プロローグ さようなら世界
初投稿です。もし誤字、脱字などがありましたら、ばちぼこに煽ってください。
『なぁ、あいつって……』
…………やめろ
『私は……あんな奴知らない!』
……やめろ
『……ごめんね』
「やめろ!!」
俺は自分の声で目を覚まし、カーテンを開けて朝の日差しを一身に浴びる。窓から眺める我が京都の町はいつ見ても美しい。
この俺、白鷺京斗の人生において、この瞬間は何事にも代えがたい幸福だ。
しかし、今日という日の始まりはいい気分とは言えなかった。
「また……あの夢」
俺はたまにこの悪夢を見る。まるで過去に自分が犯した罪に対する罰であるかのように。
「はぁ……支度しなきゃな」
俺は一階に降りて顔を洗い、改めて鏡を見る。
俺の顔立ちは母さん譲りで、周りからはほとんど一緒の顔だと言われる。長いまつ毛に切れ長の目、自分で言うのもなんだが、中性的な顔立ちだ。
そして父さんの遺伝子を色濃く受け継いでいる髪質は癖が強く、何より……
「京にぃ、後ろから見たら羊にしか見えないのどうにかしてよ」
「京ちゃんか……俺だってどうにかしたいよ……」
妹の京香の言う通り、俺の髪は真っ白に染まっていて、髪質も相まってまるでもこもこした羊のような頭になっている。
では妹の京香はどうなのかと言うと普通の黒髪で、この家でこんな頭なのは俺と父さんだけだ。
どうしてこんな髪なのかと言うと、父さんは生まれつき白皮症、所謂アルビノと言うやつで、なぜかそれが俺に遺伝してしまったらしい。
「今日自転車乗せてってよ」
「なんでよ」
「私今日日直」
「うぃ」
俺と京ちゃんは二人兄妹で、なかなかに仲がいいのでこうして学校まで俺の自転車に京ちゃんを乗せていくこともしばしばあるのだ。……もしかして俺ただのタクシー扱い?
「ありがと、京にぃ」
京ちゃんは静かな笑みを浮かべながら、俺にそう言った。
(こういう所ずるいよな、妹って)
俺はその笑みに、頭をポンポンと撫でて返した。
そしてリビングに行くと、父さんの飲むコーヒーの匂いが漂ってきて、母さんが食卓に料理を並べているいつもの白鷺家の朝がやってくる。
「おはよう、京妹。朝から仲良さげだな」
「略すなよ父さん、おはよう」
「略さないで父さん、おはよう」
「そうよ父さん、略さないでちゃんと挨拶して。おはよう、京ちゃん」
「「それ紛らわしいからやめてって言ってるよねおはよう母さん!」」
驚きの文字数でハモった兄妹を含め、リビングが笑いに包まれる。
(やっぱ、今日の始まりはいい気分だ)
俺はそう思いながら朝食を食べ、学校へ行く支度を済ませてから自転車に京ちゃんを乗せて学校へ向かう。
「京斗!忘れ物!」
自転車をこぎ始めた瞬間に父さんに呼び止められて振り返る。その手には俺が毎日欠かさずつけている黒髪のかつらと俺のスマホが握られていた。
俺は学校や出かけるときは絶対にかつらをつけるが、同じ髪を持つ父さんはそんな事は無くそのまま外で生活している。
でも俺は周囲からの好奇の視線がどうも苦手で、小学校に上がってからはかつらなしでは外へも行けなくなってしまっていた。
「兄にぃが忘れるなんて珍し。当たり前すぎて気づかなかった」
「……そうだな」
おそらく今朝の夢が原因だろう。あの夢を見た日はどうも調子が上がらない。いつも忘れないようにスマホの横に置いておくのに今日はスマホ自体を忘れてしまうとは。
父さんからかつらを受け取った俺は慣れた手つきでそれを頭に装着し、かつらがずれないように常備している手鏡を見ると、白い髪なんて見当たらない普通の黒髪に変身する。
「今日はうっかりさんだな京斗、なんか悩みでもあんのか?」
あの夢を見ることは家族には話していない。というより、誰にも話せない。これは俺の罪、誰かと共有するわけにはいかない。
「別に、ちょっと眠かっただけ」
「ならいいんだけどな。夜更かしはやめとくんだぞ。それじゃ、気を付けてな」
父さんはそう言って家に戻って行く。
俺も学校へ向かうべく、京ちゃん付きの自転車を走らせる。
春の風が頬を撫で、散りゆく桜の花びらを舞わせる。
俺はこの光景が、この町が、やっぱり好きだ。
× × ×
一つ下の学年の京ちゃんと別れ、俺は自分のクラスへと向かう。
その扉の前で俺はため息をつき、教室へと入る。
すたすたと一直線に自分の席に座り、室内の喧騒を気にしないように顔を伏せる。
(朝からうるせぇ……)
しばらくして、全ての生徒が登校し、友人らと会話を交わす。
そんな中俺に話しかける人間はこの教室内では誰もいないので、ずっとウソ寝を決め込んでいる。
ざっくりと言えば、俺は友達がいなかった。このクラスだけじゃなく、この学校にも限らず、俺は友達と言える存在がいなかった。もちろん彼女なんてのも。
そんな学校生活が楽しいはずもなく、高校に入って2年間、部活にも入らずに放課後はすぐに家に帰り、一人でゲームや課題なんかをしていた。おかげで成績はかなりいい。
一方の京ちゃんは友達たくさん部活たのしーな人種で、成績があまりよろしくない、まるで正反対な兄妹だ。
今日も今日とて授業が終わると、俺はすぐに下駄箱へと向かい、上履きから靴へと履き替える。
そして自転車を走らせて自宅を目指す途中、信号待ちをしていると、遠くからなにやら大きな音がし、その方向を見てみると、
「は!?」
道を大きく外れたトラックが信号待ちをしている俺の方へと突っ込んできた。
―――グシャッ!!!
俺は何とかそれを回避する。自転車はそのままトラックに轢かれ、見るも無惨な姿になってしまった。
「はぁ……はぁ……何だったんだ?」
今だ高速で動く心臓の音を感じながら、俺は茫然とその場に立ち尽くしていた。
周りには人は誰もいなく、トラックにはなぜか人が乗っていなかった。
「とりあえず警察に……って、なんだこれ」
募る疑問を後回しにし、スマホを取り出して警察に電話しようとすると、何やら見知らぬアプリが入っている。
「なになに?『イセカイゲーム』……?」
俺は何故か無性に気になり、そのアプリを起動しようとする。
ドゴォォオオオオオン!!!!
どうやらトラックの漏れ出ていた燃料にさっきの激突で発生した火花が引火したようで、大爆発が起こる。
近くにいた俺は爆風に吹き飛ばされて宙を彷徨い、地面に叩きつけられる。
「か……はっ……な……にが……」
突然の衝撃で混乱する俺の脳は、思考を鈍らせる。
素人でもわかるほどに俺の身体は重傷で、建物の破片や折れた骨が内臓に突き刺さっている。
走馬灯でも見えるかと思っていたが、見えるのは俺の血で赤く染まるアスファルトだけ。
「だ……れか……」
俺は薄れゆく意識の中で、たった一人の妹の顔が思い浮かぶ。
京にぃと呼んで慕ってくれる俺の妹。こんな俺のそばにいてくれた俺の妹。そして、こんな俺を―――救ってくれた妹。
「きょ……う……か……」
まだ、何も返せていないのに、こんな形で別れちゃって、ごめんな。
こんなお兄ちゃんで……ごめんな。
言いたかった言葉は伝わらない。その日、白鷺京斗は―――死んだ。
× × ×
「……お…………」
なんだ?
「……お~……」
誰かの声が聞こえる?
「お~い!」
「うわっ!?」
目を開けると、そこには全身真っ黒の服を着た青年が俺の顔を覗き込んでいた。
「やっと目を覚ました~……よほど未練ある死だったんだね~」
「死……?じゃあ俺、やっぱり死んだんですか……?」
周りを見ると、薄い金色の雲が視界を埋め尽くしていて、一つの部屋のようになっていた。床も雲でできているようで、クッションのようにふかふかとしている。
「そう、そしてここは魂の保管所。君たちの言う所のあの世だよ」
「あの……世……」
未だ混乱している頭で必死に状況を整理する。
にわかには信じがたいことだけど、信じるしかない。やっぱり俺はあの爆発で死んで、そして魂は保管所、つまりあの世に来て今の俺は魂だけの状態ってことか?それじゃあ、この人は一体?
「僕?僕はねぇ、この保管所の管理役。名前は……そうだね、アルと呼んでおくれ。あと、敬語もいらないよ」
俺の疑問を先読みし、そう答えるアル。
「管理役ってことは、アルさん……アルは、神様的な何かなのか?」
「神様……とは違うけど、まぁ、天使みたいな感じではあるね」
鋭い歯を輝かせ、口を釣り上げて不敵に笑うアル。
……天使と言うよりどっちかと言えば悪魔って方がしっくりくるな。
「わ、ひどいよ京斗君。こんなに愛らしい僕を悪魔だなんて、失礼しちゃうよ全く」
「え、アル……もしかして俺の心読んで……?」
「うん、言ったでしょ。僕はここの管理役。君のどんな些細な情報も、全て頭に入っているよ。もちろん、今思っていることもわかる」
俺の……情報……
「だからわかるよ。京斗君、キミ……」
「っ!!や……やめて……くれ……」
その言葉の続きを待たずともわかる。思い出したくないことを思い出し、聞きたくないことがどんどんと頭の中に溢れてくる。
「君は……あの時友達を……」
「やめてくれ!!」
アルは口を開け、俺をまっすぐと見つめ……
「……はぁ、そろそろ説明に移るよ」
突然興味が無くなったようにため息をついた。
俺はそんなアルの変貌ぶりに驚いたが、たまたま触れたポケットに何かあることに気が付き、中に手を入れてそれを取り出す。
「あれ……俺のスマホ……?」
爆発で俺とともに吹き飛ばされたスマホは、傷一つない新品のようだった。
俺は魂だけだから傷がないのはまだわかるが、もしかしてスマホにも魂が宿っているのだろうか。
「ははっ、違う違う。それはほら、これだよ」
アルはそう言って周りの雲を手ですくい、粘土のようにこね始める。そしてその雲はだんだんと色と形が変わって行き、俺のスマホと同じものになる。
「じゃ……じゃあこのスマホは……」
「そう、この雲、『三途の雲』でできた君のスマホだよ」
アルはこねて作ったスマホを掬い取った場所に押し付ける。するとスマホは元の雲に戻っていく。
「三途の雲?」
三途の川はさすがに聞いたことはあるけど、それの雲バージョンは聞いたことがない。
「川の方を知ってるなら説明が楽だ。この三途の雲はね、三途の川の水が蒸発して水蒸気になって上空へ上ってきて空気中の物体にその水蒸気がくっついた状態だよ」
「急に現実的だな」
とはいえ普通の雲とは違うことは明らかで、まず雲は手で持つことは不可能だ。そういう面ではやっぱり現実的ではないと感じる。
「この三途の雲には不思議な特徴があってね、それはさっきみたいに好きな物体に姿を変えることができるのさ。ちなみに今僕たちがいる場所は雲で作った部屋ね」
「好きな物体に……」
だからこのスマホは存在しているわけだが、見た目も俺の情報を知っているアルなら知っていて当然だ。
「それでここからが重要なんだけどね、この雲を食べた人間は、特殊な能力を得るんだ」
「特殊な能力?それはどんな?」
「それは食べてみるまでわからないよ。だからほら、食べてみて」
アルは雲を再びすくい、さっきと同じようにこねたそれは赤いリンゴになり、俺の前に差し出される。
「ほら、食べて」
アルは微笑みながら俺にそう言う。
「いや……でも……」
俺はさすがに実質スマホと同じ物質でできているリンゴを食べる気にはなれず、顔をそむける。それに特殊な能力というのも底が知れない。
そんな俺の態度にアルはむすっとした表情を浮かべ、すぐにさっきの微笑みを浮かべ、俺に囁く。
「―――これを食べれば、生き返ることができるとしても?」
「っ!!!」
その言葉に、消えかけていた希望がまた輝き始める。
俺はやり残したことが数えきれないほどある。もし生き返れるとするのなら、その可能性があるのなら、俺に残された選択肢は一つだ。
「はぐっ!」
俺はすぐに差し出されたリンゴをかじる。
味は無いが、一口かじるとリンゴは消滅し、霧となって辺りに散る。
そしてリンゴを呑み込むと、
「ぐッ!!あがッ!!!」
尋常じゃない頭痛が俺を襲い、血液が沸騰しているかと思えるほど体中が焼けるように熱くて痛い。
そして視界の真ん中に、うっすらと文字が浮かび始める。
『ようこそ、イセカイゲームへ』
(イセカイ……ゲーム……?それって確かあのアプリの……)
やがて頭痛は収まっていき、体の痛みも取れていく。
「クククク……あはははっははは!!!」
そんな俺の前で、アルは高らかに笑う。
「ア……アル……?どういうことなんだ……?」
俺は不気味なアルに問いかける。
アルは心底嬉しそうに、声高らかに宣言した。
「君は今、雲でできたリンゴを食べ、力と資格を得た!しかしその資格は生き返れる資格ではなく生き返るための戦いに参加する資格だよ!!」
「生き返るための……戦い……?」
「これから君をとある世界へと召喚する。その世界は凶暴な魔獣が存在し、剣と魔法が均衡を保つ異世界。君達の暮らす世界よりもずっと死に近い世界。そこで君は凶暴な魔獣と、邪悪な人間と、同じ雲を食べて特殊な能力を得た人間『喰雲』達と殺し合い、最後まで生き残った『喰雲』達だけが地球に、死んだ時間に好きな場所に生き返れる。制限時間は決着がつくまでだ。さぁ、欲望渦巻く戦いの始まりだ!」
「なんだよそれ……殺し合う……?俺が……?どうしてそんな事……」
「それは言えない。でもきっとその内わかる日が来るだろう。生き返った後に、ね」
「そんなの……」
冗談だろ、と言う前にアルの瞳がきらりと狂気の光を宿して輝く。その時俺は直感でわかってしまった。
「そうだ、君の思っている通り僕は何も嘘は言っていない。なにせ僕は嘘をつけない。そういう存在だからね。そして君は参加しなければならないんだ。―――生き返りを賭けた、『イセカイゲーム』に」
俺は覚悟を決め、拳を握る。
ここで駄々をこねてすべてを否定する程落ちぶれてやるつもりはない。惨めったらしく足掻くのは、―――死にそうな時だけで十分だ。
「詳しい戦いのルールは異世界に着いたときに君のスマホを確認すると良い。それでは、健闘を祈るよ、京斗君」
アルが手をかざすと、俺の身体が下半身から光の粒子となって消え始める。魂だけの存在だからなのだろうか、痛みは無いが、なんとも不思議な気持ちだ。これから俺は戦いに参加し、死に物狂いで過酷な世界を生き抜く。しかし俺に宿った力はまだわからない。でも、それはきっと強力な武器になる。俺は過去を振り返りはすれど後悔はしない。俺は、生き残って、京ちゃんに、京香に会うんだ。
「そうだ、最後に……アル」
「……何だい?」
「お前、本当は何者なんだ?」
「……ははっ、君は愚かだが、愚かなだけなんだね。いいだろう。そういう契約だ。僕の……いや、俺の本当の名を教えてやろう。人間」
アルの背中から黒い翼が生え、頭からは二本の禍々しい黒い角が生えてくる。
「俺はアザゼル。貴様ら人間に知識と力を与え、世を狂わせる―――神への反逆者だ」
「そうか、アザゼル……お前が……」
「貴様には力を与えた。これにて契約は受理され、貴様の魂は解放される。行け、生き残るために」
周りの雲が晴れ、青い空が俺たちを包む。
「あぁ、それと、本当の最後にもう一つ」
「……聞こう」
俺は微笑みながら言う。
「―――ありがとう。アザゼル」
これから待ち受けている世界で、俺がどんな思いをしてどんな窮地に立たされるかはわからない。でも、今この状況にて、希望を与えてくれたのはアザゼル以外の誰でもない。
「……貴様は……本当に……」
俺の全身が光に包まれ、アザゼルの姿が見えなくなる。
しかし、かろうじて声は届いた。
「本当に―――愚かだな。京斗」
あぁ、わかってるよ。そんな事……ずっと前……あの時から。
俺の意識は、そこで途切れた。