第5話 曇天の霹靂
それから1週間後、俺の身体の傷はきれいさっぱり治っていた。
お医者さんも目を見開いていた。ここ最近急に怪我の直りが早くなったのだと相談して改めて診てもらった時には、もうすでに怪我は治っていたのだ。
疑問7:喜び3ぐらいの俺の感情だったが、別に身体に不調があるわけでもないので、俺たちは訓練を再開した。そして正式に俺とパーティーを組んだことによって張り切っているレナの指導は、スパルタ極まるものだった。
「【結論】も完璧に使いこなせてきたね!うん!マジ厄介!キモい!」
「メンタル削ってくるのやめてくれねぇかなあ!?……あ」
「隙ありぃ!!」
体制を崩された俺はそのまま地面に倒れ、急いで起き上がるとレナの持つ摸擬刀の剣先が俺に突き付けられていた。
「はぁぁ……また負けたぁ……」
「キョウトはどんどん強くなっていくね~もう本気出さないと負けちゃうくらい」
「本気出して負けさせたいものだぜ……」
「さすがに負けたくはないねぇ~……」
訓練を終えた後の俺たちの会話は、部活での先輩後輩の会話のようだった。
「っとと、そういえば今日も仕事あるんだった」
「え?そうなの?最近忙しそうだね~」
バジリスク討伐の余波は大きく、討伐よりもその後の街の住人への報告や警戒網の配置、近郊の町への注意喚起などなど、ギルドの仕事は目が回るほど忙しい。俺の身体が動かせなくて【結論】しか使えなかったので、本体は暇していたのだが、ギルドの皆は走り回って作業を片付けていた。
そして今対応に追われているのは……
「魔獣使いの正体を早いところ探らなきゃなんだよなぁ……」
バジリスクを操っていたあの男、言わば今回の事件の黒幕。
あの討伐隊以外の人間は知らない異常事態。
その正体は俺はとっくに知っている。しかし『喰雲』のことを漏らすわけにはいかない。なので終わりのない仕事を延々とさせられているのだ。マジであの『喰雲』のやつ許せねぇ……
「でも本当に何者なんだろう……魔獣が皆言うこと聞いてたよ……?」
「このままどっか行ってくれてたらいいんだけどなぁ……」
しかしそれでは根本的な解決になっていないのはわかっているが、能力が目覚めていない状態の俺にあいつとまともにやり合って勝てるかと言われると答えはNOだ。また都合よく能力が覚醒するわけでもないだろうし……困ったものだ。
「それに最近現れた連続殺人鬼、通称冒険者狩りの対応でも忙しいしな……」
1週間ほど前、ギルドにある知らせが飛び込んできた。
それは『冒険者だけを殺す連続殺人鬼がこの街に出没している』というもので、何故冒険者だけを殺すのか、その動機が何にしろ、ギルドとしては何としても解決しなければならない課題なのだ。
もうすでに8人も殺害されており、いずれも実力のある冒険者だったために、敵はかなり厄介だということが伺える。
不可解なことに、全員の共通の死因は心臓を刃物のようなもので貫通させるというもので、争った形跡も見当たらなかった。俺はそういった推理ものは苦手なので、この件は他のギルドの面々に警備隊と協力して捜査を進めてもらっている。しかし現状でわかっていることは死体発見現場から立ち去る黒いフードをかぶった男がいた、との情報だけだ。
俺が顎に手を当てながら現状について考えていると、レナは取り繕ったように俺に言葉を投げかける。
「大丈夫だよキョウト!何があっても私が守ってあげるからね!」
俺が怯えていると思われたのか、肩を掴んで揺らしながら真剣な眼差しを俺に向ける。
「それ……男としてどうなのかと思っちゃう……」
「え?だって私の方がキョウトより強いもん」
「あーあーきこえなーい」
至極真っ当な言葉に、俺は耳を塞いで現実逃避するしかなかった。
「それじゃ、そろそろ行くよ」
「一緒に行こ、一人じゃ不安だし。キョウトだって一応冒険者なんだよ?」
「あはは……お願いします」
恥ずかしい話だが、安全第一と言うことでレナに送ってもらうことにした。そこまで離れているわけでもないしまだ日が昇っている。その間に襲われる可能性は低いとは思うが……
× × ×
「こんちゃー……どうしたんっすか?」
レナとともにギルドの扉を開いた瞬間、どたどたとあわただしい足音が聞こえてくる。
そして血相を変えたグリス先輩が駆け寄って来る。
「キョウト君!あ、レナちゃんと一緒か!丁度良かった!」
「ど……どうしたんですか?グリスさん……」
グリス先輩は一息ついて……
「―――連続殺人鬼とシリウスさんが交戦中なんだ!!!」
「「え!?」」
俺たちはすぐにその現場へ向かった。
× × ×
「……何者だい?君は」
いきなり襲ってきたこの黒いフードの男は答えない。
目撃情報とも一致する姿、この男が例の冒険者狩りとみていいだろう。そしてやはり、かなり強い。ボクの本気の殴打を何度も受け止めているのに、そこまでダメージにはなっていない。
身体能力に特化したボクの攻撃を受け止められるほどの身体強化に魔力を当てているのであれば……
「くッ!!」
この見たことのない魔法、突然地面から突き出す剣の攻撃に回す魔力は残っていないはずだ。この威力の魔法なら魔力消費はかなり大きいはず。なのにそれを先ほどから連発している。
こんな魔法は見たことがない。この応用性に攻撃性……なんて強力な魔法なんだ。
そしてそれを身体強化と併用するほどの魔力量の持ち主と言うことか、この男は……
(できれば生け捕りにしたかったが……!)
このままではボクが殺されかねない。
(やむを得ないね……)
ボクは【亜空間】を使用しようと魔力を巡らせる。
「シリウス先輩!!」
「シリウスさん!!」
しかしその時、聞きなれた声が聞こえてくる。
「レナ!?キョウト君も!?」
後ろから走って来たレナとキョウト君の声に反応した男は、自分が挟み撃ちの状況にあることを理解する。
「――っ!」
さすがに分が悪いと判断したのか、男は建物を駆け上り、逃走を図る。
「待て!!」
ボクは追おうとするが、男の炊いた煙幕に視界を奪われ、男の姿を見失ってしまう。
「【探れ―――索敵】!」
煙で何も見えない中、ボクを中心とした半径30mほどの距離にいるボクが敵とみなした生物を感知する魔法、【索敵】で男の姿を探る。
「……逃げられた、か」
しかしすでに男は範囲外まで逃げており、完全に逃げられてしまったようだ。
「大丈夫ですか!?シリウス先輩!?」
駆け寄って来る二人を見ながら、ボクは敵を討ち損ねた屈辱を感じていた。
「シリウスさん……血が……!」
「大丈夫。ちょっとしたかすり傷だよ」
交戦中と聞いた街の路地裏に俺たちが到着した時すぐに逃げてしまったが、シリウスさんと交戦していたあの黒ずくめの男は、殺人現場から去っていく男の目撃情報と一致していた。そしてシリウスさんから逃げおおせるという実力、間違いなく連続殺人事件の犯人、冒険者狩りだろう。
「【癒せ――治癒】」
シリウスさんは回復の魔法を自分にかけ、傷口を塞ぐ。
「シリウスさん……冒険者狩りは?」
「逃げられてしまったよ、逃げ足が速くて困るね……」
そういうシリウスさんの顔は、どこか落ち込んだような顔だった。
「私たち、何もできなかった……先輩の役に立つためにここに来たのに……」
「レナ……」
横でレナが弱ったような声を漏らす。俺もレナと同じ気持ちだ。
「仕方ないさ、今回は状況が悪かっただけ、そう気を落とす事は無い。それより、早くギルドに戻って情報共有をしたい」
シリウスさんは冷静に舵を取る。
「そうですね、行きましょう」
俺たちは周囲の警戒をしながら、ギルドに戻った後、会議室にて職員の人たちとともにシリウスさんの話を聞くこととなった。
「ボクがさっき戦った冒険者狩り……彼はかなり強い。立ち回りの面でもそうだが、すさまじい魔力量を持っている。ボクの本気の打撃があまり効いていなかった。身体強化にかなり魔力を割いていたよ」
ギルド内の会議室の空気は張り詰めている。
「そして彼は見たことのない魔法を使う。そこでクルル、君の知識を借りたい。それが君をここへ呼んだ理由だ」
シリウスさんはギルドに戻る前、クルルの魔法具屋へ寄ってクルルをここに連れて来ていた。
事情は後で話すからついて来てと言われて困惑していたクルルだったが、シリウスさんの真剣な目を見て何かあったのだと察し、シリウスさんについてきたのだ。
「見たことのない魔法かぁ……どんな効果の魔法だったの……?」
「地面や建物から大小様々な大きさの剣が突き出てくる魔法さ」
「……知らない、私も……聞いたことがない」
一般的な魔法から希少魔法まで、あらゆる魔法の知識を持ったクルルが知らないとなると、それは全く新しい魔法か、それとも―――魔法じゃないか。
「その魔法の詠唱って何だったの?それでどういった魔法かが絞れて来るかもしれないから」
詠唱とは、例えば【結論】だと【導け】だったり、【亜空間】だと【開け】だったりと、その魔法を発動する前に唱える言葉のことで、魔法の内容をある程度表している言葉だ。【結論】のはなぜかちょっとわかりにくいけど。
「詠唱……」
しかしシリウスさんはそこで言葉に詰まる。
「シリウス……?」
「詠唱が……聞こえなかったんだ。どれだけ小さい声で唱えていたとしてもボクは聞き逃すことは絶対にしない。それが未知の魔法であればなおさらだ」
「詠唱を唱えていない……って言いたいの……?」
「少なくとも、ボクはそう思っている」
この世界に詠唱無しで発動できる魔法は例外を除いて無い。それがどんなに異質な魔法であったとしても、必ず発動するためには詠唱を唱える必要があると、そうクルルは言っていた。今回のはその例外のどれにも当てはまってはいない。
ならば、可能性は一つだ。
(――また出くわしたか……『喰雲』……!)
今回の『喰雲』の能力は恐らくシリウスさんの言った通り、どこかから剣を突き出す能力だろう。魔獣使いの時とは違う系統だが、シリウスさんが苦戦していたとなれば、どれだけ強力な力なのかが伺える。
今の俺じゃ……勝てない。
そう認識してしまった自分に嫌気がさし、俺は会議が終わるまでずっと拳を握り締めていた。
× × ×
会議でシリウスさんが経験したことの情報について話し合った結果、冒険者は必ず二人一組での行動が義務付けられ、街の警備体制の強化を憲兵団に申請し、街の状況を逐一報告してもらうということ、この街に入るときに使った悪意を測定する魔道具、シリルカでの町の住民の個人の調査を執り行うことが決められた。
その翌朝、俺は目を覚まして窓を開ける。
朝の気持ちいい風を受け、覚醒しゆく意識の中、俺はベッドを振り返って幸せそうな寝顔でぐっすりと眠るレナを見る。
そう、ここはギルドではなくレストン家の屋敷の一部屋。俺はそこでレナと一緒に同じ布団で寝てしまっていた。
どうしてこうなったかと言うと、話は昨日の夜まで遡る。
× × ×
冒険者はできるだけ二人一組で行動するようにという決まりを作ったカルムさんに、この冒険者狩りの騒ぎが収まるまではレストン家に泊まってはくれないだろうか、というお願いをされた俺は、横にいるレナにちらりと視線を移す。
レナはわくわくと言った様子で俺を見ている。
「レナは……嫌じゃないか?」
「嫌じゃないよ!むしろ……」
「むしろ?」
レナははっ、としたような顔をした後に目をそらし……
「い……いっぱい訓練できるから……」
「あ……あはは……ソッスネ……」
そこまで訓練させたかったのかこの子は……まぁ必要としてくれるっていう面では悪い気はしない。そしてこの状況は俺も願ったり叶ったりだ。相手が『喰雲』だとほぼほぼ確定した以上、少しでも安全に事を済ませる必要がある。言わば強い女の子と一緒にいればいきなり襲われても生存率が上がるだろうという割と最低な発想なのだが、行き残るために手段を選んでいる余裕など俺にはない。
俺はカルムさんのお言葉に甘えてレストン家にお世話になるために、荷物を持って3人で屋敷へと向かった。
「キョウちゃん!」
「レイ君!久しぶり~!」
屋敷に入り、レナに長い廊下を歩いて俺の止まることになる部屋に案内してもらっていると、アルバさんとレイ君に出会う。
レイ君とアルバさんは2か月ほど前に俺のお見舞いで会って以来だ。
トテトテと駆け寄って来るレイ君の足取りは年の割にはしっかりとしていて、レナの弟なんだな、と思えてしまう。
俺は抱き着いてくるレイ君を抱きかかえ、アルバさんに改めて挨拶する。
「お久しぶりです、アルバさん」
「久しぶりね、キョウト君。カルムから聞いてるわ。これからよろしくお願いね」
レナとよく似た金髪の長い髪をなびかせ、歳の重ねを感じさせないような笑顔でそう言うアルバさんの所作は丁寧で、気品さあふれる佇まいだ。
「キョウちゃん!あそぼ!」
「うん、いいよ、でもその前に、キョウちゃん、ねぇねとお話しあるから、また後でね」
「……うん、わかった」
久しぶりの再会でべったりと俺に甘えてくるレイ君と遊んであげたい気持ちは確かにあるが、その前に世話になる部屋を見ておかなければならない。心苦しくもしょんぼりとするレイ君と別れ、俺とレナはその部屋へと向かった。
大きめのベッドが一つと戸棚やら机やらの家具一式。俺がギルドで借りている部屋とあまり変わらない内装だった。
……というより俺の自室まんまなんだけど何で……?
俺がしばらく不思議そうにきょろきょろしていたが、その視界に一瞬映ったレナの笑顔に、なぜか背筋が伸び、考えるのをやめた。
なぜかちょっと使われた痕跡があるベッドなど、俺は見てない。
キョウトを交えた夕食は新鮮で、ついおしゃべりが過ぎてしまった。「レナってば、いつもキョウト君の事話すのよ」と、おかしそうにお母さんが言った時はどうしようもなく恥ずかしかった。
その後、私とキョウトは子供部屋でレイ君と遊んであげていた。
3人ですごす時間はあっという間に過ぎ、レイ君は積み木を持ったままうとうとし始めていた。
「ありゃ、レイ君もう眠そうだな」
「いつもこの時間には眠くなるの。レイ君~ベッド行こうね~」
ベッドに寝かせ、布団をかぶせてしばらくすると、すーすーと小さな寝息が聞こえ始める。
その様子をおもちゃを片付けながら見ていたキョウトは、静かに笑みを浮かべている。
「レナ、ちゃんとお姉ちゃんやってんだな」
「む~……それどういう意味~?」
レイ君が起きないように小さな声でからかってくる。ちょっとむむっとしたけど普段のキョウトへの接し方を考えたら自然な感想なのかも知れない。
……いややっぱりむむっとする。
「それじゃ、俺ももう寝るよ」
キョウトはゆっくりと立ち上がって部屋から出ようとする。
しかし、一瞬だけ見えたキョウトの表情は、どこか憂鬱そうなものだった。
不安か、恐怖か、罪悪感か、そのどれかを抱いているような、そんなばつの悪そうな顔。私はそのキョウトの顔を見ると、自然と言葉が出ていた。
「あのさ……キョウト……」
「ん?」
振り返ったキョウトの顔は、いつもの表情に戻っていた。
私はその様子が不自然に思えて仕方なかった。だから……
「今日……一緒に寝てくれない……かな?」
「……どしたの?ってか何で?」
帰ってきた返事は至極真っ当な疑問だった。
「ほら……私もちょっと不安になっちゃって……冒険者狩りのこと……」
「そ……そっか……」
シリウス先輩との交戦の様子、冒険者狩りの身のこなしを見ていて気づいたこと、それは私が本気で戦っても勝てるかどうか怪しいということであり、シリウス先輩の話を聞く限り、まだ未知の魔法という強力な手札を持っていることから、私の中での冒険者狩りの警戒度は最高に高い。もし一人でいるところに出くわしてしまったら真っ先に逃亡を優先するほどに。
私が不安になったというのは間違ってはいないけどちょっと違う。
私が不安なのは、キョウトがいなくなってしまうこと……
キョウトも私もシリウス先輩の一件で顔を覚えられてしまっている。襲われる可能性は高いと思う。
言っちゃ悪いけど、キョウトは私よりも強くない……と思う。
あのバジリスクを倒した時のような身のこなしの謎は解けていないけど、キョウト本人もわからないと言っていたし。
もしまた冒険者狩りに会ったら、私かキョウト、そのどちらかがやられちゃうかもしれない。そんな不安が私の中にずっと渦巻いてる。それがどうしようもできなくて、私はキョウトのそばに居たいと思ってしまう。キョウトのさっきみたいな顔も……もう見たくないと思ってしまう。
「いいよ、一緒に寝よう」
「……いいの?」
嫌がるかと思っていたけど、キョウトは意外とあっさり承認してくれる。
「だってレナが不安そうにしてるんだぜ?どうにかしてあげたいって思うのは当たり前だよ。……流石にちょっと恥ずかしいけどな」
「……ありがと、キョウト」
思う所があるのはキョウトも一緒のはずなのに、そんな様子を見せることなく私に寄り添ってくれる。こういう所が、キョウトの強さだと思う。でも同時に、大丈夫かなとも思う。
私たちはキョウトの部屋に行って、ぎこちなくも同じベッドに入る。
大きめのベッドではあるけど、あくまで一人用。背を向け合っていても体温が伝わってくる。寝返りをうてば触れてしまう距離でキョウトが寝ていることに、私は鼓動が早くなるのを自覚する。
不安だったのは嘘じゃないけど、一緒に寝たかった理由はもっと単純な理由で、ただ、私がキョウトと一緒に寝てみたかったから。と言うのが本当の理由。
騙したみたいでちょっぴり罪悪感。
「キョウト、起きてる?」
「うん……起きてるよ……」
そういうキョウトの声はすごく小さく、今にも眠ってしまいそうな声だった。
訓練の後に仕事が残っている日の夜は、すぐにベッドに入って眠ってしまうのだそう。レイ君と遊んでいる時にたまに出ていたあくびが、キョウトの体力は限界ですよ、と教えてくれていた。
「一緒に寝てくれて、ありがとね」
「うん……さっきも聞いたよ……大丈夫だよ……」
キョウトは私が困っていると必ず助けてくれる。魔獣使いと戦った時も、キョウトは助けに来てくれた。私と訓練をしているとはいえ、ただのギルド職員なはずなのに。
それに私がキョウトと初めて会った時も……
『レナさーん!』
『えっと……新人さん……でしたよね?どうされたんですか?』
『これ、落としましたよ』
キョウトの初仕事として私の倒した魔獣の素材の受け渡しをし、報酬をもらった後、私が家に帰ろうとしていると、私の落とした財布をわざわざ走って届けに来てくれたことがあった。
ギルドと結構距離は離れてるのに、探し回ってやっと見つけたらしい。
お父さんに預けても良かったんですよ?という私の言葉に、キョウトは首を傾げ、
『だって……それだとお財布がレナさんのもとに届くのが遅れちゃうじゃないですか。レナさん、困るだろうなって……』
キョウトは当たり前のことを言うようにそう言った。
走り回って見つからなかったのだから諦めたらよかったのにと今でも思う。でも、人が困るようなことはだめ。それがキョウトの中では当たり前なんだ。それが例え会って間もない人でも。
「キョウトは……優しいね」
「そう……かな」
「うん、そうだよ」
「あり……がと……」
そこでキョウトの声は途切れ、寝息が聞こえ始める。私はキョウトの方を振り返って、すぐ近くにあるキョウトの背中にそっと触れる。
女の子みたいな顔だなぁといつも思っていたキョウトだけど、その背中は程よく筋肉のついたたくましい背中で、ちゃんと男の子なんだなぁって思えてくる。
普通は男の子と一緒に寝るのなんて嫌だ。何かされるんじゃないかって思う。でもキョウトに限って言えば私はそんな心配は全くしていない。人の嫌がることは絶対にしないような人だから、私が一番信頼している男の子だから。私と一緒に魔獣使いと戦った仲間だから。
そんなキョウトの強敵に怯まず立ち向かっていく勇気が、キョウト救いの手を差し伸べようとする優しさが……そんなキョウトが……
「―――好き」
ずっと前に自覚していた感情を、やっと今口にする。
誰も聞いていない時にしか言えないけど、
「キョウトの、お嫁さんになりたい」
いつからなのかはわからないけど、気づいたらこうなっちゃってた。キョウトは多分気づいてないんだろうけど。
皆に冷やかされるたびにちょっと嬉しいって思っちゃうんだから、困っちゃうよね。だから、私はそれぐらい……
「大好きだよ……キョウト」
触れた手に伝わってくる温もりが、今はとても愛おしかった。