第11話 影と霧と
『パレード』翌日の朝。
これから3連休くらい欲しいものだが、休みは今日だけだ。えーん。
魔力はまだ戻ってないし、結構昨日の疲れが残っているが、今日の朝は過去一番と言っていいほどすがすがしい。
その理由は……
『真奈……俺……!』
うん、思い出したら恥ずかしくなってきたお。
いやだって年下の女の子の胸に顔うずめて泣くってそれどんな羞恥プレイだよ!!
いや確かにいい匂いして、控えめだけどすっごく柔らかくて……って、何考えちゃってんの俺!?
「ぎぎぎぎぎぎぎ!!」
変な声を上げながら布団にくるまる俺。マジ変人。だって仕方なくない?
「……次からどんな顔して会えばいいんだ……?ほんっとに……」
助けて京ちゃん……!俺……なんか変だよ……!
結局、布団から出るには1時間を要した。
× × ×
「「あっ」」
ギルドの一階、見慣れたロビーに降りると、ゆきもちギルド店にて、さっき鏡で見た俺の頭みたいに真っ白な生地をこねる真奈の姿が。
目が合うが、どうも話しかけづらい。
が、俺はどうしても真奈と話したかった。
「よ、真奈。こんな早くから頑張ってるな」
時刻は8時30分。真奈のことだ。もっと早くから屋台を出していたのだろう。
「おはよう、京斗。昨日の疲れ……もう取れた?」
俺が屋台の前まで行くと、真奈はこねる手を止めて俺へと向き直る。
出会った時は髪を後ろにくくっていたが、今はお団子にして頭の後ろにくっつけている。
たまにふにふにと触ってしまいたくなるほどにそのお団子はキューティクルだと言える。
「んー……まぁまぁ疲れてるかな。魔力が無いのがちょっと変な感じってのもある」
「おお……魔法使いだぁ……」
そういえば、学園に通い始めてからというもの、ゆきもちをこうして買う機会も減った気がする。
頼んだら作ってくれるので食べていないわけじゃないが、こうして店員と客の立場になるのは久しぶりだ。
「ゆきもち一つくださいな」
「いいよ、はいどうぞ」
そう言って差し出してくるのはさっきまでこねていた生地。
「ちょっと待てい」
「なぁに?」
完璧に舐め腐ってますねこれは……それ中にクリーム入ってないし雪粉ついてないでしょ。何回買ってきたと思ってるんですかね全く。
「ジョークだよ~はい、これ」
今度はちゃんとしたゆきもちを差し出してきて、俺は財布から100ゴールドを取り出して渡す。
「まいどありぃ……!」
「なんかテンションおかしくない?」
こうして普通に会話ができているが、俺は真奈の顔を見るたびに恥ずか死しそうです。
しかし不思議なもので、話しているうちにそんな事が頭から消えていった。
「お、キョウトく~ん!」
その声に振り返ると、書類を抱えたグリス先輩の姿が。
「おはようございます。グリス先輩」
「おはよう……ございます」
「うん、二人ともおはよう。見たよ見たよ昨日の『パレード』!優勝おめでとう!キョウト君!」
『パレード』が終わった後、俺は勝利者インタビューなんかをした記憶が朧気ながらある。
そのあとに気絶しちゃったんだけど。
「ありがとうございます。ってか、見に来るんだったら言ってくれればよかったのに……」
「いやぁ~本当は見に行くつもりなかったんだけどね?できれば見に行きたいな~なんて考えながら仕事してたらなんか早く終わっちゃって、休憩長めにとって最後の所だけ見に行ったってわけだよ」
この人やればできるんだから、いつもそんな感じならカルムさんに怒られないで済むのに……
「んでキョウト君、良く勝利者インタビューまともに答えられたね。僕の時なんか魔力切れでへとへとだったんだから」
魔力切れは確かにその後起きたけど、あの時は何というか、脳がアドレナリンに浸かってたから……って、僕の時?
「グリス先輩……『パレード』優勝したことあるんですか!?」
「うん、そうだよ」
当たり前のようにそう言うグリス先輩。
「え、いや、は!?ちょっと詳しく!!!」
俺はその衝撃の事実に頭がこんがらがってしまう。
「あ、ごめん、仕事あるからまた後で~」
抱えた書類を見ながら、憂鬱そうにため息をついたグリス先輩は、じゃあね、とだけ言い残してその場を去っていった。
仕事なら何も言えないけど、でもなぁ……
「あの人……そんなに強いの?」
「……知らん」
叩けば叩くほど埃というか誇りが出る人だこと。
その時、窓の外に見える見覚えのある人影に瞬時に意識を切り替える。
真奈も見覚えがあるその黒髪の人物は、花壇に紙を置いて去っていった。
俺たちは急いで外に出てその背中を眺める。
とぼとぼと歩く背中はすぐに人混みの中に消えてゆく。最後に見た永久の姿は、一瞬だけだった。
「永久さん……この後……」
俺が昨日使った言霊の内容は、既に真奈に伝えている。
これから永久がどうなるのかも。
「……行こう、真奈」
俺は花壇に置かれた紙を拾って、ギルドへと戻る。
もう俺は進み始めたんだ。『喰雲』という道を。
振り返ってなんか、いられないんだ。
× × ×
一旦屋台を閉めた真奈と共に、俺の部屋で永久の書いた紙を見る。
知っている限りの『喰雲』に関しての情報を書けって言ったけど、そんなに役立ちそうな情報は無かった。一つを除いて。
『影泳』、キリエ・ミカヅキ。名前からして『喰雲』かと思ったけど、窮地に追い込まれても能力を使わなかったことから能力者である可能性は低い。しかし立ち振る舞いに加え、魔法を使う時に印を結んでいたことから、忍者に関係があるのではないかと思われる。
死にかけで落下してきたあの子の情報だったが、確かに和風な名前だとは思っていた。
刀とかあるくらいだし、そんな名前の人がいても不自然ではない……のか?
もし機会があったら彼女のことを色々と知りたいものだ。
少なくても確かに役立ちそうな情報が得られたので、俺はそこで残り人数を確認する。
【残り人数 20人】
昨日と今日だけで3人も死んだのか……?
……ついに20人にまで減った……これから先に待ち受けているのはそれほどの強者と言うことだろう。
「京斗?顔怖いよ?」
「え――あぁ、ごめん」
何でディスられたんだと思ったが、どうやら考えていたことが顔に出ていたようだ。
「それじゃ、私ゆきもち作って来るね」
「あぁ、頑張れ」
真奈は部屋を後にする。一人残された俺は昨日から思っていたことを口にする。
「小太刀……欲しいな」
昨日キリエちゃんが持っていた刃のついてない小太刀を使ってみたが、使い心地が忘れられない。
能力で刀身を伸ばすことはできなそうだが、ああいう感じで軽く片手で扱える武器は欲しい。
善は急げだ。俺はすぐに財布を持って武器屋へと向かった。
いかにもかっこよすな武器の姿を想像していたためか、一階に降りた時に俺を見た真奈の目はやや引いていた。酷い。
名前何にしようかなぁ……霧断ちに合わせたいなぁ……
霧裂き……いや、霧切りも悪くないなぁ……
× × ×
「悪ぃ兄ちゃん。小太刀売り切れてんだ」
「うそーん!?」
俺の小太刀ちゃんの夢が……
「多分……兄ちゃんが『パレード』で使ってるの見たからじゃないか?」
小太刀ぶん投げたあれが勝負の決め手になったのは確かだ。つまり売り切れは俺のせいと言うことか……!?
「『パレード』の後は参加者が使ってた武器がよく売れんだよ~……そう言えば、うちの倅が兄ちゃんにって伝言あるんだった」
『重戦車』、ガルーダ君から?
「『素手でやられたのは初めてだ。いい経験になった。ありがとう』だってよ」
わぁ……ストイック……今度会ったら挨拶しよ。
って今は小太刀だ。どうしても諦められなくなってしまった。
しかしそんなことを言っても仕方ないので、霧断ち用の砥石を買って武器屋を後にした。
俺は気持ちを切り替えて街を歩く。せっかくの休日だ。沈んだ気分じゃもったいない。
そうして何も目的など無く街をふらふら歩いていると、すぐに日が真上に登る。
お金にはまだ余裕があるので、少し贅沢なお昼ごはんでも食べようかと思い、前にレナと入ったレストランへと足を運ぶ。
「うまうま~……」
肉厚でジューシーなハンバーグは、噛むたびに肉汁が舌の上に溢れる。それがデミグラスっぽいソースとよく絡んで、ライスを食べる手が止まらない。
しかしおいしさと反比例するようにこのハンバーグはあまり大きくなく、食べ盛りな高校生としてはまだまだ食べたい気分だ。
財布と相談し、今度の休みに魔物ぶっ殺しまくって冒険者としての金もらうということで解決した。今の俺最高に異世界。
「「すみませーん!店員さーん!」」
あれ、今なんか「」一つ多くなかった?誤字?
「あ――ホワイト先輩!?」
ちゃんと誤字ではなかったようで、重なった声の主は後ろの席の、口にご飯粒をたくさんつけた『影泳』こと、キリエ・ミカヅキちゃんだった。
学園の制服とは違い、白を基調とした年頃の女の子っぽいワンピースに身を包んでおり、白いシュシュで髪を一つに結んでいる。
そんなキリエちゃんのテーブルには大量の皿が置かれており、俺の中のこの子のデータに大食いがくっつけられた。
「こんにちは、ミカヅキさん。一応はじめまして、かな」
「こ……こんにちは……あの、少し話したいことがあるので、相席できませんか?」
「うん、いいよ」
俺が許可すると、キリエちゃんは「失礼します……」と言って俺の体面に座る。
「口、お米いっぱいついてるよ」
「えっ!?ご……ごめんなさい!見苦しい姿をお見せしてしまって……!」
ふきふきと口の周りを拭き取るキリエちゃん。一つ下とは思えない微笑ましさだ。
「それで、話したいことって?」
俺は単刀直入に切り出す。
「あ……あの……『パレード』では、本当にありがとうございました!!」
勢い良く頭を下げるキリエちゃん。人目に付くところでの思い切った謝罪に、俺は焦って頭を上げさせる。
「そんな……それただ応急処置しただけだし、むしろ小太刀ダメにしちゃってごめんって謝ろうと思ってて!」
「いえいえそんな……!あれ学園側から支給されたものですし……!」
「そ……それならよかった……」
「はい、私の愛刀はこの子だけです」
そう言ってキリエちゃんが見せてくれたのは、重厚な鞘に入った小太刀。
さすがにレストランなので抜きはしないが、小さな傷がちらほらと見え、長年付き添った相棒だということを教えてくれる。
「私、本当にホワイト先輩に感謝してるんです。もしあの時先輩が回復魔法を使ってくれなかったら、危ない状況だっただろうって言われて……ですので、何かホワイト先輩にお礼がしたくて……」
回復魔法だと誤解されているようで良かったが、急にお礼と言われても……
お礼なんてそんな、と言おうと思ったが、そういえば今の俺には一つだけどうしても叶えたい願いがあった。
「……それじゃあ、いい小太刀が売ってるお店、教えてくれないかな?」
「はい!――え、小太刀ですか?」
返事の後に疑問が来るとは、どれだけ真面目なんだこの子は……
「うん、永久と戦った時に小太刀が妙に手に馴染んでね。それで欲しくなって武器屋に行ってみたんだけど、売り切れちゃってて……もしよかったら、いいお店教えてくれないかな?」
「そう言うことでしたら、謹んでお受けいたします!」
こうして、キリエちゃんの案内でそのお店に行くことになった俺たちは、すぐにお代わりを食べ、そのお店へと向かった。
キリエちゃん、俺の3倍ぐらい食べてた。あの小さい体のどこに入るのだろうか。マジ不思議。
× × ×
「そう言えば、ミカヅキさんってあんまり聞かない名前だね。ここら辺の出身じゃないの?」
永久のまとめた情報にはこの子が『喰雲』である可能性は低いとあったけど、万が一と言うこともある。
「あ、はい。私、ペストリーゼ帝国から来たんです」
「なるほど……」
確かその国は海に囲まれた島国だった気がする。
キリエちゃん曰く、ペストリーゼ帝国ではそう言った和風な名前がメジャーであり、服装も和服が多くて、ここに来てから洋服のすばらしさに目覚めたのだそう。良かったね。
「魔法を使う時も、変わった使い方するらしいね」
「はい、印って言って、手の形をこう、組み替えるんです。詠唱みたいなものですね」
軽くわちゃわちゃと手で形を作るキリエちゃん。その魔法の使い方には正直ロマンがある。忍者っぽいし。
もし習得できたらいいなぁなんて思ってたけど、どうやらこの方法はキリエちゃんの家にしか伝わってない方法で、他人に教えることはできないらしい。残念。
得られた情報からも見る限り、やっぱりこの子は『喰雲』ではなさそうで安心した。
「っと、着きました。ここが私おすすめのお店です!」
そんな会話をしているうちに、キリエちゃんおすすめと言う店に到着する。
ライオットさんの店とは違って、街の外れにひっそりと佇むその店構えは、まだ新築なのだろうか、新しめの建物に綺麗なガラス。そしてその中に置かれているあまたの武器と、ライオットさんの店とはまた違った良い雰囲気を出していた。
「いらっしゃ~い」
そして店に入ると、店主さんが出迎えてくれる――って待て待て待て!!
「あら、キリエちゃんじゃない~見たわよ昨日の『パレード』。って、あら?そちらの殿方は……あ、『白霧』さんだぁ~、こんにちは~」
明るい茶髪の長髪に、整った顔立ち、目は開いているのか閉じているのか一見しただけではよくわからない糸目で、にっこりと笑っているように見えてしまう。そして包容力のある、おっとりとした立ち振る舞いが魅力的な店主さんの頭あるのは――猫耳ッ!!うおおおお!獣人!!この世界に来てから初めて見た!!感激ッ!!!
「?……どうかしたの?」
「あぁ、いえ、俺のこと知ってるようで、光栄です。改めて、キョウト・ホワイトって言います」
「そんなにかしこまらなくてもいいわよ~。私はマロン・スカーフィ。気軽にマロンって呼んでね。キョウト君」
呑気そうなマロンさんと自己紹介を済ませ、ここに来た目的を話す。話している時、時々ぴょこぴょこと動く猫耳に視線が奪われてしまった。やべぇ、可愛い。しかし猫にしてはおっとりしすぎと言うか……家猫ベースとかあるのか?
「あら、そう言うことだったの。デートかと思ってわくわくしちゃった」
「マロンさん!?わ……私とホワイト先輩はそんなのじゃ……!」
からかうように笑うマロンさんと、慌てて取り繕うキリエちゃん。
なんだか姉妹みたいなその光景に、クルルと真奈もこんな感じだったなとほっこりしてしまう。
「そ……それよりも、こっちですホワイト先輩」
顔を真っ赤にしながら手をブンブンと振り、店の奥へと入っていくキリエちゃん。
ちっちゃい頃の京ちゃんそっくりだな。
そんなキリエちゃんの所へ行くと、俺が思い描いていた小太刀がずらりと並んでいる。
「おぉぉおお!!」
霧断ちが縮んだような見た目の小太刀たちからは、見るだけでその切れ味の良さが伺える。
刀の流通はあまりしてないのに……小太刀は結構あるんだな。
ってかこの際そんなことはどうでもいい!!男の子ならこういう忍者的武器に憧れるのは当然ッ!!
「どうです?気に入ってもらえましたか?」
「最っ高だよキリエちゃんッ!!本当にありがとうな!!!」
「えっ……!?キリエちゃんって……」
しまった。つい舞い上がってそう呼んでしまった。
「あ……ごめん、レナがそう呼んでたものだから……嫌……だったよね?」
「いえ!全然そんなことは……!むしろそう呼んでくれると嬉しいです……」
静かにそうつぶやくキリエちゃん。……はっ!もしやこの子にとっての俺は憧れの先輩と言う奴なのか!?そう言うことならこうして名前呼びを許可してくれる理由にも頷ける。ならここは余裕をもって接するとしよう!先輩として!!
「じゃあ……よろしくね、キリエちゃん。俺のことも、キョウトって呼んでくれたら嬉しい」
「ぁ……ありがとうございます……キョウト先輩……えへへ」
小さく顔をほころばせるキリエちゃん。
あぁ、後輩に慕われると言うのはいいものだなぁ……中学ではいじめられてたし、高校でも部活になんか入ってなかったから、後輩と接するというのは新鮮だ。
「それで……キョウト先輩。なにか気に入った子は見つけましたか?」
「うーん……みんないい子そうだから迷ってるんだよねぇ……」
多分戦闘の時とかになったらぶん投げることがあると思うので、あまり値が張るものは避けたいところではある。それと強度とかは能力で硬化できるからそこまで気にしなくてもいい。
「お困りのようね~」
「あ、マロンさん」
俺とキリエちゃんの間から顔を覗かせ、うふふと笑うマロンさん。……暇なのかな?この人は。
「目移りしちゃって、一つに絞れないんですよね……」
「なら、丁度いいのがあるわよ~新しく仕入れたの」
「え、そんなのあるんですか……?」
「えぇ、さっき入荷したばかりだから、見て見る?魔法の武器ってやつなの~」
「「魔法の武器?」」
ファンタジーでは定番とも言える魔法の武器、まさか実在していたとは……!!今日二番目の興奮だぜ!!!
「これがその武器よ~」
棚の上にある、木でできた台座の上のガラスのケースの中に入れられた新品の剣や盾。弓や杖なんてものもある。
そしてお目当ての小太刀もそこにはあった。
「魔法の武器にはそれぞれ一つだけ魔法が込められているの。例えばこの剣は【火炎】の魔法が込められてて、詠唱無しでその魔法を使うことができるの。その分の魔力は持ってかれるけどね」
思い描いていた通りの魔法の武器に、俺の興奮はどんどんと高まる。
よく見ると土台には何の魔法が込められているかの看板が書かれており、この銀色の盾だと身体能力強化の魔法。この杖だと魔力増量の魔法など、それぞれの武器によく合った性質の魔法が込められていた。そして肝心の小太刀はと言うと……
「あれ、何で小太刀だけ何も書かれてないんですか?」
「わからなかったから♡」
「なんですとぉ!?」
やば、ありえないくらい声が裏返った。
「多分……この魔法の適性がある人がいないんじゃないかなーって思うんだけど……」
魔法の武器とは、武器の元となった鉱石や魔獣の素材に偶然たまっていた魔力が人間の持つ魔力と合わさり、何らかの魔法を宿して武器となったものの総称であり、その武器に込められた魔法を判別する方法は、判別役の優秀な魔術師が実際にその魔法を使ってみてどんな魔法かを明らかにすると言うやり方だ。この小太刀の場合、これに込められた魔法の適性を持つものが判別役の魔術師の中にいなかったことから、ただ魔力がこもってるだけの小太刀だと断定されたらしい。
「……これって魔法の武器って言うんですか?」
「え~?だってロマンあるじゃない~もしかしたら希少魔法が宿ってる可能性だってあるわけだし」
「た……確かにそうですね……希少魔法……」
「誰か使える人いないかしらね~……」
「本当ですよね~……ちらっ」
「……え?」
あ、そう言えば【結論】って希少魔法なんだった。それと【終着点】もクルルに聞いたらそんな魔法は存在してないから、多分俺が独自に作った創造魔法だって言ってたな。そしてその創造魔法によって俺の魔力は空だ。もしこの小太刀の魔法が俺に適していても、使うことはできないだろう。
……待てよ?クルルならなんか知ってるんじゃないか?
「俺は今はちょっと魔法使えないですけど、どんな魔法が宿ってるか知ってるかもしれない人には心当たりがあります」
「ほんと……!?」
「それは一体誰なのでしょうか……!?」
「クルル・ナトリエラって人だよ。ここからちょっと離れたところで魔法具屋さんをやってるんだ」
魔法のことで困った時に、クルルに聞けば大体何でも教えてくれるので、俺の中ではドラ〇もんとほぼ同列の扱いとなっている。
「へぇぇ……では、早速行ってみましょう!」
「そうね、キョウト君、落とさないように慎重に持ってね」
「あ、はいって台座ごと!?」
持ってみると結構重く、台座が結構でかいので、かなり持ちにくい。
【難なく持ち運べる物の重さ10kg→99kg】
ふぅ、これで楽になった。まるで発泡スチロールを持っているみたいに軽い。
「……冗談のつもりだったのだけど……本人がそれならいいかな……」
なんか恥ずかしいことを言われた気がするが、気のせいだろう。気のせいだと信じたい。
× × ×
「なるほど……そんなことがあったんだね……」
あの後、3人でクルルの店へと向かった。
最初はお客さんだと思ってあたふたと接客していたクルルだったが、二人の後ろになんかでかめのガラスのケースを台座ごと持つ俺を見てはちゃめちゃに困惑していた。そりゃそうじゃ。
そしてクルルを落ち着かせて店の奥のクルルの自室にて事情を説明し、今に至るというわけだ。
「うーん……それじゃ、キョウトちょっとこっちまで来て……」
「あぁ、わかった」
「あ、お二人はしばらく待っててください……」
「え?あ、はい」
俺はクルルに連れられ、店の表へと戻る。
なにか二人に聞かれたらまずい話だろうか。
「まず、キョウト……今魔力ないよね?」
「あぁ、【終着点】使ったからな。後6日くらいは魔力無し生活だよ」
「……6日なら問題ないか……」
何やら意味深なことを呟いたクルルが、俺に向かって手をかざす。
「【分かち与えよ――魔力譲渡】」
「え――ぉおお!?なんだこれ……!?」
クルルの手から放たれるきらきらと輝く光が、俺の中に溶けていく。
それはクルルの魔力で、俺の中にどんどん流れ込んでくる。
やがて6日分の俺の魔力が補充され、体の中に魔力の感覚が戻って来る。
「もう大丈夫だよ、クルル」
【俺の残り魔力量10%→99%】
俺は残りの分を能力で回復し、改めてクルルに向き直る。
「どう……?魔力戻った?」
「おかげさまで。ってかすごいなクルル!こんな魔法使えるなんて――って、そういうクルルの方こそ大丈夫か?」
俺の6日分の魔力量だ。いくらクルルでもかなりの消耗のはずだ。
と、思っていたのだが……
「大丈夫だよ。大した魔力消費じゃないから」
「……すげぇな」
強がっている様子など一切ないことから、本当にそうなのだろう。
あれ?俺の周りって意外と強い人多くね?グリス先輩と言いクルルと言い。
「ほら……キョウトの魔力も戻ったから……戻ろう?」
「そ……そうだな」
まぁどうでもいいか。そんな事。
俺はクルルに続いて、店の中へと戻った。
「ごめん、お待たせ」
2人のいる部屋に戻ると、ガラスのケースの中から出した小太刀をキリエちゃんが恐る恐る指先でちょん、と触れ、それをマロンさんがお茶を飲みながら朗らかな笑顔で見ていた。なんやこの親戚の集まりみたいな雰囲気は。
「あ、キョウト先輩、何話してたんですか?」
「ちょっと忘れ物を受け取っただけだよ。それで?何かわかりそう?」
俺が近くに座ってそう聞くと、キリエちゃんは首をふるふると横に振る。
「どれどれ……」
クルルが俺の背中に覆いかぶさるように体を預け、そのまま小太刀を手に取る。
あの、クルルさん、ちょっと無防備すぎやしませんかね?一応大人なんですから、立派に育っちゃってるんですから!どことは言わないけど!
「「……」」
ほら二人もぽかーんって顔で見てるじゃん!やだ恥ずかしい!!
説教したくなる俺だが、動けないでいる俺もいる。一体何故――ッ!?まさか、これが万乳引力の法則という奴な――――
「うーん……私でもわからないなぁ……どの属性魔法でもないっぽいし……キョウト持ってみて?」
「エッ?ァ、ハイ」
気持ち悪い裏声が出てしまったが、煩悩を振り払って俺は全神経を手に集中する。
そしてクルルから小太刀を受け取り、身体の中にある魔力に意識を向ける。
「……【締結】」
「「「え?」」」
あれ、なんだこの単語?何で俺そんなこと言ったんだ?
「キョウト……それ……何……?」
「それ?」
驚愕交じりのクルルが指すのは、俺の目線の少し下。丁度俺の顔の真下だ。
それは手のひらほどの大きさで灰色の霧に包まれていて、その霧の中に見えるのは空間にぽっかりと空いた穴だった。その奥を覗こうとするが、霧が邪魔していてうまく見えない。
「キョウト先輩……そこにも……!」
次にキリエちゃんが指さしたのは、キリエちゃんの目の前にある全く同じ霧に包まれた穴。
クルルに目でこれは何なんだと伝えても、そのまま驚いた顔で首を横に振るだけ。未知の魔法と言うことだ。
キリエちゃんは恐る恐るその穴の中に手を入れる。
「大丈夫?キリエちゃ――むぐっ!?」
「キョウト……!?」
「あらあら……これは……」
キリエちゃんがその穴に肘の辺りまで入れた時、俺の口が突然下から抑えられる。
見ると、俺の真下にあった穴から、人間の手が出て来て俺の口を押えていた。
「きゃあっ!!」
「ぶッ!?」
そして突然頬を叩かれた。なんで!?
「なんか顔みたいなの触っちゃいました!!――って、キョウト先輩?」
かなりの衝撃で床に倒れる俺に心配そうに駆け寄るキリエちゃん。
「なるほど……そう言う魔法だったんだ……」
「ぷ……笑っちゃだめなのに……っっ……」
さっきのでわかったよ……この小太刀に込められた魔法……
小太刀を離してしまったため、霧に包まれた二つの穴は消える。
俺は改めて小太刀を握り、頭の中に現れたその魔法の名前を呼ぶ。
「【締結】」
やはり、さっきと同じように霧に包まれた空間の穴が二つ別々の場所に出現する。
しかし今度はその出現する位置を制御したため、あんなことにはならない。今からするのは、ちょっとしたいたずらだ。
一つは俺の目の前に、もう一つは半笑いで俺を見下ろすクルルの上へと。
「ひゃっ!?」
俺は目の前の穴に手をつっこみ、その先にあるクルルの髪の毛をわしゃわしゃと撫でる。
撫でられたクルルはかわいらしい声を出してその場にへたり込んでしまう。しかしすぐに俺の仕業だとわかり、頬を膨らませて涙目で俺を睨む。
「えぇ!?いきなりクルルさんの上から手が!?」
「これがこの小太刀に込められた魔法、【締結】だよ、キリエちゃん」
簡単に説明すると、この魔法は空間と空間を繋げるワープホールを作る魔法だ。
その大きさは自由に決められるが、大きさに応じて魔力消費量も大きくなっていく。
しかしさっきくらいの小型のワープホールとなれば、その消費量は微々たるものだ。
すでに2回使ったが、まだ俺の魔力量はほとんど減っていない。流石に【結論】ほど連続して発動はできそうにはないが、それでもかなりお得な魔力量だ。
「また便利そうな魔法……いいなぁ……」
「えへへ~ええやろ~」
「こんな面白い魔法が込められてたんだね~……それで、キョウト君、これ買う~?」
見た目はピカピカの新品。値段は――魔法の武器と言うだけあってお高めだが、これから俺の餌食になる魔獣の山を増やせば済むだけのこと。
「もちろん!買わせていただきますッ!!!」
こんな便利な魔法付きの小太刀。買わない理由はないだろう。
俺はすぐにゴールドを支払い、小太刀をガラスのケースにあった鞘の中にしまい、空になったガラスのケースを持ち上げる。
「それじゃ、台座は戻しときますね」
俺は【終着点】と同じ感じで、マロンさんの武器屋の魔法の武器コーナーにぽっかり空いたスペースを思い浮かべる。
「【締結】……っと、これでよし」
霧で包まれた大き目の穴に台座を入れ、そのスペースへと置く。
何はともあれ、これでさらに便利な魔法が使えるようになった。
「早速使いこなしてます……」
「ありがとね~」
「……」
二人は俺の動作に反応を示しているが、クルルは何やら一人で考え込んでいる。
「クルル?どうしたんだ?」
「あ……ちょっと考え事。……キョウトの魔法適正について」
「魔法適正?」
俺は魔力量が少ないだけではなく、魔法の適性も壊滅的だ。
普通の人なら最低一つは適性のある属性魔法があるはずなのだが、俺にはそれがない。
ついでに言うと、平均の人の魔力量が10だとすると、俺の魔力量は3か4程度であり、適性のない魔法を威力でごまかすなんてこともできない。
それでも俺があの模擬戦でレオに勝てたのは、ひとえに【結論】があったおかげだ。あと身体能力の強化。
そんなわけで、俺にとっての魔力の使い道は、【結論】を使うか身体能力を強化するかの二択でしかない。(たまに【終着点】の三択)
そんな俺の魔法適正の話とは、クルルの考えていることとは一体……?
「キョウトは――霧魔法に適性があるんじゃないかな?」
「霧魔法……?」
聞いたこともない魔法だ。
「私が今名付けた魔法の属性だよ」
そりゃ聞いたことないわけだ。
「ちょっと待ってください!キョウト先輩は回復魔法も使えますよね?それも、かなり高度な……」
そう言えば、キリエちゃんは俺の能力を回復魔法と勘違いしていた。……どう言い訳しようか。
「うん、キョウトは回復魔法の適性もあるの……それはそれなの」
「そ……そうなんですか……!わかりました……それはそれですね!」
ごり押しやがった!そんでそれでいいのかキリエちゃん!?いやまぁ助かったけど!
「それで、キョウトの【結論】も【終着点】も、さっきの【締結】だって、全部霧を使った魔法だよね……?」
「言われてみれば……なんか毎回出るな」
使った――と言われれば、正直微妙なところだ。霧とは何か別物な性能だし。
「だから、霧魔法。……多分、他の属性魔法とは一線を画して希少な魔法だと思う」
「あぁ、【結論】なんかは希少魔法って扱いだしな」
なるほど……これで全て納得できる。どうして俺が何の属性魔法の適性もなく、【結論】の適性だけあったのか。
「だからキョウト……キョウトの適性のある属性魔法は……霧魔法だったんだよ」
「……そう……だったんだな」
俺は魔法適正が何もないと思っていた。レナのように雷を操ることもできないし、レオみたいに風を操ることだってできない。
でも、そんな俺にも、適性があったんだ。
俺にしかない、適性が。
「良かったですね!キョウト先輩!」
「魔法のことはあんまりわかんないけど、よかったね~」
皆の素直な賞賛を受け取り、俺はついにやけてしまう。
いろいろあったけど、これが一番嬉しいかな。
「さて、私はお店に戻らなくちゃ~」
時刻は13時23分。かなり長居してしまったな。
「私も……お店……」
「ごめん、すぐに出るよ――あぁ、やっぱりちょっと買い物してく」
「私もです!気になる物がいっぱいです……!」
「わぁ、ありがと……」
こうして、新しく魔法の小太刀が俺の装備に追加された。
空間と空間を結ぶことのできる小太刀、霧結い(キリエちゃん命名)を忍者のように後ろに装着し、俺は何かと必要になるであろう魔力回復ポーションをいくつか、キリエちゃんは怪我した箇所にかければすぐにその個所の損傷を回復するという治癒のポーションをいくつか買って、クルルのお店を後にした。
その後、キリエちゃんが俺に小太刀の戦い方を教えてくれるそうなので、町はずれの空き地に移動した。そこで俺はありがたくご指導賜り、晴れて師匠と弟子の関係となったのだった。
キリエちゃんの戦闘モード?とでもいえばいいのか――に入った時の様子は普段とは似ても似つかない冷静沈着なものであり、二つ名持ちたる所以を垣間見た気がした。
そしてそのついでに行った【締結】の練習で調子に乗りすぎて、買ったばかりのポーションを飲む羽目になって二人で笑い合ったりと、実に充実した一日になった。
× × ×
「……【結論】で出席扱いにならないかな」
「普通にダメだし、ずるはよくないよ」
翌日。学園への道をとぼとぼ歩くもこもこした羊みたいな頭をした青年と、背中まで伸びた黒髪を靡かせながら青年をジトーっと見つめる少女の姿がそこにはあった。
ってかまぁ、俺らですよね。
『パレード』があった翌日に小太刀の稽古を始めてその翌日に登校。まだ体の疲れが抜けきってないでやんす。一日中寝てればよかったかななんて今になって思ってしまう。
「それで、昨日は何してたの……?ギルドに帰ってきたとたんソファで寝ちゃったし……」
「その件は大変ご迷惑をおかけしました」
キリエちゃんとの稽古を終え、疲労困憊で戻って来た俺は、睡眠欲に支配されてそのまま近くにあったソファで眠ってしまった。そしてその後自分の部屋で目を覚まして、寝る支度やらなんやらをした後にもう一度寝た。
さっき真奈に聞いたのだが、近くにいたグリス先輩に言霊を使って俺を部屋まで運ばせたらしい。
だから学園行く前のグリスさん「何か言うことあるでしょ?」的な視線を向けて来てたのか。何かよくわからなかったからピースサインで返したけど思いっきし間違いだったな。
どこから説明しようかと思っていたが、俺に集まる周りからの視線を受けて言葉が引っ込んでしまう。
「あ、白霧だ……!」
「え?二つ名の?……そう言えば俺見た目知らねぇや」
「お前『パレード』見てねぇのかよ……!?マジで今年のヤバかったんだからな!」
興奮気味に話すその男子生徒の声量はかなりのもので、聞き漏らすことなく俺の耳に届いてきた。
「人気者だね、京斗」
「あはは……なんかちょっと複雑なんだよな……」
嫌われてないのは嬉しいけど、こんな風に持ち上げられるのには慣れていないわけで、どうするのが正解か戸惑ってしまう。
いや、正しくなかったな。……恐らく、編入生が編入して間もない時間で一大イベントを制したことを良く思わない生徒も一定数いるだろう。レナのパーティーメンバーの件、二つ名持ちになった件を含めてもだ。
今の所実害はないが、もし真奈や他の皆に危害が加わるようなことがあったらと思うと、やはりこの評価は素直に喜べない。
そんな葛藤を知ってか知らずか、真奈が一歩だけ俺の前に出て、くるっと振り返る。
「ねぇ、京斗。学園楽しい?」
「――うん、楽しいよ」
「本当に~?」
「なんでそこで疑うんだよ……」
くすくすとおかしそうに笑う真奈。そんな何気ない会話を交わし、再び学園へと続く道を歩く。
真奈の小さな歩幅に合わせながら、俺はふと残った言葉を咀嚼する。
(……楽しい、か)
使命を忘れたわけではない。この戦いの参加者であるという自覚は無くしたくても無くならない。
それなら、今俺が学園にいるのは何故だ?
この世界のことを深く知るため?『喰雲』を炙り出すため?
……いや……今は、そのどちらでもない。
これは、単なる寄り道だ。戦いの道を外れ、ちょっとばかしのブレイクタイムなんだ。
俺たちにとって、ただ生き返るためのゲームをする戦場であるだけのこの世界が、コマを操る盤に過ぎない世界が、俺は好きになってしまったのだ。
(ごめんよ、京ちゃん。もうちょっとだけ……帰るの遅くなりそうだ)
学園に続く道を少しだけ嬉しそうに歩く少女と、その隣をいつもの足取りで歩く青年の姿が、そこにはあった。
× × ×
『パレード』の一件から、俺の学園生活はちょっとだけ変わった。
何が変わったのかと言うと……
「あ、ちょっとそこの塩取ってくれないかな」
「てめぇの【空気操作】でとれよぐえっへっへ……はいよ」
「あはは……ありがとう、キョウト……」
「なんでいじわる一回挟むかなぁ……」
「はぁぁぁぁ……レオナルド様と白霧さんとのライバル同士の絡み……ぐへへ……」
「ねぇキリエちゃん……あのお皿一杯のお肉どこ行ったの……?」
「食べましたよ?……もしかして食べたかったですか……!?す……すぐにとってきます!!」
「そうじゃな――待って!本当に行っちゃった!?そうじゃないよぉ~!」
昼食の席に、キリエちゃんという友達が一人増えました。
報酬の受け取りは休み時間にあのロリバ――危ね、学園長からぱぱっともらって終わりだったし、その報酬と言うのも内申点の獲得なのであんまり実感はない。
それにみんなは疲れているだろうから、と『パレード』参加者に質問攻めなどはしなかった。それでも結構色々迫られたけどね。人気者になったようで嬉しいなぁ。うん。
そして、その代わりと言ってはなんだが、生徒間では永久……ノルン・ストック退学の話題で持ちきりとなった。
その理由は殺人未遂による退学処分という説が強いらしいのだが、真相を知っているのは俺と真奈だけだ。
こうして『パレード』は終わりを迎え、俺の学園生活が再び始まったのだった。
「キョウト先輩!先輩も食べますか?」
食堂の一角、丁度俺の向かいに座るキリエちゃんが、レナのためにと取って来たステーキを一口サイズに切って差し出してくる。
「なっ!?」
「え……」
その俺に向かって伸ばしているフォークはキリエちゃんが既に使っていたもので、そんなキリエちゃんの隣にいるレナとそのまた隣の真奈が揃って声を上げる。
「あ――すいません、これだと……その……か、間接キスになっちゃいますね……」
フォークを引っ込め、顔を赤らめながら俯きがちにそう呟くキリエちゃん。顔を下に向けながらも目線は俺の方をしっかりと向いているので、必然的に上目遣いになっている。
「そ……そう、だね」
あまりにも可憐なキリエちゃんの様子にドキッとしてしまった俺は、なんとか返事をして、誤魔化すように手元にあった水を飲んだ。
「……あれ、どう思う?マナちゃん?私が思うに黒」
「限りなく黒に近いグレーかと……」
「漆黒のお二人が言うんでしたらそうなんでしょうね……」
何やら女性陣は三人こそこそ話で盛り上がっている。キリエちゃんも混ぜてあげなさいよ。ハブりはだめだよハブりは。やられた方は傷つくんだからね。本当に。
「キョウトって、意外と鈍いんだね……」
「何の話っ」
憐れむような目で肩に手を置いてくるレオに、俺は身に覚えのない事への恐怖を覚えた。
その空気を変える風となったのは、最近の俺の楽しみになっていたお昼の放送だった。
『食堂のみなさーん!こんにちはー!お昼の放送の時間ですよ!今回はわたくし、アイシャ・トレインがお届けいたしまーす!』
「「「「ふぅうううううう!!!」」」」
これこそが食堂の醍醐味。静かな食事もいいけど、こうしてわいわい盛り上がりながらもやっぱりいいものだ。
「ふぅうう!!!アイシャさんだぁぁあ!!!」
「……キョウト、結構染まって来たね」
声を張り上げる俺を見て困惑気味なレナだが、その瞳には安堵のようなものが感じられた。
その後、お昼の放送はつつがなく進んだ。
主に『パレード』関連のことだったが、食堂に来ている生徒はほとんど見に来ていた生徒だったようで、『パレード』についての感想を各々語り合っていた。
無論、参加者の俺達と最初から最後まで見届けた真奈たちも『パレード』の全容は把握していて、それぞれ「あの時はやばかったな」などと言う感想を言い合っていた。
そうして『パレード』関連の話は終わり、学園についてのニュースに話は移った。
やはりと言うかなんというか、永久の話題はそこでは出なかった。流石に退学の話を大々的に取り上げでもしたら学園側から何を言われるかわかったもんじゃないし。
……彼女がその後どうなったかは――誰か知っているのだろうか。
『さぁ皆さんお待ちかね!本日のバストバウトのコーナー!!』
「お、やっと始まった」
俺たちの座っている席はスクリーンが良く見える。これなら移動しなくても食事を楽しみながらバトルを楽しめると言うものだ。
「京斗最近これ好きだよね……いつも楽しそうに見てるもん」
「当たり前よ、いろいろ勉強になることも多いしな」
この前ガルーダ君に叩き込んだ一射九撃だって、ベストバウトで戦っていたある生徒が何度も拳を相手に叩き込んでいたことから閃いた技だ。他にも魔法の応用を学べたり、魔力をどう節約するかを学べたり、そして何より見ていて楽しい。よって俺がはまるのは当然なのだ。Q.E.D.
『今回のベストバウトは瞬き禁止!刹那の一瞬で戦況がひっくり返ります!対戦カードは……こいつらだ!“影泳こと、キリエ・ミカヅキvsマイン・リリアーナ”!!!』
「わ……私ですか……!」
スクリーンには、闘技場の中で対面する二人の女子生徒の姿が。片方は肩まで伸びた青い髪を揺らしながら、真っすぐと目の前の敵を見つめる両手に剣を持った女子生徒が。そしてもう片方が『パレード』の時と同じような刃のついていない小太刀を持った、艶やかな長い髪を後ろで一つにくくっている小柄な少女、キリエちゃんが。
キリエちゃんはいつもの年相応のかわいらしい雰囲気ではなく、獲物を前にした狩人のような迫力、とでもいえばいいのか。昨日小太刀の指導を賜った時みたいな戦闘モードに入っていた。
「キリエちゃんって、いつもの時と戦闘の時で結構雰囲気違うよね」
「確かに」
レナの言う通り、いつものキリエちゃんは何というか、守ってあげたくなるような可愛さだが、戦闘時のキリエちゃんは守ってもらいたくなるような頼もしさを感じる。
しかし、何やらキリエちゃんの表情は硬い。
「戦いの時は、常に落ち着くようにって教えてこられたんです。なので……あんな風に冷静に戦ってる私は、必死に作り出した仮面をつけてるだけなんです。本当の私は……こんな感じのおどおどしちゃう方なんです」
ぽつぽつと呟くように話すキリエちゃん。ふぅっと漏らす小さな息は、確かな憂いを帯びていた。
「『パレード』の時も……ずっと怖かったんです……いえ、二つ名をもらった時から……負けちゃったらどうしようって……ずっと怖いんです……」
自分に自信のない、諦めを含んだその様子に、思わず俺は言葉を放つ。
「それの何がいけないの?」
「え……」
俺はキリエちゃんの目を捉え、キリエちゃんも俺と目を合わせる。
「俺は、キリエちゃんの事まだよく知らないから、大したことは言えないけど、でも、これだけはわかる」
できるだけ優しく、諭すように言葉を続ける。
「俺は、いつものキリエちゃんの方が好きだよ」
「す……!?」
やばい。ミスった。
「そ……その!好きって言うのは、そう、友達としてね!?」
「は……はい……」
慌てて取り繕ったことで何とか話はそれずに済んだか。
「……だから、そんな顔しないでよ。深く考えすぎないでよ。例え仮面を被ってても、その下にいるのはキリエちゃんなんだから。……それに、怖いって言うんなら、俺だってずっとそうだよ」
この世界に来て、人の死に触れる機会が増えた。二人も殺した。そんなの、何も感じないわけがない。
「俺だけじゃない。皆怖いものがあるんだから、支え合っていけばいい。誰かに頼って、頼られればいいと思う」
俺は京ちゃんのおかげで生きる希望を見つけたし、真奈のおかげで不安に押し潰されずに済んだ。
「……キョウト先輩は……私が頼ったら助けてくれますか?……強くない私を……頼ってくれますか?」
「そんなの、助けるに決まってるじゃん。それに、頼りにもしてる。だって……」
スクリーンに目を移すと、【影泳】がうまく決まったようで、決着がついていた。
「君の強さを、俺は知ってるから」
「……あ……ありがとう……ございます……」
しまった……ちょっとカッコつけすぎたか?
話し終えると同時に目線を反らしたキリエちゃんは、何かをごまかすように勢いよくジュースを飲んでいる。
「……まぁた女の子口説いてる」
「『京斗、200回腕立て伏せして』」
「え?え!?」
真奈のその言葉を聞くと同時、体が勝手に席を立ち、その場で腕立て伏せを始める。
しかしながら負荷はちゃんとかかっているようで、このペースではかなり悲惨なことになる。
(変な言霊使うなよ……!なんでこんな目に!?)
「素直に従うんだね……」
(違うんだよレオ、強制されてやってるだけなんだよ!こんな公衆の面前で!)
「二人の世界に入り込んで!私は引き立て役か!」
レナがなんか変ないちゃもんつけながら俺の腕をつんつんと突く。あ~そこそこ、丁度そこが痛いからやめてくれませんかねぇ!?
「『終わるまで誰とも喋らないようにして。ばか京斗』」
訴えようと思った瞬間、真奈に耳元でそう囁かれ、詰んだ。
俺は心の中で叫ぶしかなかった。理不尽と言う名の、腕の痛みを。
声が聞こえる。
『常に冷静であれ。キリエ。弱者がミカヅキの名を背負うな』
『……はい、父上』
呆れたような声と、弱弱しい声が。
『……この程度とは……キリエ。貴様は二度と我が家の敷居を跨ぐな!」
『……はい……父上……』
激しい声と、消えそうな声が。
……あぁ、これ、私だ。
この弱そうな方が、私だ。
その後は、親戚の方に引き取ってもらって……それで……ここに来たんだ。
明確な――使命を背負って。
……ずっと……ずっと探してた。
私を――私達を、助けてくれる人を。
『そんなの、助けるに決まってるじゃん』
キョウト・ホワイト……この人なら……もしかしたら――。