第10話 同族嫌悪と、その結果
『パレード』開始から1時間30分経過。脱落者、武装錬金、岩霊、炎妃、重戦車、トラップマスター 以上5名。
現状は……こんなところかな。
私はまた丘の上から戦場を見下ろす。
見渡す限りの広大な平原に、大地を覆う緑の木々。そしてその間を流れる川はきらきらと光を反射している。
すっごく平和っぽい雰囲気だけど、ここは戦場。気を抜けばやられちゃう。
「――誰?」
私は背後に気配を感じて振り返る。いつの間にそこにいたのか。立っていたのは深くフードを被った女の子だった。
漏れ出すオーラって言えばいいのか、私の本能は異常なまでに反応していた。危険だと。
「永久……ノルンちゃんだね?」
「会長じゃないですかぁ……これはこれは、本日はお日柄もよく……なんて、まどろっこしいことは抜きにして、行かせていただきます」
ノルンちゃんはゆっくりを私の方へ歩いてくる。それは余裕の証なのか、それとも策を隠しているのか。
いずれにせよ、逃げられそうにはなかった。
「【捕らえよ――雷牢】!」
「【弾けろ――地衝礫】」
私の先制攻撃の電気の檻を避けるべく、ノルンちゃんは自分が立っている地面ごと私の方へ飛ばして来た。
私はすぐに回避するけど、その隙をノルンちゃんは見逃さなかった。
「【包め――陽炎】」
私の周りを取り囲むように激しく燃える炎のベール。脱落した人にこの魔法が得意な人がいたけど、それと同等かそれ以上の威力で扱えるこの子に、私は思わず眉を顰める。
「【浮かべ――電磁浮遊】、【撃滅せよ――三又雷槍】!!」
私は炎を食らう前に空中へと避難して、ノルンちゃんに向かって反撃を放つ。
「おっと危な――ぐッ!?」
雷でできた三又の槍は、直接触れることが無くとも、辺りに電撃を放つ。
ノルンちゃんは槍の本体だけを間一髪で避けてしまい、その電撃を受ける。初見はやっぱりそうなるよね。
その場に膝をつくノルンちゃん。今度は私が攻めに回る。
「【痺れ続けろ――麻痺連弾】!!」
一直線に飛んでいく無数の【麻痺弾】。ノルンちゃんは避けることも詠唱する事すらもできないでいる。
そして麻痺が眼前にまで迫った時、ノルンちゃんのフードがふわりと舞い上がる。
初めて見たフードの中、黒髪黒目の彼女は――ぽつりと呟いた。
「――『奇術師』」
その言葉は何の意味もなさない言葉のはず。詠唱でも、合図でもない、ただの言葉のはず。
――そのはずなのに、ノルン・ストック……彼女の周りには、いくつもの【陽炎】が出現していた。
「なんで……!?」
【麻痺弾】は全て魔力の塵と化して、その炎の中に消える。
詠唱はしてなかった。そのはずなのに、何でこんなに魔法が……?
魔力量の多さだけでは説明できない、完全に未知の力。
「使っちゃったかぁ……まぁいいや。この人は違うっぽいし」
意味深なことを呟く彼女だけど、その意味は私にはわからない。
ただ、怖い。このままでは何かいけない。そんな気がしてならない。
その予感は的中し、彼女は再度襲い掛かって来る。
「それでも、結構強かったなぁ……【噴きあがれ――滝柱】」
地面から出現する8本の水の柱。その柱のうちの一つが直撃し、私の身体は吹き飛ばされる。
「かはッ!!」
普通この魔法で出現する水の柱は1本だけ。それなのにどうしてこんなことになってるのか、こんな意味不明な力の正体を考えた時、私はある一人を思い出した。
(ノルン・ストック……もしかしてこの子は……キョウトと同じ……!?)
それなら説明がつく。いや、それ以外に説明はつかない。
でも、どっちにしろそれは無駄な考察だったかもしれない。
「もう終わりだよ。【舞い上がれ――飛行】」
飛翔して私の目の前に迫る彼女は――楽しそうに笑っていた。
「――【影泳】ッ!!!」
「ッ!?」
ノルンちゃんの背後――正しくは、滝の影から姿を現した小柄な少女。
その手に握られた小太刀は、ノルンちゃんの腕輪へと直撃していた。
「流石に甘かったですね……ですが」
ヒュンッ!!!
遠方から飛んできた炎を纏った矢が、またもやノルンちゃんの腕輪へと直撃する。
「あっぶなぁ……魔法で守ってなかったら壊れてたよ」
ノルンちゃんもさすがに予想外だったようで、私たちから距離をとって、絶えることなく飛んでくる矢を打ち落とし続けている。
「キリエちゃん……!?何でここに!?それにさっきの矢って……!」
敵か味方か、突然ひっくり返った戦況に、私は動揺を隠せなかった。
そんな私とは対照的に、キリエちゃんは落ち着いた口調で話す。
「提案です。レナ・レストンさん。手を組みませんか?」
「手を組む……?」
「はい、永久さんの実力……あれは一人で勝てる相手ではありません。既にスナイパーさんとは協力関係にあります。自らの勝利のために」
誰よりも冷静なこの子は、勝利への正しい道を既に見つけていた。
もしノルンちゃんが本当にキョウトと同じように強力な能力を持っているのだとしたら、多分私は勝てない。ここで組まなきゃ全部終わっちゃう。でも――
「ごめん、その誘いは受けられないよ」
それでも――あの人なら、そんなことはしないと思うから。
「……そうですか、残念です」
「お話は終わり?……そろそろ反撃しちゃうよ」
私とキリエちゃんに向かって――ではなく、ノルンちゃんは飛んできた矢の方向に手をかざす。
「【消し炭と化せ――爆炎撃】」
「「!!」」
空気が歪み、ノルンちゃんの手から出現した巨大な火球は、辺りすべての地面をえぐれるように溶かしてゆく。
直径5mほどに膨張した火球は、ノルンちゃんの手を離れ、その方向へと一直線に飛んで行く。
それがはるか遠くの地面にたどり着くのは一瞬のことで、着弾点では大爆発が起き、地面を揺らすような爆音が遅れてやってくる。
『スナイパー リタイアにより脱落』
その文字が腕輪に映った瞬間、私はほっとした。
スナイパーちゃんがリタイアを宣言して学園長によってテレポートすることができなかったら、どうなっていたことかなんて、あの爆発を見ればすぐにわかること。
そんな危険な真似がどうしてできるのか、ノルン・ストックという人物が、私はまたわからなくなった。
「さて、次はあなた達だからね!――覚悟、できてるよね」
その声は、まるで心臓を刺すように冷たく、恐怖を植え付けるには十分な暗い声だった。
でも、ここで負けるわけにはいかない。
ビビッて負けましたぁなんてかっこ悪い姿、誰にも見せられない。
私は戦う。――生徒会長として、私として。
「間に合った……ってわけでもないのかな?これは」
その時、背後からかけられる声、そしてかすかに吹く風。
「バフ・メイカー……かっこいい登場だねぇ、これはまたファンが増えちゃうんじゃない?」
「それは嬉しいけど、今は軽口言ってられるような状況じゃなさそうだ」
強がっているわけでもなさそうなレオナルド君は、肩で息をしながら、額に汗をにじませている。
魔力の流れも少ない。誰かと戦った後なんだと思う。
「これってもしかして三対一?……はぁ、やんなっちゃうなぁ」
そうは言ってるけど、私たちを見据えるその目は、心底楽しそうだった。
「……ねぇ、キリエちゃん。今からでも、手を組むことってできないかな?」
「構いませんけど……いいんですか?」
さっきの爆発で目が覚めた。
私はシリウス先輩にはなれない。私は、私なりの方法であの人を超える。
今は、ノルン・ストックを倒すこと。それが私の決めた道。
憧れの人に近づくための、確かな一歩。
「協力して、永久を倒そう!」
手のひら返しはかっこわるいけど、それでもいい。
かっこよくなんて、できないから。
「『影泳』さんに言われて来た僕だけど、見ての通り結構消耗しちゃってるんだ。だから、僕ができることはこれだけだ」
レオナルド君は私とキリエちゃんの間に立ち、
「【舞え――範囲強化】」
「……これが……バフ・メイカーの付与魔法……!」
体の底から湧き上がる力。魔力量も回復していき、体が軽い。
多数の戦闘時に必ず真っ先に倒しておかなければならないと常に言われ続けたほどの実力。
何度かこの支援をもらったことがあるけど、キリエちゃんは初めての様で、驚きを隠せていない。
「……これで、はぁ……僕は……もう何もできなくなっちゃったな」
そして付与魔法を発動し終えると、その場にへたり込んでしまうレオナルド君。
元々付与魔法の魔力消費量はかなり多い。いくらレオナルド君でもそれは変わらない。しかし、それ以上にこのバフが強力なことは確か。
この活躍に口を挟むものは、誰もいないだろう。
「効果はすぐに切れる……その前に決着をッ!!」
「【影手裏剣】!」
「【穿て――雷槍】!」
片方は影しか見えないシュリケン。また片方はバチバチと光る電気の槍。二人の放った魔法が、一直線にノルンちゃんへと飛ぶ。
大きさ、速度ともに、バフを受けていない時とは比べ物にならない。
その攻撃を、ノルンちゃんは前方に炎の壁を作って受け止める。
「強化されすぎじゃない?ずるーい」
そんな軽口を叩けるほどに余裕があるようだけど、私たちの攻撃の手は止まらない。
「【影泳】!!」
キリエちゃんが影に潜り、不意打ちを狙う。
ノルンちゃんもそれがわかっているから、キリエちゃんが影から出てくるのを警戒している。
でもそうはさせない。私はノルンちゃんに攻撃し続ける。
「くッ!!」
ノルンちゃんの魔法の適性は恐らく炎。その適性に合った魔法を繰り返し使用している。
攻撃を防ぎ、防ぎ、たまに攻め。
魔力量の多い方の私でもあんな使い方をしてたらとっくのとうに魔力は切れている。
しかし、いくらノルンちゃんが異次元でも、こうして戦闘を重ねているとある程度の隙が見えてくる。その隙をつけないでいたけど、バフのある今なら別。
「【影泳】ッ!!」
その隙を見つけたのは私だけではないようで、影から出て来たキリエちゃんの腕がノルンちゃんの腕輪へと伸びる。
勝負は決まった――――かに思えた。
「もういい――全部使ってやる」
その時、【陽炎】がノルンちゃんの周囲に大量に展開される。
「あぁああああ!!」
押し寄せる熱風。それをほとんど0距離で受けたキリエちゃんは、その威力を殺せなかった。
「キリエちゃん!!!」
「影泳さん!!!」
意識を失っているキリエちゃんが印を結ぶなんてことはできない。助けに行こうにも、炎のベールが何重にも展開されていて近づくことすらできない。
全身を炎に包んだキリエちゃんは、そのまま自由落下で丘の下へと落ちて行った。
もし先生が受け止めても、キリエちゃんはそれまでに焼死してしまうだろう。
『影泳 続行不可能とみなし、脱落』
腕輪に表示されるその文で、私の不安は増していった。
「死んじゃったかな?……まぁいいや。これで邪魔なのが一人消えたね」
丘の下を見ることなく、そんなことをノルン……が言っている。あんなことをしておいて、どうしてこの人は平然としていられるのだろうか。
敵だ。この人は……私の敵だ。絶対に許さない。
怒りが身体を支配していくのがわかる。レオナルド君も顔を強張らせて、拳を握り締めている。
2人の敵意を一身に受けるノルンは、【飛行】で空へと舞い上がり、自身の周りを炎で囲い始める。
そうして完成した姿は、まるで炎を纏う鳥のような形だった。
「もういいや、どうせ一人殺したし、もうここに居る理由はないかな。とりあえずこいつら殺してどっか行こっか……」
ぶつぶつと何かを言っているが、遠すぎて何も聞こえない。ただ鳥の形をした炎が、空中にゆらゆらと留まるだけだ。
私は【雷槍】を放とうとするけど、もう魔力が底を尽きてしまった。バフも切れて、二人とも魔力切れの症状が出ている。
「レオナルド君……逃げて」
「そう言う君こそ……」
「あは、無抵抗だ。ウケる――じゃあ、もう死んでいいよ」
その場から動けない二人に飛んでくるのは、スナイパーちゃんに放ったものと同じくらい大きな火球。どこにそんな魔力が残っているのか。そんな疑問を抱く時間さえ、私には与えられない。
(あぁ、私……ここで死んじゃうのかな?)
諦めにも似た感情が私の中に溢れる。
涙が流れるよりも早く、私は黒焦げになって死んじゃう。
……最後に、会いたかったな。
「諦めてんじゃねえ!!!」
「え――?」
その人の怒るような声。心のどこかで助けてくれるって信じてた人の、まっすぐに真剣な声。
誰よりも信頼できる背中が、私の前にあった。
【火球との距離1m→9m】
「――何!?」
レナの前に出て能力を発動し、火球の軌道を横に9mずらす。
当然その火球は誰にもあたることなく、遠くの地面へと着弾した。
「キョウト……!」
「ごめん、遅くなった。もう大丈夫だよ。レナ」
「ありがとう……って、それ、キリエちゃんの……!?」
レナが俺の持っている小太刀に目を移す。
あの子キリエちゃんって言うのか。何か和風っぽい名前だな。
「さっき燃えながら落ちて来たから、応急処置しといた。これはその近くに落ちてたんだけど、やっぱりあの子のだったか……」
生存率13%、そんな死にかけだったあの子の生存率を99%にして、すぐに駆け付けた先生のもとに届けた。その後にこれを拾ったのだが、既に先生はテレポートした後だった。
【終着点】で転移した先は、俺の初期リス地点の森。ひとまず森を抜けようとしたけど、突然爆発音が響き、その音のする方へ行ってみると、巨大なクレーターができていた。
角度的に丘の上からの攻撃だとわかった俺は、警戒しながら丘へ向かった。そしてその下まで来た時に燃えながら落ちてくる人を受け止めて応急処置をし、そして今に至るという流れだ。
「なんだ……よかった……」
レナは緊張の糸が切れ、安堵と共に気を失う。よほどあの子のことが心配だったんだろう。
そんな状況になった原因は……
「どう考えてもアイツのせいだよな」
俺は宙に舞う炎の鳥を見る。
さっきの火球も、当たったら死ぬほどの威力だった。
あいつには、明確な殺意があった。
「……へぇ、今のってどうやったの?」
「……」
「あれ、嫌われちゃったかなぁ……私たち初対面なのにね」
へらへらと笑う彼女とは違い、こちら側の三人は誰も笑っていない。
「キョウト……彼女は僕たちを殺す気だ……いくらキョウトでも彼女は危険すぎる……」
「ごめんな、レオ。俺、アイツと話さなきゃいけないことあるんだわ」
「キョウ……ト……」
限界が来たのか、レオもレナと同様に気を失ってしまう。
結局、最後までバトルロワイアルらしいことはできなかったな。
「一対一だね、白霧くん」
心底楽しそうに笑う永久。炎で隠されたにやけ顔に、一つの言葉を投げかける。
「お前――――『喰雲』だろ」
「――へぇ?」
纏う雰囲気が変わる。本気で俺を仕留めようとしているのがわかる。
これで、決定だ。
「……やっと出会えたね、『喰雲』くん。さぁ、早く殺し合おうよ」
「その前に一つだけ聞いてもいいか?」
永久は露骨に不機嫌そうになるが、俺は構わず続ける。
「なんでこいつらを殺そうとした?」
「邪魔だからだよ」
永久は即答した。
「……そうか、もういい」
俺はその続きを聞くことなく、持っていた小太刀を構えた。
「?まぁいいや、【消し炭と化せ――爆炎撃】!!」
言葉と共に放たれるいくつもの火球。一つのはずの火球が増えている。恐らく奴の能力によるものだろう。それがどんな能力なのかは知らないが、厄介極まりない。
俺は速度を上げて火球を避ける。その時にレナとレオを安全な場所に運んでおいた。もう少ししたら先生が回収に来るだろう。
「ちっ」
火球が俺に当たらないことを歯噛みしてか、永久の表情に苛立ちが見える。
飛んでいる相手にはさすがにどうにもできない。しかし、それは足場が無い時だけに限る。
【動かせるものの重さ100kg→999kg】
「はああ!!!」
俺は腕力を強化し、地面に手を突っ込んでそのまま地面を投げ飛ばす。
【投げた地面の数1個→9個】
「――何で増えッ!?」
【足場が地面に落ちるまでの秒数10秒→99秒】
永久に向かって飛んでいった地面の数は増え、永久を取り囲む足場となる。
俺はその足場に飛び乗り、ゆっくりと降下を続ける足場と足場を渡って永久へとたどり着く。
「く……来るな……!!」
近づいてくる俺に焦った永久は、再び俺に向けて火球を放つ。
【火球との距離1m→9m】
しかしその火球は俺の前から消え、遥か後方へと移動する。
「ひぃ!?……で……でも!【包め――陽炎】!!!」
目の前に出現する炎の幕。
俺は一旦離れた足場に着地し、改めて体制を整える。
(触れたらアウト、この足場が落ち始めるのももうすぐ……なら、これしかないか)
俺は永久目掛けてキリエちゃんって子の持っていた小太刀を投げる。
【ハンドボール投げ28m→99m】
【小太刀が溶けきる秒数1秒→9秒】
「なんで溶けな――がはッ!?」
あらかじめ溶かし尽くそうとしてくることを予想して、溶けないようにした小太刀は、表面が若干溶けながらも、炎の幕を突き抜けて永久の身体に直撃する。
投げる力を上げていたため、その衝撃はかなりのもので、永久を覆う炎の鳥は、一瞬にして消え、中から出てきた本体は地面に向かって落ち始める。能力を使う余裕さえ失ってしまったようだ。
地面に落ちる前に魔法で少しだけ浮いたため、かろうじて地面との衝突は避けている。しかしダメージは完全には回復しておらず、地面に降りて苦しそうにうずくまっている。
俺はそのまま足場に乗って落ちても大丈夫な高さで飛び降り、永久の目の前に着地する。
「はぁ……はぁ……や……やだ……ころさないで……」
顔を恐怖に歪め、後ずさりする永久。さっきみたいな余裕は、今のこいつには欠片も残っていなかった。もうこいつに、俺は欠片の恐怖も感じてなかった。
「そ……そうだ……!『契約者』に……!『契約者』になりましょう……?私の能力、『魔法をストックする能力』は、絶対役に立ちますから……!」
「そうか、悪いけどもう『契約者』はいるんだよ」
「な……なら……!わ……私の身体をあげます!どんなことにでも使ってください!だから命だけは……!命だけは……!!」
涙を流し、醜く頭を地面にこすりつけながら命乞いを繰り返す永久。
「安心しろよ。今は殺さない」
「!……あ……ありがとうございます……!!」
俺がそう言った瞬間、歓喜に染まった表情で顔を上げる永久。
ここで殺したら全校生徒の目に入る。しかしこいつを逃がすつもりはない。
だから、俺は――
『借りるぞ』
『……うん、いいよ』
今ここで、こいつが死ぬようにする。
『言霊師の所有権が、白鷺京斗さんへ移りました』
俺は永久に向かって言い放つ。
俺のとは別の能力を使って。
「『明日、学園を退学して誰も見てないところで死ね』」
「――――はい」
その言葉を聞いた瞬間、虚ろな目になる永久。
「『お前が知ってる喰雲についての全ての情報を紙に書いて、俺以外誰も見てない時にギルドの外の花壇に隠せ』」
「――――はい」
これでいい。これで――こいつの運命は決まった。
俺が――こいつを殺したんだ。
「『俺と永久の会話を聞いた奴ら。全員会話の内容を忘れろ』」
最後にそう言って腕輪を破壊し、『パレード』を終わらせる。
……また、人を殺した。
あとどれだけ殺せばいいのだろう。
そんな問いを隠して、俺は振舞った。
勝者として、ここに立っていると。
自分に言い聞かせるように、大げさに。
× × ×
「見知っ……らぬ天井だ」
何回やるんだよこのくだり。もう異世界の生活は気絶と共にありって感じで頭に来ますよ。
いくら特訓したと言っても、【終着点】の魔力切れによる気絶からは逃れられないわけで、あの後帰るための馬車で異常な眠気に襲われ、平和に気絶した。
あたりを見渡すと、ここが学園の保健室だということに気付く。
「あ……」
そして俺のベッドの横に座っている真奈にも。
「京斗……!大丈夫……!?」
「大丈夫だよ、心配してくれてさんきゅな。真奈。……ちょっとカッコ悪いけど……俺、勝ったよ」
「うん……うん……!見てたよ……!すっごくかっこよかった……!!」
興奮気味に話す真奈。ここが保健室でなければもっと大きな声で話していたことだろう。
窓から射す夕焼けの穏やかな光が俺たちを包み、戦いの終わりを、勝利を祝福してくれる。
そして真奈は周りに誰もいないことを確認して、言い出しづらそうに話を切り出す。
「ねぇ……京斗、私の能力借りたってことは……あの人、『喰雲』だったの?」
『言霊師』の能力は真奈にも及んだようで、あの会話を覚えている様子はなかった。
元々俺たちは、参加者の中にも『喰雲』がいた時のために、もし『喰雲』がいた時だけ真奈の能力を借りる。という話を決めておいた。
そのおかげで、逃げられずに済んだ。
「あぁ、『魔法をストックする能力』だってよ。魔力が切れても溜め込んでた魔法を使ってたから永久って言われてたんだろうな」
「そう……だったんだね」
それから俺は真奈に能力を返した。
借りた時に全て理解した使い方も、今では何も思い出せない。本当に不思議だ。
「あと……一つだけ」
「何だ?」
真奈の表情が、不安を帯びる。
「京斗は――あの人殺したの?」
「……あぁ、アイツは……明日死ぬ」
「っ……」
真奈は顔を伏せる。それもそうだ。
人殺しが目の前にいるんだから、誰だって嫌な気持ちになる。
『クソ……が……!』
過去の記憶がフラッシュバックする。
それがいくつも重なり、耐えかねた俺の身体はベッドに倒れる。
「京斗……?大丈夫?」
「大丈夫……ちょっとな……」
本当に……いい仲間を持てたよ、俺は。
あの頃とは比べ物にならないほど、多くの仲間が、友達ができた。
真奈には……聞いて欲しいかもしれない。
俺の――過去を。
「なぁ、真奈。聞いて欲しい話があるんだ」
「?……なぁに?告白?」
冗談めかしてそう言う真奈。
そのいたずらな笑みが、今はありがたい。
「ちょっと違うけど、そんな感じかも」
「え――?」
しかし今度は目を見開き、もどもどと視線を泳がせる真奈。
え、どしたし?
まぁいいや。
「聞いてくれないか?俺の――罪の告白を」
「……罪の……告白?」
「俺が――初めて人を殺した時のことを」
「――っ!」
言い出すまではあんなに言葉が出なかったのに、もう止まる気がしない。
罪の告白が――始まった。
「俺がまだ――小学6年生の時。その時の俺には結構友達がいたんだ。その中でも特に仲のいい奴がいてな、同じクラスになったばっかりだったんだけどな。良くいろんなところに遊びに行ったよ」
「……」
「それである日、そいつが俺に打ち明けたんだ。『京斗の妹が好きだ』ってな。俺、そん時マジでびっくりして、何回も聞き返しちゃったんだ」
「それで……?」
「俺はその時はそこまでシスコンじゃなかったから、その恋を応援してたんだ。……でも、それが間違いだったって、すぐに気づいたんだ」
思わず言葉がしりすぼみになり、空気が嫌にひりつく。
「あいつ、いわゆるDV気質ってやつでさ、女の子に暴力とか平気で振るっちゃう奴だったわけ。本人に確認してみたらあいつ、悪びれもなく『そうだぞ?』って言ったんだ。そんなこと聞いて、大事な妹渡すわけないよな」
真奈は黙って聞いている。ずっと何もない一点を見つめているのは、この先を聞くのが怖いからだろうか。
「それで、めちゃめちゃ怒った。もう妹に近づくな!って、アイツも、結構本気で妹のこと好きだったっぽくてさ、誰もいない公園で取っ組み合いの喧嘩になったんだ。その時に、完璧に頭に血が上ったあいつは、俺の首を絞めて来たんだ」
「っ……」
「小学生の時の俺って結構ひょろくてさ、んでそいつは結構がっちりした体格だった。首を掴んでる手を振りほどけなかった。だんだん視界がぼやけて来て、やばいって思って……必死に抵抗しようとして……近くにあった木の枝拾って、そいつに思いっきり突き立てたんだ」
言葉が震える。トラウマが俺を支配して、何も動けなくなりそうだ。
今でもあの時のことは鮮明に思い出せる。たまに夢にも出る。あいつの血走った目が、荒い息が、首を絞める感覚が。
「そしたら……その枝、結構尖ってて……すっげぇ深く刺さったんだ。そしたら……血が……いっぱい流れて……それで……そいつは…………死んだ」
手が震える。言葉も途切れ途切れで、うまく話せない。
真奈の顔を見ることすらできず、俺は歯を震わせながら話し続ける。
「その後は、よく覚えてない……気づいたら家に居て、母さんと父さんに縋り付いてた……」
俺は、あの頃から何も成長してない。
自分がやったことが怖くて怖くて仕方ない。いつまでも引きずって後悔する。
「それから誰かが見たか聞いたかしてたっぽくて……ずっと人殺しだって……中学でいじめられて……それで、誰も知ってるやつがいない高校に入っても……誰かと話すのが怖くって……学校が……怖くって……」
それが例え正当防衛だとしても、
「だから……俺は――」
人殺し、――だと、言おうと思った。
でも、俺を抱き寄せる優しい暖かさが、その言葉を塞いだ。
「辛かったよね……京斗」
真奈の胸に抱き寄せられ、俺は混乱する。
こんな情けない状況、すぐにでも離れなきゃいけないのに、
俺は動けないでいた。
「京斗、悪くないじゃん。妹ちゃんを守ったいいお兄ちゃんじゃん」
「で……も……」
また、過去の記憶がよぎる。
『京にぃ……!ありがとう……!!私を……!!守ってくれてぇ!!!』
暗い部屋の中、どこまでも続く絶望への穴に落ちかけていた俺を、救ってくれた声が、今になって俺の中に響く。
『……ごめんね……京斗……気づいてあげられなくて……』
消えかけていた俺の身体を、母さんは強く、優しく抱きしめてくれて、
『お前は京香を救ったんだ!だから……もう自分を責めるな……!!』
不器用に励ます父さんの抱きしめる力は痛いぐらいに強かったけど、同時に救われていくようで、
「京斗は……正義のヒーローなんだよ。妹ちゃんにとっても、レナさんにとっても……私にとっても」
そして今、真奈の温もりが、再び俺を助けてくれる。
「『だから――そんなに自分を責めないで、京斗』」
声が消える。ずっと頭に響いていた、俺を糾弾する怖い声が、俺の頬を伝う涙と共に流れていく。その声があった場所が、真奈の言葉で埋まっていく。
「真奈……俺……ずっと辛かった……!いじめられて……死にたくて……!でも……家族のために生きて来て……まだ……何も恩返してきてないから……!!」
真奈の服が俺の涙で濡れる。
しかし真奈はそんなこと気にすることなく、心臓の鼓動が聞こえるくらいに俺を抱き寄せて頭を撫でる。
「ありがとう……京斗。私を助けてくれて」
俺の欲していた言葉……ずっとずっと欲していた言葉。
それが何かはわからない。もうこのまま手に入らないかもわからない。
でも――もういいと思った。
この温もりの中に居れば、そんなのもう関係ないから。
「……ありがとう……真奈……俺……を……助けてくれて……!」
俺は過去との決別を済ませる。
こびりつく記憶を捨て、新たな人生を歩んでいく。
まぁ、単なる開き直りだ。やっと、単なるになってくれたことだ。
「俺……真奈に会えてよかった……」
「私も……京斗と出会えて……本当に良かった」
どれだけ悩んでも、犯した罪は消えない。いつまでも背負っていくしかない。
……って、いや、背負う必要なくない?
もう重いし、ここに置いてっても良くない?
だってこんなの、もういらないでしょ。
だって、役に立たないし。
だって――――代わりに背負うものができたし。
「ちょっと遅くなっちゃったけど、優勝おめでとう。京斗」
「あぁ、ありがとう……ありがとうな。真奈」
二人を包む夕日には、やがて青色が交じり、彩度が下がっていく。
夜と夕との境目の空の光はあまりにも薄く、きれいと言うにはほど遠い。
でも――今は、どんな夕日よりも輝いて見えた。
涙のせいか、嬉しさのせいか、
それとも――――君のせいか。
暗くなる前に、俺たちは学園を後にした。
人の少なくなった道を、二人で並んで。
いつもの距離感で、いつもの歩幅だけど、
触れそうで触れない手が――なんだかもどかしくて。
いつもと同じはずの道が――なんだか全然違って見えた。