第4話 すれ違った道での出会い
「あー恥ずかしっ」
俺がガキみたいに泣きじゃくって二人に抱きしめられてもらってから数時間後、いまだにあの時のことを思い出して布団に顔をうずめてしまう。
そうしていると、ノックの音が部屋に響く。「どうぞー」と言うと、意外な来客が姿を現した。
「お……お邪魔します……」
「クルルさん?」
遠慮気味に入って来たのはクルルさんだった。
俺たちが出会ったあの日から、二日に一回俺はクルルさんの【結論】についての研究を手伝っている。と言うよりも、クルルさんの家(魔法具店)であれこれ体を魔法測定器とかいうので調べられたり、好きな食べ物とかの使用者の情報をあれこれ聞かれたりしている。ついでにお菓子を囲ってティーパーティーとかもしたりしている。今では気軽に話せる良い友人だ。
「あ、今日ってそういえば研究の日でしたっけ」
「いつもの時間に来ないから……どうしたのかなって思って……それでギルドの人に聞いたら、バジリスクと戦ったっていうから……」
俺がバジリスクを単独撃破したというのは、一応ギルドで口止めされている。表向きはバジリスクは全員で協力して倒したということになっている。
「すいません、急だったので連絡もできなく……て……」
そう言いかけたところで、俺は言葉を出せなくなってしまう。
「ぐすっ……本当に……無事で……よかった……」
鼻をすすって涙を流すクルルさん。
(俺……馬鹿だなぁ)
こんなにも俺を大切にしてくれる人がいるのに、こんなに優しい友人達を持ったのに、俺は自分のことしか考えてなかった。相手がどう思うかなんて、考えてなかった。そんな俺が馬鹿馬鹿しくて仕方ない。
「……ありがとう、クルル」
「ほぇ……?」
クルルさんの姿があまりにも小さく見えて、つい俺は京ちゃんにしていたように手が届く範囲にあるクルルさんの頭を撫でる。
「はっ……えっと、ごめんなさい!クルルさん!呼び捨てしたり頭撫でたりして!つい、妹にやっていたようにしちゃって!」
俺は慌ててその手を引っ込める。無理に動かしたことでめちゃめちゃ痛いが、今はそんなこと気にしている暇はない。すぐにクルルさんに弁明する。
「いえ……ちょっとびっくりしただけ……だから、えっと……その……むしろ……その方がいいっていうか……さっきの呼び方で……もっとしてほしいっていうか……」
顔を真っ赤にしたクルルさんは、思わぬことを言ってくる。
「えっと……さっきみたいな呼び方でいいんですか?敬語じゃなくても?」
「……うん」
「……わかったよ、クルル」
俺の言葉に小さくこくりと頷いたクルルの姿は、年上とは到底思えないほどに幼く感じた。
「心配してくれてありがとう」
「えへへ……」
そう言いながらまた頭を撫でてみると、今度はくすぐったそうに顔をほころばせる。
癖はあるけどサラサラな髪は、撫でているだけで痛みを忘れさせてくれるようだ。
なんか不思議な気持ち。年上の妹ができたみたい。
「私も……キョウトって……呼んでいい?」
「うん、いいよ」
それからしばらく、二人で雑談をして過ごした。
× × ×
それから2か月が経過し、レナやグリス先輩にクルル、カルムさんやレイ君にギルドの先輩たち、果てはシリウスさんまで、俺がかかわって来た様々な人がお見舞いに来てくれて、寂しい思いをしなかったおかげか、俺の身体は歩けるくらいには回復していた。しかし運動はまだ絶対ダメだとお医者さんは言うが、一応仕事には復帰していた。
多少ペースは落ちるが、皆も俺に気を使ってくれてあまり仕事が回ってこない。回って来た仕事も全て【結論】に任せているため、正直に言うと俺はすごーく暇だった。
素材の判別をする【結論】をあくびを噛み殺しながら眺める俺に、カルムさんから声がかかる。
「キョウトくーん!ちょっといいかなー?」
「はい、なんです?」
「ちょっとこれをレナの所に持って行って欲しいんだけど……」
取り出したのは、いつもレナが使っている財布だった。
カルムさんが言うには、今朝遅刻しそうだったレナは必要最低限のものだけ持って学園へ行ったけど、昼食を買うために必要な財布を忘れていったんだそう。おっちょこちょいなやつめ。
それで暇そうにしている俺のリハビリもかねて学園まで届けに行って欲しいとのことだった。
「そういうことなら任せてください!めちゃ忙しいですけど行ってきます!」
「うん、頼んだよ」
こう言わないとまた先輩たちに仕事を増やされてしまう。しゃーなししゃーなし。
俺は【結論】に仕事を任せて、レナの通う『ミラレス王立学園』に向かった。
× × ×
この世界に来てもう半年ほど経つ。住んでいる街のことくらいはほとんど知っているので、この学園にもすんなりたどり着いた。
久しぶりの散歩は気持ちよく、体を動かすことの重要性を改めて理解した。
しかし学園に入るのはこれが初めてのことなので、どうも緊張してしまう。
丁度休み時間なのだろうか、生徒たちが楽しくおしゃべりしている。
元の世界で学校と言うものがあまり好きじゃなかった俺は、どうもその雰囲気が苦手だ。
正門近くに立っている警備員さんに事情を説明し、中に入れてもらう。
当然、学園の中は日本のものとは大きく違い、学校と言うよりは宮殿のような内装だった。
大理石の廊下に装飾の施された壁。どこを見ても歴史を感じさせる芸術的な施設だ。
「はいこれ。首から下げてくださいね~」
「ありがとうございます……これって?」
そして案内された職員室に入り、警備員さんから事情を聞いたおっとりとした雰囲気の女性教師から渡されたものは、会社の社員証のようなものだった。
「これは来客者用の証明書のようなものです~これをつけている限りは立ち入りを許されたお客様として処理されますけど、これをつけていなかった場合は普通に処理されます~」
普通に処理って何!?物騒!!
「す……すぐ帰りますんで……」
「帰るときはここに返しに来てくださいね~」
朗らかに手を振る先生が、俺はひどく怖かった。
ともあれ中に入れたので、早速レナを探そうと思ったのだが……
「俺、レナのクラス知らねぇな……」
仕方がないので近くにいた女子生徒に聞いてみることにする。
「ごめん、ちょっといいかな」
「えっと……何ですか?」
ギルドの制服を着た見慣れない人物に困惑するように、女子生徒は首をかしげる。
「レナ……じゃなかった。レナ・レストンさんのクラスってどこかわかるかな?」
「レナさんのクラス?……あのあのもしかして、キョウト・ホワイトさんですか!?」
「え?そ、そうだけど……」
俺がそう答えた瞬間、周囲の生徒の視線が俺に集まる。
そして俺に向かって走って来た。
「「「「あなたがキョウトさんですか!!!」」」」
「「「「てめぇがキョウトかぁぁああ!!!」」」」
女子からは好奇の目を向けられ、男子からは殺意の目を向けられ、俺はその場に立ち尽くしてしまう。
「え!?何この状況!?なんで俺のこと知ってるの!?」
「そりゃあ知ってますよ!このミラレス王立学園の名誉ある生徒会長、レナ・レストンさんが自分から冒険者のパーティーに誘ったっていう!」
「どれだけ成績が優秀でも誰ともパーティーを組もうとしなかったレナさんの唯一のパートナー!」
「バジリスクの討伐にてレナさんと背中を合わせて戦った相棒!」
「え……えぇ!?」
『いやぁレナは口を開けば君のことを話すからさぁ、そういうことなんだって思ってね!君は学園では結構有名だそうじゃないか~レナのパートナーってさ』
初めて会った時に言われたシリウスさんの言葉が脳裏をよぎる。
「レナさん、男子人気すごいからね~……キョウトさん過激派組織なんてのもいるとかいないとか……」
結構有名どころか話題の人じゃねぇか!?
「えっと……今絶賛俺のことバチバチに殺意のこもった目で見てくる彼らがそうなの?」
俺をにらみつける男子諸君の方をちらりと向き、そう聞いてみる。
女子生徒はくすすと笑って、
「過激派なら今頃襲い掛かってますよぉ~」
やべぇ、早く帰ろう。
そう思った俺だが、レナの腹ペコと俺の命を天秤にかけた結果、同情が勝ってその女子生徒に教えてもらったレナの教室まで向かった。
どこからか話を聞きつけて来た野次馬にもみくちゃにされ、いまだ痛む体に鞭を打ちながらやっとたどり着いた教室。
日本の高校のものとはやはり違い、席のある床は大学の講義室のようにすり鉢型の傾斜を描き、大きな黒板がよく見えるようになっている。その雰囲気にちょっとだけワクワクしながら室内を見渡すと、レナが友達と談笑していた。
俺はあまり歩きたく無いので、レナに呼びかける。
「レナ~財布忘れてたって~届けに来たぞ~」
教室中の視線が集まり、レナは目を見開いて固まっている。
そして我に返ったレナは、俺から財布を受け取って、
「ありがと、キョウト」
とだけ言って席に戻って行った。
よし、ミッションクリア。俺も帰ってご飯でも食べようかと思ったその時、手を引かれる。
「ちょっと待つですよキョウトの兄ちゃんさん。私たちとお話ししましょうヤァ……」
俺の手を引いたのは、さっきレナと談笑していた女子生徒だった。
(しまった……!もしやこの子が過激派!?)
油断していた。逃げ出そうにも、魔力は【結論】に使ってるし、そもそもまだ走れるような状態じゃない。万事休すか……!
俺が死を覚悟した時、その女子生徒はクラス中に響きわたる声で叫んだ。
「キョウト・ホワイトのぉぉぉ!?質問コーナー!!!!」
「「「「Yeehhhhhhh!!!!!!」」」」
響き渡る歓声に反応できていないのは俺とレナだけだった。
「司会はこの私!放送部部長!アイシャ・トレインがお送りいたします!!!」
あ、この学園にも部活とかってあるんだ……
って違う!
「いやいや、授業とかあるよな!?そんなことしてる暇ないんじゃないか!?」
「何を言いますキョウトさん、今は昼休憩中、授業再開は2時間後ですぜ~!」
「休憩長っげぇな!」
「魔力の回復も兼ねてるから、結構長めなんだ」
「あ、なるほど」
「まぁ今日の授業に魔力使うのは無かったけどね」
「意味ねぇなぁ!」
「おっと!早速夫婦漫才が始まってしまいました!!」
「「違うわ!!」」
だめだ。終始アイシャさんのペースに乗せられてしまっている。
「いや、俺仕事あるし……」
「ぁ……それは……なんかごめんなさいでした……」
至極真っ当な理由を突き付けられ、さっきまでの熱気はどこへやら、しおれたアサガオのようになってしまうアイシャさんとクラスメイト達。
「……はぁ、仕方ないな。一つだけ質問に答えてあげるから、元気出してくれないか?」
「本当ですか!?」
「キョウト……なんか甘くない?」
「う……うるさいなぁ」
こうして一つだけの質問コーナーとかいう謎イベントが始まった。
生徒たちはひそひそと話し合って質問を一つに絞っているようだ。
俺はその隙にレナにずっと気になっていたことを聞く。
「なぁ、レナ」
「なに?キョウト」
「お前学園で俺のこと何話したの?」
「えーっとねぇ、訓練のこととか、仕事中のこととか、お見舞いに行った時のこととか、レイ君と遊んでくれてる時のこととか」
「……そっか」
「後は、私のパーティーメンバーだって話とか」
「捏造してんじゃねぇ」
「むー!」
「膨れてもダメ!」
「じゃあキョウトは私とパーティー組みたくないの?」
「いや……そういうわけじゃ……」
「あのー……お二人さん?」
俺とレナの会話に割って入るように、アイシャさんが申し訳なさそうに声をかけてくる。
「本っ当に申し訳ありませんけど、質問させてもらってもいいですか?」
「え、あぁ、どうぞ」
俺個人としては助かったのだが、レナは不機嫌そうな表情を浮かべている。
「それじゃあ……二人は恋人なんですか!?」
「そんなんじゃねぇ。じゃあな」
変な質問が来たので適当に返して、俺は今度こそその場を去ろうとするが、俺の服の裾をつまんで引き留めたのは、なぜか不機嫌そうなレナだった。
「な……なんだ?レナ?」
「……ばか。もういいもん」
「ん?……ん?」
「何でもない、それより、早く仕事に戻ったら?」
「いやでもレナさんなんか不機嫌……」
「そんなことないもん!」
明らかに怒っているレナと困っている俺を、生徒たちはなぜか口を押さえて見守る。
「レナ……」
「私、お昼買いに行ってくるから。財布、届けてくれてありがと。それじゃ」
速足で教室から出ていくレナ。すぐに後を追おうとするが、まだ走ることはできないということを忘れ、無理に走ろうとしたので自分の足に躓いて倒れ、そのまま傾斜のある席と席の間をすり抜けながら一番下の床まで転がり落ちてしまう。
「うぅ……」
「大丈夫ですか!?キョウトさん!まだ怪我が……」
レナから聞いたのか、アイシャさんたちは急いで俺を起き上がらせてくれる。
「レナ……」
ずきずきと体が悲鳴を上げているが、俺はそれどころじゃなかった。
俺は……また間違えたのだろうか。
× × ×
結局、その後はもう帰った方がいいというアイシャさん達の助言に従って、帰路について再び職場へと向かう。
さっき転がり落ちた痛みがまだ残っている。歩けるとはいえ、まだ全身ボロボロだな……
「惨めだな……俺」
女の子を追いかけようとして転ぶなんて、それも学校のクラス全員が見てる中で。
俺の恥だけならまだいいが、レナの箔まで落ちてしまうということがただただ申し訳ない。
仕事を理由にしてはいたものの、正直【結論】で業務は回る。ゆっくり帰っても何の支障もない。
俺は気分転換に来た道とは違う道を通ってギルドへ帰る。
「はぁ……」
何故レナが不機嫌になってしまったのか、友達経験の浅い俺ではそれがわからなかった。女心と秋の空とはよく言ったものだ。
とぼとぼと歩いていると、何やら甘い匂いが漂ってくる。
その香りのする方へ歩いてみると、一つの屋台があった。
『一つ100ゴールド』
とだけ書かれた看板を掲げる小さな屋台だ。
丁度昼食でもと思っていたところなので、屋台に近づいてみる。
「すいませーん」
「いらっしゃいませ」
店員さんは俺と同い年かそれより下くらいの歳だろうか、少し小柄な体格で、つややかな長い黒髪を後ろで一つにまとめたかわいらしい女の子だった。
「ここって何を売ってるんですか?」
「はい、『ゆきもち』です」
自信満々と言った様子でそういう彼女だが、その外見や喋り方のせいか、どうも小さい子供の相手をしているような感覚に陥る。
と言うより、なんだって?
「ゆきもち?」
「はい、ゆきもちです」
「ゆきもちって……何ですか?」
「ゆきみたいなおもちです……甘いです……おいしいです」
「なるほど」
情報量は少なかったが、大体の概要は掴めた。それにこのなんとも幸せな甘い匂い……
「一つくださいな」
「おぉ……ありがとうございます……どうぞです」
感動したようにゆきもちとやらを渡す店員さん。
受け取ったそれの包みを開いてみると、真っ白なお饅頭のようなもちもちした物体が姿を見せ、持っている手にひんやりとした感覚が伝わってくる。なるほど、確かにこれはゆきもちだ。
「召し上がれ……」
店員さんにそう促され、一口食べてみる。
「おぉ、めっちゃおいしい……」
もちもちとした生地の中からは、まろやかなクリームが出てきて、口の中が優しい甘さに包まれる。100ゴールドぽっちでこんなにおいしい物が買えるとは……どうして今まで知らなかったのだろうか。
「雪見だいふくみてぇだな……」
「ゆきみ……?」
「いえ、何でもないです」
うかつだった。元の世界の食べ物の名前をこっちで出すなんて……
(疲れてんのかな……俺)
今までではこんなことは無かった。やっぱり身体的にも心理的にも疲れているのだろう。そう思い至って、俺は何度目かわからないため息が出た。
俺はその場を離れ、ベンチに座ってゆきもちを食べる。
「あの……大丈夫ですか?」
そんな俺に声をかけたのは、さっきの店員さんだった。
着ているエプロンはそのままだが、店の店員と言うよりは、家庭的な女の子のような印象だ。
「えっと、屋台はいいんですか?」
「はい……どうせ人も来ないので……」
かなり悲しいことを言われたが、店員さんの様子から読み取れる感情は残念というような感じではなく、俺を気遣うようなものだった。
「それに……悩んでそうだったので……大丈夫かなと……相談、乗りますよ?会って間もないふつつかものですけど……」
少し距離を開けて隣に座る店員さん。その優しさが今の俺には何よりも必要なものだと知っているように。
「ありがとうございます……でも、気持ちだけ受け取っておきます。……これは、俺の問題なので」
「そうですか……頑張ってくださいね……」
そう言ってにっこりと微笑む彼女の人懐っこい笑顔は、この子の持つ優しさをそのまま形にしたように朗らかな笑顔だった。
「ありがとうございます。ちょっと前向きになれました」
「それは良かったです……いつもここで屋台を出していますから……ぜひ来てくださいね、ゆきもちさん」
「ちょいちょい、ゆきもちさんってもしかして俺のこと?」
「はい、後ろから見た時の髪の毛がとてもゆきもちさんだったので」
「……そっか。やめよっか」
この世界に来てから髪のことをいじられたのはこれが初めてだ。久しく忘れていた。家ではほぼ毎日京ちゃんにいじられていたのに。
「はい……」
そうは言うものの、いたずらっぽく笑う彼女は、どこか親しみやすくて、居心地がよかった。
「俺はキョウト・ホワイト。キョウトって呼んでくれ。何か腹立ったから敬語は使わなくていいか?」
「……うん、わかった。私はマナ・エンドノーツ。マナでいいよ。よろしくね、キョウト」
「あぁ、マナ。よろしく。あむっ……」
俺はもう一口ほどしか残っていないゆきもちを食べ終える。
「おいしい?」
「ごくっ……うん、超おいしかった。ごちそうさま」
「おそまつさまでした」
「……」
俺はゆきもちの包みをくしゃくしゃに丸めて近くのゴミ箱へ投げ入れる。しかし狙いは外れ、悲しい結果になってしまう。
「あ、外しちゃった。めんど……」
俺はきちんとゴミ箱に入れようと、かがんで入れ損ねたごみを拾おうとする。
「うぐっ……」
が、やはり全身が痛む。かがんだ程度でもズキズキと鋭い痛みが押し寄せてくる。
「キョウト?大丈夫?どうしたの……?」
「実は……俺、今全身骨折してるんだ」
「……へ?」
唖然とするマナに、バジリスク討伐での経緯を話した。
もちろん、俺がバジリスクを倒したなどと言うことなどは話していない。あくまで俺は表向きは討伐隊の増援。止めを刺したのは全員で総攻撃して倒したということになっている。そしてそれは世間においても正しい情報となっている。見事な情報漏洩阻止だ。
「キョウト……すごいんだね……」
「あはは……それでこんなザマじゃ、かっこつかないよな」
「それでも……かっこいいよ……」
そう言うマナの目は、どこか憂いを帯びていた。
「それじゃ、俺はもう行くよ」
「あ……い、行ってらっしゃい。お仕事頑張ってね」
「……また明日な。マナ」
「っ……!うんっ……!」
マナは、嬉しそうに笑い、俺の振った手に振り返してくれた。
(女心と秋の空……なんて、所詮は他人の話かな)
その日、憂鬱の中を彷徨っていた日、俺には新たな友達ができた。
「あっ!キョウト……!」
俺が背を向けしばらく歩くと、マナが俺を引き留める。
俺は振り返り、マナの方を見る。
「―――早く、良くなってね」
「……あぁ、ありがとう。マナ」
俺はそう言い、再び歩き出し、ギルドへと向かう。
その足取りは、学園から出た時よりもずっと軽くなっていた。
× × ×
その日のギルドの職務を終えたのは、もう日の落ち切った8時半だった。
しかし俺はこの後に行くところがある。
レストン家の屋敷、レナの家だ。
俺は支度をして、すぐに屋敷へと向かう。
訓練するときに何度も入った屋敷なので、屋敷で働くメイドさんなどの従業員さん達にはすでに顔を覚えられている。
学園でのこともあるので顔を合わせづらかったが、今回ここに来た理由はレナに会うためだ。
「キョウト……?なんでここに……?」
玄関にてメイドさんにレナを呼びに行ってもらうようにお願いし、客間に通された俺のもとに、メイドさんが呼んできてくれたレナが来る。
「早速なんだけど、レナ……」
「うん……」
レナは何を言われるのかとそわそわしている。
「俺と―――パーティーを組もう」
「……え?」
これが俺の出した結論だ。
俺は、レナのことを何もわかっちゃいなかった。それは今でもそうだ。でも、それが当たり前っていうことすら忘れていた。
相手も、俺も、他人の感情なんてわかりやしない。だから何度だって間違える。一度間違えたくらいで挫けるなんて、かっこ悪すぎる。
だから俺は、どこまでも正直でありたい。友達を信じ、自分の正しいと思ったことをしたい。それでついて来てくれる人こそ、本当の友達だと思うから。
俺は今まで、心のどこかで迷っていたんだ。レナとパーティーを組んで、戦いに巻き込んでしまうのではないかと。でも、そんな壁を作って突き放すには、俺たちの関係は深すぎた。
「キョウト……?どうしていきなり……?」
「いきなりっていうか……けがが治って体力もある程度ついてきたところで俺から申し出るつもりだったんだ。でも、学園で俺がパーティーを組む云々の話を濁した時、レナが不服そうだったから、今すぐ言わなきゃと思って、その……ごめん。待たせちゃって」
俺は頭を下げ、謝罪の意を示す。
「キョウト、顔上げて」
俺はレナの言うように、ゆっくりと顔を上げる。
「いだっ!?」
「あっはは!」
顔を上げた瞬間、レナのデコピンが俺の額に炸裂する。
レナはおおらかに笑う。いつも俺に向けてくれる笑顔で。
「改めて、これからよろしくね!キョウト!」
「あ……ああ!よろしく!レナ!」
そして硬く握手を交わす。
やっぱり、小さくてすべすべした女の子の手だ。いくら強くても、レナは一人の女の子だ。一人の―――俺の大切な友達だ。
× × ×
その後、レナに手を引かれ、即ギルドにて俺の冒険者としての登録及びレナ・レストンとのパーティーとしての登録を済ませ、晴れて正式なパーティーメンバーとなったのだった。
その翌日、小鳥のさえずりで目を覚ました久しぶりの休日の朝、俺は窓を開けて新しい空気を取り入れる。聞きなれた街の喧騒が日常を形作ってくれる。いい街だ。俺の朝起きて眺める街ランキング堂々の一位は我が故郷である住み慣れた京都の町だが、この街の雰囲気もなかなかに好きだ。
時刻は7時、そろそろ起きようかとベッドから出ると、体の痛みが昨日とは比べ物にならないほどマシになっている。
まだ2か月ちょっとしか経っていないのにも関わらず、どんな体制でも痛くないようになっている。衝撃を与えられるとやっぱりまだ痛いけど、生活する上では全く不自由のない体になった。魔法の力かな?現代医学の敗北を感じましたね。
朝は甘いものを食べないとあまり頭が回らない俺の朝食には、必ず何かしらの甘い奴があるが、せっかくなので、今日の朝食はゆきもちを採用することにした。あれほんと美味しいんだよな。
休日という解放感もあってか、仕事に勤しむグリス先輩を煽るように挨拶した後、浮足立った歩調で俺はマナの屋台へと向かった。
「なぁ姉ちゃんよぉ……こんなところで一人でいちゃあ怪しい奴に絡まれちまうぜ?」
「そうそう!俺らが守ってやるから、屋台、でいいのか?も手伝ってやるしよ」
「いえ……えっと……その……」
そして昨日と同じ場所で屋台を発見したのだが、マナはガラの悪い男二人に絡まれていた。こんな朝からでもこういう奴等はいるのか。
「どう見てもお前らが怪しい奴なんだけど、知り合いか?マナ?」
「っ!キョウト……!!」
俺を見た瞬間、一目散に駆け寄ってきて俺の背後へ隠れるマナ。
「状況説明は十分だな」
「ぁんだ?そのひょろいガキが男かぁ?そんなのより俺らといる方が絶対楽しいって~」
二人はゆっくりと俺に歩み寄ってくる。曲がりなりにも俺はレナのパーティーメンバーだ。こいつらから漏れ出る害意に気づかないほど鈍くはない。
俺はすぐに魔力を巡らせ、魔法を行使する。
「【導け――結論】」
「そんな頼りないガキじゃあかわいそうだよなァ!!」
男は俺の顔面目掛けて拳を突き出す――が、
「……これで正当防衛にはなるかな」
「なっ……!?」
その拳は俺の顔に届く事は無い。【結論】の霧で防いだ拳を払いのけ、拳の形を作った霧を男の腹目掛けて叩き込む。
「グハッ!?」
【結論】の性能は俺の身体能力に比例する。つまり今戦っている霧は怪我一つしていない俺ということだ。
毎日使っていると色々な応用が利くようになる。実践レベルにするのにはかなり苦労したが、戦力の強化には余念は無い。……これじゃいよいよス〇ンドだな。
そして【結論】の霧は見た目が任意で変更できる。目立ちまくる蛍光色の霧にできたり、目には見えない霧にもできたりする。
相手からしたら、見えない力で殴られたというように感じるのだ。
「て……てめぇ……一体……?」
少し魔力で身体能力を底上げしている俺の打撃はかなり効いたようで、男たちは俺から距離をとる。
「【痺れろ―――】」
そしてもう一人の男が魔法を発動しようとしている。
俺は既に背後を取らせていた【結論】にその男の身体を掴ませる。
「【麻痺弾】――って、うわぁ!?」
動揺した男の放った魔法は、明後日の方向へ飛んでいく。
あの男が使った魔法、【麻痺弾】は触れた相手を痺れさせて一定時間動けなくさせる麻痺弾を放つ、飛び道具式のスタンガンのようなもので、過去に一度だけレナに使われたことがあるが、馬鹿みたいに早い弾速な上、少しかすっただけでも思うように体が動かせなかった。今の魔法とは別物だと思えるほどに脅威に感じたのだが……単にレナの魔力量が高いだけなのだろうか。
そして掴んだまま男を持ち上げ、【結論】の上体を反らすとともに硬い石の地面へと叩きつける。いわゆるジャーマンスープレックスだ。
それを食らった男は動かなくなったが、まだ息はあるようだ。……良かった。
「ドルトン!!!」
突進してきた男は、ドルトン……とかいうやつを担いで俺を睨む。
「てめぇ……!!」
その視線に、俺は威圧するようにできる限り低い声を出す。
「……とっとと失せろ、それと」
そして俺は横で怯えながら立ち尽くしているマナの肩を抱いて、俺の方へ引き寄せる。
「―――次俺の女に手出そうとしたら……わかってるよな?」
「っ……!!」
未知の力でその場から動くことなく仲間を瀕死にする俺に恐れの感情の色を見せた男は、意識のないドルトンを担いですぐにどこかへ去って行った。
「はぁ……」
「キョ……キョウト……」
「あ!ご、ごめん!」
いつまで肩を抱いているのか、俺はすぐにマナを開放する。
「えっと……ありがとう、キョウト。……恰好……良かったよ」
「あぁ……ありがとう。マナが無事ならよかったよ」
格好良かったと言われ、なんと言えばいいかわからなくなってしまう。
「その……俺の女とか言ってごめんな?あの時はそれが一番都合よかったから……」
「ううん、いいよ。私のため……だもんね」
マナの顔は白い肌に相反して、まるで霜焼けしたように真っ赤になっていた。
「そうだ、ゆきもち一つくださいな」
俺はむず痒い雰囲気を振り払うように、ここに来た目的を遂行する。
「あ……うん、ありがと……助けてくれたお礼として……無料で差し上げちゃいます」
「やったぁ」
これにてさっきのことは一件落着……ということにした。
「ねぇキョウト」
「ん?どした?」
それから近くのベンチに座ってゆきもちを食べていると、エプロンを外したマナが俺の隣に座る。
「これからね、材料の買い出しに行くんだ。さっきのは余ってる材料で作ったやつなの」
「そうだったのか」
マナはいつもこのくらいの時間に買い出しに行き、その後戻ってきてから店を出すとのことだった。
「じゃあマナは何で今日はこの時間から店を出してたんだ?」
「それは……キョウトがいつ来るかわかんなかったから……いつ来てもいいようにしてたの」
「気使わせちゃった?」
「そんなことないよ……!初めて友達ができて……舞い上がってただけ、だから……」
「そ……そっか……」
頬を赤らめるマナの様子に、こっちまで照れて来てしまう。
友達……いい響きだ。
「それで話を戻すんだけど……買い出し、キョウトにもついて来てほしいの……」
「なん……あぁ、そっか」
何で?と言いかけて、さっきあったことを思い出した。あんなことがあったのだ。一人ではやはり不安なのだろう。
「じゃあ一緒に行くか」
「うん……!ありがとう……!」
屋台を閉めて、俺はマナの買い出しの手伝い兼護衛として、一緒に歩き出した。
「で、目的の場所はどこなんだ?」
もし街の外に行くのであれば、一度ギルドに戻って魔獣が襲ってきたとき用に唯一の武器である霧断ちを取りに行かなければならなくなりそうだ。
そのことをマナに伝えると、大丈夫だよ、と言って続ける。
「ここからちょっと歩いたところにある魔法具屋さん」
「魔法具屋さんって……あれ何入ってんの?」
味や触感はまんま雪見だいふくだったのだが、やはり何かからくりがあるのだろうか。
「大体の材料は別のお店で仕入れてるからもう足りてるんだけどね……ゆきもちをひんやりさせるために表面に振りかけてる『雪粉』っていうのがあるの……それが足りなくなっちゃったんだ」
冷蔵庫から取り出したわけでもないのに何故あんなにもひんやりしているのだろうかと不思議に思っていたが、その理由は表面についている粉だったようだ。
「あ、でも大丈夫かな……そのお店を経営してる人って、すっごく人見知りなの」
「人見知り……?」
(魔法具屋を経営していて、それでいて人見知り……)
俺のよく知る人物の顔を思い浮かべながら、その見慣れた店に入った。
魔導書と呼ばれる魔法の詳細が書いてある本の並んだ本棚や、魔法の威力を高めるとされるアクセサリー類、さらには魔力を回復したり傷を治したりする用のポーション類なんかが所狭しと並んでいる。もう何度も見た光景だ。
「クルルさ~ん、雪粉くださ~い」
「あ……おはようマナちゃん……って、キョウト……!?」
眠そうに眼をこすりながら店の奥から出て来たのは、ゆったりとした生地の暗い配色の服を着たクルルだった。朝は弱いと言っていたが、本当に弱いようだ。
が、俺の姿を見るや否やそんな雰囲気はあっという間に吹っ飛び、背筋がピン、と伸びる。
「なんでキョウトがマナちゃんと……!?え?え……?」
「キョウト……クルルさんと知り合いなの?」
「えっと……【導け――結論】」
俺は【結論】を使って分身し、二人にそれぞれ説明した。これ、魔法の応用ね。
「そんなことがあったんだ……うんうん、偉いよキョウト……」
さっきあったことを説明し終えると、クルルは背伸びをして俺の頭を撫でる。
「でも、無理しちゃだめだよ。安全第一。わかった?」
「う……うん、わかったよ」
穏やかな声と、頭に感じるクルルの優しい体温に、俺はただただ素直になってしまう。
クルルはこうやって俺のことをたまに弟のように扱ってくるときもあれば、妹のように甘えてくることもある。そんなクルルの横にいるときは、いつだって穏やかになれる。
「いちゃついてないで……雪粉ください……」
(あ、忘れてた)
「〜~!……ご……ごめんね!今用意するから……!」
ジトーっという目つきで俺たちの様子を眺めていたマナは、しびれを切らして催促する。
顔を手で覆って慌てて店の奥に入って行ったクルルを待っている俺たちの間に、なんとも言えない沈黙が走る。
「ねぇ、キョウト」
その沈黙を先に破ったのはマナだった。
「はい、なんでしょう」
「やっぱりゆきもちのお代……ちょうだい」
「……はい」
有無を言わさぬ雰囲気を醸し出しているマナに、100ゴールド支払った。
マナはどこか不服そうにそれを財布にしまった。
「お待たせ~……」
そしてしばらくすると、袋を持ったクルルが店の奥から出てくる。
「はい、今日の分だよ~……」
「どうぞ」
コンビニの袋ほどの大きさの麻袋いっぱいに入った雪粉の値段は2000ゴールドで、見た目はただの雪だが、白い砂のようにも見える。
そこまでひんやりさせたいか?とも思ったが、考えてみるとどうあがいてもひんやりしている方がおいしいので、考えるのをやめた。
クルルと別れ、屋台の場所に戻る帰り道、俺は雪粉の入ったひんやりする袋を持ちながら、マナにふと気になったことを聞いた。
「マナは何であそこでゆきもちの屋台をやってるんだ?」
屋台を構えているあの通りは、ギルドのある中央通りと比べ、あまり人通りが多いとは言えない。何か理由でもあるのだろうか。
「あそこは……学園に通う生徒がたくさん通るって、クルルさんに教えてもらったの」
「へぇ……クルルが……流石詳しいなって、そういえばマナとクルルってどういう関係なの?」
店では随分と親しそうに話していた。人見知り気味なクルルが普通に話せているのだ。長い仲のように思える。
「私ね……3か月くらい前にこの街に来たんだ。……お母さんと喧嘩して家出して、走ってるうちに道に迷っちゃって、暗い森の中で一人で泣いてたの……」
「っ……」
「そんな時……その森で会ったのがポーションの材料を取りに来てたクルルさんだったの」
マナは愁いとも嬉しさともとれる、儚げな笑みを浮かべる。
「クルルさんに事情を説明したら、おどおどしながら私を助けてくれたの。家には帰りたくないってわがままを言ったら自分の家に連れて行って、お風呂に入れてくれて……おいしいご飯も食べさせてくれた。あの屋台もクルルさんにもらった物なんだ……ちょっと改造してるけどね」
「じゃあ、クルルはマナにとって……」
「うん、命の恩人だよ」
クルルは誰よりも不器用だが誰よりも優しい女の子だ。そんなクルルに救われたというマナの話を聞いて、なぜか俺まで嬉しい気持ちになった。もしクルルがいなかったら、こうしてマナと歩くこともなかったのかと思うと、クルルには感謝してもしきれない。
「ゆきもちは私が考えたの。それでクルルさんに食べてもらったらすっごく好評で、この街は別に屋台の場所とかの許可はいらないから売ってみたら?ってことで今の私がいるの。……まだあんまりお客さんさんは来てないんだけどね……」
「そっか……」
「早くいっぱい稼げるようになって、クルルさんに恩返しするんだ~……なんて……」
「応援してるぜ。ギルドで宣伝しまくっちゃう」
「あはは……ありがと、キョウト」
そう言いながら笑う彼女の笑顔は、なんの悩みも抱えていないような、無邪気な笑顔だった。