人魚姫
「私、人魚なんだ」
突然の告白に私はサンドイッチを口に入れたまま固まった。サンドイッチもさぞ驚いていることだろう。心なしか卵が少し甘くなった気がする。
煌めくガラス玉のような瞳が私をじっと見据える。教室にこんな前代未聞の爆弾発言が投下されたのにも関わらず、クラスメイト達は自分の話をすることに没頭しており、私達のことなど気にも留めない。
「もうすぐ死ぬんだ」
「……は?」
爆弾を処理しようとしているのに、時間を空けずにミサイルを飛ばしてくるとは……。
これらの衝撃で私をぶっ壊したいのだろうか。
「なんで?」
「恋をしたから」
彼女がこんなにも真剣な表情で冗談を言ってくるとは思えない。これがもし演技なら、きっと将来は大物女優だろう。ハリウッドも夢じゃない。
「そんな感じかな?」
「で、誰に恋をしたの?」
「叶いもしないから面白くないよ」
「へぇ」
どこぞの王子に恋をしたのか分からないが、一つだけ言いたい。
「人魚が恋をして死ぬなんてきいたことないんだけど」
「私が死んだら信じてくれる?」
「泡になって?」
「泡じゃなくて、もっと素敵な宝石。真珠になるんだよ」
「売れるね」
私を含め、彼女もこれから死ぬというのに呑気なものだ。
人魚が恋で死ぬのなら、もっと早く教えて欲しかった。そしたら死ぬことを回避できたのに……。
「親友が死ぬっていうのにあっさりしているね」
彼女は少しの驚きと呆れが混じった表情でそう言う。
「あ、もしかして信じてない?」
「ビンゴ」
人魚が恋をしたら死ぬなんて信じたくない。冗談であって欲しいとサンゴ礁にでも願っておこう。
「私が死んだら少しは悲しんでよね」
「う~ん、無理かな」
「酷っ。最期に送られる言葉がこんなにも冷たいなんて。あんたはそんな奴だったね。……あ~あ、なんでこんな奴のことを好きになったんだろう」
「へぇ、私のこと好きなんだ」
彼女はハッと我に返り口元を手で覆った。馬鹿なのか、天然なのか……両方か。
「それがどうして敵わない恋だと言い切れるの?」
「え、だって」
戸惑う反面、どこか期待に満ちた双眸が私を見つめている。
「本当に死ぬの?」
「うん。残念ながら、本当に死ぬ」
「死にたくなかったのになぁ」
私の言葉に彼女は「え」と一言漏らし固まった。ぽかんといた表情を浮かべたが、少し間があった後、彼女の瞳が鮮やかに散瞳するのが分かった。
「私の人生計画あんたのせいで台無しだよ」
「大変光栄です」
彼女は目に溢れんばかりの涙を溜めて、震える声でそう言った。彼女の光輝く瞳に私の幸せそうな笑みが映っていた。
互いに恋をし、互いに死す。
最高に滑稽で、最高に幸せな恋であろうか。
今もこの世のどこかで対になった艶やかな真珠が存在しているであろう。
真珠の花言葉は、純潔。