9 暫し考える時間をください
ブックマークありがとうございます。
主人公ちゃんの整理整頓の時間です。
殿下の尋問から解放され、やっと一息ついた私は次の講義のためル・トロ講堂へと向かっていた。
歩きながら考えるのは、さっきの出来事だ。
本当に、私は詰めが甘い。まさか家紋入りのハンカチを忘れていくなんて・・・。それだけでなく観察対象である殿下に捕まり尋問を受けるとは。こんなことがお兄様にバレたらしばらく外出禁止になりそうだ。救いは今日一日、私が殿下を観察していたことが殿下にバレていないということだろう。
・・・お兄様に今日のこと黙ってちゃダメかな?ダメだろうな〜やっぱり。万が一、殿下ルートから知られたらお仕置きなんてものじゃないだろう。
「はぁ」
もうため息を我慢する気力もない。
「あら、ナディア嬢がため息なんて珍しいですわね」
「聞こえてしまいましたか。失礼致しましたわ、リゼット嬢」
同じ講義をとっているリゼット・テーリヒェン侯爵令嬢はこの学園内で仲のいい部類に入るご令嬢だ。彼女は私がたびたび講義に出席しないことに気づいていて知らないフリをしてくれている。
ちなみに仲のいい間柄だとお互いの呼び方は『名前+嬢』で、顔見知り程度や親しくない場合は『家名+嬢』になる。女性から男性に対しては『様』、男性同士だと『殿』という敬称が一般的だ。
空いている席に座り準備をしていると、リゼット嬢が「そういえば」とつぶやいた。
「今日、王太子殿下がワーナー嬢と一度も顔を合わせていないのはご存知?」
「そうらしいですね」
「いつもワーナー嬢をお迎えになりますのに、今日はそれがなくワーナー嬢はピリピリしてらっしゃったとか」
「まあ、そうだったんですの」
そんなことになってたんだ。ミリア嬢を観察した方がおもしろそうじゃん。
リゼット嬢は周りを気にしつつ、声を潜めながら続けた。
「実は先ほど、今日初めてワーナー嬢と殿下がお話されているところを見てしまいましたの」
「お二人が顔を合わせたのですか?」
「ええ。私、先ほどワーナー嬢と同じ講義をとっていたのですけど・・・」
リゼット嬢の話はこうだ。
午後一の講義終了後、ミリア嬢が次の講義のため移動をしようと部屋を出たところで殿下とばったり遭遇。今日初めての出会いに興奮したミリア嬢がいつものように殿下の腕に絡み付き、甘ったるい声で「ユーテリアさまぁ、さっきはどうしてお迎えに来てくれなかったんですかぁ?ミリア寂しくて泣いちゃいましたぁ。クスン」「朝だってミリアに会いに来てくれなかったし。クスン」と捲し立て、周りは「いつのものことか」と流し見していたら、殿下の様子がいつもと違った。
いつもならこういう場合、肩を抱き寄せ「寂しい思いをさせてごめんよ、私の大事なレディ」とか砂吐きそうなことをいいながら微笑むのだが、このときの殿下は頭を抑えながら深呼吸をしミリア嬢に一言。
「ワーナー嬢、人前でこのような仕草は令嬢として恥ずべき行為でワーナー家の教育が疑われてしまう。今後控えるようにした方がいい」
「ユーテリアさま?」
「私のことも名前ではなく『王太子殿下』と」
「え?え?」
「失礼、次の講義に遅れてしまうので」
殿下は絡み付かれた腕をさりげなく解きながらにこやかに去っていった。
「周りに人はあまりいませんでしたけど、このことは徐々に広がっていくでしょうね」
「そうですね・・・」
先ほどの尋問後、殿下が次の講義に向かっていたところをミリア嬢に会ってしまったのだろう。
それにしても殿下の様子がミリア嬢と会う前に戻っているような気がする。
そうだよ、本来の殿下は物腰が柔らかく誰にでも優しい方だ。乱暴な物言いはせず、常に優しい微笑を崩さない人・・・だよね?さっき話していた殿下も別の意味で別人っぽかったけど考えないようにしよ。
さて、気になることが多すぎるのでここまでのことをまとめてみよう。
①殿下はミリア嬢と出会った半年前に性格が変わった
②いつからかミリア嬢に黒いモヤが憑き始めた
③いつの間にか殿下にも黒いモヤがまとわり始めた
④黒いモヤは段々濃くなっていった
⑤殿下の17歳を祝うパーティーで突然の婚約破棄と断罪劇が勃発
⑥そのときに“黒い女”が出現し“黒い女”は殿下を睨んでいた
⑦昨日から急に殿下が変わりミリア嬢を遠ざけるようになった
⑧殿下の周りにあった黒いモヤがなくなっている
こんなとこだろうか。
こうやって考えてみると殿下も被害者じゃん。ミリア嬢についてはよくわからないから何とも言えないけど。ミリア嬢のことならお兄様が調査済みだったよね?今日聞いてみようかな。
・・・このあと、また殿下と会うんだよね?“黒い女”のこと話すべきか否か。
“黒い女”のことを話すなら視えることも話さなきゃいけない。・・・ん?ちょっとまって。別に殿下は“黒い女”について聞きたいんじゃなくて、私が不用意に言った『殿下に降り掛かる災厄』について聞きたいんだよね?ならうまくごまかせば切り抜けられるんじゃない!?
一筋の光明を見いだした気分だ。よし、これでいこう!
考えがまとまったところでリゼット嬢の声が聞こえた。
「先生が来ましたわね」
さっさと話を終わらせて今日も早く帰ろう。そしてうちのシェフ特製のスイーツでゆっくりお茶をするんだ。
──数時間後、私は楽観的に考えていたことを後悔する羽目になる。
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