第12話 ある日の戦い、新たな火種
更新が遅くなってしまって申し訳ありません。
こんな風に遅い筆ではありますが、どうかこれからも読んでくれたら嬉しいデス。
『パレード』から2週間が経過した。もう『パレード』の話をする人はいないに等しく、いつもと変りない日々を送っていた。
学園での生活にもすっかり慣れて来て、楽しいとさえ思うようになった。元の世界の学校生活と比べると当たり前なんだろうけど、それを抜きにしてもここの生活は楽しいものだ。
危うく、俺の使命を忘れそうになるほど。
「【靡け――風乗り】」
「いきなりそれかよ。バフ・メイカー」
「君相手に油断すると思うかい?白霧」
闘技場内のバトルフィールドにいる俺は、もう何度目かわからないレオとの模擬戦の真っ最中だ。
勝率は五分五分で、若干俺の方が勝率は高いが、勝ったり負けたりを繰り返している。この学園内で一人にしか負けたことのない白霧と、その白霧に唯一勝てる人物として、レオと俺の実力は知られている。
「だから、君も本気で来なよ。キョウト」
「っ……わかってて言ってんな……?」
その言葉の意味を考え、自然と拳に力が入る。
『パレード』の一件で、俺の能力のことをレオは知っている。こいつなら信用に値すると思ってレナやグリス先輩と同じようにレオに話したからだ。当然レオは困惑していたが、それと同時に納得もしているように見えた。
だからレオは俺の本当の実力を知っているわけで……能力を使うわけにはいかない模擬戦では手加減されていると感じてしまうらしい。こっちにもこっちの事情があるので我慢してもらうしかない。
「レオナルドせんぱーい!!頑張ってくださーい!!!」
俺の知る限り学園一のバフ・メイカーファンが観客席から声を張り上げる。まだ授業中だというのになぜか闘技場に来てるんですけど。授業ぶっちしちゃったの?どんだけレオのこと好きなんだあの子は……
「京斗ー、がんばってー」
いや真奈も来てるんかい!授業中でしょ!?どんだけ俺のこと好……あぅ……とにかく何でいるんだよアイツら……!!
「よそ見する暇、あるのかな?」
「あ」
完全に意識をあいつらに持っていかれていた。
嫌な予感がしてすぐに飛び退いたが、少しでも回避が遅れていたら今頃俺の意識はレオの握った拳に刈り取られていただろう。
レオの進む方向に向かって流れる暴風を受けながら臨戦態勢を取ろうとするが、レオは既に詠唱を始めていた。
「【縛れ――風十字】」
その透明な十字架を飛ばす魔法は、当たると体がまるで十字架に磔にされている時のような形になって自由に動かせなくなる魔法だが、当たらなければどうと言う事は無い。初見で食らってからというもの、これにだけは警戒しているのだから。
「【導け――結論】!」
【風十字】は着弾式の魔法だ。人に当たっても岩に当たっても効果は発揮されるわけで、ざっくり言うと身代わりに弱い。
今回も身代わりは【結論】だ。あの魔法の対策にはこれが一番手っ取り早い。体制が崩れた今ならいけるだろうと踏んでいたんだろうけど、残念ながら【結論】に関しては俺の練度は相当なものだと思う。
「ちぇ」
「食らったら終わりだからな。またくすぐり地獄は勘弁だ」
「それは残念」
初見の時おもちゃにされまくったからな……もうあんな事は無いようにしたい。
俺はすぐに魔力で身体能力を強化して数m後方へ飛び退く。いくら身代わりが通用すると言っても警戒は必要だ。幸い距離を取っていれば避けることは難しくはない。
「なーんてね。ばーん」
「っ!?」
着地した瞬間、まるで一瞬地面が揺れたかのような感覚に陥る。そして次の瞬間、俺の身体は宙に放り出されていた。
【風地雷】をモロに食らってしまった。どっちが上でどっちが下かがわからなくなるほどの衝撃が俺を襲う。
読まれていた……【風十字】を警戒して距離をとることを……!
「終わりだ。キョウト……【収束しろ――風砲撃】」
レオが右手を突き出しているのをかろうじて視界に捉える。
数秒もせずその手からは大砲のような威力の風が俺に対して発射されるだろう。空中にいる俺がそれを避けるのは無理だ。
俺の中に諦めが垣間見え、受け身の体制をとる。
「――京斗!」
しかし、相棒の声が俺の中に響き渡る。
確かに聞こえたその声が、俺の意識を揺らした。
……そうだ。このままでは負ける。真奈に見せてしまう。俺の敗北を。
なぜかわからないが、それがどうしても嫌だ。
だから、俺は――。
勝った――と思った。
いくらキョウトと言えど、空中でこれを避けることはできないだろうから。
確かに、いつものキョウトならそのまま勝てただろう。少しでも衝撃を殺すために受け身の体制をとって、僕が追撃する前に降参しただろう。
いつものキョウト……だったら。
「【導け――結論】ッ!!――ぐはぁッ!!」
「な――!?」
土壇場でキョウトの使った手段は、彼の代名詞とも言える魔法、【結論】だった。
確かにあの魔法は厄介極まりない。大きな破壊力は無い。しかし、戦闘において強力であることは確かだ。
その応用力は群を抜き、不意打ちや追撃、防御や逃走においても役に立つ。
簡単な話、弱点が無いんだ。完全な対策は不可能。それこそがあの魔法最大の強みだ。
空中に居たキョウトは【結論】を発動し、キョウト自身の身体を蹴り飛ばした。それはもう見事なオーバーヘッドキックで。
人体から到底出てはいけないような音が出たが、蹴り飛ばされたキョウトに【風砲撃】が当たる事は無かった。
結果だけ見れば見事な回避だけど、当の本人はかなりダメージを負っている様子で、立ち上がる様子はふらふらだ。
「まだ終わらないぜ……レオ……残念だったな!」
「君は本当に楽しませてくれるね。キョウト!」
僕はすぐに次の手を考える。
どうしてこんなにもキョウトは抵抗するのか。今のキョウトからは死んでも負けたくないという強い意志を感じる。その意志は勝負の質にさえ作用し、ここから先、僕は一つでも手を間違えれば負ける。そんな気がしてならない。
キョウト本人との距離はかなり離れている。リーチの差では僕が圧倒的に有利だ。とすると一番警戒するべきなのは【結論】だけど、もし透明になったとしても【風乗り】の風で位置は掴める。奇襲をかけられるなんてことは無いと思うけど……
(この盤面をどう返す気だ?キョウト)
「【導け――結論】!」
体制を立て直してそう叫ぶキョウトだけど、【結論】の姿は見えない。恐らく透明な霧にしているんだろうけど、当然僕には効かない。
風の流れを感じ取り、その位置を把握できるからだ。
が、どういうことだろう。
(……いない?)
風の流れはフィールド全域に及んでいるけど、その中のどこにも【結論】は確認できない。
と言うことは、キョウトお得意のブラフかな。でも残念。僕相手に使うにはちょっと大雑把だ。足止めにすらならないよ。
「行くぜレオっ!!」
間髪入れず、キョウトが僕に向かって突っ込んでくる。その速度は【風乗り】でも避けるのが難しく、必然的にその場で迎え撃つことになる。
能力を使ったのかと思ったけど、その時のキョウトはもっと速かった。多分魔力をなりふり構わず身体強化に当てているんだろう。
なら、精密な行動はできないはずだ。ただ一直線、愚策な突進だ。
「【縛れ――風十字】」
「くっ!?」
キョウトに向かって真っすぐ進む透明な十字架は、瞬きをする間もなくキョウトの身体に被弾する。
君のトリッキーな動きを封じるために編み出した魔法だ。君が動くより早く発動できないわけがない。
「京斗……!!」
観客席から、キョウトを心配する声が聞こえてくる。彼女には悪いけど、この勝負は僕の勝ちで終わらせてもらうよ。
「なぁんてな!!」
「!?」
確かに【風十字】はキョウトの身体に被弾した。それなのにどうして動けているんだ!?
「ッ!!」
予想外のことに回避すらできなかった僕は、速度の乗った飛び膝蹴りを腹部に食らってしまう。
「悪いなレオ。どうしても――負けれなくなっちまったんだ」
「な……にを……」
何故僕の魔法は効かなかったのか。という疑問が湧き出てくるけど、負ったダメージが、それを考えさせてはくれなかった。
レオナルド・ジェイル戦闘不能。勝者、俺。
先の模擬戦の結果は俺の逆転勝利で終わった。
思いっきり腹に膝蹴り入れちゃったからなぁ……医務室に運ばれるときにはもうレオの意識は無かった。
命に別状はないだろうけど、しばらくは苦しむことになりそうだ。ごめんな。
しかし手加減などできない、なりふり構ってられない状況だったのもまた事実。とっさに【結論】を使って空中で回避したのは良いけど、その時に蹴り飛ばした腹がじんじんと痛む。
それを抜きにしても、俺は気になることがあった。
医務室に運ばれるレオを見送った後、俺はすぐに闘技場の観客席へと上がる。
「おい、真奈!なんでお前がここに――って、え?」
「「「お疲れさまでした!白霧先輩!!」」」
いつの間にか、観客席には1年生のほとんどがごった返していた。
きらきらと目を輝かせながら俺の元へと集まる1年生たちは、皆俺の勝利を祝福してくれている。
今まで経験したことのない状況に混乱する俺の元に、小さな体をくぐらせながら、人混みの中から真奈が駆け寄って来る。
「おめでとう、京斗。お疲れ様」
「あぁ、どうも。応援ありがとうな」
「うん……」
相変わらず口下手な真奈に、俺は現状の説明を要求する。
「それで?なんで1年生総出で俺たちの模擬戦見学してるんだ?」
「年に何回かこういう授業があるらしいの。上級生のクラスの模擬戦を見学するって言う……」
「へぇ、そうなのか」
「言ってなかったけ?」
「言ってないな」
朝一緒に登校した時にはそんな事一言も言ってなかった。もしかして驚かせようと思ってわざとやってるんじゃ……
「えへへ」
確定だこれ。
気付けば、さっきまで俺の周りにいた1年生たちは一斉にその場を離れて各自座っていた席に座り、その周辺は俺と真奈の二人きりになっている。
1年生たちは眺めるというよりは見守る、と言ったような視線で、俺たちを見ている。何だこの状況は。なんだかむず痒いような……
「とにかく……お疲れ様。キョウト、強かった」
「はは、ありがと。お前もがんばるんだぞ」
「……うん」
真奈の頷きは重く、目線は伏せていた。
いざと言う時に自分の身は自分で守りたいと思っていると真奈は言っていた。自分の命だけじゃない、俺とつながっている命なのだからと。
無論俺は真奈を死なせるつもりはないし、俺が死ぬつもりもない。本質的には同じなのだが、気の持ちようの違いだ。たとえ命が繋がっていなくとも、俺は真奈を死なせはしない。
どんなことをしても、俺は真奈を守る。
だから信じていてほしかったんだろう。だからさっきはどうしても負けたくなかったんだろう。
真奈の前では、最強でありたかったから。
俺は顔を伏せたままの真奈の頭を、少しだけ雑に撫でた。
「何するの……」
マナは驚いたような、怒ったような顔をして、俺の目をまっすぐにらんだ。
「いや、何でも~?」
「もう……ばか」
真奈は再び顔を伏せるが、その口元は少しだけ緩んでいた。
そうだ。そっちの顔の真奈の方が、俺は――
「二人だけの空間作っちゃって」
「うぇっ!」
そんな冷たい声が俺の耳に届くと同時に、背中をこつん、と小突かれる。
「レナ……なんだよびっくりさせんなよ。えっと、なんか怒ってらっしゃる?」
「別にー?【痺れろ――麻痺弾】」
「ちょッ!?ぎゃあああああ!!!」
「え……えぇ……?」
【麻痺弾】を胸に食らった俺は、その場にばったりと倒れ込んでしまう。
レナを除いたこの場の全員がその状況を呑み込めないでいた。
(めちゃくちゃ……怒ってますやん……)
体が動かない。かろうじて口は動かせるが、そんなことを言おうものならレオと同じ場所に行かされそうになる予感がした。
「あ、キョウトに聞こうと思ってたことがあるの」
「な……なんっすかレナさん……あ、ありがとね……」
流石におかしいと思ったのか、何人かの1年生が俺を観客席に座らせてくれる。
いい後輩を持ったものだよ。俺は。
「さっきの模擬戦の最後、キョウトはレオナルド君の【風十字】を確かに食らったよね?でも何で魔法の効果は発動されなかったの?」
あぁ、そのことか。
「私も聞かせてください!レオナルド様の魔法がどうして効かなかったのか!是非!是非!!」
「レインちゃん……落ち着いて……」
バフ・メイカーファンに続いて、他の1年生も俺の言葉の続きを待つ。
「【風十字】は着弾式の魔法だ。だから、【結論】を身代わりにした」
「……それはおかしくない?だってキョウトはあの時魔法の詠唱なんかしてなかったじゃん。その前に【導け――結論】って言ってたけど、あれはブラフでしょ?どこにも魔力の流れは無かった」
レナは魔力の流れを感じる力が人一倍優れている。透明になった【結論】の位置をピンポイントで知ることができるほどに。
だから気付いて、気付かなかったのだろう。
「いや、あの時俺は確かに魔法を発動してた」
「ならレオナルド君は気づくんじゃない?もし私がわからなくてもレオナルド君までわからないなんてことあるのかな?」
「確かにアイツは風の流れで【結論】の居場所を感じ取ることができる。でももし俺と【結論】の位置が重なっていたとすればどうだ?」
「――っ!?そういうこと……!?」
そう、俺はあの時、【結論】を俺の身体に重ねて出現させた。俺と重なっているから風の流れで位置は把握できないし、魔力の流れでも場所がわからない。
そして【風十字】を食らう直前、重なっていた【結論】を少し前に出すことで身代わりにしたのだ。
「発想の勝利ってわけだね……キョウト」
「レオ……もう大丈夫なのか?」
「なんとか――いや、あぁ~いたいなぁ~」
「よし大丈夫そうだな」
わざとらしく腹を抑えながらふらふらと歩くレオが俺の隣に座る。
ここまで二人ともダメージを負っていると、初めての模擬戦を思い出す。まぁ俺のダメージはほぼレナによるものなんだけどね。
「レオナルド様!お疲れさまでした!!本当にすごく強かったです!!」
「ありがとう。レインさん」
「ぉぶっ……」
「わああ!レインさん倒れた!!皆手伝ってー!」
「おっけー!はい担架。せーので持ち上げるよ!」
「「「せーの!」」」
「手際いいな……」
レオに名前を呼ばれた瞬間、レインさんは白目をむいて倒れてしまった。どんだけレオのこと……
「キョウト先輩!」
レインさんを医務室に連れていく1年生たちを見ていると、少し離れた客席に見覚えのある黒髪ポニーテールの小柄な女の子が手を振っているのを見つける。
麻痺が取れて来た体でそこへ向かうと、その女の子、キリエちゃんがわくわくした様子で話しかけてくる。
「お疲れさまでした!霧魔法をあんなに上手く使いこなすなんて……あ、これ飲み物です!良かったらどうぞ!」
「ありがとう。キリエちゃん。じゃあお言葉に甘えて……」
若干乾いていた喉に潤いが戻り、なんとも言えない幸福感に包まれる。
「ぷは……結構ギリギリだったけどね」
「それでも、キョウト先輩はすっごくかっこよか――」
キリエちゃんのその声は俺に届くことなく、ぱんぱん、と手を打った教師の言葉にかき消された。
「はーいそれじゃ、誰か先輩と模擬戦してみたいって人いるー?もうこんな機会無いかもよー」
1年生の前に出てそう言いながら手を上げる先生。
キリエちゃんから聞いた話では、1年生の何人かが上級生の模擬戦に混ぜてもらえるという制度があるらしく、優秀な1年生諸君はその機会を待ちわびていたらしい。
「はい!!はい!!!」
「お、俺だって二つ名持ちになりたいです!」
「私だって負けません!!」
自分の実力が認められた証として、二つ名と言うのはなかなか人気らしい。成り行きで貰った二つ名だけど今では尊敬の意を込めて呼ばれているのでそれなりに気に入っているのも確か。
なんだかんだ言って良い制度だ。欲しがる生徒も多いだろう。
「今回模擬戦に参加できる人は二人までですから、狭い門になってしまいました……」
「そうなんだ……って、キリエちゃんも参加したいの?」
「それはもちろん!強い人との模擬戦はすごくためになりますから!」
真面目でええ子やなぁ……ちらっ。
「ん?やらないけど?」
「まぁそうだよなぁ……」
いつの間にか隣に並んでいた真奈はさも当然と言ったように参加しないつもりだ。未だに魔法が使えなくて困っているらしいし、正面切って戦うようなことはしないだろう。
例えそれがイセカイゲームの話でも、戦うのは俺だけで十分だ。
「はいはいちゅうもーく。こうなるだろうと思って先生くじ用意してきたから、順番に引いてねー」
話し合ってもらちが明かないと判断したのだろう。先生が取り出したのは、いくつかの棒が筒に入っている簡易的なくじだった。
その棒の先端が赤くなっているものが二本だけあるので、それを引いた人が模擬戦に参加できるようだ。王様ゲームみたいなくじだ。この世界にもあるのかな。
「「「「模擬戦だーれだ!」」」」
うーん、これありそうだな。
元の世界との共通点が意外と多いこの世界のことを考えているうちに、模擬戦に参加する二人が決定した。
「というわけで、模擬戦に参加する二人は『キリエ・ミカヅキ』さんと『ティナ・エメラルド』さんに決定しましたー!」
狭き門を突破できたようで嬉しそうなキリエちゃん。良かったね。
そしてもう一人は……聞いたことが無いような、あるような……
「よ、よろしくお願いします!先輩方!」
「よろしくお願いします……先輩」
やや緊張しているものの、元気に挨拶するキリエちゃんと、そんなキリエちゃんとは対照的に落ち着いた口調で頭を下げるエメラルドさん。
やっぱりこの子どこかで見たことあるような……
「へぇ……こんなこともあるんだね……」
「どういうことだよレオ?」
「だって、二人とも二つ名持ちじゃん。これは生半可な相手じゃ太刀打ちできそうにはないねと思って」
二人とも二つ名持ち……?ということはあのエメラルドさんも『パレード』に参加してたってことか?それっぽい子はいなかったような……一応始まる前に参加者リストは見たんだけどな……
「ピンと来てないようだけど、君も『パレード』で戦ったはずだよ。エメラルドさんと」
「え!?いつ!?」
全く身に覚えがない。俺が戦ったのはガルーダ君とレオと永久だけなはずだ。
「ほら、僕たちが戦ってるときだよ。あの河原で」
「……あ!スナイパーか!!」
『パレード』の時は仮面を被っていて顔は見えなかったけど、確かに髪の色や背丈が同じだ。
その名前の通り、緑色の艶やかな短髪を揺らしているその子の顔は端麗で、きゅっと結んだ口や、落ち着いたエメラルドのような美しい翠色の瞳からは、寡黙なエルフのような印象を受ける。
この子がスナイパー……あの時俺を狙撃してきた二つ名持ちか……
「?あの、どうかしましたか?」
「え?あぁいや、何でもないよ」
ちょっと見すぎてしまったか。首をこてんと傾けて聞いてくるエメラルドさん。
なんであの時俺だけを狙撃してきたのだろうということを聞こうと思ったが、今はそれどころではなさそうだ。
「変態」
「ばか京斗」
なぜか両サイドからの圧がすごい。俺が何をしたというんだ。
ひと悶着あったが、教官と1年生の教師が話し合った後、俺たち2年生に続き、キリエちゃんとエメラルドさんは闘技場に降りて来ていた。丁度2年生たちも休憩を済ませ、そろそろ模擬戦が始まろうかというタイミングだ。
「さて、それじゃあ早速模擬戦を始めたいんだけど、まずは誰とやろうか」
さすがは生徒会長。レナが全員を招集し、対戦のカードを組み始めた。
先ほど模擬戦を終えた俺やレオなんかを除き、立候補式に対戦相手が決まっていった。
キリエちゃんの対戦は見て見たいし、エメラルドさんの戦い方も知りたい。そう思い、俺は観客席まで上がっていった。
「あ、京斗はやんないんだ。はいここ座って」
「ありがと。まぁさっきやったばっかりだからな。魔力もあんまないし」
観客席に上がると、一早く真奈が俺に気付いて隣の席を譲ってくれる。
「そういえば、真奈は模擬戦ってどうしてるんだ?」
「どうしてるとは?」
「いや、ちゃんと戦えてるのかなって……」
「全然ダメだよ……もうほんとやばい……」
「そうか……」
何気なく聞いてみたつもりだったが、かなりヤバい状況の様だ。何やら黒いオーラが見える。
「一回本気で魔法の習得頑張ってみような」
「……うん」
力なく頷く真奈。今度クルルに相談しよう。
「どんな戦いになるんだろうな……!?」
「楽しみー!」
「やっぱ同学年だから頑張ってほしいよなぁ」
客席はざわざわと盛り上がっている。この学園の模擬戦は一種の娯楽のようなものだ。戦闘と言う行為が身近にあるからこその娯楽だと言えるだろう。
「で、どうなの?あの先輩たち。強い?」
「結構強いぞ。まず、キリエちゃんの相手はクラスメイトの中でもトップクラスの魔力量で、魔法の扱いも上手い。魔法適正は炎だけど、水属性の魔法とか風属性の魔法とかいろいろ使ってくるから厄介な奴だ」
「へぇ……それじゃ、スナイパーさんと戦う人は?」
「肉弾戦では結構強い。魔法はあんまり上手じゃないらしいから、身体能力強化に魔力を使って戦うタイプだ。魔力量も結構あるから、持久戦になったり接近されでもしたらエメラルドさんは危ないかもしれないな」
「ふーん……強そうな人多いね、京斗のクラス」
「へへん。どや」
「なんで京斗がドヤるの……」
「まぁそんな感じだ。そろそろ始まるっぽいぞ」
既に二人ともバトルフィールドの中に入っており、キリエちゃんは木製の小太刀を。エメラルドさんは弓と矢……ではなく、弓だけを装備している。
あとは模擬戦開始の合図を待つだけなのだが、真奈が再び俺の方を向き直る。
「それじゃあさ、そのクラスメイト二人と同時に戦ったら、京斗は勝てるの?」
笑みを含んだ真奈の問いに、俺が返す言葉は決まっている。
「当たり前だ。俺は最強だからな」
「へへん、そうだろうね……!」
「なぜ真奈がドヤる……」
そうこうしていると、二つの戦いは同時に幕を開けた。
「さぁどうなるんだ?」
呑気に観戦しようと思っていた俺だったが、数秒も経たないうちに、その考えは崩れ去って行った。
その刹那で理解したのだ。どっちが勝つのかを。
「っ!?どこ行ったんだ!?」
キリエちゃんは勝負開始後すぐに【影泳】を使用し、影に潜んで姿を消した。
相手もその魔法のことは知っていたのだろう。すぐに辺りを警戒し、キリエちゃんが出てくるのを見逃すまいとしていた。しかし、その時にはもう遅かったのだ。
「ッ!?上!?」
「今更気づいてももう遅いな。最初に油断しすぎだ」
キリエちゃんが影に潜み、相手が辺りを警戒するまでのそのわずかな時間に、キリエちゃんは相手の背後から姿を現し、上空へと飛んだ。相手が気づいたときには既に、キリエちゃんの一手は終わっていたのだ。
接近された魔法使いはなすすべなく組み伏せられ、その口から降参を吐き出した。
これにてキリエちゃんの模擬戦は終了。あまりに早い瞬殺、これが二つ名持ちの実力か。
そして一方のエメラルドさんのバトルフィールドは、少々残酷なものとなっていた。
「あっちも終わりだね」
「最初の一撃で勝負ありだったな」
エメラルドさんの武器は弓。ならば当然相手は接近しようと考えるだろう。しかしそもそもの問題。考えたところでどうにもならなかったのだ。
弓を射る速度と走る速度。どっちが早いと思う?
「敗因は一つだな。相性が悪すぎた」
開始直後、エメラルドさんが放った電気でできた矢は見事相手の身体に直撃し、感電した身体の自由を奪ってしまった。その速度、精度共にもはや必中の域で、目で追うのがやっとだ。そんなもの避けられるはずがない。
そうして生まれた時間に、エメラルドさんはさらに電気の矢を放った。
その数は4本ほどで、既に相手の身体は動かなかった。
「勝者、キリエ・ミカヅキ!!」
「勝者、ティナ・エメラルド!!」
「「「おおおおおお!!」」」
まさに瞬殺。その一瞬に詰められた戦いの記憶に、誰もが興奮を隠せない。
「お前どっち見てた?俺どっちも見えなかった!!」
「俺も!すごすぎだろ二人とも!!」
「これが二つ名持ちかぁ……かっこいいなぁ……!」
観客席では、皆それぞれ感想を語り合っている。上級生を圧倒する同年代という存在に、隠せない憧れがあるのだろう。
「二人とも強すぎじゃない……?」
思わずそんな声が漏れてしまう。だってそうじゃん、あんなに強いとは思ってなかったんだもん。
「よくあの矢避けられたな俺……」
「ほんとね、いっぱい避けてたよね」
そんな二人に戦慄していると、キリエちゃんが無邪気な笑顔で手を振って来る。
さっきとは纏っている雰囲気がまるで別人なキリエちゃんに手を振り返して、俺は席を立つ。
「どこ行くの?京斗?」
「なぁ、真奈。ちょっと本気出してきていいか?」
「え……もしかして……使うつもりなの?」
真奈は目を見開いて俺を見る。それもそうだ。学園では極力使わないと言ったのは俺だ。
「ちょっと試してみたくなったんだよ。本気の俺はあの子達に勝てるのかなって」
その思考を後押しするかのように、さっきから身体がうずく。レオと初めてやり合った時のように、俺の中で反響する。
管理者……お前のせいで、闘争本能が唸り声をあげている。
「行ってくる」
「……頑張ってね。相棒」
真奈の言葉を背に受けて、俺は観客席から飛び降りた。
闘技場へと向かう京斗の横顔はちらっとしか見えなかったけど、笑っているのは見えた。これから起こることが楽しみで仕方がない。そんな笑顔だった。
「ね……ねぇ、エンドノーツさん。白霧先輩いきなり飛び降りたけど、どうしちゃったの?」
そんな京斗を見て、クラスの人達が私に聞いてくる。
まだ人と話すのが苦手な私だけど、京斗のことならすんなり答えられた。
「戦いたくなっちゃったんだって。本気で」
「本気で……って、あの『パレード』の時みたいなめちゃくちゃな魔法を使うの!?」
京斗が『パレード』の時に使った能力は、全部魔法ということになっている。大体は素直に信じてくれたんだけど、やっぱりそれでも何か別のものなんじゃないかって思う人もいた。その時は私の能力で強制的に信じさせたから安心できる。
それでも影響は大きく、レナさんに聞いた話では、見たことも聞いたこともない魔法を連発する京斗の魔法適正を考察する人が後を絶たなかったらしい。
それが再びみられるかもしれないという期待が、じわじわとみんなの中で広がっていった。
そして先生が告げた言葉によって、さらにその波紋は広がった。
「えーと、これからミカヅキさんとエメラルドさん対キョウト・ホワイト先輩の模擬戦が始まるから、見逃さないようにね~」
もしやとは思ってたけど、予想通りになっちゃった。
「二対一……」
これで確定した。京斗は能力を使うつもりだ。あの二人に本気を出すつもりなんだ。
「いやいや……二対一って、流石に無理だろ……」
「さっきの見たら、いくら『パレード』優勝者でも勝てなさそうじゃないか?」
「白霧様……負けないでください!」
「頑張ってくださーい!キョウト様ー!!」
京斗の勝利を信じている人は半数にも満たないようで、どうなるのかという期待だけが残る。
あと京斗意外とファンついてたんだね。知らなかった。……別に気にしてないけど。別に。ただ私の方がずっと前から京斗と一緒に居たってだけ――って、今はそんな事どうでもいいや。
今はただ、京斗を応援するだけだ。
今この場で京斗の勝利を確信している人は、私以外に誰かいるのかな。
「がんばれー!京斗ー!」
私の精一杯の応援に京斗はこっちを見て、笑顔で小さく手を振る。
「「「キャーー--!!!」」」
(私に向けた笑顔だーっ!)
京斗……ファン多いんだ。ふーん。
「それじゃあ行こうか。二人とも」
「あの……本当に良かったんですか?」
「何が?」
「まだ魔力も完全に回復していないのに、その、二対一だなんて……」
バトルフィールドに向かおうとする俺達だったが、キリエちゃんから質問が飛ぶ。
エメラルドさんもうんうんと頷いていて、俺の返事を待っている。
「俺の本気がどこまでやれるか試してみたくなっただけさ。君たちを侮っているわけじゃないけど、負けるつもりはないよ」
二人は俺が勝つ気でいることを察したようで、後ろを歩く二人からはとてつもないプレッシャーを感じる。
そしてバトルフィールドに入り、二対一の構図となる。
「こうやって対面すると緊張する?」
「適度な緊張を持つこと、だったよな?師匠?」
「うん、忘れてないようで良かったよ。我が弟子!」
審判のレナが俺に問いかける。いつの間にか俺は能力無しでもレナに勝てるようになった。レナはそれが嬉しいと言っていたが、レナの言葉には確かに悔しさがこもっていた。
それでも俺の師匠はレナだ。これまでも、これからも。
レナの教えてくれたことは何一つ忘れちゃいない。体に染みついて、この世界で良きる術となっている。
「両者、準備はいい!?」
エメラルドさんはぎゅっと弓を握り、キリエちゃんは小太刀をしまって手を空ける。
対する俺は、素手で構える。
「それでは――始め!!!」
レナが高く上げた手を勢いよく振り降ろすと、割れんばかりの歓声と共に勝負の緊張感が押し寄せる。
それと同時に、俺の視界は紫電の閃光に染まった。
【魔法の矢との距離3m→9m】
「早速狙ってきたな。スナイパー」
「っ……瞬間移動……?」
彼女が速攻で仕掛けてくることは読めていた。さっきの模擬戦を見れば誰でも予想できることだが、その対処ができるかどうかは別の話だ。
俺が詠唱をしていないことをこの場にいる何人かは気づいているだろう。後で真奈の能力で洗の……じゃない。魔法だと誤魔化そう。
「……何なの……その瞬間移動は……?何回狙っても当たらない……」
エメラルドさんは遠目でもわかるほどに顔をしかめ、何度も俺に向かって弓を引く。その度に能力を使って避けているのだが、そろそろこちらから攻めようか。
なんて、そんな甘くないよな。
「【影手裏剣・明】!!」
背後から出現したキリエちゃんが高速で手を組み替えて魔法を発動する。
電気の矢を避けた瞬間に仕掛けてくるその抜け目の無さ……やはり侮れない。
本来なら影しか見ることのできない【影手裏剣】だが、今はその本体がはっきり見える。キリエちゃんとの訓練をしたときに一度だけ使う所を見たのだが、こうやって実体が見えるようにすると、威力が跳ね上がるそうだ。
今みたいに背後から放つ場合、威力の高いこちらの方が実用的だろう。
【100m→999m】
その数字を9にすることで、俺は約1kmを14秒で走り抜けることのできる脚力の持ち主になる。やはりこの数字は使いやすい。
「速い……!どこに……!?」
「キリエ、うしろっ……!」
キリエちゃんの身体は一瞬硬直したが、そしてすぐにその場に伏せる。脳が処理するよりも早く身体が動いているかのような反応速度のおかげで、キリエちゃんの首を狙った俺の手刀は空を切る。
「ばれっちゃったかぁ」
次に繰り出した手刀が彼女に届く前に、キリエちゃんの身体が影に沈む。
この短時間で印を結ぶ技術に感服しながら、最初の位置に戻った二人と対面する。
「遠くからの攻撃は当たらないし……近くに行ってもカウンター……これどうするの」
「こうなったら出し惜しみは無しです。同時に仕掛けます!」
2人の話し合いの最後は確かにそう聞こえた。ここからが本番ということか。
エメラルドさんは依然として弓を構え、キリエちゃんはエメラルドさんの隣で印を結ぶ。
「【虚よ芽吹け――大樹庭園】
(っ!?なんだそれ!?)
エメラルドさんの魔法により、バトルフィールドの半分がいくつもの見上げるほど大きな木が生えた森林と化した。更に、木と木の間の風景がよく見えないほど深い霧がその森林を覆っている。エメラルドさんとキリエちゃんの姿はその霧によって見えなくなってしまった。
突如として目の前に現れた森林。どんな影響があるかわからない以上、迂闊に飛び込むようなことは避けたい。
「【紫電よ撃ち抜け――雷纏矢】……!」
そしてさっきと同じように放たれる電気の矢……だと思っていたが、その速度、威力ともに別物だ。
あの森林が影響しているのかは知らないが、これでは俺が能力を発動するより先に撃ち抜かれてしまう。瞬間移動は使えないか。
幸い強化した脚力であれば避けられる。このまま相手の動向を探りたかったが、キリエちゃんの魔法もそろそろ飛んできそうだ。
あの子も森の中にいるため今何をしているかはわからない。もしかしたら既に俺の影の中に潜んでいるかもしれない。
警戒を怠ることなく矢を避けていると、雨雲でも出て来たかのように空が暗くなり始める。
「おい……!なんだよあれ!!」
「これが二つ名持ち……!?次元が違いすぎる!」
さっきまでは青空だったはずだ。そんな違和感を抱いた瞬間に、その光景が俺の目に飛び込んできた。
「ははっ……もうなんでもありかよ……」
「行きなさい……!【影鯨】!!」
雨雲のように空を覆っていたそれは、宙を泳ぐ巨大な鯨の影だった。いや、影の鯨と言うべきだろうか。薄く靄のかかったその身体は、光を取り込んでいくかのように黒い。
このまま降ってきたらバトルフィールドどころか闘技場ごと押し潰されそうなほど巨大なその鯨は、優雅に泳ぎながらゆっくりと高度を下げ始めた。その鯨はだんだんと加速していき、真っすぐに俺を捉えている。
「ふんっ!」
俺は腕力を引き上げ、タイル式の床板を一枚引きはがす。
1辺が1mほどの床板はかなり分厚く、そして重い。
「よいしょっと!!」
俺はそれを思いっきり【影鯨】に向かってぶん投げる。
フリスビーのように回転しながら一直線に飛んでいく床板は、ついに鯨へと直撃する。が、
「全然効いてねぇな……って、この矢もいい加減どうにかしないとな」
鯨と俺との距離はもう少し。既に巨大な口が上空から俺に襲い掛かって来ている。
電気の矢を避け続けながらの対処はさすがに厳しそうだ。
「あの森攻略しに行くしかないか」
鯨がすぐ真上まで迫る。眼前には眩い稲光の矢。
そのどれもを回避するには、もはやあの森に突入する他ない。
俺はより一層警戒を強めながら、数m先の地面が見えない程濃い霧の中へと入って行った。
「入って来たね……先輩」
「はい。まだここはバレていないようですけど、すぐに来ると思います」
【影鯨】はキョウト先輩に命中する事は無く、そのまま地面へと姿を消した。
スナイパーさんの作り出した森の霧によって、私達の身体はキョウト先輩には見えていない。
この魔法……【大樹庭園】は、簡単に言えば森を作り出すことのできる魔法で、その森の環境は使用者にとって有利な環境にする事ができる。例えばこの霧だってキョウト先輩にだけ濃く見えているので、私達からはキョウト先輩の姿は丸見えだ。それだけではなく、使用者がこの森の中で魔法を使うと、その効果が増強されるというおまけ付きだ。流石にバフ・メイカーさんほどの強化にはならないけど、それでも十分すぎる効果だ。
さすがのキョウト先輩でも濃い霧の中でスナイパーさんの矢を躱すことはできないと思っていた。なのに……
「くっ……どういうことなの……?」
冷静に弓を引いていたスナイパーさんが焦っているような声色になる。
「どうしたんですか?」
「矢の速度が遅くなってる……さっきから本気で放ってるのに……」
見ると、確かにぎりぎり目で追える程度の速度になっている。これなら私でも避けることができそうだ。
キョウト先輩はさっきの瞬間移動を使い、その矢を見ることもなく避け続けている。
このままではスナイパーさんの魔力を無駄使いしてしまう。そう思い、私は体に魔力を巡らせて手を組む。
「【影鯨】!」
印を再び結び直すと、丁度キョウト先輩が立っている真下に黒い渦のような影ができる。
「っ!?」
回避行動に入ろうとするキョウト先輩だけど、この深い霧の中だ。射程範囲の中から逃れることはできない。
「喰らえ!【影鯨】!」
「ちょっ!?わぁああああ!!」
キョウト先輩はその体制のまま巨大な鯨に飲み込まれてしまった。
これが私の奥の手――【影鯨】。
その名の通り、影のような実体を持たない鯨を召喚して操る魔法で、どんな物質もすり抜けることができる。そして実体を持たないので相手からの攻撃は通らないけど、鯨からの攻撃は相手に通るという効果を持っている。
高速で宙を泳ぐ巨大な鯨がどんな壁をもすり抜けて襲って来る。そんな魔法だ。
「や……やりました……」
「ないす、キリエ」
見たところ、キョウト先輩が瞬間移動できる範囲は10m程度。それでは【影鯨】の中からは逃れられない。
「すごいね、あの魔法……」
森の中に佇む鯨という異様な光景を眺めながら、スナイパーさんが感嘆の息を漏らす。
「抜け出す方法はテレポート以外ありません。一度口の中に入れてしまえば、中からの攻撃はすり抜けて相手を圧倒的質量で押しつぶす。私の切り札です」
今は模擬戦なので流石にそんなことはしない。けど、少しだけ痛い目に遭ってもらいます。
キョウト先輩が【影鯨】に飲み込まれてしばらく経ったけど、未だ出てくる気配はない。流石のキョウト先輩でもそこからは抜け出せなかったようだ。
「この魔法さ、何で『パレード』の時は使わなかったの?」
不思議そうに聞いてくるスナイパーさん。どうせ聞かれるだろうと思っていたことなので、簡潔に返す。
「この魔法は魔力消費量が大きすぎて……魔力が半分くらい持っていかれるんです」
「なるほど……だからあの時使わなかったんだ」
この魔法を使っておけば、永久に殺されそうになる事は無かったのだろうか。
そんなことを考えても仕方ない。そろそろ作戦の仕上げに移ろう。
「それでは手筈通りにお願いします」
「うん、わかった」
さっき森の中で打ち合わせた通りに、スナイパーさんが【影鯨】の中心に向かって弓を構える。
あとは【影鯨】ごとキョウト先輩を矢で攻撃して勝ち。もう詰みの段階だ。
これで、私達の勝――
「――やっぱり、魔力消費量多いんだ」
「「!?」」
鯨の中に閉じ込めたはずの敵は、いつの間にか背後にいた。
二人の会話を鯨の中から聞いていた。
これがキリエちゃんの切り札なのか。それに魔力消費量も多いときた。
となると俺も使おうか。切り札を。
「【導き出せ――終着点】」
そうして俺は、二人の背後に転移した。
「いつの間に背後に……!?」
「瞬間移動の射程を見誤ったようだな二人とも!」
「くっ……!」
いきなり俺が背後に現れたというのに迷わず距離をとろうとする二人。流石の反応速度だが、やっと近づけたんだ。逃がすものか。
【声が届く距離100m→999m】
能力を使い、俺は思いっきり吸い込んだ空気を音に変えた。
フィールド全体に響く、爆音に。
「――っ!?」
「ぁぁ……なに……が……?」
テレポートしてから一瞬の出来事だ。まださほど距離の離れていない彼女らはその爆音をまともに防ぐことさえできずに食らった。
それでも二人は意識を保っていて、俺から距離をとって体制を立て直す。流石に耳は聞こえていないだろうが、まだ戦えそうだ。しかし少なくともエメラルドさんのダメージは大きいようで、さっきまで濃かった霧がきれいさっぱりなくなっている。
「はぁ……はぁ、【影泳】……!」
キリエちゃんは影に潜り、エメラルドさんは弓を構える。
エメラルドさんの矢が俺に到達する速度を約0.1秒から0,9秒に変えているので、避けることは簡単だ。彼女もそれに気づいているのか、何本か同時に矢を放ってくるようになった。
いい加減この状況も終わらせよう。
俺は矢を避けると同時にエメラルドさんに向かって走り、能力を使用する。
【俺の両腕を合わせた長さ1m47cm→9m99cm】
「腕が伸びた……!?」
「捕まえたよ――スナイパー」
右腕を約8m程伸ばし、逃げようとするエメラルドさんの腕を掴む。
そのまま能力を解除して腕を元の長さに戻すことで、強制的にこちらへ引き寄せる。
「っ……離して……!」
「いいよ」
「え?」
彼女の要望通り、エメラルドさんを上空に放り投げる。
「えええええ!?」
叫び声を上げながら青空に消えていくエメラルドさん。予想外の出来事に持っていた弓を手放してしまい、もう抵抗手段が無くなってしまう。
能力で飛距離をいじったから、エメラルドさんの身体は99mの高さまで飛ぶことになる。ゆっくり空の旅を楽しんでね。
そしてその間に、この子を倒してしまおう。
「そんな遅い攻撃は通用しないよ?」
「くっ……!」
俺の背後……正しくは俺の影から出てきたキリエちゃんが小太刀を振るが、俺はそれを軽々受け止める。矢の時と同じように能力を使って、キリエちゃんの攻撃速度は誰でも見切れるほどに鈍くなっているのだ。
そんなキリエちゃんには、俺と同じ目に遭ってもらおう。
「お休み、キリエちゃん」
【キリエちゃんが影鯨を使った回数1回→9回】
「っ!?なにをしたん……で……す…………」
さっき会話を聞いていて閃いた。
これでキリエちゃんは【影鯨】9回分の魔力を身体から失うことになった。この子も俺と同じようにしばらく魔力0生活が続くことだろう。いやぁ可哀そうに。
「さて」
「わわっ……!」
降って来るエメラルドさんの速度を落とし、優しく受け止める。
親方、空から女の子が!みたいな構図になったが、とにかくこれで決着だ。
「まだ続けるかい?エメラルドさん?」
「ぁ……いえ……ま、負けました……」
「だってさ、審判」
「うん!キリエ・ミカヅキ戦闘不能!ティナ・エメラルド降参!よって勝者、キョウト・ホワイト!!」
「「「「おおおおおおおお!!!!!!」」」」
「熱いバトルだったよー!キョウトー!」
「おめでとうございますキョウトさん!これは今日の食堂も大盛り上がり間違いなしです!3カメまで用意していた甲斐がありましたよ!」
「こんなに強くなってうれしいよ。今なら冒険者狩りが何人襲いかかってきても負けないね!」
勝者への祝福は盛大な拍手だった。師匠も嬉しそうにぱちぱちと手を叩いている。へへん。
俺は観客席へと飛び乗り、もう一人勝利の喜びを分かち合いたい人物の元へと向かう。
「見ててくれたか?真奈?」
「うん!見てた……!」
「最強だったろ?」
「最強だった……!」
俺は『喰雲』だ。そしてこの子の『契約者』だ。契約で繋がっている命を俺は守らなければならない。なら、ここで負けてたんじゃ話にならない。
俺は真奈にとって、そしてこの世界にとっての最強でなければならないのだ。
「それでさ、京斗……」
「どした?もっと褒めてくれるのk……」
「いつまでそうしてるつもり?」
「ん?」
いつまでって何のことだろうと思っていたが、今俺の手が何故塞がっているのかを思い出した。
「そろそろ……その人降ろしてもいいんじゃない?」
「わああ!ごめんエメラルドさん!」
エメラルドさんをずっと抱えていたままだった。あまりにも静かだからすっかり忘れていた。
しかし改めて考えると、これはお姫様抱っこという奴なのでは?
「お姫様抱っこ……どきどきする……」
あ、改めて言われてしまった。
「ごめん!すぐ降ろすから!」
ゆっくりエメラルドさんを立たせ、改めて仕切り直す。
「負けちゃった……先輩強すぎ」
「俺も危なかったよ。こんなに全力で戦ったのは久しぶりだ」
能力、魔法、その全てを使ったんだ。キリエちゃんにエメラルドさん、この二人が強敵じゃないわけがない。一瞬の油断も許されない戦いだった。
「先輩のやってること、何が何だかわからなかったから……またお話、聞かせて?」
「うん、いいよ。またお話しような」
「やった……」
無邪気な子供のように、その整った顔をほころばせるエメラルドさん。
俺の中にあるお兄ちゃんとしての本能がうずいてしまいそうだ。
「ってか、エメラルドさん敬語使ってなかったっけ?」
「ん……そういえば、忘れちゃってた……」
やはりこの子は何処か天然な部分があるのかもしれない。クールな印象も相まって、少しだけ不思議な子だ。
「先輩と話してると……敬語忘れちゃう……あ、です」
「俺は別にいいけど、他の人にはちゃんと敬語使おうな?」
「いいの?」
「いいよ。もっと仲良くなりたいし」
「あ……ありがと、先輩……えへ……」
嬉しそうに俺を見上げるエメラルドさん。宝石のような翠の瞳と目が合い、なんだかドキッとしてしまう。クールで天然な女の子はこんなにも魅力的なのか。
「京斗?」
「ひえっ……!?」
感じたことのないオーラに背筋が硬直する。その方向を見ると、凍り付いたように無表情な真奈が立っていた。不機嫌そうに腕を組んで舌打ちさえ聞こえて来た。
「……なんでしょう……真奈さん」
「こっちに来い」
「あの……口調……」
「あ”……?」
「ひぃ……っ!すいません……」
怖すぎる。俺は腰が抜けそうだし、エメラルドさんの足も震えている。
「ここに寝て」
「真奈……?これって……」
真奈がぽんぽんと手を置くのは、座っている真奈の太もも。
「膝枕ってやつ?」
「そ……そうだから……早くここに寝て」
「えっと……それじゃ、失礼します……」
1年生皆こっち見てるし、クラスメイト達もみんな見てる。
顔から火が出るくらい恥ずかしいけど、真奈は一体どういうつもりでこんなことをしたのだろう。
「……お疲れ様。京斗」
「真奈?」
困惑している俺の頭上から、そんな優しい声がかけられる。
「私の『契約者』になってくれて、一緒に生きてくれるって言ってくれて、ありがとう」
「……」
その言葉はすっと俺の中に入ってきて、温かかった。
「俺の方こそ、仲間になってくれてありがとう。真奈がいてくれて、どれだけ心に余裕ができたか」
「そっか……うん。どういたしまして」
都合の悪いことは、また言霊で忘れさせてしまえばいい。
真奈の温もりを感じながら、真奈とつながっている命の契約に思いを馳せていた。
「それで?さっきは何であんなに怒ってたんだ?」
「っ……怒ってないもんばか京斗」
「いやなんでよ!?」
「そんな事、気にしなくていいの……!」
「えぇ……?」
そう言われると余計に気になるが、今はそれどころじゃなさそうだ。
「ふわぁ……ごめん真奈、【終着点】使ったから……ちょっと気絶するわ」
「それってただ寝るだけなんじゃ……?」
「そうかもな……おやすみぃ……」
意識のシャットダウンは避けられない。
俺は今までで一番安心できる場所で気絶したのだった。
「……『ゆっくり休んでね』」
真奈のつぶやきは、かろうじて聞こえた。
これは、いい夢が見れそうだ。
負けた。完敗だった。
一体どうして負けたのかすらわからない。最後私はキョウト先輩に何をされたんだろう。
それほどまでに圧倒的な力。やっぱり彼はそうなのだろうか。
もしそうだとしたら、その力を貸して欲しい。
皆を救うために、私の国を救うために。
弱い私に力を貸して欲しい。
キョウト先輩の――『喰雲』としての力を。
どうかお願いします。私たちの……反逆のために。
遅かった割に全然話進んでねえじゃねえかって思いました。すいません。
頑張って書きますので楽しみにお待ちください。