第1話 はじめまして異世界
「……ここ……どこだ?」
俺が目を覚ましたのは、緑の木々に囲まれた森の中の、白く古い遺跡のような場所だった。
そして遠くから聞こえてくる聞いたことのない鳥のような鳴き声がここは俺の元居た世界ではないことを改めて教えてくれるようだ。それに魂だけの時とは違い、肌にあたる風が気持ちよく、それだけで生きていると実感する。それと同時に始まってしまったのだ。元の世界へと生き返る権利を賭けた戦いが。
「アザゼルがまずスマホを見ろって言ってたな……」
この戦いの詳しいルールが書かれてあるそうだが、一体どのようなものなのだろう。
俺はスマホを取り出し、あの時見た『イセカイゲーム』のアプリを起動すると、すぐにルールが表示される。
『イセカイゲーム』ルール説明
・このゲームの大まかな内容は、三途の雲を食べた『喰雲』と言われる者たち計100人がそれぞれ離れた場所で召喚され、この広い世界、その名も『アルステラス』にて生き返りをかけて殺し合うというものです。
・このゲームで生き返って元の世界に戻ってこられる『喰雲』は、最後まで生き残った一人、もしくはその人間の『契約者』のみです。
・『契約者』とは、『喰雲』同士で、互いが許可した場合に結ぶことのできる。親友、あるいは恋人のような重要な関係です。
・『契約者』となった人物の同意を得た場合、その人物の“能力”を借りることができます。その間、能力を貸している人物は能力を使えませんが、借りている人物は自分の能力も使うことができます。
・一度『契約者』になると、もう『契約者』の変更はできず、『契約者』の片方が死亡した場合、もう片方も死亡します。
・あなたの持っている能力は、あなたにしかわかりません。生きていくうちに、能力の詳細を理解してください。
・残り人数を確認したいときは、左目を手で押さえている間だけ、残り人数を確認することができます。
・最後に、この世界で死亡した場合、もう永遠に生き返ることはできません。ご健闘をお祈りしております。なお、このルールを読み終えた後、このスマホは消滅します。ルールの内容は決して忘れることができないようになっておりますのでご安心ください。
「世界全体でバトルロワイアルってことか……鬼畜だろ……」
ルールを読み終えた俺の口から出たのは、今後を嘆く弱音だった。
だがそんな俺でも今から行動しなければならないのはわかっている。
スマホの消滅を確認し、俺は森の中を進む。
まずするべきことはこの世界がどういったものかを知ることだ。アザゼルが言っていた通りの世界なら、ラノベとかでよくある感じの異世界なのだろうか。となると気になってくるのは……
「俺の能力……何なんだよ」
友達もいなく読書やゲームしかすることのなかった俺は異世界転生だとかのラノベや漫画はよく読み漁っていた。
そのほとんどは強力な力を使って異世界を生き抜いていくというものなのだが……主人公の能力わからない系ラノベと言うもののデータは俺には無かった。だってまさかこんな事になるとは思わないじゃん……
使い方すら全くわからない能力のことは置いておいて、森を抜けると一面の緑に覆われた広大な平原へと出る。
よく見ると草の生えていない舗装された土の道があり、とりあえず進んでみる。
街や村があったらラッキーだが、まずは誰か人に会ってみたい。
ここは日本とは違う世界、まさか言語が通じないなんてことはあってはくれるなよと思いながら歩いていると、遠くの方に巨大な城壁が見えて来て、その門の前の受付のようなカウンターには鎧を来た門番さんらしき人が座っている。
「街だ……いやでっか!」
近くまで来てみると、その城壁は遠目から見た時よりもはるかに巨大で、堅牢な要塞のようだった。
そして巨大な門の向こう側は、多くの人で喧騒に包まれていた。
門番さんの装備や町の雰囲気から見て、この世界は中世ヨーロッパ風のラノベにありがちな文明レベルだ。
「すいません、街に入りたいんですけど」
少しビビりながらも、鎧に身を包んだスキンヘッドで厳つい顔の門番的な男性に話しかける。
「では、こちらへどうぞ」
(よかった。言語はちゃんと翻訳されてる)
門番さんは机の上に所になにやら丸い水晶玉を取り出して、俺に差し出してくる。
「これに手をかざしてください」
何かもわからないまま言われた通りに手をかざしてみるが、何も反応がない。
「はい、通っていいですよ」
しかし門番さんはすんなりと通してくれた。
通行証だとか通行料だとか請求されたらどうしようとか思っていたが、これはこれで疑問に思う。
俺が不思議そうにしていると、門番さんは表情を崩して優しい口調で語り掛けてくる。
「もしかして、『ミラレス』は初めてですか?」
「『ミラレス』?」
「この街の名前です。この辺りでは知らない人はいないほど有名なのですが、一体どちらからおいでで?」
「山に囲まれた村からです。なので世情には疎くて。もしよかったら、世の中のこと、いろいろ教えてくれませんか?」
俺は歩いている時に考えた設定を門番さんに話す。
「いいですよ。丁度私も暇していたところですので」
門番さんは快く俺の頼みを受け入れてくれて、この世界の様々なことを教えてくれた。
この世界は大きく四つの国に分かれていて、獣人などの亜人種のみが暮らす『マルルス王国』、海に囲まれ、海産物などが豊富な『ペストリーゼ帝国』、文明が進んでおり、産業の中心を担ってる『クインド帝国』、そして今俺がいる『ミラレス』という街がある国、高い魔法文明を誇っている『シュレイツ王国』があるそうだ。俺の出身は何処かを聞かれたとき、正直どこがどういった場所かなんてわからないので、適当にシュレイツ王国の端っこの方を指さしておいた。
そしてさっき俺が手をかざした謎の水晶玉は『シリルカ』というその人の持つ悪意を読み取り、この街で悪行を働かないかを図る所謂魔法具と言うものだった。まほうのちからってすげー!
それに引っかからなかった俺は、悪意なしとみなされてこの街に入れることになったのだ。
「しかし、あなたは何故何も荷物を持っていないのですか?」
ふと疑問に思ったような顔で、門番さんが聞いてくる。
「さっきそこで魔獣に襲われちゃって……荷物を置いて逃げて来たんですよ。なんかピェエエッ!って鳴いてたやつなんですけど……」
絶対に聞かれるであろう質問に備え、さっき必死に練習した召喚したときに聞こえた鳴き声の真似を披露する。
「っ……その鳴き声ならクライバードですね。あの強靭な脚からよく逃げ切れましたね……もし襲われれば並の人間では命はないのに、けがは無さそうで良かったですが……災難でしたね」
意外と似ていたようで、門番さんは驚いたような顔をした後、生暖かい視線を向ける。同情を買ったみたいで良心が痛む俺は、苦笑いしかできなかった。
……というかそんな奴が近くにいたのかよ、こっわ。
× × ×
その後、門番さんに別れを告げた俺は、さっそく街の中に入って目的を遂行するべくとある建物を目指す。
街はどこにいてもにぎやかで、元居た世界とは全く違う環境にワクワクしている自分がいる。そして元いた日本では目立ってしょうがなかった俺のこの髪も、同じような色の髪を持った人がそこら中にいる。この世界に来てかつらがないことに気づいたときはどうしようかと思ったが、これなら心配はいらないな。
街を闊歩すること数十分、門番さんに言われた通りの見た目の建物が見えてくる。
他の建物よりも数段大きいその建物の入り口には、大きく『ギルド』と書かれていた。
そう、俺はまずこの世界で就職先を探していた。
さっきの門番さん、名前はグロスさんと言い、俺が村から出たはいいものの働くところがないと言うと、ギルドで働いている友人が人手不足だと言って嘆いていたそうなので、丁度いいからそこで働いてみてはどうですか?と見た目に似合わない優しい声で教えてくれた。
ラノベとかでよくお馴染みのギルドとは、冒険者と呼ばれる何でも屋のような連中に魔獣の討伐などの依頼を紹介したり、その依頼やら魔獣の素材の管理やらをこなすハローワークのような所であり、この世界においてもギルドはそういう所らしい。
それが人手不足と言うのは中々に幸運な話だ。
街が近くにあって、なおかつグロスさんみたいな親切な人に会えた。そして人手不足な職場。召喚先としてはかなり当たりだったようだ。
俺は自分の運に感謝しながら、ギルドの扉を開いた。
× × ×
受付での俺のここで働かせてください宣言から数分後、俺と同じ色の髪の、さわやかな雰囲気の若いギルド職員の案内で応接室に通された俺は、このギルドの管理人、ギルド長のカルムさん直々に面接を受けていた。
グロスさんの言う友人とはカルムさんのことであり、グロスさんのことを話したらあいつの紹介なら、と素性の知れない俺の面接を務めてくれることになった。
グロスさん……ギルドで働いてる友人じゃなくてギルドを仕切ってる友人じゃないっすか……聞いてないっすよ……
そう思いながら俺はさっきグロスさんに話した俺の出身と荷物を持っていない理由を話した。
俺の話を聞いたカルムさんは、緑色の双眸を見開いたかと思えば、何やら納得いったように息を漏らす。
「そういうことか……」
「えっと……何がですか?」
その様子に疑問を隠せない俺は、思わず質問する。
それに返すように、カルムさんはゆっくりと話し始める。
「グロスはね、普段は働き手を紹介する何てことをするほど人に親切な奴じゃないんだ。でも、君の話を聞いて納得がいったよ。グロスは、君に息子の姿を重ねていたんだね」
「息子の……姿……?」
「そう、僕も何度もあったことがあるけど、君みたいな髪の色で、そしてその子は、丁度君ぐらいの歳にグロスの目の前で―――クライバードに襲われたんだ」
「――っ!」
じゃあ……グロスさんは俺を見て亡くなった息子さんのことを思い出していたのか……
「だから、あの時守ってやれなかったグロスは、せめてもの償いをしてやりたかったのかもしれないね。息子とよく似た君に……ね」
「グロスさん……」
俺のついた嘘は、結果的にあの人に嫌な思いをさせてしまったのだろうか。グロスさんは、息子さんと同じ境遇の俺を見て、何を思ったのだろうか。
俺の良心の痛みは、限界に近かった。
「俺は……似てますかね?亡くなった息子さんに……」
どうしようもなく沈黙が辛くて、なんの意味もない質問を投げかけてしまう。
「え?」
「え……?」
その質問で、違った空気の沈黙が訪れる。
「グロスの息子くん……全然元気だよ?」
「はぇ?」
その沈黙を破ったのは、カルムさんの予想外の言葉だった。
「え、いや、でもその物言いは完全に故人のそれですよね!?せめてもの償いとかって!」
「グロスは息子に甘いからねぇ~……まだあの時のことを引きずってるのさ。ただの打撲とかすり傷だけだったんだけどね~」
「その程度ならお小遣いくらいでチャラにできませんかね!?」
俺の心の痛みは何だったのか。どんどんと息子さんが元気になっていく。
「ちなみにその子、君をここに案内してきた男の子ね」
「……あの人か!確かに髪の色とか俺と似てると思いましたよ!」
でも顔立ちは全くと言っていいほど似てなかったような気がする。その程度の共通点で親切にしてくれるとか普通に根が親切なんじゃねぇの?グロスさん。
「勘違い……しちゃってたみたいだね」
取り乱す俺の様子を茫然と眺めながらそう言うカルムさん。かと思うと、くすくすと笑い始める。
「君、合格。門でシリルカ受けたんでしょ?なら悪い人ではないことは確かだからね」
「え……あ、はい……ありがとうございます……」
あっさりと決まった俺の就職先の支配人は、持っていた書類と羽ペンを俺に差し出す。
この書類だけで手続きは済むそうだ。履歴書が必要ない就職かぁ……いろいろと思う所はあるが、俺からしたら楽でいいや。
「そういえば、君の名前を聞いていなかったね」
「本当にそういえばですね……」
普通最初に聞くはずなのだが、この人はもしかして天然なのか?
俺は改めて、カルムさんの目を見て、この世界での名を名乗る。
「―――キョウト・ホワイトです。これからよろしくお願いします!」
白鷺の白要素だけを残して、愛する両親からもらった名前はそのままに。日本要素溢れる名前だが、どうしても変えたくなかった。他の『喰雲』に俺の正体がバレたとしても、それは俺の力不足だったと思おう。この名前は、俺の誇りだから。
俺は京斗改め、キョウトとしての人生を歩み始めた。