欠席理由
僕が学校を休む理由。病気でも、仮病でも、面倒くさいわけでもない。親族が亡くなったわけでもない。
僕はある日、学校に行けなくなったんだ。
学校に行きたくないわけじゃない。授業は嫌いでも、学校は割と好きだ。食堂の安いうどんも、クラスメイトとの雑談も、くだらない掃除も今では恋しく感じる。
当たり前の日常が当たり前じゃなくなった瞬間、その大切さに気付く。
……何故僕が学校を休むのか。
単純なようで少し複雑なんだ。だって、誘拐されたことになっているから。
実際は誘拐されてはいない。友達の家にただ居候しているだけだ。勿論、友達の両親には勿論内緒だ。こっそりと彼の部屋で生活を続けて一週間になる。
ご飯には苦労していない。友達が学校に行き、彼の両親が仕事に出た時に出前を頼む。家の前に置いておくシステム。これで僕のお腹が悲鳴をあげることはない。
……心配してくれているだろうか。
僕はそんなことをぼんやりと思いながら友達のベッドに仰向けに寝ころぶ。天井の一点を見つめ、これからどうするか考える。
警察にここが見つかったら友達に迷惑をかけてしまう。こうなったら、僕は完全に隠れ続けなければならない。
そろそろこの家を出た方がいいのかもしれない。
「潮時だ」
僕は小さくそう呟いて、体を起こす。
まとめるような荷物はない。ポケットに財布だけ。誘拐されることいなっているのだから、余計なものは持ってこれない。
友達に置手紙を書き、家の外に人がいないのを確認してからこっそりと外に出る。
スウッと息を大きく吸う。久々の新鮮な空気だ。爽快な気分のまま、誰にも見つからないように俯いて歩く。
僕がいなくなってから学校もこの町も大騒ぎだったらしい。そりゃ、穏やかな平和な町に突然物騒な事件が起こったら注目の的になる。
近くに電柱に目を向ける。僕の写真が貼られたポスターがある。
不細工だな……。もっと良い写真あったんじゃないか。何故か顔色が悪く見える。白黒だからかな。
「見かけたら連絡を、か」
あの人達がこのポスターを貼るように言ったのだろうか。
「ね、ねぇ」
柔らかな少し高い声が後ろから聞こえた。
聞き覚えのある声だ。ずっと近くでこの声を聞いてきた。
「拓海なんでしょ?」
少し震えた声。本当に僕を心配してくれていたのだと分かる。それだけで胸がいっぱいになった。
「人違いじゃないですか?」
僕は振り向かずにぼそりと声を発する。
「…………帰りたくなったらいつでも帰って来なさい」
小学生の頃に彼らの元へ来た。とてもいい里親だった。子どもが出来ないという理由で僕を引き取ったのに、つい最近僕に弟が出来た。
僕はもうよそ者なんだ。だから、邪魔をしちゃいけない。彼らはこれから幸せな家庭を築いていくんだから。
「今まで沢山の愛をありがとう」
僕は涙を堪える。胸が熱い。どこのどいつか分からない僕を今までずっと大切にしてくれた彼らには感謝してもしきれない。
「何を言ってるの、拓海はずっと母さんの子よ」
彼女は僕が聞きたかった言葉をくれる。
ただ知りたかった。血のつながっていない僕でもいなくなったら心配してくれるのかと。
「帰ってくるのをずっと待ってるわ。私達に不満があるのかもしれない。それでも私達は拓海をいつも想っている。それに貴方は浩太のたった一人のお兄ちゃんなんだからね」
その言葉を聞いたのと同時に涙がとめどなく流れてくる。今まで泣いたことなんて一度もなかったのに。涙を止めようとしてもどんどん溢れてくる。嗚咽が漏れないように必死に声を押さえた。
「今すぐ抱きしめてあげたいけど、高校生にもなって恥ずかしいわよね」
僕はその言葉を無視して歩き始めた。必死に泣いているのを悟られないように……。
もう彼らの傍に居ちゃいけない。
僕の両親は交通事故で死んだ。……その時に巻き込んだ子どもが一人いる。それが貴方達の子どもだから。当時小学生ぐらいの僕と同じぐらいの子。
彼らは僕と本当の両親のつながりを知らない。何も知らずに孤児になった僕を引き取ったんだ。これ以上騙し続けることは出来ない。
だけど、最後に悪足掻きを一つしたかった。ただの家出じゃなくて誘拐を……。
愛をありがとう、母さん、父さん。