……やっぱり……!」
『時計塔の下まで来れば、君の大事な人はいる。取り返しに来いよ。京都くん』
わざわざ漢字で京都と書いたんだ。この手紙は『喰雲』としての名刺と言うことだ。
時計塔とはここから少し離れた町の中央近くに位置する巨大な時計塔のことだろう。と言うかそれしかないし。
……罠かもしれない。でも行くしかない。魔力もないし能力も何かわからない。
(それでも……マナを見捨てていい理由にはならない!!)
俺は、まっすぐ時計塔を目指して走った。
「……いたいよ……」
どこかもわからない、窓もない暗いところで、私の手と足と体は鎖で固定されている。それがきりきりと肌に食い込んでずっと痛い。なんでこんなことに……
「痛そうな顔してるねぇ」
目の前にいる人は誰だろう……黒いフードを深くかぶっていて顔がよく見えない。
もしかしてこの人がキョウトが言ってた冒険者狩り……?
「状況を説明してあげよう。まず、君はエサだ。京都くんを釣り出すためのね」
「キョウトを……?」
「そうだよ。君は彼が何者か知らないだろう?だから利用させてもらった。恨むなら京都くんを恨むことだ」
あぁ……そうか、こんなにいろいろ話すってことは、この人は最初から私を生かす気なんかないんだ……
「京都くんはね……『喰雲』っていう異世界の人間なんだ。俺とおんなじ国から来た……俺の敵なんだよ」
「キョウトが……異世界から来た……」
「そうさ!信じられないかもだけどね!」
……もう、いいや。
「……信じる」
「ほう?」
どうせ、すぐに死んじゃうんだ。
なら、せめて最後くらいは……マナ・エンドノーツじゃなくて、柊真奈として死にたい。
「信じる……だって――私もそうだから」
「何……!?」
私が言うと、目の前の人は私から大きく距離をとる。激しく動いたせいか、黒いフードが取れて顔が露わになっている。
黒い髪に黒い瞳、そしてこの世界にはあまりいない顔立ち。
「……日本人の顔……やっぱり、キョウトを狙ったのは名前が理由なんだ」
「……その物言い……確かに君も『喰雲』のようだな。じゃあ何か?京都くんは君の『契約者』だったのかな?」
『契約者』……『喰雲』同士が文字通り一心同体になるという契約のようなもの。片方が死んだらもう片方も死ぬっていうリスクが伴うもの。
欲しいとは思った。そんな心から信頼できる仲間が。でも……
―――私には、そのリスクを背負うほどの価値はない。
「その様子だと違ったか……まぁいい。どんな動機があったかは知らないが、君が京都くんの味方であるということに変わりはなさそうだ。さて、そろそろ君の能力を教えてもらおうか」
私の……能力……
「ちなみに俺の能力は『触れた場所から剣を出す能力』だ。剣の本数射程形状は任意。君を縛っている鎖も俺の剣でできたものだ」
道理で痛いと思った。見ると切り傷が無数にできている。
「そしてこの能力の名前は『英雄』!全く、俺に相応しい能力だよ!」
私の『喰雲』としての能力は、この世界に来てしばらくするとその能力の名称、『名前』が頭の中に送ってこられる。そして自分の能力の『名前』を知ることで、初めて能力を使うことができる。能力は手足を動かすように自然に使えるようになっている。
私が能力を使うことができるようになった時、目の前に私のスマホが召喚され、そこに書いてあったことだ。
「さて、早く教えてくれないか?もうすぐ京都くんがここに来るんだ」
「なんで……!?何でキョウトがここに来るの!?」
「決まっているだろう?君を助けるためだよ。まぁ、助けに来ないという可能性もあるけどね」
もし私がこの人に捕まっていると知ったら、キョウトは絶対助けに来る。そういう人なんだ。
例え魔力がなくても、勝機がなくても、それでも見捨てたりはしない。
キョウトがそんな変わり者な『喰雲』だってことは―――ずっと前から知ってる。
「『―――動かないで』」
「ん?いきなり何を言うんだ?」
……やっぱり、ダメだ。
こんな私じゃ、この能力は使いこなせない。
『言霊を操る能力』……これが、私の能力。『名前 言霊師』
相手に『動くな』と言えば動けなくなり、相手に『死ね』と言えば自殺する。
ただ……この能力についている制約が、私にはあまりにも重い。
(恐れていない相手だけ……なんて、私には無理だったんだ)
私は臆病だ。臆病で、みみっちくて、どうしようもなく弱い。
私は……いろんな人が怖い。
「今のが……君の能力ってことかな?特に異常がないようだが……こんな状況ではったりを使っても意味はないよ?それとも、本当にこれだけなのかな?」
にやりと顔を歪ませる『喰雲』。私はもう何も言えなくなる。体の震えが止まらない。
「そうだ、京都くんを釣り出すだけなら君が生きている必要はないね……どうして気付かなかったんだろう!またあの時みたいに逃げられでもしたら面倒だけど、それまでに殺せばいいもんね!うん!そうしよう!……というわけで」
「やだ……こないで…………」
どうせ死ぬんだと諦めてた。でも、一歩一歩近づいてくるたびに、私の鼓動は早くなる。
いっぱい汗もかいてる。いっぱい涙が出てる。体がずっと震えてる。
怖い……怖い怖い怖い怖い!!
「じゃあね、『喰雲』ちゃん」
―――誰か……助けて……
「マナ!!!」
部屋の扉が開く。
「キョウ……ト……」
……ダメなのに……来ちゃダメなのに……
「大丈夫か!?マナ!!」
私を助けちゃ……ダメなのに……そうだ……言霊で逃げさせなきゃ……
目の前の『喰雲』がキョウトに攻撃しようとしている。私は今も消えない恐怖の中、キョウトを逃がすために必死に口を開いた。
能力で言霊を込めて、キョウトに言うんだ……『逃げて』って……でも、
「『キョウト―――助けて……!』」
出た言葉は、全くの真逆だった。
「助けるさ……言われなくともッ!!!」
「やぁ京都くん!初めましてではないね!早速だが死んでくれ!!」
時計塔の下に位置する小さな建物。ご丁寧に扉の前に雪粉までおいてあったのですぐにマナがここに居るのだと理解した。
そして扉を開けた瞬間の冒険者狩りは間違いなくマナを殺すつもりだった。本当に間に合ってよかった。
冒険者狩りはすぐさま俺に向かって能力で地面から生えてくる剣を突き出すが、俺はそれを避け、一旦距離をとる。
(間に合ったのはいいけど、このままじゃ俺は殺される……)
そんなことになるのはわかっていたので俺の目的はマナを救出して逃げることだったのだが……
「どうしたんだよ京都くん!昨日みたいに霧に紛れて逃げないのかい!?」
相手はシリウスさんと善戦した冒険者狩り。マナを助けるどころか近づけすらしない。
マナは口を開けて何か言おうとしているが、恐怖からか、何も言えていない。
奴の触れたところから俺に向かって生えてくる大量の剣。これを避けるのすら難しいのに身体能力を魔力で底上げしたであろう冒険者狩り自身の攻撃も避けなければならない。
レナに訓練されてなかったらもう10回以上は死んでいたことだろう。
この付近に誰も人がいないことを幸いに大立ち回りしているが、これでは俺の体力が尽きる。
「ちぃっ!ちょこまかと!!早く使えよ!魔法を!君の能力を!!そんな舐めプで俺に勝てるかよ!!」
「くそっ……!!」
一本の剣を躱せばまた次の剣が俺に向かって来る。建物の陰に隠れればその建物ごと剣で貫いてくる。
動き回っている今、かろうじて直撃は避けられているが、こんなのが永遠に続くのか……!?能力ってのはどれもこんなに強力なのか!?
こんな事になってもまだ発現しない能力のことはもうすでに頭から消している。今は攻撃を避け続ける。いずれは隙が生まれると信じて……!!
「やばっ!?」
そんな状況で俺はバランスを崩し、動きが止まってしまう。
「あはッ!!もらった!!!」
好機と言わんばかりに無数の剣を伸ばしてくる。
「なんてな!!」
その剣を俺は全て躱し、離れた位置から攻撃する冒険者狩り本体の元へ距離を縮める。
「なっ!?」
さっきの俺の隙はフェイントだ。チャンスがあれば飛びつきたくなるのが人間の衝動と言うものだ。ましてや相手が防戦に徹している、反撃の来るはずのない隙であれば、それを逃す手はない。
「はぁあああ!!」
俺は霧断ちを抜き、冒険者狩りへと振るう。
この距離だ。いくら魔力で身体能力を上げようとさすがに回避は間に合わない。しかし、
「あっぶなぁ……」
鉄と鉄が打ち合う音が響く。冒険者狩りの周りは、無数の剣を並べた一つの鎧のようになっていて、霧断ちが命に届くことは無かった。
(そんなこともできるのかよ……!)
「残念だったね京都くん!さすがに今のはヒヤっとしたよ!」
本気で振るった霧断ちを防いだということは、俺はあの剣の鎧を貫くことはできないということだ。
魔力が少しでもあれば……!もっと速く、もっと力強く動けるのに……!
そんな後悔は襲い掛かって来る剣の雨の前に一瞬で霧散した。
ドドドドドドドドドッ!!!!
俺が立っていたところに突き刺さる剣の数も威力も増えている……!あいつ……勝負を決める気だ!!
もう恐らくフェイントは通じないが、まだ体力は残っている……ここを耐えて次の攻撃を仕掛ける……!
そう思っていたが、冒険者狩りがちらりと目線を反らしてかすかに笑う。
その視線の先には―――。
「――っ!!」
確信に近い予感を感じ、俺はその方向へ走る。
思った通り俺の元へ攻撃は来ない。剣が伸びる先は――縛られているマナだった。
「ぁぁ……!!」
悲鳴すら上げれないほどに恐怖しているマナへと伸びる剣。
(頼む、間に合ってくれ!!!)
そして一瞬訪れる静寂。しかしその場にいる全員の瞳は、勝負の決着を映していた。
「はは……あっはははは!!!」
「なん……で……」
身体に突き刺さる剣。噴き出す血がマナを赤く染める。
「なんで……なんで私を守ったの!?―――キョウト!!!」
冒険者狩りが生み出した無数の剣がマナに届く事は無かった。
それは、俺が身を挺して守ったからだ。
「ガハッ!?」
もはや痛みを通り越して、体中が焼けるように熱い。刃物が刺さる感覚とはこんなにも痛いのか。
体から血が止まらない。何度も吐血もしてる。
……すぐにわかった。―――致命傷だ。
「愚か愚か愚か!!!別の『喰雲』のために命を落とすなんて!!全く傑作だよ!!あっはははは!!!」
「『生きて!生きて!!死なないでキョウト!!!』」
何言ってるんだ……?うまく聞こえない……それに……だんだん視界が……狭くなってきて……
「キョウト!!キョウト!!!」
「ははは……はぁ、いたぶるのは趣味じゃない。すぐに殺してあげるよ」
その時、俺に刺さったままの剣がうねりはじめ、俺の身体を持ち上げる。そして一気に宙へ向かって俺を放り投げるように剣が曲がる。
まるでボールを投げるかのような動作をした剣は、簡単に俺を空へと投げた。
刺さっていた剣が引き抜かれたことによって、出血はよりひどくなる。確か1Lくらい血が出ると命が危ないんだったか。このままじゃ後数秒で1Lなんか余裕で出る。
あ、そうだ。俺今空中にいるんだったか。どれくらい吹き飛ばされたのかわかんないけど、落ちたら間違いなく死ぬくらいの滞空時間だ。
視界は既に真っ暗。耳もうまく聞こえない。痛みもなぜか感じない。それに、浮遊感すらない。
体の感覚が……全部ない。
(もう……俺死んだのかな?)
まぁ、どっちでもいいや。今死んでなくても、どうせ数秒後死ぬ。数秒後死んでなくても、その数秒後死ぬ。
死ぬ……死ぬ…………死……ぬ?
『京にぃ、私は……』
死んだら…………ダメじゃね?
『京にぃが誰になんと言われようと、京にぃがずっと大好きだよ……!』
俺が今死んだら……もう大切な人に会えなくね?
『だから京にぃ―――もう、死ぬなんて言わないで』
(京ちゃん……わかった。もうちょっと生きてみるわ)
俺は弱い。大切な人さえ守れない。
……でも、俺の信念はまだ潰えちゃいない。まだ考えられる。まだ生きてる。
生き残って、生き返る。君にありがとうと言うために。
そのためには使えるものは何でも使う。だからさ、そろそろそれ、俺にくれよ。
確かにある意識の中、俺の頭の中に文字が現れる。
『――――名前 管理者』
……やっとかよ。
これが――俺の能力か。
(こんな能力だったのか……俺)
魔法とはまた違う。どうすれば能力を使えるか。どんなことに使えるか。最初から全部わかる。
さぁ――反撃開始だ。
× × ×
「お、降ってきた降ってきた……ありゃりゃ、もう血も出てないよ。あんなに穴だらけになったんだ。もう出し尽くしちゃったのかな!?そんな事ってあるのかな!!あははは――って、え?」
「そんな笑うなよ……『喰雲』。さっきまで俺にとっちゃ笑い事じゃなかったんだからよ」
「キ……キョウト……?」
よく見えるようになった目で二人の顔を見る。どちらも驚いているが、まぁ……そりゃそうだよな。
「馬鹿なッ!!!なんでなんでなんで!!!なんで平然としてるんだ!?あの出血の量!!それにあの高さから普通に着地できるわけがない!!!ま……まさか……!怪我を治す能力か!?なら何故今まで使わなかった!!」
余裕がなくなった。悪趣味な化けの皮の下は更に悪趣味だな。
「さっきやっと能力が使えるようになったんだよ。やっとな」
「さっき……!?この世界に来て……お前は今まで能力無しで生きて来たっていうのか!?」
「そうだ。優しい人たちに囲まれて、ちょっと死にかけたりもしたけど、普通に生きて来たんだ。今更その平穏を、俺の大切な人を……お前ごときに壊させはしない」
「~~っ!!!……はっ、能力を使えるようになったからって、状況から見て、お前の能力は治癒の能力だな……!それじゃあ俺に決定打は与えられない!!お前は俺に勝てないんだよぉ!!!」
「キョウト!危ない!!」
冒険者狩りは今までよりさらに多くの剣を生み出し、俺に向かって伸ばす。前からはもちろん、左右からも剣が伸びて来ている。
さっきまでの俺だったら、また串刺しにされていただろう。しかし、
【1→9】
「やった!やった!!さすがにこれは避け―――へ?」
「ちゃんと狙えよ。俺はただ立ってるだけだぞ」
無数の剣は俺がいる場所とは全然違う場所に攻撃しており、冒険者狩りは状況を呑み込めていない様子だった。
「そ……そんなはずはない!だって、さっきまでそこに!!!」
「そうだな。さっきまでそこにいた」
「なら何故!!」
「―――教えてやるよ、『喰雲』」
「な……何を……?」
「俺の能力は治癒の能力なんかじゃない」
この能力で身体の血液の割合を増やし、怪我による生存率を増やし、落下して死なない高さを増やした。
「俺の能力は―――『数字を9にする能力』だ」
「す……数字を……9にする能力……?」
「わかんねぇか。まぁピンとは来ないよな」
でも、これでやっと、こいつに勝てる。
【100→999】
今、俺の100m走14秒と言うタイムを、999m走14秒と言うタイムにした。
これにより、事実は捻じ曲がり、俺は約1kmを14秒で走り抜けられる速度の持ち主になった。
「―――行くぜ」
【13→99】
「は?―――グハァ!?」
俺はその速度で一瞬で冒険者狩りの間合いへと入り、前に一回やった瓦割り13枚と言う記録を瓦割り99枚と言う記録にしたことにより、プロボクサーが子供のように思えるほどの重さになったパンチを、冒険者狩りの腹に叩き込む。
その衝撃はすさまじく、冒険者狩りは何も抵抗できずに5mは吹っ飛んでいった。あの威力ならしばらく起き上がれはしないだろう。
「す……凄い……」
「あ、そうだった」
俺はマナの所まで行き、縛っている鎖を霧断ちで壊し、マナを開放する。
「ありがと……キョウト……」
「どういたしまして」
「……強いんだね……キョウト」
今の場面を見たら、誰だってそう思うだろう。
「まぁ……さっきまでボコボコにされまくってたような奴だけどな」
「その強さもそうだけど……もっと違う、心の強さの方」
「心の強さ……?」
「うん……私のせいで、あんな怪我までしたのに……でも、諦めずに……能力が発現するくらい強く生きることを願った……そんな強さ」
……そんなもんじゃないさ。結局俺は、自分だけじゃ何もできないような奴だ。京ちゃんがいなかったら、多分この戦いにすら参加してなかったと思う。
……いや、違う。とっくの昔に、自殺してたんだと思う。
でも、まぁ、ここは頼りになる先輩風を吹かそうか。
「ありがとな、マナ。お前のおかげでもあるよ」
「そ……そうかな……?」
「うん……って、あいつ……」
そんなやりとりをしていると、冒険者狩りはがくがくと膝を揺らしながらも立ち上がり、息を整えようとしている。
一応魔力で身体能力の底上げをしていたようだ。普通ならこのまま気絶してもおかしくはない威力だ。
「もう……俺はお前を見くびらない!かかって来いよ!京都ッ!!」
俺に向かって襲い掛かる無数の剣。もはやそれを避けるのに俺は回避行動すら必要ない。
【1→9】
「今度は確実に当てたはず……!なんなんだそのトリックは!?」
「別に大した事は無ぇよ。ただ俺と剣との距離を1mから9mにしただけだ。
「そ……んなことまでッ!!」
「―――遅ぇよ」
俺は再び腹パンを浴びせるべく間合いを詰める。
「読んでるんだよ!!」
が、俺の拳を剣の鎧が受け止める。
幸い刃ではなく側面だったため怪我はない。
(早々に勝負を決めるか……)
冒険者狩りは左右前後を鎧で固めて防御している。なら残るは……
「っ!?どこに消え――まさか……上!?」
跳躍した俺の姿を捉え、剣を構えて迎撃態勢をとる冒険者狩り。
(それは愚行だ)
俺は霧断ちを抜き、その硬度を最大まで上げる。そして霧断ちの長さを9mまで引き上げる。
「死ねえええ!!京都ぉぉお!!!」
「はぁぁああ!!」
両者の武器がぶつかり、鋼と鋼の打ち合う音が響く。
しかしすぐに冒険者狩りの剣は砕け散っていく。
最高硬度で9mの刀身の刀。そして体重、握力を99kgにして威力を底上げしている。そんな攻撃を受けきれる剣があるとすれば、ぜひお目にかかってみたいものだ。
「うあぁあああああああああ!!!」
全ての剣が砕け散ると同時に、霧断ちは勢いのままに冒険者狩りの右腕を切断する。
「はぁッ!!」
そして反撃の隙を与えないように一瞬にして左腕、右足、左足を切り落とす。
「あぁあああああああ!!!」
絶叫と血しぶきだけが音を立てる。
反撃は来ない。
「これで止めだ――俺はいたぶる趣味はない」
最後に冒険者狩りの心臓を突き、完全に殺す。
「かは……ぁ……ぁぁ……」
声にならない声を上げながら、冒険者狩りは血だまりにて息絶えた。
俺は霧断ちを引き抜き、刀身に付いた血を払って飛ばす。
「勝った……んだよな……?」
人を殺して得る勝利とは何だろうか。自分の生存?他者の安全?あるいはそのどちらもだろうか。
少なくとも、喜ぶ気にはなれなかった。
「はぁぁ……疲れた……」
しかし戦闘の後の疲労だけは否応なくのしかかってきて、思わずへたり込んでしまう。
「キョウト……」
「っ!マ……マナ……その……あんまり見ない方が……」
俺はすぐに立ち上がり、マナに向き直る。
「キョウト……!聞いて……!」
いつもと違い、有無を言わせぬ雰囲気を纏うマナ。
俺は何も言えずに黙ることしかできなかった。
「多分……気づいてるんだと思うけど……私も、『喰雲』なの」
「……うん」
その話はすぐに俺もするつもりだった。それほどまでに大事な話だ。
「それでね、私……キョウトが『喰雲』だってこと、最初に会った時から知ってたの」
「うん……うん!?」
え?マジで?
「雪見だいふくって、この世界にはないよ?」
「あ……あー……あの時かぁ……」
やっぱり迂闊だったな。これからあんなことは起きないようにしよう。
「でも、俺もマナが『喰雲』だってこと、あった時から気づいてたぞ?」
「え……えぇ!?何で……!?」
「俺が初めてゆきもちを食べた時に言ったよな?「お粗末様」って。その言葉はこの世界にはないぞ」
「あ……ほんとだ……」
どうやら二人とも迂闊だったみたいだ。
「それでね……キョウト……私を―――殺して」
「……は?」
マナは、真剣そのものの顔で、そんなことを言ってきた。
「なんでだよ……何でそんなこと言うんだよ……?」
「……私ね、元の世界に戻りたかった理由がね……あんまりないの。友達もいないし、ましてや恋人なんてできたことないし……学校楽しくないしで……あんまりいい思い出がないの」
俺も学校は楽しくなかったから、その気持ちは少しだけわかる。
「でも……唯一の帰りたい理由がね、お母さんが一人になっちゃうからなの。……お父さんは、まだ私が赤ちゃんの時に事故で死んじゃって……姉弟もいないしで、私とお母さんの二人だけの家族なの。……だから、私がいなくなったら、お母さんが一人になっちゃうから……戻りたかったの」
「マナ……」
「でも、この世界に来て、私、自分の駄目なところいっぱい気づいちゃったの。弱っちいし、人見知りだし、どんくさいしで、人に迷惑かけてばかり。今だってそうだもん。キョウトがボロボロになりながら戦ってるのに、私は何もできなかった。『助けて』って……キョウトに、迷惑……かけちゃった……」
次第にマナの声は小さくなっていき、伏せた目からぽろぽろと涙が流れる。
「こんな私がいても……お母さんに迷惑かけちゃうだけだから……だから、もう……この世界で、死にたい……この先生き残って知らない人に殺されるくらいなら……私は……私を助けてくれた……優しいキョウトに殺されたいっ……!」
「……」
マナはさっきの戦いの時、多分俺以上に苦しんでいたんだろう。
何もできない歯がゆさを持って、自分を責め続けていたのだろう。
そして自分は死を選んだ……って、そんなのって……
「マナ……お前は……お母さんが好きか?」
「……大好き……ずっと大好きだよ」
「どんなところが好きなんだ?」
マナは少し考えた後、ぽつぽつと語り始める。
「優しいところ……元気なところ……いつも私のことを考えてくれる所……良かったときは褒めてくれて、悪いときはちゃんと叱ってくれるところ……あと……いつも私の味方でいてくれるところ」
そう言うマナの顔は、穏やかなものだった。
「マナ……お前……何でわからないんだよ……」
「え……?」
「そんなにお前がお母さんのこと大好きなら、お母さんもお前のこと大好きに決まってるだろ!!」
「……っ!」
「たった一人だけ残った家族なんだろ!それでいて自分のことが大好きな娘なんか、世界で一番大切に決まってるだろ!!話を聞いただけの俺でもわかることだ!お前のお母さん、お前のこと大大大好きだってな!!」
「っ!!」
「迷惑かける!?当たり前だろ!俺もそうだよみんなそうだ!面倒見てもらってるんだから迷惑なんか無限にかかるだろうよ!でもその迷惑が……絆になっていくのが家族ってもんだろうが……」
「迷惑が……絆に……?」
「あぁそうだよ、片方が頼って片方が支えて、それを繰り返していくのが家族なんだよ。お前が消えたらお母さんには誰が残るんだよ?誰が迷惑かけてくれるんだよ……?誰と生きていくんだよ……」
「う……うぅぅ……」
マナの目から、大粒の涙が流れる。
「お母さん……ごめんなさい……一人にしようとして……ごめんなさい……」
「……結局、それはお前ら家族の問題だ。部外者の俺にはどうしようもない話だけど……一つだけ言っとく。―――家族が死んでいいことなんか、一つもないんだ」
「キョウト……うん……そうだよね……私……馬鹿だった」
マナは、どこか嬉しそうに笑った。
「じゃあ……まぁ、マナが生きたいと思ったところで、話がある」
「なに?」
俺は片膝を突き、マナの目を見る。……完全にプロポーズだなこれ。
「俺と―――『契約者』になってくれ」
「え……?」
「二人で一緒に、この戦いに勝とう」
「私でいいの……?まだ能力もどんなのか言ってないのに……それに、こんな弱っちいし……」
「マナがいいんだ。マナじゃなきゃダメなんだ。だって、マナと戦うなんて、絶対ごめんだし」
「でも……でも……今じゃなくても……もし私が死んじゃったら、キョウトも死んじゃうんだよ?」
「まず前提として……マナは絶対に俺が守る。さっきみたいにな。大丈夫だ、もう負けはしない。俺、強かっただろ?」
「うん……すっごく強かった……」
「なら問題ないだろ?できれば早めに『契約者』になりたいんだ」
「……なんで?」
「マナと、ずっと一緒に居たいからかな」
これで心置きなく仲良くできるってもんよ。それに、仲間っていうのはいいもんだからな。
「えぁ……あうぅ……キョウト……それって……ど……ういう……?」
「マナと一緒に居ると楽しいからな」
「あぁ……そういえばこの人そうだった……」
なんか馬鹿にされた気がするが、まぁいい。
「じゃあ改めて、マナ、俺と『契約者』になってくれ」
「……うん。よろしくね……!キョウト……!!」
マナがそう言うと、俺の視界に何やら文字が表示される。
『柊真奈さんが、契約者となりました』
「こんな漢字だったんだな。真奈って」
「私もびっくり。京斗ってこんな字なんだね」
二人とも表示されたのは相手の名前と『契約者』が成立したということだった。
「一応こっちの名前でも自己紹介しとくよ。俺は白鷺京斗。世界一可愛い妹を持つ白鷺家の長男だ。元の世界に帰りたい理由はいろいろと世話になった妹にありがとうっていうため。よろしくな」
「そんな理由だったんだ……京斗らしいや……私は柊真奈。元の世界に帰りたい理由は世界一大好きなお母さんの家族でいるため。よろしくね」
俺と真奈は握手を交わし、互いの手についた血を見て、ボロボロだねと笑い合う。
ーーきっとここが、物語の分岐点だったのだろう。俺は死の道ではなく。生きる道を選んだのだ。
ある意味、これからが本当のイセカイゲームだ。
分岐した道で、新たな物語が産声を上げた。
――『喰雲』として、俺としての人生が。
これから物語は大きく動きます。乞うご期待ください。