第2話 初めての仲間
ちょっと長めになりましたが、これからこれがデフォになっちゃいます。
この世界に来てから数週間が経った。
覚えることだらけで大変だったギルドでの生活にもだんだんと慣れて来て、今では職員さん達とは良好な関係を築けている。危惧していた寝泊りはギルドに住み込みで働かせてもらっているので心配はいらなくなったが、やはり自分の家が欲しいと思ってしまう。
この世界での通貨、『ゴールド』も生活する分には十分な収入が得られる様になった。
今は仲良くなった冒険者さんが採って来た素材の鑑定及び換金をしているところだ。
「こちらになります。お疲れさまでした。レナさん」
「ありがとうございます!キョウトさんはお仕事が早いので助かります!」
この人はレナ・レストンさん。肩まで伸びた嫋やかな金髪に透き通る青空のような青い瞳を持った、少し幼さを感じさせる整った顔立ちの美少女だ。あのギルド長のカルムさんの娘さんで、俺と同い年なのでまだ学生であるが、冒険者としても活動している。
わざわざ危険な道を進まなくてもいいのに、とカルムさんは嘆いていたが、レナさんは小さいころからギルドに顔を出しており、そこに来る冒険者に憧れを抱いていたそうだ。
その頃から冒険者になるために訓練を積み、才能にも恵まれたレナさんの実力は誰もが認めており、単純な戦闘能力はギルドナンバー2と言われるほどだ。
そして俺がギルド職員として初めて担当したのもこのレナさんであり、同い年と言うこともあってか、今ではすっかり仲良くなっている。
換金を終えたレナさんはすぐに受付を離れるかと思えば、視線を泳がせながら口ごもってしまう。
「あ……あの、キョウトさん……今度のお休みっていつですか?」
レナさんは小さくなった声でそう尋ねて来た。
(こ……これはもしかして……もしかしてなのでは……!?)
「えーっと……明後日……です」
デートのお誘いらしき問いに、必死に言葉をひねり出す俺。元ぼっちにこの状況は難易度が高い!
「そうですか……じゃあ、その日……私の家で……」
「は……はい……」
「レイくんと遊んであげてくれませんかっ?」
……はい?
(あー……なるほど、そういう……)
レイくんと言うのはまだ5歳ほどのレナさんとよく似た弟君のことで、以前、カルムさんの奥さんがどうしても手が離せない仕事があるそうなのでギルドにてカルムさんが面倒を見ていた際、休憩時間の時に暇だったので俺が一緒に遊んであげていたらすごく懐かれて、それ以来カルムさんはちょくちょくギルドにレイくんを連れて来てはカルムさんが忙しいときはレイくんの面倒を見る係になっている。レイくん曰くキョウちゃんともっと遊びたいと家で何度も言われたそうだ。マジで超嬉しいね。
しかしギルド以外では遊んだことがなかったのだが、どうして今になってこんな話が出て来たのだろうか。
「丁度明後日がレイくんの誕生日なんです。だからぜひうちに来てパーティーに参加して欲しいってお父さんが言ってたんです」
「だから明後日急に休んでいいよって言ってたのか……」
どこまでも息子に甘いお父さんだ。まぁあんなにかわいいんだから仕方ないよね、わかるわかる。(※弟妹には弱いお兄ちゃん)
「そういうことなら喜んでお邪魔させていただきます。楽しい誕生日パーティーにしましょう」
「ありがとうございます!」
そう言いながらにっこりと微笑む彼女の顔は、本当に弟君そっくりのかわいらしい笑顔だった。
「よかった……」
「え、今なんて?」
レナさんの笑顔に見惚れてしまっていてよく聞こえなかった。
「い……いえ、何でもありません。それでは、私はこれで失礼します!お仕事頑張ってくださいね!」
「は……はい、お疲れさまでした……」
後半早口でまくし立てて来たレナさんに呆気にとられながらも、俺は仕事に戻った。
「にやにや」
「……何すか」
その様子を見ていた俺の教育係であるグロスさんの息子さんのグリス先輩は、にやにやと嫌な笑みを浮かべていた。
「初々しいねぇ~青春だね~見てるこっちがキュンキュンしちゃうよ!」
「そんなんじゃないですって何回言えばわかるんですか!」
この人の教育はわかりやすくて助かっているが、こうやってからかってくる分にはまぁまぁイラっとする。
しかしまぁ、それも含めて俺はこの人が結構好きだ。
「あ、キョウトくん、サボってた分の仕事手伝って~」
「自分でやってくれませんかねぇ?」
ごめんやっぱこの人苦手かも。
× × ×
そして明後日、俺はレナさんの家にて誕生日パーティーに出席していた。
レストン家は家というよりもはや屋敷と呼んでいいほどの大豪邸で、なんとメイドさんまでいた。生でメイドさんを見られることになるとは思わなかった。イセカイに感謝。
パーティーには付き合いのあるお偉いさんも何人か来ていて、恥をかかないようにと、カルムさんがきれいな洋服を貸してくれた。俺は普通の家族のような誕生日パーティーを想像していたのだが、これじゃまるで社交パーティーだな……
そんな俺の衣装は黒を基調とした余計な装飾は無い至ってシンプルかつ高級感あふれる服であり、自分でも驚くほど体に馴染んでいた。やっぱりお高いものだからかね。
つつがなくパーティーは進行し、レイくんの部屋で積み木で巨大なお城を作り上げた後、遊び疲れたのかうとうとし始めたレイくんをお母さんーーアルバ・レストンさんが寝室へと連れて行って、俺は一人にぎやかな会場に戻って飲み物片手に黄昏ていた。
今の現状を見直しながら。
(このままで……いいのかな)
俺がこの世界に来た目的は元の世界に帰ること。そのためには俺と同じ強力な能力を持った『喰雲』達と殺し合わなければならない。だが今の俺は自分に宿っている能力がどういったものかがわからない。それはもはや何も能力を持っていないのと同じだ。
そして思い出したように左目を手で押さえてこの戦いに参加している残り人数を確認してみる。
【残り人数 86名】
(っ!?)
この世界に来てから数週間で既に14人も死んでいるのか……?
改めて俺はこの世界の過酷さを思い出した。確かにここは元の世界よりもずっと死に近い場所だ。ギルドで働いて来て、重傷を負った冒険者なんかは数えきれないほど見て来た。
それに比べて俺はただその日を暮らしているだけ。俺は戦わなければ、生き残らなければいけないのに。こんな平和なままでいいのか?
「キョウトさん」
なら今の俺にできることはなんだ?いずれ来る戦いのために体術や魔法を鍛えることか?
「キョウトさん?」
そうだそれだ!鍛えているうちに俺の能力がどういったものかを知れるかもしれない!
「キョウトさん!」
「うぉっ!?」
いきなり体を揺さぶられ、思考が中断される。振り向くとそこには綺麗なドレスに身を包んだレナさんがふくれっ面で俺を見上げていた。
「なんで無視するんですかぁ」
「ご、ごめんなさい……ちょっと考え事を」
俺が慌てて釈明すると、レナさんはいたずらっ子のような悪だくみの顔になる。
「じゃあ、お詫びに私の願いを一つ聞いてもらいます」
「え」
いきなりそんなことを言われても俺に貯金なんてあんまりないし強くもない。いったい俺に何を求めるというのだろうか。
「これから私に敬語を使うのをやめてもらいますっ」
楽しそうにそう命令するレナさんだが、俺の頭にははてなマークが浮かんでいた。
「えっと、それはどうして?」
「私はキョウトさんと友達になりたいのです。だからもっと距離が縮まるように、ため口で私に接してください」
「そっか……うん、わかった。じゃあこれからよろしく。レナ」
「はいっ!」
満面の笑みを浮かべ、レナさんは元気に返事をする。
「それじゃ、そんな友達からのお願い。レナもタメ口を使って俺に接してくれ」
「はい!わかり……あ、分かった!キョウトさん!あ、キョウト!」
こうして、俺に表裏のない底なしに元気で、ちょっぴり天然な友達ができた。
「あ、そうだ。レナにもう一つ頼みたいことがあったんだ」
「何~?」
「俺に、――戦い方を教えて欲しいんだ」
「……」
上機嫌に紅茶を啜っていたレナは、俺の言葉で眉を顰める。
「それは、どうしてなの?キョウト」
真剣な眼差しを向けてくるレナ。さっきまでの雰囲気とはまるで別人の、冒険者の顔をするレナに、思わず息を呑む。
「村から出て、ここに来た時に魔獣に襲われて思ったんだ。このままじゃだめだって。せめて自分の身ぐらい自分で守れるようにならなきゃダメだって、だから……」
「いいよ」
俺の言葉の続きを聞くまでもなく、レナは俺の頼みを聞き入れる。
「その目を見れば、もう言葉はいらないよ」
「……ありがとう」
「私とパーティーが組めるくらいに強くしてあげる!」
「あはは……マジで?」
その日から、俺とレナの特訓が始まった。
× × ×
「ぴぇぇぇ……」
「どうしたキョウトくん?机に突っ伏して死にかけのクライバードみたいな声出して」
「大丈夫です……ただの疲労と筋肉痛です……」
「そ、そうか……」
特訓が始まってしばらく日が経ったが、レナがあんなにスパルタだとは思わなかった。
まさか本当にパーティーを組めるくらいに育て上げるつもりなのでは?ただの日本人である俺にはそんな成長性は無いと思います師匠。
全ての人間は魔力と言うものを持っており、その多さ、俗に言う魔力量と言うものは個人によって違うらしい。魔力を消費することで魔法が使えたりするのだが、魔力が空になった状態である魔力切れを起こしてしまうとしばらく意識が飛ぶらしい。ちなみに時間が経てば魔力は回復していく。
この世界では身体能力をその人が持つ魔力で底上げできるらしく、持つ魔力量が多いほど身体能力を向上させたり、強力な魔法を使用できたりするそうだ。
レナの持つ魔力量は常人よりも遥かに多いらしく、素手で岩を割って投げたボールを走ってキャッチすることだってできる。人間じゃないよあいつ……
一方、俺の魔力量は常人より遥かに低いらしく、それでできることと言ったら簡単な魔法を使うのにすら苦戦する程で、身体能力に関してはほとんど上げられないらしい。畜生め。
試しに初歩的な魔法の一つである炎を生み出しそれを飛ばして相手に攻撃することができる魔法、【火炎】を使ってみても、マッチ程度の火しか出ず、俺の初めて使った魔法はそよ風に吹かれて簡単に儚い思い出となってしまった。畜生め。
しかし、俺には特別な魔法の才能があったようで、俺の持っている魔力はほとんどその魔法に使うことにしている。
発見したのは偶然だったにしろ、俺自身はかなりこの魔法を気に入っている。
「で、キョウトくんいつまでそうしてるの?仕事しなきゃだめじゃん」
「サボってばっかの先輩に言われるのは癪なんで仕事しますよえぇ……」
俺は怠惰な体制のまま顔を上げることなく指を書類の方へ向け、その魔法を発動する。
【導け――結論】
「え……」
魔法を発動するための言葉を唱え、その名に魔力を込めたことで発動された魔法は、俺の指から目に見える霧が出現し、その霧が書類へとペンを走らせる。
「ねぇ、キョウトくん、それがレナちゃんに教えてもらった魔法だよね、それってどういう効果なの……?」
「俺のと同じ思考を持った霧が可能な限りで俺の目的を代わりに遂行する、簡単に言えば俺の代わりにいろんなことしてくれます。俺が寝てる間でもそれは変わらないんで……俺の代わりにその霧が俺の分の仕事をやってくれます。もちろん新しく言われたこともこなせるし喋ることもできるので業務に差支えは無いです……おやすみなさい……」
この世に存在する魔法の中で、使える人がほとんどいない魔法、希少魔法と言われているうちの一つ、【結論】。効果はさっき言った通りだが、強力な効果、あるいは特殊な効果のものが多い希少魔法の中でも、この【結論】はその便利性、その希少性において群を抜いていた。
魔法技術に特化したこの国でもこの魔法が使えるのはレナのお母さんにあたるアルバさんだけらしい。レナやカルムさんはその便利性と俺程度の魔力量でも24時間ぶっ続けで発動できる魔力消費の少なさから、誰もが夢見る魔法だって言って羨ましがっていた。……確かに単純な作業効率が二倍だもんなぁ、そりゃ欲しがるか。
でもどうせなら今は戦闘用の魔法が欲しかった。なんていう願いは贅沢だろうか。まぁいいや。おかげで今こうして寝れるわけだし……それに色々応用も利きそうなので、俺自身はこの魔法をとても気に入っている。……ちゅき。
「スヤァ……」
「……ずっる」
その日からギルドの先輩たちからやたらと仕事を押し付けられるようになった。特にグリス先輩からの当たりが強くなった。俺悪くないのに……
× × ×
「大分動けるようになってきたね!キョウト!」
ある休日、この日はレナと戦闘の訓練の日だ。訓練と自主練を始めてから数週間が経ち、元々呑み込みが早い方である俺は動きがどんどんと洗練されていた。
握っているレナから借りた剣の重さも、訓練を始めた日からしたら随分と軽くなって扱いにも慣れて来たと思う。
「それに体力もついてきたね、仕事の合間に訓練してるのに疲労の色が全然見えないや」
「仕事中は疲れたら寝てるからな。本当に便利な魔法だよ」
「【結論】かぁ……いいなぁ~ずるい~!」
ぷりぷりと怒りながら打ちつけてくる剣は一撃一撃が重く、まだまだ俺は守るのに精一杯だ。
しかしこれでもレナは本気を出していないというのだから、本当に馬鹿げた実力だ。
「でも十分強くなってるよ、キョウト。魔力の使い方も馴染んできてるね」
「そりゃあ毎日使ってますから」
【結論】を通して魔力の扱い方を理解した俺は、大した効果のない攻撃用の魔法を諦め、魔力を身体能力の強化に当ててみた。元の魔力量は少ないので持続はしないが、全体の身体能力が1.2倍上昇するほどの効果を得られるようになった。
なお、レナは最大3.5倍ほど強化できるらしい。それも数時間。
訓練してみてレナに対する見方は大きく変わった。可愛いくて強い女の子から可愛くてありえないほど強い女の子へと俺の中でランクアップしてしまった。やばいですね☆
「よし……今日はここまでにしよっか」
「はぁ……はぁ……ありがとうございやした……師匠……」
あれだけ打ち合ったのに息一つ切れていないレナからタオルを受け取って汗をぬぐう。
「あ、キョウト、この後予定ある?」
「予定?」
時刻は午後12時30分、これから昼食でも食べに行こうとは思っていたが、特に予定はない。
そのことをレナに伝えると、レナはにぱっと元気な笑顔を咲かせる。
「じゃあさ!この後私に付き合ってくれない?」
「……ほう?」
レナが言うには、そろそろ自分の武器やら防具やらを新調しようと武具屋にでも行こうかと思っていたらしい。
そのついでに俺の武具でも一緒に見に行こうかと思っていたらしい。
そろそろ自分の武器が欲しいと思っていた俺はそれに賛成し、一緒に武器を買いに、ついでにランチタイムと洒落込んだ。
(あれ……これってデートってやつなのでは?)
しかし行き先が行き先なので、その考えは早めに俺の脳内から姿を消した。
「おじさーん!来たよー!」
扉を開けて、目に飛び込んだのはとにかく大量の武器や防具だった。
なんともファンタジーな店だと思いながら、店の奥のカウンターに鎮座するガタイの良い男性の存在に気づく。
「よう、レナちゃん。って、そっちの奴はもしかしてレナちゃんの恋人かい!?」
「ち……違うよ!友達!武器が欲しいっていうから一緒に見に来たの!」
必死に釈明するレナの横で、どうしたらいいかわからない俺の顔を、その男性がのぞき込む。
「へえ……随分かわいい顔してる兄ちゃんだな。名前は?」
「はい、キョウト・ホワイトです。ここにきてまだ2か月ほどで、ギルドで働いてます」
「キョウト……あぁ、兄ちゃんか!【結論】が使えるギルド職員ってのは!一度見てみたかったんだよ。俺はライオット・シルク。よろしくな!キョウトの兄ちゃん!」
「はい、こちらこそよろしくお願いします!」
ライオットさんが言うには、俺は二人目の【結論】使いと言うことで結構有名になっているらしい。
「キョウト、こっちこっち!」
「あ……あぁ」
不釣り合いなテンションのレナに呼ばれ、武器の置いてあるコーナーへ行く。
「キョウトはどういう武器がいいの?やっぱりいつも使ってるから片手剣?ここのお店は安いから1万5000ゴールドで買えるけど」
「んー……良きだな」
武器を買う用に用意した予算は3万ゴールド。見たところこの所持金でも十分な質の武器は買える。
「ん?」
片手剣コーナーの横をちらりと見ると、長剣の中に一つだけ、どこか見覚えのある他より少し長めの剣が目に入る。
鞘に入ったそれを手に取って刀身を抜いてみると、やはり日本人がよく知る刀だった。
「兄ちゃん、それに目をつけるとはなかなか珍しいじゃねぇか」
「そうなんですか?」
この世界では刀よりも両刃の剣の方が一般的のようで、店に一本だけあるこの刀も、遠くの国の行商人から売れ残りを買い取った物らしい。そしてここでも売れ残っているらしい。
「キョウト、それ、刃こぼれしやすいから使ってる人はほとんどいないよ?」
レナに言われて刀身をよく見てみる。
銀色の光沢を放っている薄い刀身は、素人目でもわかるほどの切れ味の良さだ。
握り心地はこれ以上ないほどに手に馴染み、ライオットさんに許可を取って一振りしてみると、風を切り裂く音が感覚を通して全身に巡る。
値段は丁度3万ゴールド。少し値は張るが……
「決めた。これにする」
「キョウト!?」
「へぇ……」
レナは驚き、ライオットさんは興味深そうに目を細める。
「片手剣は……?」
「悪いが俺の故郷ではこれが主流だったんだ。俺にはこっちの方が馴染む。だから片手剣はいいよ」
「キョウトがそう言うならそれでいいと思うけど……」
何やら少し不服そうなレナ。その様子に俺が首をかしげていると、ライオットさんはうんうんと頷き、俺に聞こえない声でレナに耳打ちをする
「おそろいの武器にしたかったんだよな……かわいいところあんじゃねぇか……」
「な!?別にそんな訳じゃ!」
結局、俺の初めての武器はこの刀に決定したのだが、なぜか終始レナは不服そうだった。アドバイスガン無視したのが悪かったか?……それだな。
× × ×
「おいし~!」
「うまぁ……」
武器屋にて俺は刀を、レナは片手剣を購入した後、レナの案内でランチの美味しいレストランにて昼食をとっていた。
ギルドで働いていてちょくちょく耳に入ってくるほどには有名な店であるここの料理の出来はなんというかもうほんとにおいしい。
語彙力が死ぬほど美味しかった昼食は全てレナがおごると言っていたが、何となくそれは男としてどうかと思ったので払おうとすると、真っ青な瞳の無言の圧力でにらみつけられて、男だ何だという以前に生物的なヒエラルキーの上下関係を知らされてしまった。
そして腹ごなしに二人で街をぶらぶら散歩していると、少し離れたところから女性の大声が聞こえてくる。
「泥棒ぉぉぉおお!!」
「何っ!?」
その方を見ると、明らかに女性モノのバッグを持った全身黒ずくめのいかにも怪しい雰囲気の男が女性に追いかけられている。
その女性の方は……
(えっ……?)
体感のブレていない陸上選手顔向けの走り方で走る女性の両手には、禍々しくも黒く光るメリケンサックがはめられていた。
漏れ出す殺気は離れた俺にも伝わってきており、それを直に受けて追いつかれる寸前の泥棒の目には涙が浮かんでいた。
「開けチェストォォォオオオ!!!」
あ、捕まった。というかなんだその掛け声。
「シリウス先輩……」
しばらく何も言わずに横で見ていたレナがその女性の名を口にする。
この街でシリウスと言う名で思い浮かぶのはただ一人だ。
「シリウス……オールドノア……?」
ミラレスの冒険者で一番強い冒険者は誰なのか。その質問には誰もがその名を上げる。
それが、シリウス・オールドノアという人物。
この街の、最強の冒険者だ。
ギルドに勤めている以上、何度か会ったことはあるが、いつも兜と鎧を身に着けていて、その姿は見たことがなかった。……まさか女性だったとは思わなかった。
「ボクの目の前でひったくりなんていい度胸じゃないか!小悪党!」
だって一人称ボクだし。
関節を極めながらひったくり犯を地面に伏せるシリウスさんの元に、被害者らしき女性が駆け寄ってくる。
「はぁ……はぁ……ありがとうシリウス……」
「友達のためだ。これくらいお安い御用だよ」
仲良さげに会話しているところを見ると、二人は友人のようだな。
大方、女性二人だと高をくくっていたのだろう。哀れなものだ。
ひったくり犯は騒ぎを聞きつけた憲兵に連れていかれ、事件は一件落着となった。
「おや?そこにいるのはレナじゃないか!」
「おーい」と手を振るシリウスさんに呼ばれ、レナ(ついでに俺)はシリウスさんの所へ行く。
「おやおや?もしかしてレナ、デート中だったか!?」
「違います!キョウトはそういうのじゃ……!」
「君がキョウト君か!ボクはシリウス・オールドノア、レナの学園の卒業生で冒険者をやっているよ。レナから君のことは色々聞いているよ。これからよろしく頼む!」
シリウスさんはそう言って俺に握手を求めて来る。
整った顔立ちに、短めの銀髪、俺の一回りは高い身長と、そして何より抜群のスタイルを持った世の男子諸君の理想形のような女性だ。
「キョウト・ホワイトです。こちらこそよろしくお願いします、シリウスさん」
そうして握手を交わした俺とシリウスさんを交互に見やるシリウスさんの友人さんは一歩前に出てシリウスさんの背に隠れる。
「わ……私はクルル・ナトリエラ……です……ここから少し行ったところで魔法具屋をやっています……シリウスとは同級生で、友達で、えっと……よろしくお願いします……」
少し癖のある肩にかかった黒い長髪を指で気しながら、眼鏡を指でくいっと上げて小さい声で自己紹介するクルルさん。
顔を伏せてはいるが、その顔立ちはレナやシリウスさんに負けず劣らずの可愛さであり、シリウスさんと同い年とは思えないほどに幼げな顔立ちをしていた。
どう見ても人見知り気味な彼女は、ずっとシリウスさんの背中に隠れている。
「それで、デートじゃないなら何をしていたのかな~お若い二人よ~!」
「ちょ、それうざいんでやめてください……!」
指で頬をつんつんと攻撃されながらレナはシリウスさんに反逆する。
「ただキョウトの武器とか買いに行ってお昼ごはん食べて来ただけです!そろそろやめてください!」
「……それはデートと何が違うんだい?」
「だから……えっと、そういうのじゃっ!!」
「それで?キョウト君の武器は刀かい?」
顔を真っ赤にして怒るレナを気にすることもなく、シリウスさんはまじまじと俺の腰から下げた鞘に入った刀を見る。
「はい、俺の故郷では定番な武器だったんで」
鞘から刀身を少しだけ見せる。光を反射し、眩い光沢を発する。
「へぇぇ……なるほど、業物だ。これはボクからの餞別さ。精進しておくれよ」
シリウスさんは懐から砥石を取り出し、俺に差し出す。
「いいんですか?……ありがとうございます!」
俺は貰えるものはもらっておく主義なので、遠慮なく受け取る。丁度買いに行こうと思っていたが、手間が省けた。ありがたい限りだ。
「早く強くなってレナとパーティーを組むんだろう?」
「そうです!」
「そうなの!?」
俺の代わりに即答するレナの眼差しは真剣そのものだった。
「やっぱりそうだったか~」
なぜか蚊帳の外にされている俺の言葉など耳に入っていないようで、シリウスさんは話を続ける。
「いやぁレナは口を開けば君のことを話すからさぁ、そういうことなんだって思ってね!君は学園では結構有名だそうじゃないか~レナのパートナーってさ」
「先輩!!」
ずっとからかわれ続けているレナを見ながら、俺はシリウスさんの言葉が引っかかる。
(パートナー……そういえば戦いのルールで『契約者』っていうシステムがあったな……能力の共有ができる代わりに、片方が死ぬとどちらかが死ぬ……文字通り運命共同体の関係だ。俺にもいつか、そんな相手が現れるのだろうか)
そんなことを考えていたが、また別の疑問が頭の中によぎる。
(あれ、そういえばシリウスさんさっきまでメリケンサックみたいなのつけてなかったっけ?あれどこに行ったんだろう)
確かにさっきまではその手にはめていた黒光りするメリケンサック的なものは、今はもうついていない。何かをしまうような動作もなかったはずだし。それにこの砥石も……
俺はふと気になったが、いまだ言い争う(レナがからかわれているだけ)彼女たちの間には到底入ることもできず、仕方がないので俺の数倍はおろおろしているクルルさんに聞いてみる。
「あのークルルさん」
「はっ……!?」
クルルさんは隠れ蓑がいないので、あたふたしたかと思えば、自分の髪で顔を覆ってしまった。
「えっと……そこまで警戒しなくても大丈夫ですよ。ちょっと聞きたいことがあるだけなんで」
俺がそういうとクルルさんはゆっくりと赤く染まった顔を覗かせる。
「やべぇかわいい」
(シリウスさんのことなんですけど)
「えっ!?」
まずい。言いたいことと思っていることが入れ替わってしまった。
これにはクルルさんもまた顔を隠してしまうが、隠しきれない耳は真っ赤に染まっていた。ほんとすいません。
「いや、そうじゃなくて!いやそうじゃなくもないんですけど、シリウスさんさっき手になんかつけてませんでした?あれってどこにいったのかなって思いまして……」
本題を切り出すと、クルルさんはぽつぽつと話し始める。
「シリウスが……【亜空間】を使ったんだと思うよ……」
「【亜空間】……?って、何ですか?魔法ですか?」
レナからもらった教本に書いてあった、今現在確認されている戦闘系から便利系までの約数十種類の魔法の中にはそんなものは無かった。
「シリウスが使える……希少魔法なの……」
「そうだったんですか……!」
道理で知らないわけだ。俺が魔法に疎いってわけじゃなくて安心安心。
「結構有名だよ……?」
「そう……だったんですか」
魔法に疎かったです帰ったら教本読み直します。でも仕方ないじゃん俺魔法ほとんど使えないんだもん!
「それってどういった効果なんですか?」
「【亜空間】はね……簡単に言うと無限の領域を持つ亜空間にものを出し入れすることができる魔法なの。その亜空間の中では時間は止まってて、例えば生肉は腐らないし、水も亜空間に送り込んだ形のままでいるの」
なるほど……ド〇えもんのあのポケットのようなものか。
「……めちゃめちゃ便利じゃないですか」
「うん……だから【亜空間】を使える人は全員もれなく有名人なんだ。しかもすごいのが魔力の消費量がほとんどないって所なの。一日使い続けて魔力消費量の少ない初歩的な魔法の【火炎】や【疾風】に使う魔力の半分くらい……理不尽だと思うなぁ……」
なんですと!?四次元ポケットが使い放題とは、将来どんな道に進んでも路頭に迷うことなんて無いんだろうなぁ……
「それで魔力を別の魔法に回せる点も、シリウスが最強って言われてる要因かな……いいなぁ……希少魔法……私も使ってみたいなぁ……」
「【結論】でも24時間が限界なんですけどねぇ……でもそしたら明日使えなくなるし。やっぱ魔力量が違うのかなぁ」
「……」
瞬間、クルルさんの纏っている空気が明らかに変わった。
「――――【結論】?」
もはや顔を隠すことなんかせず、じりじりと俺に近寄ってくる。
「キョウトさん」
「は……はいっ!?」
声が裏返りながら、何とか返事をする。
「もしかしてキョウトさんって……【結論】が使えるんですか……?」
「は……はい……」
「―――見せてください」
さっきから何なんだ一体!?急に雰囲気が変わったと思えば【結論】を見たいだなんて。嘘だと疑われているのだろうか。
俺はせっかく魔力を使うので、何か一仕事させておこうと思い、パシリのように焼き菓子を買いに行かせる命令を下し、魔法を発動する。
【導け―――結論】
俺の指から出た霧は、俺の財布を持って焼き菓子の屋台へと向かっていった。
「……」
その様子をクルルさんはただ愕然とした様子で見ていた。
「えーっと、クルルさん……?」
「【結論】は今判明してる限りこの世界でアルバ・レストンさんただ一人しか使えないんです!そんな希少な魔法を使える人間の情報が私の耳に入らないなんてありえません!数年間ずっと仕入れ続けて来た情報ですよ!」
「ちょ!?クルルさん、落ち着いてください!」
さっきまでのおどおどとしたクルルさんから一変し、囚人に詰め寄る看守のような剣幕でまくし立てるクルルさん。買い物から戻って来た【結論】も心なしか困惑しているように見える。さすが俺の分身。
「あなたは……何者なんですか!?」
その言葉に俺の心臓が跳ねる。
確かに俺はこの世界の人間じゃない。もしもそのことがバレてしまったら、俺はどうなるのだろうか。
俺は必死にごまかそうとする。
「俺は……ですね……」
しかしこの人の持つ雰囲気が、俺の嘘を許そうとしてくれない。なぜか俺は言葉を詰まらせてしまう。
「こら、クルル!キョウト君が困っているだろう!」
「ひゃんっ!?」
俺ににじり寄って来るクルルさんをまるで首根っこをつかまれた猫のように持つシリウスさん。その表情はほとほと呆れたような表情だ。
「ありがとうございます……シリウスさん」
「クルルが迷惑かけてすまなかったな。ほら、まずはごめんなさい!そして落ち着く!」
「ご……ごめんなさいぃぃ……シリウス、もう離してよぉぉ……」
クルルさんの雰囲気が、元のコミュ症気味なものへと戻る。怖かった……
「ボクたちがじゃれているうちに随分と仲良くなったようだが、クルルがああなるということは、キョウト君。君は一体どんな希少魔法を使うことができるんだ?」
「えっと……【結論】です……」
「あー……なるほど。そういうわけか」
納得いったように息を漏らすシリウスさん。今だ状況が呑み込めない俺に、落ち着きを取り戻したクルルさんがぽつぽつと説明し始める。
「私……学園に通っていた時に【結論】の存在を知って、その圧倒的な便利さから私はそれに魅了されてしまいまして……今もずっと……」
「クルルは多忙な日々を送っている。人一倍作業の効率化には敏感だったんだ」
「あー……そういうことっすか」
だからあんなに【結論】に過剰に反応したのか。
「だから……必死に研究して、いつか……自分も使えるようになりたいなって思ったんです……それでやっと【結論】の使用者のデータが取れます……やりました……!」
「使用者のデータって……アルバさんに頼めば良くないですか?あの人も使えますよね?」
「それは……」
言葉に詰まるクルルさん。どうしたのかと思っていると、代わりにレナが説明してくれた。
「お母さんは職業柄、なんていうか、自分の手札を他人に見せるのを極端に嫌がる人なの。だから唯一無二の武器である【結論】を他人に分析させるなんて以ての外なの」
「なので……私がどんなに頼み込んでも、いつもやんわりと断られてしまうのです……」
そこまで【結論】に執着するクルルさんにもはや尊敬の念さえ抱いてしまうが、それ以上にアルバさんの職業って何だろう。
「そんなところに出て来たってのがキョウトってわけ。そりゃ興奮もするよ」
「……それで俺にあれこれ聞き出そうってことですか」
「うん……協力……してくれる……かな?」
必死に懇願する彼女の瞳はかすかに潤み、一筋の希望にすがろうとするような、そんな目をしていた。
そんな目を向けられた俺は断れるはずもないのだが、ここで問題が一つ。
「俺は全然問題ないんだけど、レナはいいのか?アルバさん、【結論】について知られたくないんじゃなかったのか?」
「それはそうなんだけどね……でも私も気になるし。バレなかったらいいでしょ」
なんだか適当な気もするが、そういうことなら何も問題はないか。あるんだけどね。
「役に立つかは知りませんけど、俺でよかったら協力します。クルルさん」
「あ……ありがとうございますぅぅ!」
何はともあれ、今日から俺はクルルさんの魔法解析のための協力者になった。
「これからよろしくお願いしますね……!キョウトさん……!
「こちらこそ、よろしくお願いします」
クルルさんの笑顔は、誰よりも明るく感じた。
× × ×
ある日、俺は武器屋で買った刀、霧断ち(レナ命名)を装備し、この世界に召喚された場所であるあの古い遺跡に来ていた。
訓練で強くなった俺はここら辺にいる魔獣からなら余裕で逃げ切れるとレナから教えてもらったので、前々から来たかったここへと足を運んだのだ。
森の中ではあるが、道は覚えていたのですんなりと着くことができた。
「京ちゃん……」
ここに来た目的は、俺の使命を忘れないためだ。強くなって、生き残って、必ず家族のもとへ帰る。忘れてはいなかったが、薄れていた俺の使命を、改めて胸に刻んだ。
俺は霧断ちを握り、決意を固めた。
「帰って買い物でも行くか……って、なんだあれ?」
帰り道、舗装された道に何やら黒い影があることに気づく。
近くに行ってみると、ギルドの資料や素材で見たことのあるクライバードの死骸だった。
「ここに来たときはこんなのなかったぞ……!?」
クライバードは、体長2mほどの大型の鳥のような魔獣で、飛ぶことができない代わりに発達した強靭な脚から繰り出される打撃は、まともに食らったら内臓の破裂で済めばまだいい方だと言われるほどの恐ろしい魔獣だ。しかしこの死骸は、なぜか下半身がドロドロになっていて、腐敗臭とはまた違った悪臭を出している。
まるで強力な酸でもかけられたようだった。
(確かこんなことができる魔獣はこの付近には生息していない。となると、冒険者の誰かが?いや、こんな事をするとは考えにくい……じゃあ一体これは……?)
「……?」
その時、死骸の付近に落ちていた一枚の鱗に気が付く。
素手で触らず、【結論】で拾い上げたその鱗はずっしりと重く、今までギルドで働いてきて初めて見る素材だった。
(何か嫌な予感がする……)
俺は急ぎ足で街へ戻って、ギルドへ駆け込んだ。