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第16話 侵略者を撃て

 波に揺られる事3日。『喰雲(クラウド)』に襲撃されつつも、俺たちを乗せた船は無事ペストリーゼ帝国に着港した。

「ここが私の故郷です! ようこそ!」

 一早く船から降りたキリエちゃんが、上ずった声で俺たちを歓迎する。

 その背後に立ち並ぶのは、瓦屋根に木造りの家。道行く人々は皆風情ある着物に身を包んでいる、

ミラレスの街とは似ても似つかない。和の世界が広がっていた。

 久々に踏みしめる大地の感覚は、どこか今までと違うようで、それでいて懐かしい。

 我が故郷を思い出して、なんだか安心する。

「さて、ひとまずは当初の予定通り、私の故郷であるハルカゼの町までご案内しますね」

「確か、この国でも有数のオンセンスポットなんだよね」

 そう、個人的にこの旅で一番楽しみにしていたのは、今向かっている『ハルカゼ』という温泉街だ。

 日本との共通点が多いこの国では、数々の日本人を引き付けるスポットが存在する。俺の地元も古い建物が立ち並ぶ歴史的な街だったので、ついついテンションが上がってしまう。

「温泉……楽しみ……うぇへへ」

 テンションが上がってるのは俺だけじゃないらしく、後ろから同じ日本人のにやけ声が聞こえてくる。

 俺は歩く速度をやや落とし、にやけ声の隣に並ぶ。

 そして小声で真奈に耳打ちした。

「気持ちはわかるけど、ここは敵地だぞ」

「……そ、そうだった」

 海原の主がいる可能性が高い以上、迂闊な行動は慎むべきだ。

 そうわかってはいるのだが……

「……」

 川沿いの道には垂れ柳らしき植物が頭を垂れ、まるで俺たちを歓迎しているよう。

 街の喧騒すら耳障りがよく、この国の玄関口だからだろうか、至る所に食べ物の屋台が立ち並んでいる。

 そしてその匂いは夢にまで見たお醤油の匂いで…………

「「うへへ……じゅるり」」

「二人とも? お昼ご飯食べられなくなっちゃうよ?」

 はっ、しまった。

 気付けば件の屋台の前で財布を開けていた俺と真奈の元に、レナの呼びかける声が届く。

 怪訝そうな表情を浮かべる屋台のお姉さんに謝った後、急いで皆を追いかける。

「もう、何してんのさ二人とも。馬車に乗り遅れても知らないんだからね」

 これからのプランとしては、温泉街までは馬車で1日ほど。

 海原の襲撃で船が破損し、予定よりも遅い到着となったためこんなところで油を売っている暇はない。

 馬車のダイヤは決まっているため、乗り遅れれば旅行計画は大幅な変更を余儀なくされてしまうのだ。

 と、いうわけで急ぎ足で皆の背中を追う俺達だが、せっかく二人になったので声のトーンを落として話す。

「名前以外は完全に日本だよな。この国」

「さっきの屋台で売ってたのもお寿司だったもんね」

 昔の日本にタイムスリップしたと言われた方がまだ納得できるような風景だが、さっきの寿司のネタも聞いたことのない魚だった。二つの世界が混ざり合ったような不思議な感覚だ。

 そして極めつけは……

「あの屋台の文字……」

「あぁ。()()()()だったな」

 イセカイゲームの言語翻訳は、この世界のあらゆる文字を読み書きできるというものだ。聞き取りでは訛りの有無すら理解できるし、文字の綺麗汚いが見分けれるくらいの筆記も可能になる。

 そのため歴史の教科書に載っている古代文字も解読可能で、長年の謎だと紹介されたミステリアスな遺跡の文字も、ただの食事の献立表だということを知ってしまった。知りたくなかった。

 話を戻して目の前に。このひらがなはどう見ても現代日本で使われているもので、まるで歴史的文献にパソコンで文字を印刷したかのような違和感を感じた。

 ご丁寧にシュレイツ語のルビまで振ってあり、言語翻訳がバグったわけではなさそうだ。

 気になることは山積みだが、今はひとまず目的地を目指そう。

 一つずつやっていけばいいのだ。焦らず、ゆっくりと。


 × × ×


 翌日。俺たちは硫黄の香り漂うなんともノスタルジックな温泉街、ハルカゼに到着した。そしてその一角、透き通った川に架かる橋を通った先にあったのは、千が神隠しに遭いそうなほどに立派な旅館だった。

 キリエちゃんはこの旅館の一人娘として育ち、帰省するのは約1年ぶりだそうだ。

「当旅館の女将をしております。アキ・ミカヅキと申します。本日は遠路はるばるご足労いただき、誠にありがとうございます。それでその、お荷物の方はどちらに?」

 綺麗な所作で出迎えてくれたのは、しわ一つない着物に身を包んだ、穏やかな雰囲気の女将さんだった。

「荷物は俺の魔法で運ぶので、大丈夫ですよ」

「か……かしこまりました…………」

 俺の返答に目を見開いて口をあんぐりと開けるアキさん。え、俺なんか変なこと言った? 到着早々カルチャーショック?

「どうかしましたか?」

「いえ、その……あまりにペストリーゼ語が流暢で、少し驚きました」

「あ……あはは。ありがとうございます」

 そうだ。そうだった。何のためらいもなくペストリーゼ語で話したけど、シュレイツ語とはそりゃ違うわけで……

「やっぱりキョウトって語学に関しては凄いよね。学園1じゃないかな?」

「そうなんだよー。お母さんびっくりしてたんだよ。外交官として負けていられないわっていろんな国の言語のお勉強始めちゃったし」

「先輩、まるちりんがる」

 念のための設定が活きたところで、これからお世話になる旅館、『月光(ゲッコウ)』の情報をおさらいしておこう。

 月光の歴史は古く、この国と同じくらいの歳なのだという。

 教科書によると、ペストリーゼ帝国が正式に誕生したのは今より約300年前。現代日本に例えると江戸時代から続いてきた由緒正しき旅館だ。

 ただ歴史が長いだけではなく、快適な泊まり心地に舌が躍るようなご馳走。そして当旅館最大の売りである魔力の染み込んだ源泉かけ流しの温泉は、来る人皆を魅了する。

 前知識を疑っていたわけではないが、こうして実物を目にすると、出入りする客の人相や肌で感じる空気が、その評価になんの飾りもないことの証明となった。

「では改めまして、お部屋へとご案内いたします」

 橙色交じりとなった空の下、伸び行く影を背負いながら、俺達はこれからしばらくお世話になる部屋へと案内された。


 × × ×


 色々見て回ったが、この旅館は見事の一言に尽きる。

 和を凝縮したかのような空気が心地よく、なにより安心する。雰囲気にあてられてついホームシックになってしまいそうだ。

 ……これだけ和なら、旅館じゃなくて旅籠と言いそうなものだが、そこは異世界。日本とは別の歴史があるので、言葉の成り立ちも別なのだろう。奥ゆかしき謎である。

 まだ陽は落ち切っていないが、提灯の明かりが目立つくらいには暗くなってきた。

 というわけで、今俺は夢にまで見た光景の中にいる。

「おぉぉぉ……!」

「広いお風呂だねー。さすがはオンセンの国」

 立ち込める湯気と硫黄の匂いに包まれながら、ふと空を見上げると黄昏の空模様。嗚呼絶景かな。

「いいかレオ。まずはかけ湯をして、それから温泉に入るんだ。気持ちはわかるけど早まるんじゃないぞ。さぁ早くかけ湯を!」

「キョウトほど早まってはないから大丈夫だよ。落ち着いて落ち着いて」

 我に返って桶でお湯をすくい、身体を流す。

 そしてゆっくりと、薄緑に濁った色の湯船に浸かる。

「「ふぅぅ……」」

 二人並んで、同じような声を上げる。

 レオも結構な風呂好きだそうで、じっくり温泉を体に染みこませながら、静寂のまま体内時計の針がちくたくと進む。

 そうして幾分か経った頃、口を開いたのはレオだった。

「これは……いいものだね。旅の疲れが流れていくようだ」

「あぁ、そうだなぁ……魔力入りの温泉……侮りがたし」

 魔力が混じっているからか、なんだかこのお湯は柔らかく感じる。それが全身を包んで、溜まった疲労を洗い流していく。

 あとこれ多分治癒魔法の成分も入ってる。小さな切り傷や火傷もすっかり消えている。経験したことのない名湯だ。

(真奈も楽しんでるかな……?)

 ふと、男湯と女湯を仕切る竹垣に目を向ける。

「覗きかい?」

「お前は俺のことを何だと思ってるんだよ」

「あはは、レオナルド・ジョークさ。君は多分そんなことしない。多分ね」

「できればその二回言った多分も取り除いてほしいぜ」

 軽口を交わした後、どちらからでもなく笑いを零す。

 友達と温泉に浸かり、冗談で笑い合う。なんともいい気分だ。

 ………………

 …………

 ……

「さて」

 ふと、レオの纏う空気が変わる。

 いや、()()()()という方が正しいか。

「【留まれ――空気操作(エアロック)】」

 俺たちを囲うように四方八方の空気が固定される。

 かすかに聞こえていた虫の歌声が聞こえなくなり、簡易的かつ絶対の防音室が完成した。

「もう誰も聞いていない。というわけで、色々聞かせてもらうよ」

「気遣いありがとうな」

 海原との一件で、俺は重い口を開く覚悟を決めた。

「何から話そうか……」

 静寂の中、俺の口からため息が漏れる。

「じゃあ僕が質問しよう。第一に、あの男、ウナバラケイジという男との関係について聞かせてくれ」

「関係?」

「そう。君達の会話には、一本の筋が通っている様に感じた。互いの立場を理解した上で話しているような、共通の話題があるような」

「……どっちにしろ、最初から話さなきゃダメだな」

 レナにも、グリス先輩にも話していないことを、まずはレオに話そうと思う。

 皆にも、また話す。

 俺の背負った宿命と、その旅路を。

「俺とあいつは……この世界の人間じゃないんだ」

「……え?」


 俺は全てを話した。地球のこと、日本のこと、家族のこと……一度死んだこと。

 そして、イセカイゲームと『喰雲(クラウド)』のこと。


「……それじゃあ君は、生き返るためにこの世界に来たんだね」

「そうだ。家族の元に戻るために、俺は戦い続けている」

「あの子もかい? 君の相棒ちゃん」

 相棒? ……あぁ。

「真奈のことなら想像の通り。あの子は俺の『契約者(パートナー)』だよ」

「命が繋がるという関係……だっけ。なるほどね。どうりで仲が良いわけだ」

 そこで会話が途切れ、しばしの静寂が流れた。

「正直、まだ受け入れられない部分もある。魔法の無い世界のことも、この世ならざる魂の保管庫のことも、世界を跨ぐゲームのことも」

 まだ【空気操作(エアロック)】の防音室は解けない。

 レオが大きなため息を湯船に落とし、俺に向き直る。

 その眼差しは、真っすぐに俺を……()()()()を見ていた。

「でも僕は、とうに君を受け入れた。親友の言葉なら、僕は信じるよ」

「レオ……」

 思わず口をつぐんでしまうほどに温かい感情がこみ上げてくる。

「俺はこの先、何人でも『喰雲(クラウド)』を殺す。気に留めるななんて無茶は言わないけど、できるだけ皆の日常を乱さないようにするつもりだ」

 勝手な願いだとはわかっている。それでも俺は、この忠告をしなくてはならない。

 異世界の戦いに巻き込まれるなんて、あっていいはずがないのだから。

「君の覚悟、しかと感じたよ」

「……ありが」

「でもね」

 俺の言葉に被せるように、レオが切り出す。

「いざとなったら、僕は介入するよ。立場上、どうしても見過ごせない場合はね」

「立場……?」

 引っかかる言葉に、思わず聞き返す。

「秘密を隠していたのは、君だけではないってことさ」

「それは、どういう……?」

 防音空間の中、レオは微笑み交じりに語りだす。

「元()()()()()()()()、第3魔法師部隊隊長、レオナルド・ジェイル。それが僕の肩書さ」

「王国軍……!?」

 栄光あるシュレイツ王国は、他の強国と比べても高い軍事力を誇る。

 中でも第1から第7までなる魔法部隊は、有事での魔法戦闘や護衛など、それぞれの役割に応じた魔法を駆使する部隊である。

 レオの所属……いや、率いていた第3魔法師部隊の役割は主に敵対組織への諜報活動と、それから派生する鎮圧作戦での魔法による戦闘……とのことだ。

 馬車の運転やレストランのバイト経験は潜入中に得た経験らしい。

 俺自身、それほど詳しいわけではないが、部隊長となるとちょっとやそっとで務まるもんじゃない。それこそ、学生の身でなど到底なれるものじゃないだろう。

「元、ってことは、今はもう?」

「一身上の都合で引退したよ。キョウトがこの世界に来る少し前にね。でも、その誇りまでは捨てちゃいない。もし王国に害をもたらす者がいるのなら……僕はそれを排除する」

「レオ……お前にも、背負うものがあったんだな」

「多数の賛美と称賛を受け取ったけど、その分多数の命を失い……そして奪った。その命がずっと重くのしかかってるんだ」

 やっと理解できた。レオの強さの理由を。

 王国軍魔法部隊隊長……その肩書がどれほど重いものか、俺には想像もつかない。

 そんな中でレオは戦っていた。死に物狂いで食らいつく、努力の日々を駆け抜けて。

「本当に大変な日々だったけど、今こうして笑っていられるのはあの日々を通って来たからなんだって思うと、複雑な気持ちになるんだ」

「わかるよ、その気持ち」

 こうして話している相手は、本来なら関わることのない世界の人間だ。

 されど交わってしまった視線は、黒色(オレ)琥珀色(レオ)を繋ぎとめた。

「俺さ、十ヶ月くらい前までは普通の学生だったんだぜ? それが殺し合いだの冒険者だの管理者(モデレーター)だの……人殺しのトラウマ抉ってまで戦ってる。そんな中で出会った仲間とこうして秘め事を吐露するような仲になるなんて、複雑にもほどがある」

「違いないや」

「だから、この気持ちの解は知ってるつもりだ」

「聞いてもいいかな」

「――()を守るためには、過去なんか気にしてる場合じゃない」

 歩いた道をもう一度戻る訳じゃない。このまま進むのみ。

 この戦いの日々に、足跡を振り返る時間なんて無いんだ。

「そうか……確かにそうだ。その理念、僕も使っていいかな」

「俺一人じゃ使い切れないんだ。もらってくれ」

「ありがとう」

 いつの間にかすっかり暗くなった夜空を見上げ、レオは笑った。

 つられて空を見上げると、満天の星空が広がっていた。

 地球と何ら変わりのない、きらきら輝く星の群れ。

 見渡してみると、天の川のようなものまで見ることができた。

「……帰りてぇな」

 懐かしい空に、思わずそんな言葉が漏れ出てしまう。

 小さく静かな、俺の未練。

 誰に向けたわけでもない言葉を、親友が優しく受け取ってくれた。

「君なら……勝てるさ」

 風が吹いた。どこか懐かしさを帯びた虫の音色を乗せて。

 防音室の魔法を解いたレオが、確かな口調で語る。

「君は強い。僕の出会った人に君以上の強者は何人もいたけど、君ほど成長が早いのは見たことがない。戦いがうまいって言えばいいのかな。数か月前までただの一般人だって聞いたときに一番びっくりしたくらいだよ」

「戦いがうまい……?」

「体術はもちろんのこと、魔法の応用、環境の利用、それらをまとめて君を称するなら……君は、”戦闘の天才”とでも言おうか。この僕が言う、嘘偽りのない心からの敬意だ」

「……!」

 驚いた。レナにも同じようなことを言われたことがあったからだ。

 師曰く、勝つために必要なピースのはめ方を誰よりも知っている、”勝利の天才”だと。

 正直自覚はなかった。いつもぎりぎりで、心臓が飛び出しそうになりながら戦っている。

 しかし、殺し合った後の怪我が少なくなったのも事実。

「だから断言しよう、君は勝てる。勝って、愛する人に会えるさ」

「――ありがとう、お前の称賛程心強いものはないな」

「はは、光栄だ」

 友の言葉を受け、改めて覚悟を刻む。

 一度目の死を経験したあの時から進み続けてきた道は、まだずっと遠くまで続いている。

 その終着点へと、俺達は行く。

 その道が、どれだけ赤く染まろうとも。

「――さて、せっかくの温泉だ。ゆっくり楽しむとするか」

「そうだね。あ、壺湯とかもあるよ」

「なにぃ!」

 秘め事は夜に溶け、ここにあるのはただの旅。

 心に染み込んだ血を洗い流し、俺とレオはじっくりと温泉を楽しみ――


「「……きもちわるい」」


 のぼせた。

「何やってるのさ二人とも……」

 浴衣姿で呆れた様子のレナが、男部屋の畳に転がる馬鹿二人(おれとレオ)を見下ろす。

「レオナルド様……こんなに赤くなっちゃって……」

「京斗……大丈夫?」

 そんな俺たちをぱたぱたと仰いでくれるのは、同じく浴衣姿のレインさんと真奈。

 3人ともすごくよく似合っている。お風呂上がりの女の子はいつにも増して魅力的に見えるもので、艶やかな黒髪がよく似合っている真奈はもちろんのこと、シュレイツ王国民であるレナやレインさんの外国×着物というアンバランス。されど見事な調和を果たしている二人も負けず劣らず美しい。

 と、俺の視界情報は言っているが、今の俺の頭にそんなことを考える余裕はない。

 結局、「かわいいよ」という稚拙な言葉しか言えなかったのだが、皆嬉しそうにしていた。と思う。のぼせすぎてあんまり覚えてないけど。

 あ、でもレオも同じようなこと言った時にレインさんがわちゃわちゃしてたのは覚えてる。

「飲み物淹れてきましたー! はいどうぞ!」

「「ありがとぅ……」」

 とてとてと走ってきたキリエちゃんから冷たいミルクを受け取った俺たちは、勢いよく仰いだ。

「ごくごく……先輩たち大丈夫?」

 風呂上がりのミルクを楽しみながらゆっくり歩いてきたエメラルドさんも合流し、場がいっそう賑やかになる。

 勿論二人とも浴衣で、良く似合っている。キリエちゃんは似合いすぎ。大和撫子。あぁやばい意識が朦朧と。

「二人とも魔力の流れがすごいことになってるよ。今日はもう大人しく寝たほうがいいね」

 レナの言う通り、今俺とレオの身体には魔力が蓄積しすぎている状態だ。

 魔力を含んだ温泉でのぼせるのは、普通にのぼせるのとはわけが違う。身体に魔力が馴染むまでまともに動くことすらできないだろう。

 そして蓄積しすぎていると言っても別に魔力量が増えているわけじゃない。肉体の保有する魔力量には上限があるため、それ以上蓄えられる事は無いのだ。例えるなら、装弾数15発のハンドガンに30発の弾が詰まっているような状況だ。

 今はその詰まった弾を取り出すようにゆっくりと過剰分の魔力を体外に排出している状況であり、魔法を使って強制的に魔力を減らそうにも、今魔法なんか使ったら絶対吐く。大人しく寝てた方が100倍マシだ。

「魔力が無いのは何度か経験したけど、多すぎたらこうなるんだな……」

 魔力とは万能の物質。火にも水にも風にも、欠損した体の一部にもなる。

 しかし許容量を守らねば毒にもなる。

「魔力……不思議な力だね」

 その未知を前に、柊真奈は無意識に自らの手を見下ろす。

「私も……いつかは」

 小さな呟きに込められた思いは、誰も知ることはなく。


 × × × 


「ん……」

 結局、あのまま眠ってしまったようで、温かな日差しと小鳥の声で目が覚めた。

 隣で寝ていたレオの姿は既に無い。

『起きたら1階東の食堂に来てね、お寝坊君』

 綺麗に折りたたまれた布団の上に、そう書かれた書置きだけが残されている。

「あ、朝ごはん……」

 ようやくまとまってきた意識と共に、体を起こす。

 そうして窓の戸を開けて朝日を浴びると、眠気がさっぱりと消え、気持ちのいい活力がみなぎって来る。

 昨晩とは打って変わって、過去最高レベルに気持ちの良い寝起きだ。

 余分な魔力が排出され、良く馴染んだ魔力が身体に満ち満ちている。毒は薬になったのだ。

「んん~いい匂い」

 健康体に感謝しつつ、辺りに立ち込める気持ちの良い風と共にるんるんな足取りで廊下を歩いていくと、食堂に近づくにつれ、なんともいい匂いが漂って来る。

 ただのいい匂いではない。慣れ親しんだ、しかしこの世界(アルステラス)に来てから一度も嗅いでいない匂い。

 みんな大好き、海鮮由来の出汁の匂いである。

「やぁキョウト。おはよう」

「おはよー……ってあれ、レオだけ?」

「うん。僕もさっき起きたからね。皆既にご飯食べたって」

「へぇ」

 すこし遅めの時間だからか、誰もいない食堂の一角で、レオが一人俺に手を振っていた。

 そしてその対面には俺の物と思われる美味そうな朝食が、ほかほかと湯気を立ち昇らせていた。

「あ、これキョウトのだよ」

「ありがと……って、なんで俺が起きてくるタイミングわかったんだ?」

「【風乗り(エアライド)】で君が来ることは知っていたのさ!」

 あの廊下の心地よい風はレオの魔法だったのか……道理でどこの扉も開いていないのに風が吹いていると思った。

「なぁんでそんなこと」

「いやぁ今朝から魔力が有り余っててねぇ……」

「あー納得」

 レオにも過剰分の魔力が馴染んだようで、朝から魔法の無駄遣いをしている。しかしその気持ちは凄くわかる。身支度を【結論(パラドックス)】に任せてみたほどに。

「さて……ほほぉぉ♡」

 改めて我が朝食を見て、思わず感嘆の息が漏れる。

 白く輝く米に黄金の沢庵……らしき漬物と、シンプルかつ無駄のないお味噌汁。

 そして何より……

「湯豆腐……!」

 そんなご飯たちを差し置いて目を引くのは、鍋の中でぐつぐつと煮えている白い豆腐!

 その中央の小鍋に入っている茶色い液体は醤油ではなく、ポン酢。

 何を隠そうこの俺、白鷺京斗の生涯不変の大好物は湯豆腐なのである。薬味がポン酢であればなお良し。醤油も好きだが、8対2くらいの割合でポン酢派だ。

 一度終わった生涯。しかしこうして目の当たりにすると、人間の食の好みは一度死んだくらいじゃ変わらないのだと知った。例えそれが世界を跨ごうとも。

「もう辛抱たまらん! いただきます!」

 どさっと席に座った俺は、子気味良いクラップを鳴らしながら箸を持った。

「ユドウフ……だっけ、その白いの。初めて食べたけどなかなか美味しかったよ。キョウトは食べたことあるのかい?」

「……大好物だよ」

「おぉ、それはよかっ――え、泣いてる?」

 久しぶりの大好物との出会いに、生前の記憶がうっすらと眼前に映る。

『京にぃ湯豆腐ホント好きだよねー。私のもちょっと食べる?』

『え! いいの!? 好き!!』

『どういたしましてー。あ、後で宿題手伝って欲しいなぁ~?』

『それくらいお安い御用だぜ! もぐもぐ』

『ちょろぉ……にしし』

 前世で一番食べた食べ物だからか、懐かしい食卓の光景を思い出してしまった。

 当たり前だと思っていたのに、今となっては命がけで勝ち取らなければならない景色。

 なぜかちょっぴり涙がこぼれて、それでも豆腐は美味しくて。

「……よかったね」

 この世界でできた親友が、そんな俺に微笑んでいた。


 × × ×


 気を取り直して、俺達一行はペストリーゼの町へと繰り出していた。

 これからの予定は至極単純。キリエちゃんの案内の元、ペストリーゼの娯楽を味わいつくそうというものだ。

 雅な演奏に合わせて舞い踊る昔ながらの演劇や、こっけいな内容を扇子や手ぬぐいのみを使って演じる笑い話、あとは六面体のおもちゃと絵札でお金を賭け合う遊び場など……聞いた限りでは歌舞伎と落語と賭場だ。

 しかしそのどれもが元の世界では未経験なので、この1週間の旅行でたっぷり遊びつくすとしよう。

 警戒は忘れずにね。

「それで、最初はどこいくんだっけ」

「旅の安全を祈って神社にお参りに行きます!」

「あそうだった」

 道中で買った団子を咥えながら聞くエメラルドさんに優しく答えるキリエちゃん。微笑ましい光景だ。

土蜘蛛(ツチグモ)神社だっけ。大昔実在してたっていう魔獣の土蜘蛛と何か関係があったり?」

「土蜘蛛さまのことご存じだったんですね」

「うん、旅先のこと調べようとギルドの資料漁ってるときにちらっと見かけて。それ以上のことは知らないけど」

 聞き覚えのある名前だったから記憶に残っているが、土蜘蛛()()とな?

「実は、その土蜘蛛さまのために建てられた神社なんです」

 川沿いの砂利道を歩きながら、キリエちゃんがとある伝承を教えてくれた。

 大昔、ペストリーゼの中心都市であるこのハルカゼの土地には土蜘蛛という超大型の魔獣が住んでいたそうで、山を住処としていた土蜘蛛は滅多に人前に現れる事は無く、特に害はないものの、その黒く禍々しい見た目から、人々に恐れられていた。

 そんなある時、ハルカゼの町を歴史的な豪雨と暴風が襲った。

 家は崩れ、海は荒れ、地が割ける。そんな人の力ではどうにもならない大災害に絶望していた人々を救ったのが、畏怖の対象である土蜘蛛だった。

 土蜘蛛は山の倒壊を黒い糸で防ぎ、荒れた海に防波堤を築いた。そして自身の分体である子蜘蛛を放ち、活動範囲を大幅に広げることで、数えきれないほどの命を救った。

 しかし力を使いすぎてしまった土蜘蛛は、大災害の収束と引き換えに命を落としてしまった。

 何故人類の敵たる魔獣が人を助けたのかはわからない。自身の住処を守るついでなのか、ふとした気まぐれなのか、本当は優しい生き物だったのか。

 いかなる理由にしても、土蜘蛛がいなければこの町は今存在していないだろう。

 命がけで自分たちを救ってくれた土蜘蛛を人々は神の使いなのだと崇め、これまでの恐れを恥じた。

「――それで、土蜘蛛さまを祀るために建てられたのが、土蜘蛛神社なんです」

「そんなお話があったんだ……優しい魔獣もいるんだね」

「本当に神様の使いだったりしてな」

 魔獣とは、一般的な生き物に宿る魔力が暴走し、身体に悪影響を及ぼした存在のことであり、例外なく普通の生き物よりも遥かに強力で攻撃的であり、同じ種類の魔獣や共生関係にある魔獣を除き、決して他の生き物や人間に友好的になる事は無い。

 土蜘蛛の能力からして、魔獣であることに間違いは無いだろうが、命を落としてまで人々を救うなんてことがあり得るのだろうか。

 無論、伝承なので事実と違うことはあるかもしれない。しかしもし本当にそんな存在がいたのだとすれば、神様の使いというのもありえない話ではない。

 興味深い話にあれこれ話していると、あっという間に土蜘蛛神社に到着した。

 見た目はごく普通の神社。日本でもよく見る鳥居と社殿からなる神社だ。

 しかし日本で見慣れているということは、シュレイツ王国に存在しないというわけで……

「これが神社……実際に訪れるのは初めて……」

「心なしか吹く風もいつもと違うようで……なんだか新鮮な雰囲気だ」

「本当ですね……あ、この門くぐる時って真ん中歩いちゃいけないんでしたよね……」

「そうなんだ。物知りだねレインさん」

「え、えへへ……ありがとうございますぅ……」

 エメラルドさんとレオとレインさんが、物珍しそうにあたりを見渡している。

「レナは来たことあるのか? 随分落ち着いてるけど」

 和の文化に馴染みのある俺と真奈はともかく、特に物珍しい様子もなく、レナが静かに神社を見つめていた。

「来たことない。ただ……」

 一呼吸置き、風が吹く。

 金色の髪がふわりと揺れ、彼女の声が空気を揺らす。

「ここの魔力の流れは……なんだか不思議。一つの乱れもなくて、静かに流れる川みたい」

「雰囲気だけじゃないってことか」

 魔力の流れは風に似ているとレナが言っていた。

 乱れることもあれば、静かなこともある。

「うん、ここまで静かな場所は初めてだよ」

(土蜘蛛さま……か)

 呆気にとられたようなレナを横目に、大昔にいたという守り神の話を思う。

 どうか俺の使命に、目を瞑ってくださいませと。

 そうして皆で社殿に手を合わせ、旅の幸運を祈るのだった。

「さて、安全祈願も済みましたし、散歩がてら街にでも行きましょう!」

「いいねぇ! 食べ歩きぃ~」

「さっき朝ごはん食べたばっかりなんですから、太っちゃいますよ?」

「甘いねマナちゃん! その分動けばいいんだよ!」

「それ……もそうかな?」

 物思いに耽る間もなく、旅がゆっくりと始まっていく。

 どこか懐かしい風を感じながら。


× × ×


 お参りを済ませた俺達は、一旦旅館に帰ってきた後、各々自由行動となった。

 俺とレオはこの有り余る魔力のまま魔法の鍛錬へと勤しみ、女性陣は街へ買い物に出かけた。

 結構目立つからこの国にあった雰囲気の服が欲しいなーなんて話していたので、帰って来るのが楽しみである。

 しかし一人だけ、エメラルドさんだけは何やら俺とレオの修行に興味があるようで、俺たちと共に旅館近くの大きな湖のほとりへと足を運んでいた。

「でもほんとによかったの? 皆買い物行っちゃったけど」

「いーのいーの。また次の日行けばいいし、それより今の先輩たちがどんな魔法使うのか、気になる」

「そんな期待されるようなものじゃないけどね……」

 困ったように笑うレオ。かくいう俺もどういった魔法の鍛錬をするのかはまだ決めていない。とにかくこの有り余る魔力を少しでも減らさないと落ち着かないのだ。

「レオ先輩もそうだけど、キョウト先輩の魔法は普通じゃないから、気になるの。あの瞬間移動とか私もやりたい。霧が包む奴」

「あ、あー……【終着点(クライシス)】かぁ」

 あれは【結論(パラドックス)】を歪めた結果の創造魔法なので、教えようにも教えられない。

 というか魔法自体感覚で使っている節があるので、言語化はまだまだ難しそうだ。

 ということをやんわりと伝えたところ、少し残念そうに息を漏らしたエメラルドさんは、それならと再び顔を上げる。

「先輩の他の魔法、使ってるの見てみたい。霧以外の奴」

「他の魔法……確かにエメラルドさんの前では使ったこと無かったな」

「基本キョウトは身体強化か霧魔法だもんね」

 他の魔法となると、一番適性の高いのは炎魔法か。よぉし先輩がんばっちゃうぞ。

「【炎よ射貫け――火矢(フレアアロー)】」

 人差し指と中指を突き出した先に出現した小さな炎が、湖に向かって矢の如く放たれる。

 ……素晴らしい。ついに俺は【火炎(フレア)】以外の炎魔法を使いこなせるようになってしまった。

 以前一度だけ発動できたこの魔法だったが、その時は放たれた瞬間音も無く消えてしまった。しかし魔力が万全な今ならこのような高度な炎魔法をも操れるのだ。ふーははは。

「しょぼ……あっ、ごめん先輩」

「……どんまい」

 ははは……はぁ、知ってたさ……【火炎(フレア)】の次に弱い魔法って本に書いてあったもんね。そりゃ本職の魔法師二人からしたらしょぼいだろうさ。

「慰めは……いらない……ッ!」

 その場に膝をつく俺に賭けられる言葉は優しい言葉ばかり。

 でも仕方ない。しょぼいもん。多分威力もホントの火矢の方が強いし、なによりこの程度の魔法で魔力の2割近く持ってかれる俺の魔力量がしょっぼいもん。

「【炎よ射貫け――火矢(フレアアロー)】」

 一気に周囲の気温が上がったかと思えば、隣から打ち出されるのは爆炎の矢。

 呆然としたまま見上げると、エメラルドさんがいつもの涼しげな顔のまま腕を突き出して立っていた。

「ホントに同じ魔法か? これぇ」

「魔力量の差だよねぇ、こればっかりは……」

「なんかいろいろごめん、先輩」

 湖にじょぼっと音を立てて消えた俺の魔法とは違い、彼女の放った魔法と湖面とが触れ合った瞬間発生した水蒸気が今なお湖の上で揺らめいている。

 もうなんかここまでくると色々吹っ切れるというか、それはそれこれはこれと思考が切り替わる。

「人には得手不得手があるのだ。俺は俺の得意分野で頑張ればいいんだ」

「そう、そうだよキョウト。だから石を積むのやめよう? ほら立ち上がって、ね?」

「これキリエに教えてもらったやつだ。確かお兄ちゃんが積んだ石を蹴り飛ばすの」

「詰んだ石を鬼が蹴り飛ばす奴ね!? あとそんなことしたらお兄ちゃん(キョウト)泣いちゃうからやめようね!?」

 と、なかなかにカオスな状況となってしまったが、客観的に見た自分の情けなさを理解し、すぐに石を蹴飛ばして立ち上がった。

 何事も無かったかのように伸びをする俺を見て二人は苦笑しつつも、話を元に戻してくれた。

「さて、特に何するかも決めてなかったわけだけど、せっかくだし模擬戦でもするかい?」

「水辺での戦闘でエメラルドさんもいるってなったら、『パレード』を思い出すな」

「あの時は勝敗つかなかったし、丁度いいかもね」

「何か普通に私もやる前提で話が進んでる……」

「やらないの?」

「よーいドンのバトルで先輩たちに勝てるわけないので観客になろうかと」

「そりゃ残念」

 彼女の二つ名は『狙撃手(スナイパー)

 思考外の場所から必殺の矢を放つ彼女の本領は隠密戦闘。今この場で俺達と三つ巴となってやり合うには少々分が悪い。

 それを理解している彼女は、すたすたと木陰まで歩いて行き、腰を下ろして持ってきていた水筒でちびちびと水を飲み始めた。まぁ、旅行に来てまで模擬戦なんてする方がおかしいので彼女こそ正しい反応である。

「それじゃ、やろうか」

「あぁ、望み通り―—」

 瞬間、感じたことのある感覚が身体を動かす。

 悪寒と、既視感だ。

「ッ……!」

 にらみ合っていたレオから弾かれるように距離をとった俺の目の前には、バチバチと稲妻を走らせる電気の矢が刺さっていた。

「おいおい! やる気満々じゃんかエメラルドさぁん!」

 口角を上げて木陰へと振り向くと、そこには目を丸くしたエメラルドさんが座っていた。

「……私じゃ、ない」

「……え?」

「キョウト! 上だ!」

 レオの叫びで反射的に上を向くと、ぎらついた太陽の中に、微かに違う種類の光が降り注いでいるのが見える。

 正確な攻撃範囲が絞れない。

 バク転を繰り返し、さらに距離をとると、瞬きする前まで俺とレオの居た場所に、無数の電気の矢が突き刺さる。

「この威力と連射性なら……きっと近くにいる!」

 エメラルドさんがそう叫ぶと共に、俺たちは周囲を見渡し、気配を探る。

 しかし、どうもその必要は無さそうだ。

「おい見たかよツグ! あいつら相当ヤるぜ」

「お前が加減したんじゃないだろうな」

「するわけ!」

 心底楽しそうにはしゃぐオールバックの少年と、こちらから目線を反らすことなく歩み寄る目つきの鋭い少年。

 俺とそう変わらないような年齢だが、その纏う雰囲気は一般人のソレじゃない。

「誰だお前ら。いきなり随分なご挨拶だな。俺たちはただの観光客だぞ? もしかして湖に魔法ぶっ放したのがまずかったか? にしてもいきなり攻撃は無いだろ」

「そんな事関係ない。ただの観光客、と言ったな」

「あぁ」

 ツグ、と呼ばれた少年はより一層目を細め……

「抜かせ! ()()()がッ!!」

 溢れんばかりの憎悪を、俺たちに向けた。

 その瞬間、傍らでこちらを見据えていたもう一人の少年が手を広げる。

「【痺れ続けろ――麻痺連弾(パラライズアサルト)】ォ!」

 そしていくつもの光弾が出現し、面の攻撃となって襲い掛かる。

「問答無用かよ! 説明は!?」

「とりあえずそれ食らってから考えてくれ!」

 憎悪が薄い方のオールバックの少年はそう笑い飛ばす。

 速射性、発射速度において優れた雷属性の魔法の中では比較的マシな部類の【麻痺連弾(パラライズアサルト)】を躱しつつ、再び前の二人を見やる。

「キョウト、通訳お願いしていい?」

「残念ながら何で襲って来るのか全然わかんねぇ」

()()()に話すことなど何一つない! 何かを成しうる前に全て討つのみだッ!」

「待て待てなんだクモハって、人違いじゃないのか?」

「キョウト・ホワイト。レオナルド・ジェイル。ティナ・エメラルド……違うか?」

「人違いでもない? ……ますます意味わかんなくなってきた。それに何で俺達の名前……」

 クモハ……クモ派? 言葉の意味はよく分からないが、どうも話が通じる様子でもなさそうだ。

 向けられる視線に込められた感情が、肌にチクチクと刺さるようだ。

 脳が警鐘を鳴らしているのだ。『こいつは本気の殺意を向けている。警戒しろ』と。

「どうもやるしかなさそうだね」

「あぁ、ふん縛って洗いざらい聞き出してやる」

「タスク!」

「あいあいさぁ!【撃滅せよ――三又雷槍(トライデント)】!」

 タスク、と呼ばれたオールバックの少年が再びこちらに手をかざすと、今度は先端が三つに分かれた長い電の槍が出現する。

「どぉちぃらぁにしようかなっと!」

 そして雷槍を投擲した先は、既に魔法の詠唱を終えているレオだった。

「【靡け――風乗り(エアライド)】」

 風邪そのものになったかのような速度で回避したレオに、タスクは「ひゅう」と口笛を吹いて追撃する。

 もはやタスクの目にはレオしか見えていないようで、どんどん離れていくレオを追跡していった。

 この一瞬の隙に、後ろにいるエメラルドさんに向かって指示を飛ばす。

「エメラルドさんはレナたちにこのことを伝えてくれ!」

「で、でも先輩たちは?」

「大丈夫だ。いざとなったら尻尾撒いて逃げる。それにアイツら俺たちの顔と名前を知ったうえで強襲かけてきやがった」

「……うん、わかった。行って来るから、それまでやられちゃだめだよ」

「当たり前だろ。さぁ早く!」

 普段のおっとりとした雰囲気からは想像できない程機敏な動きで旅館の方へと戻るエメラルドさん。

 もしこいつら以外にも襲撃者がいるのだとしたら、レナ達が危ない。なんせ真奈やレインさんを守りながらの戦闘になる。ツグの殺気からして、そう簡単に守り通せるようなミッションじゃないだろう。

「ツグ……だっけ、お前は俺とだ。何故俺たちを狙うのか、クモ派って何なのか。全部吐いてもらうぜ」

「抜かせ侵略者ッ! 【放て――投岩石(カタパルトロック)】!」

 ツグの足元の地面が盛り上がったかと思えば、まるでカタパルトのような動きで地表を弾く。

 そうして飛んでくる岩石の威力は凄まじく、相当な質量を持った礫は当たれば病院で済めば御の字と言ったところか。

【岩との距離2m→9m】

 しかしたかが岩。矢や超高圧の水鉄砲には到底及ばない速度である。

 能力を発動し、魔法の射程外まで瞬間移動した俺は、ターンチェンジだと言わんばかりにツグへと迫る。

「【転送(テレポート)】……!? いや、ならこんなところで魔力の無駄遣いは……」

「いいのかよ考え事なんかして!」

【100m走14秒→999m走14秒】

 脚力を強化し、一瞬で懐にまで入り込む俺を見ながらも、思考に耽るツグ。

 完全な隙……に飛びこむほど舐められては困る。

 さっき拾っておいた丸い石を、ツグに向かってぶん投げる。

 投擲力の強化こそできていないが、俺自身の超スピードによって加速した石がツグを捉える。

「【護れ――全身硬化(アーマード)】」

 ガキィィン! と甲高い金属音と共に、投げた石が粉を残して砕け散る。

「やっぱ釣ってたか……ぶん殴ったらこっちの拳がイカれるところだったぜ」

「ちっ」

 記憶に新しい魔法、【全身硬化(アーマード)】。その効果は至ってシンプルで、高質化した魔力を金属に変え、体の表面に纏う、鎧のような魔法。

 ガルーダ君が使っていた時は本当に体の表面で、顔のパーツの形がわかるくらいだった。

 しかしツグのは完全に別物であり、顔はおろか、身体の輪郭すらわからないほどに分厚く魔力を硬化しており、まるで甲冑を着こんでいるかのような様相になっている。

 体の表面だけであの固さだったのだ。これほどまでに分厚い鎧を纏われては、物理攻撃は通用しないと見ていいだろう。

(相性は最悪……きっちぃ……)

 こういうのは手数の多いレオに変わってほしいが、あっちはあっちで大変そうだ。

 湖付近の森から絶え間なく吹く風と走る稲光が戦いの激化を物語っている。

「来ないのか? ならこちらから行くまで!」

「っ……」

 対抗手段を考えている時間もない。とりあえずはこの鉄塊を捌ききらなければならないのだ。

 踏みしめるごとに地面がえぐれるほどの超重量、されど一切機動力は落ちていない。

 俺の顔面を捉えんとする拳を躱し、伸ばされた腕を掴んでそのまま投げに持ち込んでやろうと思っていたのだが、無理だ。

 まるで子供が車を持ち上げようとしているかのような、圧倒的重量を感じ、すぐさま回避へと思考を切り替える。

 繰り出される殴打の連発はどれも食らえば致命傷になるだろう。

 控えめに言って、ガルーダ君とは比にならないレベルの脅威だ。

「ちっ、ちょこまかと……【断ち切れ――地衝斧(グラドクス)】!」

「【締結(ディメンション)】」

 地面からせり出してきた巨大な岩石の斧が振り降ろされる瞬間、俺は目の前に【締結(ディメンション)】の入り口を出現させ、出口は()()()()()に。

「っ……何?」

 完全に直撃だった。大質量の斧は空間を超え、主へと牙を剥いた。

 しかしツグの鎧は傷一つつかず、少し驚かせただけの結果となった。

 いや、むしろかなりの質量を移動させたので、魔力量がもう半分ほどしか残っていない。あと5回【締結(ディメンション)】を使えるか否か……

「大人しく投降しろ。今の攻防で貴様に有効打が無いのははっきり分かった」

「その前にまず事情の説明が先じゃないかなーって」

「牢の中でならいくらでも説明してやる。貴様の四肢が自由である内は、交わす言葉はない!」

「何もするつもりはねぇよ。ただの観光でこの国に来たんだから。何をそんなに警戒して……」

「嘘をつくな! この国をさらに地獄に変えるつもりだろう! 何もかもを巻き込んで殺し合う、貴様ら『喰雲(クラウド)』はッ!!」

「――あ?」

 その()を聞いた瞬間、背筋に電撃が走る。

 ()()にとってその名は、殺し合いの合言葉なのだから。


× × ×


 鬱蒼とした森の中、方向感覚が狂いそうになりながらも、僕は飛来する雷を避け続けていた。

「【三又雷槍(トライデント)】の電撃も躱すとなれば……相当腕のいい雷魔法師とやり合ってるっぽいなぁ

……イイねお前!」

「……キョウトと別れたのは失策だったかな?」

 何やら楽しそうに騒いでいるが、僕はペストリーゼ語はさっぱりだ。

 イセカイゲームの言語翻訳がある彼とは違い、魔法の名前ぐらいしか読み取れる情報がない。

 何故僕らを狙うのか、未だにその理由の欠片さえも掴めていない。

 ぱっと思い浮かんだのはイセカイゲーム関連のことだが、こうして言葉が通じていない以上、その可能性も低い。

 とすると、僕が今するべき対応は……

「【縛れ――風十字(エアクロス)】!」

 敵の無力化、これに尽きる。

「っとと! 考え事は終わりってワケか!」

 【風十字(エアクロス)】を見るや否や、タスクは近くの木へと身を隠し、魔法を無力化した。

「消えた? 着弾式の魔法だったか、こりゃラッキー」

 魔法が消えたことに少しだけ意外そうな表情を見せるタスク。そんな様子に僕は心中で舌打ちし、次の手を考える。

 相当魔法師との戦いに慣れている様子で、初見の魔法には慎重すぎるくらい回避行動をとっている。

 風魔法の強みはその応用性。変則的な攻撃を武器とする代わりに、威力は他の魔法に比べれば一段劣る。こうしてタネが割れ続けていけば、不利になる一方だ。

 よし、勝ち方は決めた。

「【留まれ――空気操作(エアロック)】」

「んっ! 今【空気操作(エアロック)】って言ったか!?」

 魔法名に警戒し、僕の周囲を見回すタスク。

 動き回りながらの視界では透明な空気の壁を視認することは不可能に近い。そう思い至ったであろうタスクが一度立ち止まり、僕から距離をとるように後方へ跳躍する。

「痛っ!? 嘘だろ!?」

 飛び退いたタスクの身体は鈍い音を立てて空気に激突し、驚愕交じりの声をあげる。

 【空気操作(エアロック)】は本来、魔法師を守る目的で防御力に特化して作られた魔法だ。

 その分魔力消費量もそこそこ高いので、()()()使い方をする魔法師は僕以外にはあまりいない。

「囲まれた……?」

 『パレード』でキョウトにやったのと同じように、タスクの真正面以外を取り囲むように空気を固め、疑似的な袋小路を作り出す。

「【収束しろ――風砲撃(エアカノン)】」

 そうして逃げ場の無くなったタスクに向けて、暴風による砲撃を叩き込む。

 射線上にあった木の枝が弾け、葉と砂塵を纏いながら砲撃が進む。

「あー……まずったな」

 一般的な風魔法の中でも最高レベルの威力を誇る砲撃をまともに食らったタスクは、その勢いのままに背後の【空気操作(エアロック)】に叩きつけられた。

「ぁがは……ッ!!」

 決して少なくないダメージ。いくら魔力で身体を護ってももはや立つことすら難しいだろう。

 息も絶え絶えにうずくまるタスクの前まで歩き、語り掛ける。

「君達は一体……って、これも通じないか。やりにくいなぁ……」

「はぁ……っ……? そういやこいつ……言葉……?」

(とりあえず縛っちゃうか……【風十字(エアクロス)】がいいかな)

 ひとまず反撃のリスクをなくすため、魔法の詠唱を始めようとした僕を制するように、タスクがこちらに震える掌を向ける。

 そして懐から取り出した何かを口に含んだ瞬間、顔を上げた。

「あー、これで通じてるか?」

「!」

 驚くほど流暢なシュレイツ語に、一瞬僕の思考が止まる。

 僕の詠唱は聞き取れてなかったはず。ブラフ? いや、それでこんな状況に追い込まれてちゃ意味がない。

 様々な思考が脳裏に駆け巡る中、僕は突き放されるように距離をとる。

「待て待て。俺はこっちの人間だ。喰雲(クラウド)じゃないし、その仲間でもねぇ。もう身体もガタガタで抵抗する気もねーよ」

「……じゃあ、何で急に会話ができてるのかな? 純粋に君が賢いだけ?」

 喰雲(クラウド)。まさかこんなところでその名前を耳にするとは思わなかったが、色々腑に落ちることがあった。この急襲の理由付けには納得できる根拠だ。

「なっはは! 俺はペストリーゼの読み書きだってぎりぎりだぜぇ? お勉学はからっきしだ。これのおかげだよ」

 そう言って僕に見せた者は、小さな茶色の玉。いや、丸薬だろうか。

(こと)葉通(はどお)しって言ってな。思考伝達の魔法具の理論を応用した薬がどうのこうの……って、詳しいことは分かんねぇけど、簡単に言えばどんな人間とも会話ができる薬だ。効果は30分」

「便利なものがあるんだね……これならやりやすい。【縛れ――風十字(エアロック)】」

「なっ! うおっなんだこれ!?」

 魔法が着弾した瞬間、タスクの身体が十字の形で空中に固定される。

「抵抗する気は無くても一応ね」

「ま、そりゃそーなるか……」

「さて、30分の内にいろいろ聞かせてもらおうかな。僕達を襲った理由と、君の知る情報について」

「それもいいけどよ、お仲間の方は大丈夫なのかー? パッと見た感じ魔術師だろ?」

「大丈夫だよ」

「一つ忠告しとくけどよ、ツグは魔術師相手には()()だぜ?」

「じゃあ、尚更大丈夫だ」

「?」

 その時、湖の方から爆発にも似た衝撃波が押し寄せる。

「な、なんだ!?」

 以前、二対一の模擬戦で体験した、あれだ。

 曰く、声の届く範囲を約1kmに拡大した音爆弾。

 まともに耳に食らえば……なんて考えたくもない攻撃だ。

「誰かが近くにいると、彼は本気が出せないんだよ」

 

 × × ×


喰雲(クラウド)』……その言葉を知る者は、元の世界の人間か、それと通じている者しかいない。

 冷たい氷柱が刺さったかのような衝撃が京斗の身体を駆け抜けた後、それをすっと引き抜かれたかのように冷静になった頭が回る。

 キリエの故郷で、これからしばらく過ごすこの地だから。などという遠慮は、もう彼の中から抜け落ちてしまった。

「今……俺をなんて呼んだ?」

「くどいぞ! 悪魔の手先!『喰雲(クラウド)』ォ!」

 憤激を一身に纏い、こちらへ突進するツグを見据え、京斗がすぐさま意識を集中させる。

(何故避けない?……俺の脅威は防御力だけだと見誤ったか!)

 ツグは1t近くある今の体重を全て拳に乗せ、京斗へと振りかぶる。

(一切手は抜いていないが、恐らくこの攻撃は避けられる)

 ツグの予想通り、京斗はその拳を体を反らすことで躱す。

 しかしツグの狙いはこの後の組付きであった。

 重さは力。頑強な鋼の鎧は、人体などいとも容易く絞め殺せる。

 しかし、その狙いすらバックステップにより避けられた後、今度は京斗の方からツグへと詰め寄る。

「何のつもり……ッ!」

 自身の間合いへと入ったキョウトへと再び組み付こうとしたツグだったが、視界がぐらりと揺れる。

「貴様……何……何をした……!」

 絶え間なく、視界が揺れる。そうして立つのもやっとな倦怠感が身体を包んでいく。

「お前の体温を39.9℃にした。立つのも辛い高熱だ。さっきから船の上かってくらい身体が揺れてるぜ?」

「ふぅぅ……ぐっ……ぐぅぅ……!」

 その言葉の通り、少しでも頭が揺れる度に脳みそそのものが揺さぶられるような感覚がツグを襲う。

(何をされた……? 魔法? 毒? まさかこれが……こいつの能力!?)

 思考すら煩わしい意識の中、憎悪と復讐心だけがツグの闘志を繋ぎとめる。

「終わる……わけには……いかないッ!」

「いや、終わりなんだよ――(みだ)せ、管理者モデレーター

「ッ!! 次は……何を……!」

 京斗に触れられると同時に、自身の中にある魔力がごっそりと抜け落ちた感覚が数度ツグの意識を伝う。

 もはや【全身硬化(アーマード)】を纏うことすらままならなくなり、生身となったツグがその場に膝を突き、京斗を見上げる。

「お前の魔法の使用回数をそれぞれ増やした。お前の魔力量がどうであれ、今の状況見れば結構な消費だったっぽいな」

「……!」

 わからない、目の前のこいつの力が、何一つ掴めない。

 高熱と魔力欠乏により朦朧としているツグの脳内を、徐々に恐怖が埋めていく。

「そろそろ眠れ。後で話は聞かせてもらうぞ、拘束した後でな」

「くそ……! ぁ……ぐっ……!」

 討つべき敵に見下ろされ、身体を動かすことすらできないでいる自分自身に怒り、涙さえ零れる。

 そして思い出す。今この場にいる理由を、この国に住まう数多の安寧を奪った存在に対する憎悪を。

(父さん、兄さん……母さん……すまない)

 あの時散った二人の男と、自身を庇って未だ目覚めない母の姿を思い出し、心の中で詫びる。

 不甲斐ない自身が残す、最期の魔法を前にして。

「【不遜なる天を、仰ぎ見よ……】」

「……? こいつ、まだ何か……!?」

「【地を練り、滝を掬い、我らが安寧を造りし者よ――】」

 長い、魔法の詠唱。

 一切変わらぬ声音を前にして、京斗の心臓が早鐘を打つ。 

 何度か感じたことのある、死の感覚が頬を撫でた気がして。

「【今この地にて――】」


【声が届く範囲100m→999m】


「アアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!!!」

 声というにはあまりに大きな爆発を、ツグの耳元で弾けさせる。

 揺れる湖面が落ち着くと同時、ツグは耳から血を流して倒れ伏した。

 もう意識はない。そう認識すると同時に、京斗の中にあった死の感覚が消える。

 こいつは危険だ。京斗は乱した呼吸を落ち着かせ、ゆっくりと背中の霧結いを抜く。

(殺そう)

 そしてそのまま、ツグの背中へと霧結いを突き立て――

『動かないで』

 その切先がツグの身体に刺さる直前で、ぴたりと止まった。

 いや、正確には止められたのだ。

「……どういうつもりだ、真奈」

「京斗こそ、落ち着いた方がいい」

 声のした方へと振り向き、そこに立っている者の顔を見ると同時に、京斗の中にあった殺意が薄れていく。

 いつもと変わらぬ無表情に困惑を混ぜた様子のティナ、険しい顔でキョウトへと歩み寄る真奈とレナ。そして……

「ツグ……? ツグ!!」

 倒れ伏す少年へと、血相を変えて駆け寄るキリエ。


「俺は……」


 視界が、切り替わったような気がした。目の前に映るのは、突きつけられた銃でも振りかぶられた刀でもない。ただの少年と、それに駆け寄る女の子。

 俺は今、本当に俺の意思でこの少年を殺そうとしたのか?

 気づいた頃にはすぐそばまで歩いて来ていた真奈へと視線を送ると、その目はどこか悲しそうだった。

「マジかよ……無傷ぅ……?」

「言っただろう? 大丈夫だって」

 丁度、森の方からはレオが十字形の磔にされたタスクを浮かべてこちらへと持って帰ってきていた。

「何があったか、旅館に戻ってお聞かせ願えませんか? 私からも、話したいことがあります」

 ツグの命に別状はないことを知り、安堵したキリエちゃんが俺を見上げてそう告げる。

 その目には、何か決心のようなものがあるように思えた。

「……あぁ、話そう。いろいろと」

 その決心を受け取るべく俺は、事の顛末と、その原因となっているであろう俺の過去について話すことを決めた。

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