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Let me write  作者: 大木戸いずみ
1/5

おっさん

 お世辞でも広いと家にアパートの一室に人間が二人住んでいる。

 今日も騒がしい声が今にも割れそうな窓から春の風と共に聞こえてくる。

「おっさん、起きなさいよ」

「起きたくない。おっさんは朝が弱いんだ」

「働け」

 ワタシは布団で寝ている彼を見下ろすような形で見つめる。

 無精髭を生やし、ぼさぼさの髪を搔いているこのおっさんは、ワタシの父親だ。

 父と母が離婚してからワタシはずっと父と暮らしている。

 母は収入も安定しているし、俗にいう「仕事が出来る人間」だ。私の学費を考えた場合、母の元へ行く方が賢明だったのかもしれない。

「働きたくない」

 私の言葉など耳に届いていないのか、目の前のおっさんは天井を仰ぎながらそう呟く。

 なんてやる気のない目をしているのだろう。

 やっぱり、この男の元へ来たのは間違いだったのかもしれない。

「とっとと目を覚まさないとこの家から追い出すわよ」

 ワタシはキツイ口調で彼にそう言った。

「後五分」

「その台詞、さっきも聞いたわよ。一体何度言えば気が済むの?」

「へ?」

 このおっさん……。

 彼は阿呆面を私に向けて固まっている。

「もういいわよ。仕事遅刻して無職になっても知らないわ」

 それだけ言い残すと、彼を責めるようにわざと扉を強く閉めて家を出た。

 ワタシの朝はいつも父を起こすところから始まる。

 毎日重労働。毎日叫ぶようにして起こしているが、本当に彼の寝起きは悪い。会社とクビは彼にとっては二つで一つのようなもの。なんど転職しているのか分からない。

 ……彼の良い所を一つ上げるなら、いつまでもめげずに仕事を探しているところだ。

 正直アルバイトしているワタシの方が稼いでいるかもしれないけど、決して声に出さない。

「おはよう」と、聞き慣れた声が耳に響く。

 幼馴染の声。いつも家の近くで彼女と会って、一緒に登校する。

 この幼馴染はワタシの家庭事情を大体把握している。

 私は毎朝、父への愚痴を彼女にこぼす。幼馴染は「まじ?」とか「それはないわ」とか簡単な相槌を打ちながらしっかりと話を聞いてくれる。

「ずっと疑問だったんだけど、どうしてそんなダメ親父と暮らしてんの?」

 彼女の質問に私は一瞬固まる。確かに、母と暮らすメリットの方が圧倒的に大きい。

「色々聞いてたらさ、あんたの父、愛想尽かされて当然だよ。出て行きたくなる気持ち分かるもん」

 ……母は父に愛想を尽かして家を出たわけじゃない。両親の離婚要因は私だ。

「あのおっさんはダメ親父じゃなくて、ダメ人間よ」

「余計悪くなったじゃん」

 人間としてダメだが、父として悪くない。母はワタシのことを受け入れることが出来なかった。

 でも、父は何事もなかったかのように普段通りワタシに接してくれる。 

「あの人、馬鹿なのよ」

「うん。私もそう思うよ」

 幼馴染はワタシの隣で首を縦に振りながら同調する。

 一度父に聞いたことがある。「ワタシといて幸せなのか」って。

 父は私の質問に目を丸くしたが、すぐに優しく微笑んで「我が子といて幸せじゃない親がいるか?」と当たり前のように答えた。

 ああ、この人の子どもで良かったと心の底から思った。

 今日も学校から帰ったら朝の態度は悪かったと私の好物でも作っているに違いない。

 白い歯をニカッと見せて、嬉しそうな表情を浮かべて言うのだろう。

「息子よ、喜べ。今日はお前の好きなオムレツだぞ」って。

 そして、私もまっずいオムレツを食べながら言うのだろう。

「見栄えは最悪だけど、なかなか美味しい」って。

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