第3話 初めての脅威
「カルムさん!!」
「ど……どうしたの?キョウトくん?今日は休みだったはずじゃ……」
「それよりもこれって何の素材なんですか!?」
俺は【結論】に持たせた鱗を差し出す。カルムさんはそれを見るなり椅子から立ち上がり、俺に詰め寄ってくる。
「それをどこで……!?拾った時間は!?場所は!?その周りには何があった!?」
鬼気迫る形相で問いかけるカルムさんに気圧されながら、俺はその時の状況を説明した。
説明を終えると、カルムさんはギルド内での連絡手段に使う魔道具を取る。
『ギルド職員へ通達する。至急会議室に集合せよ』
その通達が行われた瞬間、ギルド内の空気が変わった気がした。
「僕たちも行こう。それと、その鱗は何か入れ物に入れておいて。絶対に素手では触ってはいけないよ」
落ち着きを取り戻したカルムさんと職員の行動は早く、すぐに会議室にて話し合いが開始された。
「今回集まってもらった理由はこれだ」
カルムさんは件の鱗が入った木箱を机の中央に置く。その瞬間、会議室の空気が張り詰める。
「マジかよ……」
「なんで……また……?」
室内に嫌などよめきが起こる。
状況がいまいち呑み込めていない俺を置いて、カルムさんはさっき俺が見たことを皆に伝える。
「―――バジリスク」
カルムさんの呟いたその名前に俺は聞き覚えがある。
ギルドの資料に載っていた。5年前、この都市周辺に番で出現した、全長20mは優に超える超大型の黒い毒蛇。その脅威はすさまじく、吐き出す体液は鉄をも溶かす強力な酸性を持っており、そんな化け物の犠牲者は数百にも上る。文字通りの厄災だ。
しかしバジリスク達は既に討伐されていたはず……そしてバジリスクはそもそもの全世界での個体数が数えるほどしかいない生物だ。またすぐ現れるということもないだろう。
待てよ……?番……?
「何かの間違いではないんですか!?」
「この鱗の新鮮度合いを見れば一目瞭然でしょ。つい数時間前まで体の一部だったもので間違いないと思うよ」
グリス先輩は鱗をまじまじと見て、皆に語り掛ける。
「恐らく、以前出現したバジリスクの間に生まれた個体だろうね。バジリスクは成長が早いから、あの時にはもう生まれていたんだって推測すると、成体にはなっていると思う」
思い空気の中、カルムさんはあくまで冷静に会議を進める。
「とりあえず、街の住民に注意喚起を至急行うこと、それにギルドからの特別依頼としてバジリスクの討伐を依頼すること!以上!各自準備に取り掛かれ!」
「「「はい!!」」」
それからバジリスクのことはすぐに街中に知れ渡り、すぐに冒険者達の話題の中心となった。
そして目撃情報も相次ぎ、黒い大蛇、バジリスクの恐怖が……着々と街を蝕んでいった。
× × ×
バジリスクの存在を皆が認知して数日の間、ギルドは大忙しだった。
目撃情報の正確化、過去の文献でのバジリスクの情報提供など、あらゆる支援を冒険者にした結果、ついにバジリスクの巣と思われる場所を発見し、いよいよ討伐へ向けての作戦が組まれ始めた。
その作戦会議の結果、決戦は今日の早朝、その討伐には30人余りの冒険者が参加した。その中には当然レナも含まれている。
シリウスさんは遠征に行っていて、帰ってくるのはしばらく先だそうだ。
まだ半人前の俺はというと、ついて行こうとしたらレナに猛反対され、何度も頭を下げられた。その気持ちを無下にはできず、ギルドで皆の帰りを待つことしかできなかった。
『大丈夫!私を信じて!』
と言って出発したレナの笑顔が忘れられず、仕事中も時計ばかりを見ていた。
「大変だ!!!」
突然、ギルドに駆け込んできたのは、討伐隊に参加していた冒険者だった。
「どうしたんだ!?」
ギルドの雰囲気が一変して、嫌なものへと変わる。
俺の背中にも、嫌な汗が伝う。
「なぜか知らないけど、バジリスクが毒をずっと吐き続けている!だから持って行った解毒薬が底を尽きちまった!」
「はぁ!?あんだけあったのにか!?」
持って行った解毒薬は馬車一台分ほどあった。それを使い切るとなると、間違いない。非常事態だ。
「それだけじゃねぇ!バジリスクや他の魔獣を操っている人間がいやがったんだ!」
「ッ!?」
まさか……その人間って……!
「グリス先輩……」
「どうしたのキョウト君、まさか行くなんて言い出さないよね」
グリス先輩の表情はいつもののらりくらりとしたものとは違う、俺の危険を案ずる真剣な表情だ。
「この世界に、魔獣を操る手段ってありますか?」
「そんなものはない……はずなんだけどね」
決定だ。バジリスクを操っている……この世界にはないはずの能力を持つものなど、俺の考えうる限りでは……
(――――『喰雲』ッ!!)
それしかない。なら、そいつの目的はおそらく同じ『喰雲』達、つまり俺だ。
【残り人数 76名】
俺がこうしている間にも、どんどん参加者が死んでいる。そして、その戦いに巻き込まれて関係ない人も死んでいる。
俺は、それが許せない。
「だから誰か解毒薬の追加と増援として来てくれないか!?」
「俺が行きます」
「キョウト君!?」
俺はこの戦いの参加者だ。それから逃げてばかりでは、生き返ることなどできない。
死に急ぐのではない。生き残るのだ。それが――俺の使命だから。
× × ×
俺はバジリスク討伐の増援として、追加の解毒薬を運ぶ馬車に、何名かの冒険者とともに乗って戦地へと赴く。
「で、なんで先輩まで来てるんですか」
「そりゃあキョウト君が心配だからに決まってるじゃないか。それに、僕はこれでも結構戦えるんだよ~?」
俺が行くと言うと同時に、グリス先輩も増援を申し出た。
門番であるグロスさんは武装したグリス先輩の姿を見ておどろいていたが、すぐに冷静に「気をつけろよ」と言葉をかけていた。
グロスさんが止めないのであれば腕は確かなのだろうが、それでも不安なことに変わりはない。
「ついたぞ。ここがベースキャンプだ」
不安を抱く間もなく、討伐の拠点へと着く。
寝かせられている冒険者たちは皆痛々しい傷を負っており、すぐに解毒薬と回復薬を飲ませる。
すると瞬時に傷が治り、目を覚まし始める。
少し離れたところで交戦している音が聞こえる。そしてレナはここにはいない。
「グリス先輩、行きましょう」
「……死なないでおくれよ、キョウト君」
「……はい」
言葉を交わし、俺たちは音のする方へと向かう。
すると開いた草原に黒い巨影が蠢くのが見えてくる。そして交戦している少女達の姿も。
体長20mは優に超え、表面が黒い鱗で覆われたそれは、聞いた通り絶え間なく口から毒を吐き出し続けている。
その毒を浴びた地面は紫色に変色し、生えている植物は一瞬にして灰のように枯れていく。
「くッ!!近づけない……って、キョウト!?」
距離を取ろうと後退したレナが俺たちの姿に気づく。
「来ちゃダメって言ったのに!どうして!!」
「後で説明するから!それより聞きたいことがある!バジリスクを操ってる人間ってのは本当か!?」
俺の発言にレナは頷き、肯定する。
「うん、バジリスクの向こうにいて、ずっとバジリスクに指示を出してる。でも何でか知らないけど魔獣に守られてて近づけないの!飛び道具や魔法を使っても魔獣が身代わりになるし、何なのアイツ!魔獣を操るだなんて、聞いたことがない!」
バジリスクだけじゃなくて他の魔獣も操れるのか……厄介極まりないな。
よく見ると、バジリスクの向こうには、オオカミ型の魔獣や鳥型の魔獣に囲まれてこちらを見据えている人間が確かに見える。
髪は茶髪で、どこか不良じみた笑みを浮かべるその男が叫ぶ。
「バジリスク!まずはその女からだァ!!」
その声に反応するように、バジリスクがこちらへ向かって突進してくる。
俺とレナは突っ込んでくるバジリスクの身体を間一髪で避け、臨戦態勢をとる。
「はぁ……はぁ……」
レナの体力はもはや限界に近く、他の冒険者も襲い掛かってくる魔獣の対処を強いられていて、息を切らしている。
「魔獣使い……なんて厄介なんだ……!」
魔獣使いの顔立ちは俺のよく知る日本人の顔立ちそのものだ。これで確定した。奴は魔獣を操る能力を持った『喰雲』だ。
事情を知らないレナ達は、未知の能力を前に苦戦を強いられている。
(俺も自分の能力がわかりさえすれば……!!)
俺の願いも虚しく、俺の能力……その実感と言うものが全く湧いてこない。
こんなことになるなら、もっと考えておけばよかったという後悔さえ押し寄せてくる。
「レナ!危ない!」
「くッ!!」
レナに襲い掛かるのはバジリスクだけでなく、巨大な蜂の姿をした魔獣、『キラービー』やオオカミのような『レイドウルフ』なんかの魔獣も襲い掛かる。
ただでさえバジリスクへの対処が難しいレナの隙をつくかの如く猛進する魔獣を、俺は霧断ちで斬り伏せる。
訓練している甲斐もあってか、魔獣の対処は十分にこなせている。そんな俺に背中を預け、レナは剣を握る。
「はぁ……はぁ……キリがねぇぞ!」
「あの操ってるやつに近づけたらいいんだけど、魔獣の対処で精一杯!何か一瞬でも魔獣の注意を私からそらせることができればすぐに斬りに行けるのにっ!」
確かに、レナの実力なら一瞬で距離を詰めることは可能だ。そしてバジリスク以外の魔獣はそこまで強くはない。バジリスクさえ何とかすれば……
(……囮……だよな)
俺には確実に奴の注意を惹く方法がある。しかしそれをすると俺の命の保証はない。
(それがどうしたッ!!)
もとより無い命、生き返るためなら粗末に扱うのが当然というもの。
俺は覚悟を決めて叫んだ。
「来いよ――『喰雲』ッ!!!!」
その俺の叫びに、魔獣使いはにやりと笑い、
「バジリスク!!そいつを殺せ!!!」
予想通り、大量の魔獣が俺に襲い掛かる。
俺は今ある魔力を総動員して身体能力を底上げし、全力で魔獣から逃げる。
「キョウト!!!」
「構うな!!レナ!!!」
その様子に動揺したレナだったが、俺が命を賭してまで作ったチャンスを棒に振ることはなく、魔獣使い目掛けて走る。
「なっ!やっべぇ!!!」
迫りくるレナの気迫に当てられ、魔獣を使い防御しようとするが、レナにそれは通じない。
片っ端から盾となる魔獣を斬るレナと魔獣使いとの距離は、どんどんと縮まっていく。
「ちっ!!」
「はぁあああ!!」
レナの剣が魔獣使いに届こうとしたその瞬間、地面が盛り上がり、中から触手のようなものが飛び出し、レナに襲い掛かる。
「助かったぜぇ!『リブルワーム』!!」
「待て!!!」
レナはすぐに触手を切断し、魔獣使いに意識を向けるが、魔獣使いはもうすでに大型の鳥の魔獣『スピア・カイト』の背に乗って空高くに舞い上がる。
「【穿て―――雷槍ッ!!】」
レナはすぐに自身の得意とする雷魔法の一つで、電気で構築された3mはあろうかという巨大な槍を魔獣使いに向かって放つ。
「おっと!当たらねぇよ!」
しかし距離が離れすぎている。ひらりと避けた魔獣使いを乗せたスピア・カイトは、そのまますぐに飛び去ってしまった。
数秒もしないうちに遥か彼方へ飛び去ったのを見たレナは、これ以上は無駄だと察し、すぐに俺のもとへ駆けつけようと戻ってくる。
「って、そろそろ限界が近い……!」
魔力で身体能力を強化し、バジリスクの攻撃を回避し続けている俺の体力はそろそろ限界に近く、もはや【結論】を使える魔力さえないほどに魔力も尽きかけていた。
魔獣使いがいなくなったおかげか、少しだけバジリスクの動きが鈍くなったが、それでも俺を殺せという命令は続いているようで、絶え間なく攻撃を仕掛けてくる。しかしほとんどの魔獣は逃げていき、直接的な命令を下されたバジリスクだけが俺に攻撃を仕掛けてくる。
「あがッ!!!」
ついに尻尾での攻撃を食らってしまった俺は大きく突き飛ばされ、受け身すら取れずに地面に叩きつけられる。
その衝撃は大きく、意識が飛びそうになるほどだった。
(骨……折れてんな……)
バキバキと嫌な音をたて激痛の走る手足に鞭を打ち、生きようと必死に立ち上がる。しかしそんな俺を待つはずもなく、バジリスクは毒を吐く姿勢で俺に狙いを定める。
「キョウト!!!」
「キョウト君!!!」
レナやグリス先輩が叫ぶが、かなりの距離がある。そしてかろうじて動く足で回避しようにも、俺の速度じゃ間に合わない。
『シャァアッ!!!』
そんな俺にバジリスクが吐き出した毒の量は致死量を遥かに超えており、全身に浴びるだけでも即死すると一目でわかった。
俺に向かって真っすぐ飛んでくる紫色の毒の壁を眼前に、俺の脳は思考を巡らせる。
あぁ、懐かしい。一度経験した感覚、死の感覚だ。
でも、今度は一人じゃないな。他の冒険者の人たち、グリス先輩、それにレナもいる。
今度の死は、一人じゃないんだな……
……なんて、受け入れられるわけないだろ。
―――命の危機が迫った時、人間は自らの限界を超える。隠された力があるのなら、人間はそれを開放する。
【100→999】
視界に移る謎の数字とともに、俺の視界は暗転した。
キョウトは、確かに動ける身体じゃなかった。骨は折れて、頭からも大量に血を流していた。疲労も頂点に達していた。魔力も底をついて、誰がどうみても死にかけだった。バジリスクの毒を浴びて死ぬ。誰もがそう思っていた。でも……
「え……?」
毒を浴びたはずのキョウトは、いつの間にかバジリスクの背後に回り込んでいた。
そして霧断ちを握ると同時、バジリスクの身体は半分に切断された。
『シャァアアァアアアア!!!』
「どういう……ことなの……?」
その場にいる全員、斬られたバジリスクさえも、状況を呑み込めていなかった。
しかしバジリスクの生命力は強く、半分に切られた体でもキョウトを殺そうと辺りに毒をまき散らす。
しかし、キョウトはどこにもいなかった。
『シャッ!?』
バジリスクは何かを察したように上を見上げる。
そこには霧断ちを構えたキョウトがバジリスクの身体を駆け上がって跳躍している姿があった。
『シャァアアアア!!』
バジリスクは再びキョウトに的を絞り、毒を噴射しようとする。
しかし、その前にキョウトはバジリスクの身体を縦に切断した。
キョウトの握っていた刀は、なぜか霧断ちとは比較にならないほど長く、バジリスクの半分はあろうかと言う大きさだった。
その刀で一刀両断されたはずのバジリスクは半分にはならず、バラバラの肉片となった。
そしてキョウトの持っていた刀はだんだんと縮んでいき、霧断ちの大きさとなった。
「キョウト……?」
一連の光景が理解できていないのは私だけではないようで、この場にいる冒険者達もただただ立ち尽くしている。
バジリスクの返り血を浴びて全身が真っ赤に染まったキョウトは、糸が切れたようにその場に倒れてしまった。
魔獣使いがいなくなったことにより逃げ出した魔獣たちを追うものは誰もおらず、その場にいる全員の視線はバジリスクを瞬殺したキョウトに集中していた。
「キョウト!!」
静寂が支配する中、倒れた彼に私は駆け寄り、すぐに脈を計る。
「よかった……死んでない……」
「すぐに治療を!キョウト君を死なせるな!!」
グリスさん達もすぐに駆け寄ってきて、皆抱いている疑問を後回しにして、応急処置としてある程度の怪我を治す回復の魔法をかける。
回復系の魔法に適性のない私は、その様子をただ見ていることしかできなかった。
(あの強さは……一体……?)
先ほどの圧倒的な強さを一切感じないような平和な表情の、いつもの女の子っぽい可愛い顔つきのキョウトの寝顔を見ながら、私はさっき抱いた疑問が――いや、それ以上にこの胸にある想いが、本当はとっくの昔に気づいていたこの気持ちが、私の中でどんどんと膨らんでいくことを自覚していた。
その日、ギルドの掲示板にはこう書かれた。
『バジリスク討伐作戦――成功』
× × ×
「……知ってる天井だ」
ギルドで寝泊まりしている俺が使わせてもらっている部屋、そのベッドの上で、俺はちょっと違うけど定番のセリフを言ってみる。
これだけ無駄な思考が回れば大丈夫かと思いつつ、俺はどうしてここに寝ているのかを思い出す。
確かバジリスクに殺されかけて、どうしても死にたくないって思った瞬間に変な数字が見えて、それから……覚えてないや。
「って、あれからどうなって……ぐっ……いってぇ……」
起き上がろうとした瞬間、全身に激痛が走る。
めちゃめちゃ痛いんですけど、え、俺こんなに怪我してたっけ?確かに痛かったけど……
あの時はアドレナリンが出てたから痛みがあんまりなかった……ってことなのか?
俺が痛みに耐えかねて再びベッドに横になると、部屋のドアが開き、包帯を持ったレナが入ってくる。
「あ、キョウト!良かった……起きてくれた……!!」
「レ……レナ?」
持っていた包帯をぽろっと落として、レナは俺に抱き着いてくる。
「あっががっがががが!!!」
「あ、ごめん!」
激痛が体を走り、レナはすぐに俺から慌てて離れる。
「だ……大丈夫……それより、俺どれくらい寝てた?」
「三日くらい……かな」
「三日!?」
そんなに寝てたのか……時計を見ると、午後の1時丁度、俺が気絶したのもおそらくそれくらいだろうから、丸三日寝ていたようだ。
「応急処置はしたけど、魔法じゃ骨折までは治せないから、じっとしててね。キョウトの骨ほとんど折れてるんだから」
「え、いまさらっとすごいこと言わなかった?」
どうりで全身痛いと思ったよ。ちょっと動かすだけでも痛いんだもん。
「全治4か月だって」
「マジかよ!?」
全身骨折って4か月で治るようなものだっけ?まぁ魔法とかあるし不思議じゃないか。現代医学の敗北を感じましたね。
「って、三日分の仕事たまってるってことかよ……!マジかぁ……」
今気づいた厄介ごとを思い出して、体が動かせない俺は心の中で頭を抱える。
「ちょっとキョウト、何でまだ働くようなこと言ってんの?ばか?」
「ばかって……【導け、結論】……よし、俺の代わりに働いてこーい」
指から出現した霧は、すぐにドアを開けて職場へと向かった。
「……ばか」
「いやなんでよ」
「……ずるい」
グリス先輩から何度も聞いた言葉をレナはそっぽを向きながら言う。
「はははええやろ~……それで、今更なんだけどレナは何しに来たの?」
「あ、そうだ。包帯変えなくちゃ」
どうも体が動かしづらいとは思っていたが、今全身に包帯が巻かれていることに気づく。
本当に全身に巻かれていて……
「レナ」
「何?キョウト」
「この包帯……誰が巻いたの……?」
包帯は全身に巻かれている。その……下半身にも。
「グリスさん」
「なんだぁぁ……よかったぁぁ」
もしレナに見られでもしたらお婿に行けなくなっちゃうところだった。
まぁグリス先輩でも結構嫌なんだけどね。
「本当はレナちゃんにやってもらいたかったりしたんじゃないのかな~?」
「いやいやそんな――って、グリス先輩!?」
いつの間にかこちらの様子をうかがっていたグリス先輩が、声をかけてくる。
「【結論】が仕事をしに来たからね。君が目覚めたんだと思って見に来たよ」
「いや仕事してくださいよ」
「休憩中だから問題なしだよ~ん」
壁にもたれかかりながらからかうように笑うグリス先輩は、どこか嬉しそうに見えた。
「それで、本題に入ろうか」
「……」
しかしその空気も一変して、重々しいものへと変わる。
「本題って?」
真剣な目で俺を見据えるグリス先輩は、ゆっくりと口を開く。
「君の正体についてだよ。キョウト君」
「俺の……正体……?」
いきなり突きつけられる予想外の内容に、俺は困惑を覚える。
「バジリスクを一刀両断なんて、普通じゃない。教えてくれ、キョウト君。君は何者なんだ?」
「えっと……バジリスクを一刀両断って……誰がですか?」
「君がだよ。僕たちは見てたんだからね」
「え?マジなの?レナ?」
身に覚えのない情報に、思わず隣にいるレナに確認する。
「キョウト……もしかして、覚えてないの?」
「うん。え、俺そんなことやったの?」
「本当に覚えてないんだね……」
俺の様子を見て、二人は驚いた顔をする。そして目を2回ほどぱちくりさせたレナが、不思議そうに語り掛けてくる。
「じゃあキョウトはあれを無意識でやったっていうの?」
「その時の俺がどんなのかは知らないけど、毒を吹きかけられる前からの記憶はない。その時に気絶したんだと思う」
視界が真っ暗になったあの時、無意識のうちに俺の『喰雲』としての能力が覚醒したと考えるのが妥当だ。命の危機に瀕していた俺の身体の防衛本能が働いたってところか。
「じゃあ今はあんなことはもうできないと?」
「あんなことがどんなのかはわからないですけど、少なくともバジリスクを一刀両断なんてことはできませんよ。あんなでけぇしかてぇのに」
霧断ちで反撃してみたりもしたが、その硬い鱗にことごとく弾かれていた
「そういえば、キョウトの持ってた霧断ちもなぜか刀身がすっごく伸びてたね。10mくらいはあったよ。それでバジリスクを斬り終えた後は元の大きさに戻ってた」
「それにその霧断ちで真っ二つに斬ったバジリスクは半分じゃなくてバラバラにされてたね」
「……何言ってんすか?」
冗談かと思うような内容の話を聞かされ、俺は思い至る。
それが俺の能力によるものなのは確定だ。問題はどんな能力かだ。
それに、あの数字……気絶する直前に表示された100→999と言う表記は、一体?
結局、俺の能力がどんなものかは皆目見当がつかなかった。
「んー……まぁどうでもいっか、キョウト君の正体なんて」
俺が能力について考えていると、グリス先輩は吹っ切れたようにそう言った。
「え……いいんですか?こんな得体の知れない奴」
自分で言うのもなんだが、実際そうなのだから他に言いようがない。
しかしグリスさんはきょとんとしたような表情を浮かべ、
「キョウト君は僕たちの味方なんだよね?」
「それはそうですけど……」
「なら大丈夫だね。僕はね、キョウト君のことを結構、いや、すっごく気に入ってるんだ。何と言うか、弟ができたみたいにね。だから、僕は君がどんな存在であろうと、君が僕たちに危害を加えない限りは、君を信じてるよ。ね、レナちゃん」
「そうだよ。キョウトと過ごした時間はすっごく楽しいものだったんだから。今更わかんないことがあるくらいで、私のキョウトへの接し方が変わるわけないよ。それに、あんな感じになる前のキョウトも私を魔獣から守ってくれたでしょ?怪我が治ったらすぐにパーティーになるための手続きをしてもらうんだから!」
「グリス先輩……レナ……」
二人の言葉で、俺の視界がぼやけ始める。
今までずっと思っていた。『喰雲』である自分がこの人たちと関わっていいのかと。もし正体がバレたら、どんな風に扱われるのかと。
でも、それは杞憂に終わってくれた。
正体がバレても、きっとこの人達は俺の味方をしてくれる。そんな風に言ってくれた気がして、初めて俺はこの世界の住人になれた気がして、
「二人ともありがとう……これ……からも……こんな俺でよかったら……みんなと一緒に居たい」
ぽろぽろと涙があふれてくる。そんな俺を、二人は優しく、体の痛まないように、抱きしめてくれた。