第13話 国の外には何が待つ
「そういえばさ、キョウトは夏休みどうするの?」
「……夏休み?」
歴史の授業が終わり、そのファンタジーな世界に浸っていたある日の休憩時間。
ふとレナがそんなことを聞いてきたのだが……夏休みとな?
「この学園って夏休みとかあるの?」
「そりゃああるよ。キョウトの故郷ではなかったの?」
「あるけど……」
この世界の四季は日本に比べると薄いように思う。桜は無いし、セミも鳴かないし、葉っぱも赤くならないらしいし、雪は……どうなんだろ。
ちょっと暑くなってきたかなぁとは思っていたけど、それでも微々たる差だ。
「そっかぁ、夏休みかぁ……」
降って湧いた長期休暇に少しだけワクワクする俺だった。
「ね、ね、もし予定無いなら……」
ワクワクしているのは俺だけではないようで、レナがきらきらとした目で俺に何か言いたそうにしている。
「国外の依頼受けてみない!?」
「国外の依頼……?」
依頼と言うからには冒険者関連のことなのだろうか。
最近受けた依頼で言えば魔獣の巣の殲滅だったか。洞窟の中にコウモリみたいな魔獣がうじゃうじゃいたからレナが雷魔法で一掃した奴。
あまりの瞬殺具合に俺もレナも消化不良感はあったが、何故に国外?
そう聞いてみると、レナの視線が泳ぎ始める。
「えっとね、ほら! いろんな国に行ってみたくて……って、うぅん。違った」
レナは一呼吸置き、再び俺に向き直る。
「キョウトと、色んな所に行ってみたいの。できれば、二人きりで……」
「……そうなのか」
この世界に来て、俺はいろんな友達が増えた。元の世界とは違う世界だからこそできた友達だ。
そんな友達いっぱいな俺には一瞬でレナの意図が理解できた。
「そっか、そうだよな。レナの気持ち、わかったよ」
「え!? え……えぇ!?」
「レナは俺と……」
「ちょ、ちょっと……心の準備が……!」
「俺と、合宿がしたいってことだな!」
「できてな……い?」
ふふふ……皆まで言わずともわかっているぞレナよ。
「俺たちは冒険者だ。日々の鍛錬は欠かさないけど、たまにはいつもと違う修行をしてみたい。そう言うことだろ?」
「……」
「そういうことなら全然OKだぞ! 予定もないし、間接的にギルドの手伝いにもなるし、さらに強くなれる!」
「……はい」
「でも二人きりってのは不安だな……何人かに声かけてみるよ! レナは誰かを巻き込むのも悪いと思って二人きりって言ったんだろうけど、大丈夫! 一緒に行ってくれる人の心当たりならあるから!」
真奈一人だけ残して国外に行くというのは不安だ。いざという時に助けに行けないのは困る。少々強引にでもついて来てもらおうか。
「善は急げだ。早速何人かに当たってみる」
「……ハイ」
俺は誰から当たろうかと歩きながら考える。
国外での合宿……この世界のことも知れて冒険者としても活躍できて自分の経験にもなる。
なんというナイスアイデアなんだ!
(((やばぁ……)))
話を聞いていたクラスメイト達がレナに同情の目を向けていることには、俺は気づかなかった。
× × ×
放課後。部活に入っていない俺は真奈と帰る予定だったのだが……
「ここなら人が来ないね。はい。これ猫じゃらし」
「やる気満々なザリガニもいるから……京斗の鼻に」
「それいいねマナちゃん!」
校舎裏まで来てとレオに言われてついて行くと、いきなり『風十字』で拘束された。何故か真奈もそこにいて、『動かないで』と言われてしまった。これでは能力で脱出することもできない。
「ちっちゃい黒板とフォークもあります……」
「エメラルドさん何でそんなもん持ってんの?」
なぜか皆拷問器具を持ち出す始末。それもかなり嫌なレベルの。
「ふふ……食らうがいいよ、キョウト……」
腕を組みながら指示を出すレナ。何にも状況が呑み込めない。
その後、俺は筆舌に尽くしがたい拷問を受けた。拷問と言うか一方的にいじめられてただけなんだけどね。
「はぁ~すっきりした!」
そんな俺の惨状を見届け、レナはおかしそうに笑う。
「はぁ……はぁ……何でこんなことしたんだよ?」
「それは自分でわからなきゃ、ね?」
「レオナルド様の言う通りです!」
「こ、こればっかりはキョウト先輩には言えません」
「楽しかった……リベンジ成功」
なんか一人だけ私情が混じっているが、皆同じ意見だった。
「まぁこれは余興で、今回皆に集まってもらったのは夏休みの国外旅行についての計画を決めようと思うよ!」
「「「はーい!」」」
「余興? 旅行? どういうこと?」
余興が残酷過ぎるのはまだわかる。わかりたくないけどまだわかる。でも国外旅行って何? 俺聞いてないよそんなの。
「キョウトが皆に声をかけてたと思うんだけど、まだどこに行くかは決まってないんだよねー」
「あれって合宿じゃないのか!?」
「私は合宿って一言も言ってないよ?」
「でも国外の依頼って……」
「遊びに行くついでに依頼をしようと思ってただけだから、皆で行くなら旅行でいいかなーって思ったの」
「そ……そんな……!」
じゃあ全部俺の勘違いだったってことか……!?
「ってか何で皆は旅行って知ってんだよ」
「キョウトから合宿の話を聞く前にレナさんから説明されてたからね。キョウトが変なこと言うと思うけど気にしないでって」
先回りされてたってことか……!? どこに本気出してんだよ!?
「とまぁそう言うわけで、今から旅行の計画立てるよー!」
「「「「おー!」」」」
「あの……俺はいつまでこのままなんですか?」
今の俺は羊の角がついたカチューシャを付けられ、もこもこした髪質と相まってまるで羊の獣人みたいになっている。あと鼻にザリガニがくっついたままの無惨な姿だ。
いじめだよこれ! バラエティでももう終わってるよ! いつまで挟んでんだよこのザリガニ!
「『挟むのやめー』」
真奈がそう言うと、ザリガニがすっとハサミを離し、近くの池に帰って行った。
(言霊人間以外にも通じるのかよ!?)
こんなところで新しい能力の可能性を広げないで欲しい。というかめっちゃ痛かったんだけどなにあのザリガニ。後で探し出して×××してやろうか。
「えーっと、皆さん、何をしているんですか?」
その時、穏やかな低い声が聞こえてくる。
「オーロ先生?」
そこに立っていたのは、新任の数学教師、オーロ先生だった。目の前の光景が理解できないと言ったような顔だ。
「ホワイト君の叫ぶ声が聞こえたから来てみたんですけど……これはどういう状況なんですか?」
「はい! かくかくしかじかです!」
「何言ってんのキリエちゃん?」
「なるほど……そういうことでしたら、問題ありませんね」
「なんでそうなるのオーロ先生!?」
ノリのいい先生だ。こういう所が生徒に人気なのだろう。
「それでもやっぱりホワイト君を開放してあげてくれませんか? 教師として、このまま放置というのも問題ありますし」
「そういうことなら……わかりました」
レオが【風十字】を解除して、真奈が動いていいよと耳打ちする。
やっと戻った体の自由に、俺は涙をぎゅっとこらえる。
「それでは私はこれで。くれぐれもやりすぎないようにしてくださいね」
その場にいる全員が頷くと、オーロ先生は背を向けて帰っていく。
「待ってくださいオーロ先生! お願いだからここに居てください!!」
俺はなんだかものすごく不安になり、大人に助けを求めた。もうあんな拷問は受けたくなかったから。
結局、オーロ先生が同席することになった。
「じゃあ改めて、誰か行きたい国の希望はあるかな?」
獣人や亜人の国、海に囲まれた国、文明の進んだ町がある国、どれも一度は行ってみたい国だ。
せっかくの異世界旅行なのだ。楽しみたいという気持ちもあるが、一番の目的はそれではない。
こっそりと左目を抑えて、イセカイゲームの残り人数を確認する。
【残り人数 20名】
『喰雲』。国外に召喚された可能性を考えれば、旅先で遭遇する確率は大いにある。
特にその国の中心都市には人が多く集まる。もはやこっちから出向くしかないのかもしれない。
京ちゃんにもう一度会うためなら、俺は何をしてでもこのゲームをクリアする。
例え……どれだけ人を殺しても。
「はい」
誰よりも早く手を上げたのは意外にもキリエちゃんだった。
「行きたい国……と言っていいのかはわからないんですけど、一度実家に帰省しようかと思っていたんです」
「キリエちゃんの実家ってことは……ペストリーゼ帝国か」
確かその国は海に囲まれた島国で豊富な海産物が有名な国だった。そして着物が主流な国でもあり、日本との共通点が多い国だ。
「はい。なので皆さん、一緒にペストリーゼ帝国に行きませんか?」
「ペストリーゼ帝国かぁ……僕はまだ行ったことが無いな……」
「私もです!」
「私も……」
どうやら誰も行ったことが無いようで、キリエちゃんは付け加える。
「地元なので通訳とかもできますし、観光名所なんかも色々と知ってますよ!」
俺や真奈は『喰雲』としての能力の一つで自動的に言語を翻訳する機能があるので問題ないが、確かに通訳がいるのはありがたい。
「えっと……どうですか……?」
しばらく考えた後、レナが口を開いた。
「うん! いいと思う! 前々から興味あったんだ~!」
「海の幸……おいしそう」
「行ってみたかったよね、京斗」
「そうだな。俺もそれでいいと思うぞ」
日本から離れてしばらくたったけど、正直ずっとホームシック気味だ。
日本の料理も風景も恋しいし、京ちゃんの声も顔も温もりも恋しい。
「じゃあ決まりだね!」
あ~……京ちゃん……会いてえよぉ……
「よろしくお願いしますね! キョウト先輩!」
「あ~……え?あ、あぁうん。よろしく」
どうやら旅先は決まったようだ。
ペストリーゼ……以前真奈とその国について話し合ったことがある。一度は行ってみたいと。
日本人の『喰雲』なら、誰しも一度は行きたいと思うだろうから。
「夏休みは2週間後ですけど、その前にテストがありますから勉強も忘れないようにしてくださいね?」
「うっ……はい……」
そうだった。今日からテスト期間突入なんだった。
この学園に編入してから初めてのテストは一体どれほどの難易度なのか。なんにせよ、これから勉強漬けの生活が始まるに違いない。
× × ×
「へぇ……ペストリーゼにねぇ……いいな~楽しそうだな~」
「羨ましいなら自分で行けばいいんじゃないですか?」
「そういうのは違うじゃん! なんかこう……青春ってやつだよ!」
「はぁ、そうですか」
「そっけないなぁ~このこの~」
「ちょ、俺のもこもこヘアーぐりぐりしないで!」
「もこもこってる自覚はあるんだね」
「そりゃ周りからあれだけ言われればねぇ…」
部屋で勉強中だった俺の元に、休憩中のグリス先輩が絡んできた。大人しく仮眠室で寝ておけばいいものを。
「えっと……何だっけあの詠唱……」
勉強を止めるわけにもいかないので、今は魔法の詠唱の暗記問題を解いている最中だ。しかし【結論】以外の魔法なんて数えるほどしか使ったことが無いので全く思い浮かばない。
「吹き乱れろだよ。風魔法は君の友達の十八番だろう?」
「あ、ありがとうございます」
さらっと答えるグリス先輩だったが、その後も俺のわからなかった詠唱をすらすらと述べるグリス先輩に、割と前から気になっていたことを聞く。
「グリス先輩ってうちの学園の卒業生なんですよね?」
「うん、そうだよ」
「『パレード』優勝したことあるって言ってましたけど、先輩の二つ名って……」
「さぁてご飯でも食べに行こうかなー」
わかりやすく話を逸らすグリス先輩。先輩の学生時代の話を聞こうとするといつもこうだ。
「なんでそこまで教えてくれないんですか?」
「さぁね、いずれ言うよ。機会があったらね」
機会と言うのがどういった時かは知らないが、今は待つしかなさそうだ。
「勉強に戻りなよ。旅行行けなくなっても知らないよ? それとも僕に教えて欲しいのかな~?」
「なわけ。というか先輩ご飯食べに行くんじゃなかったんですか?」
「そうだったそうだった。じゃね~」
ひらひらと手を振りながら、どこまでも気分屋な先輩は部屋を後にした。やっと一人になれた俺は再び参考書に目を向け、魔法についての問題を解き始める。
「えっとなになに? 【雷纏矢】の詠唱?」
これは簡単だ。紫電よ撃ち抜け――だな。よしあってた。
一度食らったことのある魔法は基本忘れてはいない。やっぱり座学よりも実戦の方が覚えられることが多い気がする。というか覚えないとやられちゃう状況だったから覚えざるを得ないんだけどね。
「……エメラルドさんかぁ」
あの二対一の模擬戦から2週間ほどが過ぎたが、あれ以来エメラルドさんと話す機会が増えた。
最初は俺の能力のことを聞いてきたけど、『言霊師』で全部魔法だと誤魔化せた。そうすると今度はその魔法についてのあれやこれやを聞いてきたので、適当にでっち上げた説明をしておいた。
すると納得した様でほとぼりが冷めたのもつかの間。今度は用がなくとも色々と話しかけてくるようになってきて、いつの間にか食堂でみんなと共にご飯を食べる仲だ。
慕ってくれるのは嬉しいが、そんなに懐かれるようなことを何かしただろうか。未だに俺だけ敬語じゃないし。でもなーんか違和感ないというか……なんだろう。
『パレード』の時に俺だけ狙った理由も強そうだったからっていうシンプルな理由だった。やはりちょっと不思議な子だ。
「旅行にも一緒に行くことになったし……」
今度はその旅行について考える。
【残り人数 20名】
人数に変動は無し。この生き残り達との戦いに勝ち残らなくちゃいけない。そんな中での今回の旅行は『喰雲』を見つける絶好のチャンスだ。そのためには……
「勉強あるのみ……!」
テストで赤点とって補習なんて事にはなりたくない! 旅行行って『喰雲』ぶっ○さなきゃ!
「がんばれー」
「また来たんですかグリスせ――って、クルル……!」
「やっほ、キョウト……久しぶりだね」
学園に通い始める前に【結論】の研究は終了したので、あまり会うことの無かったクルルがおかしそうな笑みを浮かべて立っていた。
相変わらずの穏やかな口調に、所々跳ねた癖のある長い黒髪。霧結いの件で会った時と何も変わりないようで安心した。
「魔法の勉強?」
「うん。今度テストがあるからな。それに向けて詠唱の暗記してた」
「勉強熱心でえらいね」
嬉しそうに頭を撫でてくるクルル。こうされるのも久しぶりで、なんだか不思議な気持ちだ。クルルの手は温かく、撫でられている頭がゆらゆらと揺れてしまう。
「もこもこ……」
「最近切ってなかったからなぁ……どうしよ」
「このままでいいんじゃないかな……触ってて気持ちいいし」
「暑くなってきてるからそうもいかないよ。熱源が頭に乗っかってる生活は辛い」
「確かにそうだね……」
などと、しばらく他愛のない会話をしていた。
「そういえば、クルルは何でここに?」
「ギルドに頼まれてた魔法具の整備が終わったから、届けに来たの。確認が終わるまで暇だからここに来ちゃった」
「そっか……そういうことなら、何もない部屋だけどゆっくりしてってくれ」
「うん。キョウトが勉強してるの見てる……」
「んーやりづら」
それから俺は勉強を再開したが、クルルは本当に勉強している俺を見ていた。たまにアドバイスもくれたりして、本当に助かった。どっかの先輩は見習ってほしいものですよ。
「そろそろ確認も終わってると思うから、私帰るね」
「うん、ばいばいクルル。わかんないところ教えてくれてありがとうな」
「どういたしまして。あ、そう言えばギルドの受付にマナちゃん来てたよ」
思い出したようにそう言うクルル。
「あーもうそんな時間か」
「一緒に勉強?」
「そう。この時間に約束してたんだ」
受付のあるギルドの1階に降りると、大勢の冒険者で賑わっていた。
「ようキョウト! 学園はどんな感じだ?」
「楽しくやれてますよ。今度テストがあるんで、不安なのはそれだけですね」
「キョウト君、いい感じの魔獣の討伐依頼とかない~?」
「えー?先輩たちに聞いてくださいよーって忙しそうだな……後で【結論】が伺いますんでちょっと待っててくださいね」
この世界に来て半年とちょっと。なんだかんだギルドに馴染んでいるし、冒険者の人たちとも仲良くできている。
ギルドの中を見渡すと、ぽつんと一人で席に座っている小柄な女の子の姿が目に入る。向こうも俺に気付いたようで、椅子から立ち上がって歩み寄ってくる。
「よ、真奈」
「こんにちは……京斗」
これからの予定はテストに向けた勉強を一緒にするということだけなのだが、勉強に熱が入りすぎてしまったのでお昼を食べ損ねてしまった。
「京斗……私お腹空いた」
「あら、真奈も?」
時刻は1時前。まだぎりぎりランチタイムと言えるだろう。
「俺もお昼食べてないんだ。どっか食べに行こうか」
「ご飯っ……! 行こ……!」
やや興奮気味に俺の腕を引く真奈だが、それほどお腹が空いていたのだろうか。
「あら~……レナちゃんはもたもたしてていいのかなぁ……?このままだったらまずいかもねぇ」
聞きなれた声が後ろから聞こえた気がするが、そんなはずがない。だってあの人は今仕事中なのだから。受付の奥にいるはずなんだから。
「おいグリス! 休憩終わっただろ! 早く来い!」
「ごめんて! わかったから引っ張らないで~!」
……うん。まぁわかってたよ。ほんとあの人はっ……!
「あ、ちょっと待って真奈。外出るなら準備するから」
「うん。30秒ね」
「流石に無理でござる」
30秒はオーバーしたが、できるだけ早く準備をして真奈と一緒に街へ出た。
どこへ行こうか。何を食べようか。二人のぶらり旅はそんな会話から始まった。
真奈もここに来るまでに勉強していたと言うので、この時間は休憩みたいなものだ。ちゃんと帰ったら勉強するもん。本当だもん。
「あのさ、真奈」
「なに?」
「言い忘れてたんだけど、今日の服、似合ってるぞ」
綺麗な白色の大きめな服に、薄い紺色のスカートがよく似合っている。そしてマシュマロのようなベレー帽をかぶっていて、肩まで切った艶やかな黒髪を引き立てている。
出会った時の髪型も可愛いとは思っていたが、こういった涼しげなものもまた良い。
「あ……ありがと……今度旅行いくから、買った」
「なるほど、それでか」
「ね、似合ってる……だけ?」
小さな声で聞いてくる真奈。似合っているのは確かだが、最初に感じたのはそんな事じゃない。
「似合ってるし、その……かわいいぞ」
「っ……えへ」
夏の熱気に当てられたか、はたまた別の理由か。顔が熱くなるのを感じながら、俺は簡潔な感想を述べた。
恥ずかしいけど、女の子の格好は褒めるべきと京ちゃんに教わったのだ。褒められて喜ばない女の子はいない……多分。とも言っていた。
はにかみながら隣を歩く真奈を見ると、どうやら京ちゃんの言う通りだったようだ。
(服かぁ……どうしようかな……)
俺が今着ている服はいつものお出かけ用の服で、動きやすさ重視のシンプルなものだ。
俺がこの世界で持っている私服はこういったものばかりなので、この旅行を機におしゃれというものに目覚めてみてもいいのかもしれない。
そんなことを考えているうちに、飲食店が多く立ち並ぶ大通りへと入った。
「さぁて」
「どこに行こうか……」
お腹の音は鳴っているが、何を食べるかはまだ決まっていない。この世界の料理はどれもおいしいし種類も多いので、余計に悩んでしまう。
「……ん?」
そんな苦悩に苛まれながらぶらぶら歩いていくうちに、見慣れた店の前へとたどり着く。
(結局ここが一番なんだよなぁ……)
味よし雰囲気よし。この世界に来て最初にレナに連れて来てもらったレストランへと、俺たちは足を踏み入れた。
そしてテーブル席へと向かい、メニューを広げて言葉を交わす。
「なんか高そうなお店だけど、ここでよかったの?」
「ちょっとお高めかもだけど、この前大口の依頼受けたからお金には余裕があるんだ。ご馳走してしんぜよう」
「そんな……悪いよ」
「まぁまぁそう言わず、言霊で助けていろいろ助けてもらったお礼だと思ってくれ」
「……そっか、うん。ありがと」
真奈は何か言いたげな口を結んで、諦めたように笑った。
「それにしても……京斗ってこんなおしゃれなお店知ってたんだね、なんか意外」
「失礼では?」
一応俺だってこの街でギルドの職員やってたんだぞ。おしゃれなお店の一つや二つ知ってても不思議ではないだろう。まぁ他に洒落たお店なんて知らないんですけどね。
「レナに連れて来てもらったことがあって、それからすっかりここの味の虜になったんだ」
「……デート?」
「ちがわい」
怪訝そうな目線を向けてくる真奈だったが、そう否定するや否や「ふーん」とそっぽを向き、お冷のコップに口をつけた。
何かだめなこと言ったか? いや俺4文字しか喋ってないしな……
「とにかく、早いところ注文決めようぜ。もうお腹ぺこぺこだ」
「うん」
開きっぱなしになっていたメニューに再び視線を落とし、適当に目についた品を注文する。
俺はビーフシチューで、真奈はサンドイッチだ。
個人的にここのおすすめはハンバーグだが、他のメニューもなかなかに絶品だ。料理が来るまで待ち遠しいと普段の俺なら思う所だろうが、今は違う。
雑談に花を咲かせながら、気長に待つことにした。
「こっちでの勉強さぁ、なんかめっちゃ楽しくね?」
「わかる」
魔法のこととかファンタジーな歴史のこととかを学んでいくうちに、なんだかそういうゲームをやっているかのような感覚に陥る。この世界に来て半年ほどだが、まだまだこの世界について知らないことがたくさんある。学び甲斐があるというものだ。
「この前バジリスクのこと習ったよ」
「まじか。俺まだだわ」
「……よくあんなのに勝ったね」
「それは俺も思う」
瞬殺だったらしいが、あのレベルの魔獣に立ち向かうのは流石に勇気がいる。今からあの蛇とやり合えって言われたらめちゃめちゃ憂鬱になると思う。
でも無理とは思わない辺り、身体も心も強くなったということなのだろう。
「あ、バジリスクと言えば……あれはどうなったの? 魔獣使い」
「全然わかんない。この国にいるのかどっか行ったのか、はたまた死んでるのか」
あれ以来、ギルドに魔獣使いの情報は入ってきていない。しかしあれほど強力な魔獣を従えることのできる『喰雲』だ。まだ生きている可能性の方が高いだろう。
「いずれは戦うことになるかも知れない敵だ。真奈も魔獣を見かけたら、変な動きをしてないか注意しろよ? 操られてるかもしれないからな」
「はーい」
と、注意喚起をしたところで、注文したメニューが運ばれてくる。
湯気を立ち昇らせながら堂々と佇むビーフシチューと色鮮やかなサンドイッチを交互に見やり、お手手を合わせていただきます。
「「ンマーイ!」」
何度食べても変わらないクオリティに感動しながら、空きっ腹に栄養をぶち込んでいく。
そうしてエネルギーは体内へと駆け巡り、やがては天へと昇りビーフシチューの雨が降――何考えてんだ俺。
「あ……京斗、ちょっと止まって」
「ん? ……え? なに?」
変な思考を巡らせていると、対面に座る真奈が身を乗り出してくる。
「はい、もう大丈夫。ほっぺにソースついてたよ」
「あ、ありがと……」
真奈はビーフシチューソースのついた紙ナプキンをテーブルの端に置き、再びサンドイッチをもぐもぐし始めた。
乗り出してきた時に服の間から見えた白くてかわいらしい下着はきっと俺の見間違い、それか幻覚だろう。
そうに違いない。そう思いたい。
「京斗? 食べないの?」
「あぁ、いや、食べる食べる。ちょい考え事してただけ」
「そっか、ならいいや」
子供っぽく微笑む真奈に、小さく笑みを返す俺。
表面上は何もない、普通の会話。
しかし何故だろう。こんなにも胸がドキドキするのは。
京ちゃん、俺……なんか変だよっ……!!
× × ×
「おいしかったねー」
「うん、やはり俺の胃袋はあそこにあるのか……」
「ココダヨー(裏声)」
「おぉここにあったか」
じっくりご飯を堪能した俺たちは、店を出て腹ごなしの散歩で、街を一望できる高台の公園へと足を運んでいた。
え? 勉強はどうしたのかって? お互い一人の方が勉強捗ることに気付いたんだよ。つまりこれはサボりではない。長めの気分転換だ。
とはいえ、真奈とこうして休日に出かける機会はあまり無かったので、時間がゆっくり過ぎてくれるように願う。
二人して木陰のベンチに腰掛け、ミラレスの街を眺める。
「夏だね」
「夏だな」
ここまで歩く間、いやに日差しが強く感じた。確かにこの世界に来た時よりも暑い。
異世界の人は皆、季節の移ろいを身体で知るんだ。
「この世界の冬ってさ、雪とか降るのかな」
「さぁ……どうだろうな」
「私達、この世界の冬を知れるのかな」
「……どう、だろうな」
俺たちは『喰雲』だ。本来ここに居るはずのない、異世界の人間。
戦って、生き残って、元の世界に帰る。それを一心に願う戦士、それが俺達だ。
俺たちがいるべきは、ここじゃない。
「危ないよ!」
「俺がひっかけちゃったんだ! だから俺が取りに行く!」
ふと、子供の焦ったような声が聞こえて来て、振り返る。
そこには見上げる程大きな木に登ろうとする少年と、それを止めようとする少年の姿があった。
よく見ると、その木のかなり高い位置にボールが引っかかっていた。
「……」
俺は立ち上がり、その木の方へと歩く。
どうしたの? と言いたげな真奈だったが、すぐに事情を理解して、そのままベンチに身体を預けた。
「俺が取ってあげるから、待っててね」
「え……」
「で、でも……あんなに高く……」
「大丈夫。見てて」
能力で脚力を底上げし、木の幹を蹴って跳躍する。
そして太い枝へと手をかけ、その勢いのまま枝を軸に体ごと回転させて飛び乗る。
あとは枝を足場に登っていき、引っかかっているボールを取り、ゆっくりと降りていく。
「よいしょっ……と。はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます……」
「す……すごい……ありがとう! おにいさん!」
「どういたしまして。じゃあね」
嬉しそうに俺を見上げる少年たちに背を向け、手に付いた汚れをぱしぱしと払いながらベンチに戻ると、どこか嬉しそうに真奈が笑う。
「なに? え、何で笑ってんの?」
別にかっこつけてないよなぁと思いつつそう聞くと、返ってきたのは意外な返事だった。
「京斗ってさ、やっぱりヒーローだね」
「ヒーロー? 俺が?」
「うん、色んな人を助けてくれる。優しいヒーロー」
「ははっ、ヒーローか……真奈がそう言うんなら、そうかもな」
あの日、真奈に俺の最初の殺人を打ち明けた日。
その日から、俺の中の罪は過去に変わった。
最初に殺した友達も、次に殺した冒険者狩りも、最後に殺したノルン・ストックも。全ては俺の過去になった。あぁそうだ。俺は人殺しだ。――だから何だ?
もう割り切るしかないんだ。この世界で生き残るためには。俺が俺でいるためには。
真奈を、守るためには。
「でも、たかが木登りでヒーローになれるとは思わなかったぞ」
「たかが……そうだよね。うん」
冗談っぽく言ったつもりだが、真奈の返事はどこかぎこちない。
「真奈ってもしかして、高いところ苦手?」
「え、あー……苦手っていうか、苦手になったって感じ……かな」
「苦手になった?」
言葉を選ぶように、詰まりながらそう返す真奈。
かと思えば、何かを決断するように小さく頷いた。
「あのね、京斗」
その続きは、やけに鮮明に聞こえた。
「――私の死因は、転落死なの」
「!」
イセカイゲームへの参加資格、それは死ぬこと。
他にも参加条件はあるのかもしれないが、これはその中でも最たるものだろう。
今まで聞かなかった、聞けなかった、真奈の死因。
それが……転落死?
「学校帰りにね、結構古くて、おっきな橋を歩いてたの。でさ、その橋、たまーに強い風が吹くんだ。私はそれを知らなくて、スマホを見ながら歩いてた。お母さんから『夕飯何食べたい?』って聞かれれたから悩んでたんだけど、完全な不注意だった」
愚行を笑い、他人事のように話す真奈。
二人の間を風が通り抜け、すうっと息を吸った真奈が、続きを語る。
「びゅんって大きな風が吹いたのはそんな時だった。体制がよろける程度だったから、橋の手すり……欄干って言うんだっけ、に体を預けたの。そしたらその橋、思った以上に古くて、欄干が根元からすっぽ抜けちゃったの。高いところから落ちるってことがあんなに怖かったなんて、知らなかった」
「それで、真奈は……」
「うん、気付いたら黄色い雲の中に居た。それでアルって人に雲を食べさせられて、今こうなっちゃってる」
真奈も死んで、アル……いや、アザゼルの手によって『喰雲』となった。
それが真奈の、『喰雲』になるまでの経緯。
「……全部聞いてからいうのもなんだけど、良かったのか? こんな事聞いて」
「話したのは私……というより、京斗に知ってほしかったの。私がどうしてここに来たかを」
「俺に?」
「別にもったいぶるほどの話じゃないし、いいかなーって。それに、もう私たちは他人じゃない。互いを知って、助け合う。そんな『契約者』になった。私は私を知ってほしいし、京斗のことももっと知りたい。ただそれだけ」
柊真奈は死んだ。しかし今俺と話し、学園に通い、イセカイゲームの一人として生き残っている。
生き返るために生き残る。そんなパラドックスが俺たちを繋ぎとめている。
「んー……じゃ、俺の死因は――」
真奈が打ち明けるのならと、俺はあの日のことを語る。
一瞬動揺した真奈だったが、ただ頷きながら話を聞いていた。
そして話し終わるや否や一言。
「……なにその死因」
それは俺が一番思ってるんです。
「スマホに勝手にインストールされてたイセカイゲームのアプリを開こうとしたら人の乗ってないトラックが突っ込んできて爆発して死んだ……って、不可解にもほどがあるよな」
真奈の死因を聞いてまず最初に思ったことは、イセカイゲームという言葉が出現するタイミングだ。
真奈は死んだ後に、俺は死ぬ前に、イセカイゲームというモノを認知した。
あまりにも怪しい情報に頭を捻らせてみたが、所詮はただの高校生二人。そもそも異世界という存在自体が非日常なのだから、考えてわかるはずもなかった。
イセカイゲーム、『喰雲』、『契約者』、そしてアザゼル。
このキーワード達が示す答えを知るのは、あまりに遠く――。
× × ×
止まない雨は無い。雨が上がれば虹が出る。
乗り越えた壁は自分を守る盾となる。継続は力なり。七転八起。焼肉定食。
どうも! キョウト・ホワイトこと白鷺京斗です! 無事テストを乗り切ったのでテンションフルバーストでお送りいたします!
――昨日までは。
「ねむ……いし、あたまいてぇ……」
朝の日差しを一身に受け、俺の一日が始まる。
今日は待ちに待った海外旅行の日。学園での夏休み突入宣言後からずっとテンション上がりっぱなしだった俺の気分は、不思議なことに只今下の中辺り。
どうしてこうなったのかと言うと、今日が楽しみすぎて昨夜は眠れなかったとかいうあるあるやらかしをぶちかましてしまったからに他ならない。
待ち合わせの時刻まではまだ余裕がある。寝坊という最悪の事態は避けられたので良しとしよう。
「おっはようキョウト君! 眠そうだね~……アイスコーヒーでもいかがかな?」
支度を済ませて1階に降りると、始業の準備をしているグリス先輩に話しかけられた。
「おはようございますグリス先輩……ありがとうございま――これただの茶色い氷……」
「ありゃ、魔法の調節間違えちゃった。もう5時間ぐらいで溶けると思うよ。待つ?」
「海の上まで宅配してきてくれるんなら待ちます」
「あはは、お仕事あるから無理だね!」
朝からテンション高めなグリス先輩と話し、寝起きの喉を魔力回復ポーションで潤す。
「っぷはー! みなぎって来たあああ!」
味は無味無臭なのだが、やけにうまく感じた。
「……ねぇキョウト君。昨日どうやって寝た?」
ドン引きの表情で俺を見るグリス先輩が、心配そうに声をかけて来た。
「魔力切れで強制的に意識をシャットアウトさせました」
どうしても眠れなかった俺は、霧結いを取り出して強硬手段に出た。【締結】のいい練習になったのはいいが、最悪の目覚めになってしまった。
「それ僕もやったことあるけど、ほんとに辛かったなぁ……」
「え、もしかして今日一日デバフがかかるとか?」
「いや、溶けない氷がそこら中にあるって父さんに怒られちゃって……」
「あー……なるほど」
普段はちゃらんぽらんなグリス先輩だが、魔法に関しては超一級品だ。
氷魔法という特別な才能はさることながら、魔力量も桁違いなのだという。
それを使いきるとなると……そりゃ氷まみれになるか。
「とにかく、今日は楽しんでおいでね」
「はい!」
「お土産……期待してるよ?」
「新鮮な魚をあげます」
「それ帰りの船で釣って来るつもりでしょ」
「……場合によってはきれいな貝殻になります」
「ほらやっぱり!」
ぶりぶりと駄々をこね始めたので、早急に退散すべく、魔力回復ポーションを棚からいくつか持ち出し、その分のお代をカウンターに置く。
「まいどありー。気を付けてねー」
「はーい」
改めてグリス先輩と挨拶を交わし、荷物を持って扉を開く。
既に感じていた熱気が全身を包み、日差しが肌へと降り注ぐ。
「っし、行くか!」
本格的に夏を感じながら、待ち合わせ場所へと歩き出す。
異世界の朝は早い。街はすっかり活気で溢れていて、行商人の売り文句や、鎧を着た冒険者の重々しい足音が聞こえてくる。そんないかにも異世界と言ったような雰囲気のミラレス中央の広場に到着すると、ベンチに腰かけていた二人が駆け寄って来た。
「おはようございます! キョウト先輩!」
「おはよう先輩」
元気いっぱいに挨拶するキリエちゃんと、静かに挨拶するエメラルドさん。
いかにも動きやすそうな女の子コーデですよなキリエちゃんに対し、ローブに身を包み、戦闘とかする気ないですよ系女の子コーデなエメラルドさん。
対照的な二人を交互に見やり、俺も挨拶を返す。
「おはよう二人とも。結構早めに来たつもりだったんだけどなぁ……一番乗りは越されちゃったか」
「一番乗りは私。まだちょっと暗い時からいた」
自慢げに胸を反らし、どやぁと微笑むエメラルドさんに、若干の恐怖を覚える。
この時期にちょっと暗いとなると……4時半くらいか? 今7時だよ?
「早すぎない? もっと後でもよかったんじゃ……」
「あんまり寝なくていい私が起きるのはだいたいそのへん。お目目もぱっちり」
(ショートスリーパーなんだな……なんかいっぱい寝てるようなイメージだった。決めつけはよくないってことか)
「それにしても暇じゃなかった?」
「うぅん、すぐにキリエが来たし」
「キリエちゃんも早っ!」
「朝の鍛錬は大体その時間にしているので、早起きには自信があります!」
そういう問題じゃ……いや、本人たちが楽しそうにしているならそれでいいのか……?
「約束の8時まではまだ時間あるし……我ながらなんでこんな時間に来たんだろう」
「ほんとにね」
「エメラルドさんだけには言われたくないかなー」
「そうです。エメラルドさんはもう少し遅めに来ても良かったんですよ?」
「残念ながら君もだよキリエちゃん。旅行の朝なんてだらだらしてなんぼなんだから」
「じゃあだらだらする……だらだら~……」
「エメラルドさんがなんだか猫みたいになっちゃいました……」
愉快な談笑に耽りながら待つこと数十分。
やけに着飾ったレナやレインさん、そして以前買ったかわいらしい服の真奈も合流し、あとは約束の時間まで待つだけとなった。
え? レオはどうしたのかって?
「……あ、馬車来た」
「ひょわ!? すー……はー……よし!」
「レインちゃん緊張しすぎ」
全員余裕で乗れそうな大きな馬車。そしてそれを力強く引く二頭の馬。
遠目からでもわかるほどに、その存在感は圧倒的だ。
「皆お待たせ。さ、乗って」
商人の荷車を引く馬と比べても一回りか二回りほど大きな二頭の馬の手綱を握るのは、所々跳ねた癖のある青髪の、琥珀色の瞳を持った青年……我らがレオナルド・ジェイルその人だった。
広場に停車した二頭立ての馬車の扉を開け、「足元に気を付けてね」と乗車を促すその様は、普段の穏やかな様子も相まって、やけに様になっている。
「レインさんも、おいで」
「ふぇ……れおなrどとさあきゃっこdづyぎまふぅぅ……」
そんなレオの姿に当てられたか。レインさんの言語能力が低下してしまった。イセカイゲームの言語翻訳がバグったかと思った。
次々と皆が乗り込んでいき、最後に俺の番となる。
「ようレオ。……ほんとにお前が馬車操縦するのな」
「なんだ、疑ってたのかい?」
「そういうわけじゃないんだけど……実際に目の当たりにしてみれば衝撃っつーか……すげえなって思ったよ」
「あはは、嬉しいこと言ってくれるね。お礼に快適な旅をプレゼントしてあげよう」
「そりゃ、願ってもないことで」
御者席のレオと軽口を交わし、小型のバス程はありそうな客車に乗り込む。
「キョウトー! こっちこっちー!」
レナが自分の隣をぽんぽん、とたたき、着席を促す。
素直に従って腰を下ろし、荷物を置いて一休み。
『パレード』の時に乗った馬車より硬いが、十分リラックスできる席だ。
「それじゃ、港まで出発!」
「「「「おー!」」」」
全員乗ったことを確認したレオの一声により、馬車はゆっくりと進み始めた。
目的地の港町までは途中に野宿を挟んだ1日程でつく。それまではしばし馬車の旅を楽しもう。
「おや、キョウトさん。皆さんとおでかけで?」
「ペストリーゼまで行ってきます!」
「おぉ、そうでしたか。うらやましい限りです」
「お土産買って来るので、待っててくださいね」
「それは楽しみです。では、気を付けて」
「はい! 行ってきます!」
グロスさんと小さなやり取りを交わし、広大な平原を跨ぐ街道へと馬車は進む。
俺が初めて異世界に来た時に通った道をみんなで進む。その何とも言えない嬉しさを噛みしめながら、窓の外をただ眺めていた。
「ね、京斗。さっきの人知り合いなの?」
「あぁ、こっちに来て一番最初に話した人だ。ギルドで働けるようになったのもあの人のおかげだし、グリス先輩のお父さんでもある」
「グリスさんの……なんかあんまり似てないね」
「私も初めて聞いたときびっくりしたなー。どっちかと言えばキョウトがグリス先輩に似てるな~」
「でもレナさん、あっちはさらさらだけどこっちはふわふわですよ?」
「濡れた時のキョウトは瓜二つだよ」
「あー……確かにそうかもです」
「お前ら人のこと髪でしか判別できないんか?」
似てない……とは思うんだけどな。
「でもグリスさんは典型的な魔法師で、キョウトは典型的な魔術師。そこら辺は真逆なんだよね」
「まぁな。あの人が戦うところ見たことないけど、魔術師ってガラではなさそう」
「……魔法師と……魔術師?」
「そっか、マナちゃんはまだ習ってなかったっけ」
言語能力が復活したレインさんが、こほん、と話し始める。
「魔法使いには2種類あって、それが魔法師と魔術師なの。明確な違いとしては、魔法で戦うか、戦いに魔法を絡めるかって感じだね」
「……?」
「あんまりピンときてない様子だね。例を挙げると、ティナちゃんやレナ先輩みたいに魔法を放って相手を攻撃するのが魔法師。レオナルド様や白霧さんみたいに体術に魔法を絡めた戦術を使うのが魔術師だよ。最近のレオナルド様は魔法師寄りになってきてるけど……」
「体術じゃ勝てない強敵が現れたからねぇ。ね、強敵?」
「へへ、照れるぜ」
「つまり……近付かない魔法使いと近付く魔法使いってこと……?」
「んー……まぁ大体そんな感じ!」
生徒(真奈)はふむふむと納得した様子で、レインさんによる授業は幕を閉じた。
もし真奈が魔法使いになったら確実に魔法師なんだろうなーと思いながらその授業を聞いていたが、未だ真奈に魔法の兆しは見えない。
魔力適正すらわからないため、今後の成長に期待したいところだ。
それから馬車の旅は何事もなく続き、川沿いの平原で休憩することとなった。
何事もなくとはいったものの、それなりの数の魔獣に遭遇したのだが、大体はレナとレオが遠距離から撃ち抜いていた。レイドウルフの群れのリーダーを【雷槍】で撃ち抜いた瞬間群れがキャンキャン言いながら散っていく様はなんとも胸が痛かった。
しかしこういった魔獣は後に人間に対して強い復讐心を抱く可能性があるので、しっかり残党も始末しておいた。武器の手入れが面倒くさいから殴り倒したけど。
「つめた……えい」
「なんでノータイムで水飛ばしてくるの!? そっちがその気なら私だってええ!」
「そう言うならエメラルドさんに飛ばしてくださいよぉぉ! きゃあっ!?」
川に入って遊び合う様子を見ていると、あの子たちが全員二つ名持ちだとは思えない。
しかしそんな日常の風景を一つ切り取ってみても実力は見えてくるものだ。ああいう水の掛け合いってかけてかけられてを繰り返す奴だと思ってたんだけど……
「危ないですね、お返しです!」
「あはは! そう来なくっちゃ!」
なんであの子達普通に飛んでくる水避けてるんだろう……いくら浅い川だとは言えおかしくない?
「混ざらないのかい?」
「俺の故郷では古来より女の子達が楽しんでいる空間に男が混ざるのは死罪とされてるんだ。まだ俺は死にたくないね」
「なんとも恐ろしい場所だね……」
馬の世話を終えたレオが隣に座り、二人同じ方を向きながら話す。
「操縦お疲れ様。ゆっくり休んでくれ」
「ふふん、これくらいならバイトで慣れてるから平気だよ。でもありがとう。ゆっくり休ませてもらうよ」
別に強がりではなさそうだが、レオは腕を後ろに組んでぱたりと寝転んだ。
ここら辺の草はふかふかとしていて、さわやかな風とあたたかな陽の光が降り注いでいる。
日本で言えば春と夏の中間くらいの気温だろうか。暑いというよりはあったかいって感じだな。
「それにしても意外だった。レオが運輸のバイトをしてたとは……」
「そんなに意外かい? キョウトの中の僕のイメージが気になるなぁ」
「レストランで笑顔振りまいてそう」
「言い方はともかく、レストランで働いてたことならあるよ。ずいぶん昔のことだけどね」
「マジか、ミラレスのどっか?」
「うん、雲の奏亭ってところで――」
「行きつけの店じゃん!」
あそこかよ! この前真奈と行ったレストランじゃねえか!
……思えば、俺はレオの過去を何一つ知らないような気がする。
いや、あえて知ろうとしなかったのかもしれない。あの身のこなし……あれは単なる鍛錬で身につくものじゃない。
戦闘の中で培った経験と肉体。レオの過去とは……一体?
つかの間の休憩を終え、再び馬車へと戻る俺達。
水遊びで濡れた体は魔法で乾かしたらしいし、これで出発の準備は完了だ。皆さっきの位置へと戻り、俺とレオは御者席へ。
「で、なんでキョウトはここに?」
ずっと女の子達に混ざっていたからなのか、精神的な疲労が結構溜まってしまった。
嫌とかそういうことでは断じてないし、皆と話すのはすっごく楽しいのだが、なんというか……こう……
「落ち着かなかった……」
「あはは、大変だね」
周りは美少女。俺彼女いない歴=年齢マン。一体俺にどうしろと?
「それに、お前とも駄弁りたかったんだよ」
「……あはは」
レオは嬉しそうに、小さく微笑んだ。
友達の車の助手席に座って、駄弁りながらドライブする。
密かに抱いていた俺の小さな夢が、思わぬ形で叶ったような気がした。
× × ×
男は船に乗っていた。
黒髪と褐色の肌を月明かりが照らす中、船首に腰かけて酒の入ったジョッキを傾けるその姿は、やけに様になっている。
「さて……乗組員諸君。そんなに警戒しないでくれたまえ。せっかくの酒がまずくなるじゃないか」
あぁそうだ。俺は……いや、俺たちはその男を睨んでいる。明確な敵意と武器を持って。
「お、お前は何者だ!!」
「うーん……何者……かぁ」
男は立ち上がり、酒を飲み干してジョッキを投げ捨てる。
鍛えられた肉体を持つ長躯の男は俺たちを一瞥し、再び口を開いた。
「この世界の敵……かな」
「この……世界……?」
「悪いが、僕に歯向かうものは殺せという命令だ」
男が天高く指を掲げると、男の背後から巨大な水柱が立ちのぼる。
やがて水柱は巨大な龍の形になり、その口をこちらに向ける。
「さぁ、始めようか! ――『大海賊』!!」
報告。
先日、ペストリーゼ帝国近海の沖で沈没した帆船を発見。辺りには下半身を食いちぎられていたり、関節が逆方向に曲がったりと、損傷の激しい乗組員約数十人の遺体が発見された。
被害の状況から、大型魔獣リヴァイアサンと推定。近海の警戒網を強化せよ。