8 これは話し合いと言う名の尋問です
ブックマークありがとうございます。
澄み切った青い空の下、サラサラと陽の光が注ぐ緑に囲まれ瑠璃色の髪はキラキラと輝いていた。
傷一つないその顔に配置されている全てのパーツは完璧な位置に収まっており、力強さをたたえたアイスブルーの瞳は私をまっすぐに見下ろしていた。
「王太子、殿下。中に戻ったんじゃ・・・?」
殿下はわずかに口元を緩ませる。
「戻ろうとしたんだが君がここに向かうのを見ていたからな。だから私もここに来たんだ」
「な、んで」
何が何だかわからない。
混乱する私を置いて、殿下はゆっくりと腰を下ろし私に手を差し出して来た。
「さて、ナディア・カロン嬢。少し話をしようか」
遠くでフルートの音色が聞こえる。午後の講義の始まりの合図だ。
私たちの話し合いと言う名の一方的な尋問を遮る者はいないのだろう。
■■■■■■
私たちが今いるのは学園の奥まったところにある第1図書館。私が最も利用するお気に入りの場所だ。
万が一、誰かに殿下といるところを見られたくないからここにつれて来たけどお気に入りの場所がどんどん減っていく感覚に涙が出そう・・・。しかも今のところ全部殿下絡みだ。古書で一杯の書架を眺めながら「こんなところがあったんだな」とつぶやく殿下を横目で見ながら、残りのお気に入りスポットは死守しなければ!と意気込む。殿下は来年卒業だが私はまだ2年もあるんだから。息抜きできる場所は貴重なのだ。
「それで、私にどんなお話があるのでしょうか?」
「まずは礼を言わせてくれ。昨日は助かった、ありがとう」
窓枠に身を預けながら腕を組んで立つ殿下が、柔らかく微笑む。
「いえ、殿下がご無事でなによりですわ」
にっこり微笑みながら私も返す。
本当にもうお礼とかいいですから、だから早く解放してください。
そんな私の願いとは裏腹に、殿下の目がキュッと細められた。
「それで本題なんだが、──君は私に何をした?」
「なに、とは?」
「昨日までの私は明らかにおかしかった。どんな風におかしいかは君もよく知っているんだろう?私がしでかした人生で最も愚かな行為を君も見ていたんだから」
口元だけにっこり笑う殿下。普通に怖い。霊なんかより怖いよ。
殿下が言っているのはあの婚約破棄からの無理矢理な断罪のことだろう。この人、出席した貴族を全部洗い出したのか。てか、あれ?殿下はなんで私のことを知っているの?さっきも名前を呼んでたよね。
問いかけるまでもなく、殿下が口を開く。
「昨日、介抱してくれたときに君は忘れ物をしただろ?」
そういいながら殿下が差し出しだしてきたハンカチを受け取る。あ、ものすごい見覚えがあるよ。
「素性を隠したいならせめて忘れ物をしないことだ」
ハンカチにはカロン家の紋章が刺繍されている。ミサンガのことしか頭になかったからすっかりハンカチの存在を忘れていた。
「次から気をつけますわ」
「それで、君は私に何をした?」
何をしたと言われても、何もしていない。強いて言うならハンカチで汗を拭った・・・その後で跨がっておでこ叩いて罵倒した。何かしてたわ、私。え、これ、罰せられる?
「・・・汗を、拭いましたわ」
「他には?」
「殿下が苦しそうでしたので様子を見るために失礼にあたると思いますが、その・・・殿下のおでこに触れましたわ」
「触れた?かなりの衝撃を感じたが」
「心配のあまり力が入りすぎてしまったみたいですね」
「他には?」
「他ですか。・・・殿下が意識を取り戻すよう呼びかけをしました」
「呼びかけねぇ。『王太子なんてやめちまえ』と聞こえたが?」
あっはっは、冷や汗が止まらない。
「取り乱したようで・・・。幾重にもお詫び致しますわ」
淑女の礼をとりながら目を伏せる。冷静に返しているが心臓はバックバクだ。
「なるほど。カロン嬢は猫かぶりが随分とうまいようだな」
殿下はフッと息を漏らすと続けて言う。
「お詫びと言うなら、これから俺の聞くこと全てに答えてもらおうか」
「え〜と・・・」
「まず、君から見てこの半年の俺をどう思うか」
なんだろう、殿下の雰囲気がガラッと変わったような気がする。口調もどこか荒々しく感じる。
「半年の殿下ですか?」
「ああ」
この半年の殿下は──。
「・・・ミリア・ワーナー嬢に入れ込み、優先順位は全て彼女が一番でその他は二の次。親しくされていた方々のお言葉には耳を貸さず、ワーナー嬢が言うことだけを信用し彼女の言いなりになり、はっきり言って腑抜けておりました」
「ほう・・・」
殿下の形のいい眉がぴくりと動く。逃れられないのなら開き直るしかない。
「それと、随分顔色も悪く見えました。常に真っ青でお疲れのように感じましたわ。いつも完璧な振る舞いを崩さない殿下がフラつくところを何度か拝見しました。この国で一番の剣の使い手である聖騎士団団長と互角の腕前を持つ殿下が、人前でスキを見せるなんてあり得ません」
十中八九、あの“黒い女”のせいだろうけど。
「なぜそうなったと思う?」
「それはあのく・・・りっとした目のワーナー嬢を愛してしまったからでは?」
あっぶな!“黒い女”って言いそうになったよ。
殿下を見ると、口元を押さえながら目を伏せていた。
「俺はそんなに、ワーナー嬢を・・・その・・・愛しているように見えたのか」
「ええ、そうですね」
さらっと答える私に肩を落とす殿下。
悔やんでも過去は変えられないんだから諦めなさいな。
「確かに、そうだな」
「・・・私、声に出してました?」
「はっきりと」
「それはそれは・・・」
気をつけよう。
「それで、他にはないか?」
「特には・・・」
私の一言を最後に、静寂が訪れた。
殿下は何かを考え込むように一点を見つめている。
私も小さく息を吐く。
外からはチチッと小鳥の鳴く声が聞こえ、部屋には古書特有の香りが広がっている。こんな状況じゃなければ暫しの休息にもってこいの環境なのに。
どれぐらいそうしていただろうか。束の間の静寂を殿下が破った。
「ならば『俺に降り掛かる災厄』とはなんだ?」
空気がヒュッとこぼれる。
「そ、れは・・・」
どうしよう、なんで覚えているのさ!記憶力まで完璧か!
「それは?」
ジリジリと近づいてくる殿下。後ずさる私。気分は被食者だ。
背中がトンっと本棚にあたった。殿下との距離が徐々に詰まっていく。
「『災厄』なんて言い方をするくらいだ。君から見てもわかるくらい溺愛している『俺が愛しているワーナー嬢』のことではないんだろう?」
「あ・・・」
やはりこの半年の殿下は別人レベルで違う。目の前の人は確かに王太子殿下だ。
もう、話しちゃおうか?でも話したって信じられないだろう。なにせ実の父親でさえ信じていないんだ。視える人じゃないときっとわからない。そんな人、亡くなったお母様しかいなかったじゃない。私の唯一の理解者でお守りであるミサンガを教えてくれた人──。
亡くなったお母様を思い出し、わずかにセンチメンタルな気分になりかけているところに殿下の無情な声が降り注ぐ。
「話さないと言うなら、昨日の出来事を君の兄であるカロン伯爵に訴えようか」
「・・・はい?」
「王太子である俺の上に跨がり、額を叩いて胸ぐらを掴みながら『王太子を辞めろ』と言われたことを、ヒューゴ・カロン伯爵に正式に訴える」
しっかり覚えてらっしゃる!でもそれは肝心の部分が抜けてるよ!倒れた殿下を介抱したっていう重要な部分が!!
「それは──!」
殿下を介抱するために、と言おうとしたところでヴァイオリンの音色が構内に響いた。講義終了の合図だ。よし、とりあえずこの場から逃げよう。私のメンタルのために!
「お話をしたいところですが次の講義には絶対に出ないといけませんの。なのでこのお話はまた日を改めて──」
「今日の講義終了後にまたここで話そう。逃げたら今日の夜にでも正式に通達するからな」
お兄様に相談してからと思ったのに!
「え、ええ、もちろんですわ。それでは、お先に失礼致します」
居住まいを正し、なんとか礼をする。
早くここから、殿下から離れたい。出口に向かいながら昨日ぶりの絶望が襲って来ていた。
カウンターから哀れんだ目で私を見ている司書さんに軽く微笑み返し、図書館を出て行った。
やっぱり殿下なんて放っておけばよかった。
一度狙いを定めたら逃がさないのがユーテリア王太子です。
読んでくださりありがとうございました。