かみなりのかみさま
「雷の神様を怒らせたらダメだよ」
僕が幼い頃、祖母はよくそう言っていた。
祖母曰く、雷の神様を怒らせると「稲妻を落とす」らしい。
その話を聞いてからずっと雷の神様を怒らせないように、機嫌を取っている。
祖母に沢山の甘い和菓子を置いていたら神様は怒らないと教えられた。
僕は素直にそれを信じて、雨が降る度に縁側に和菓子を置いた。暫く目を離すと、本当に和菓子が消えている。そして、和菓子を置いていると本当に雷が鳴ることはなかった。
だから、僕は生まれてから一度も雷を経験したことがない。
不思議なことに僕の地域だけは雷が鳴らないことで有名になった。僕達の隣の町に稲妻が落ちることがあっても僕の町だけは安全だった。
勝手に自分の住む街を「雷を知らない町」と呼んでいた。
歳を重ねるうちに、そんな迷信を信じている自分が少し馬鹿らしくなった。
もしかしたら、僕は祖母にずっと騙されていたのではないか、と考えるようにもなった。
それでも、昔からの癖で雨の日には、ちゃんと和菓子を置いた。
高校生になった僕はいじめに遭った。
いじめの理由は特にない。ただ地味で目立たない静かな僕が対象になっただけだ。
不思議なものでいじめというものは慣れてくる。最初は苦しいが、蹴られることに慣れ、痛みを感じなくなる。
このことは家族の誰にも言わなかった……というより言えなかった。大好きな家族に心配をかけるわけにはいかない。
僕は苦しさから逃れたいのと誰にも言えないという葛藤を抱えながら毎日学校に行っていた。
ある日、僕の大事なお守りがなくなっていた。
僕が生まれた時に、祖母がくれたお守りだ。自分でも何故か分からないが、毎日肌身離さず持っていた。
誰もいなくなった薄暗い放課後の教室で僕は必死にお守りを探す。
「……あった」
ボロボロになったお守りが埃をかぶってゴミ箱の中にポツンと捨てられていた。
怒りと悲しさと悔しさが混じり、涙が出てくる。
そっとお守りに手を伸ばし、ギュッと抱きしめて、僕は教室を出た。
次の日、晴天の空に一筋の稲妻が落ちた。……学校に。
僕の怒りを代わりに表してくれているように思えた。見て見ぬふりをする先生や生徒達、どんどん調子に乗る僕を虐める人達。
そんな鬱憤を全て爆発させたように思えた。
学校に稲妻が落ちたせいで休校になる。
今日一日暇になった僕は散歩へ行こうと靴を履く。スッキリとした気分だから、お気に入りのスニーカーを取り出す。
「苺大福を縁側に置いといてくれ」
後ろから聞き慣れた祖母の声が聞こえる。
僕はハッと振り向くと、祖母はニコッと笑って、そのままその場をゆっくり立ち去って行った。
小さなその後ろ姿に僕は釘付けになる。僕は小さく声を漏らす。
「もしかして、雷の神様って……」