3 国王陛下の緊急帰国
ブックマークありがとうございます。
いつもより遅くなってしまいました。
今回の話は淡々とした流れになっていますが、そこそこ大事な話です。
あの婚約破棄騒動から3日後、友好国の王族の結婚式に出席していた国王陛下が帰国した。帯同していた王妃殿下はそのまま残り、国王の名代として予定通り続きの外交を行うため帰国はさらに5日後の予定だ。
「ふぅ」
執務室に国王陛下のため息が広がる。
外交先で知らせを受けたときは「まさか」と「ついに」という複雑な思いを抱えた。
「まさか」あのユーテリアがそんな阿呆なことをするはずがない。
「ついに」あのユーテリアが阿呆なことをやらかしてしまった。
帰国後、休む暇もなく執務室に駆け込んだ。重鎮を呼び出来事の詳細を聞いた国王は、また「ふぅ」とため息をつく。
「それで、ユーテリアはいまどうしている?」
「変わらず学園に通っております」
答える宰相の顔にも疲労の色が見える。それもそのはずで、国王が帰国するまで様々な対応の矢面に立っていたのだ。
「帰り次第、私の部屋に呼んでくれ」
「承知致しました」
「今日はここまでにしよう。必要があればまた招集する、ご苦労だった」
「失礼致します」と執務室を出て行く重鎮たちの後ろ姿を見ながら、国王はまたため息を零しそうになるのをなんとかこらえた。
ここ半年ほど、ユーテリアの悪い噂は耳にしていた。
愛のない婚約とはいえ、将来の伴侶となるイザベラ嬢を尊重し二人の関係は良好だったはずだ。それがある日突然「別の令嬢を寵愛している」という話が聞こえるようになった。平行して王太子の人格が変わったとも。次代の王として不足のなかったユーテリアが噂の令嬢ばかりを気にするようになった。
若気の至りだろうか、王太子としての過度な期待にストレスがあったのだろうか。
何かと理由を付けて国王は彼を信じて様子見を続けていた。
あまりにも素行が酷くなるようなら注意をしなければと思っていたが、まさか自身の誕生日を祝うパーティーでこんなことをするとは夢にも思っていなかった。
次期国王として優秀な王太子を––自分の敬愛する亡き兄の子であるかわいい甥っ子を信じていたかったのだ。
だが、さすがにこれはまずい。こうなっては様子見なんて悠長なことは言っていられない。ここまで事態が悪化したのは放置していた自分の責任だ。早急に動かなければ。
手早く手紙を認めると侍従長に渡した。
「これをカロン伯爵に届けてくれ。早急にだ」
そう伝えると、準備が整うまでのわずかな時間を暫しの休息にあてた。
■■■■■■
ユーテリアが学園から戻ったのは16時を過ぎたところだった。
「失礼します、陛下。お呼びだと伺いました」
国王はユーテリアが到着次第すぐにでも騒動について話を聞くつもりでいた、のだが・・・。
「どうしたんだ!顔が真っ青じゃないか」
部屋に入って来たユーテリアを見た瞬間、あまりの顔色の悪さにいつもの“国王の仮面”は吹き飛んでしまった。
「具合が悪いのか?熱は?」
「大丈夫です、陛下」
思わずユーテリアに駆け寄る国王。間近で見るとその顔色の悪さがよりわかる。顔色だけでなく、少しやつれたようだ。
「だが本当に顔色が悪い。無理せず明日は学園も公務も休んで一日ゆっくりしたらどうだ?」
「絶対に学園は休みません!休んだらミリアに会えなくなる!」
なんてことだ。ここまで酷いとは──。
明らかに今までとは違うユーテリアの様子を目の当たりにし、思わず絶句してしまう。
「わかった。だがどうしても体調が優れないときは王宮医に見てもらうように」
「・・・はい、申し訳ありません」
気まずそうに顔そらすユーテリア。
「とにかく、座りなさい。聞きたいことがある」
ユーテリアがこの部屋に来て30分が経った。
国王は紅茶を一口飲みのどを潤す。
「つまり、ミリア・ワーナー子爵令嬢を愛してしまったため主要貴族が集まる自身の誕生日を祝うパーティーで彼女を認知させる意味も含めイザベラ嬢に婚約破棄を申し立てた、ということか」
「そうです」
ユーテリアも紅茶を一口飲み、にこやかに答える。ミリア嬢がいかにすばらしいか、どんなに愛らしいかをひたすら説明していたのだ。喉も乾くだろう。
やはり今までのユーテリアとは違う。彼はここまで盲目的ではなかったはずだ。いや、それほどまでに愛する人を見つけたと言うことだろうか・・・?
「だがイザベラ嬢への断罪は理不尽だろう。証拠も示さず一方的に捲し立てたそうじゃないか」
「必要なことです。彼女の悪行をあの場で明らかにしなければ『イザベラ・フォールマンは王太子妃にふさわしくない』と貴族たちにはっきりと伝わらない。人伝ではなく自分の目で見たものを人は信じますから」
こういうところは理性的だから困る。
「証拠は?」
「ミリアが被害に遭っていると言っています。それが何よりの証拠です」
支離滅裂だ。
その後もユーテリアから話を聞いていたが、頭が痛くなることばかりだった。
何を聞いても、何を話していても意思の疎通が図れない錯覚に陥る。
「今日のところはもういい。また呼ぶことがあるかもしれないがそのときにまた話そう」
冷めきった紅茶を流し込んだユーテリアはカップをソーサーに置いた。その仕草は元の優雅さを思い出させる。
「わかりました」
「ワーナー令嬢とのことも今後どうするか改めて相談しよう。それまで過度な接触は控えてくれ。王太子として振る舞いには十分気をつけるように」
ドアに向かっていくユーテリアへ投げかけた言葉に、返事はなかった。
ユーテリアが部屋を出たのを見送ると体の力が抜け疲労感が襲って来た。
疲れた──。
背もたれに体を預け、天井を見上げながら目頭を押さえる。帰国してまだ数時間しか経っていないのだ。それでも、まだ、休むわけにはいかない。
「やはり、なにかおかしいな・・・。そう思うだろう?カロン伯爵」
キィ。
小さく音を立てソファのすぐ横にかけられていた鏡が、ドアのように開いた。
「ええ、陛下」
カロン伯爵と呼ばれた青年は、静かに国王の前に歩を進める。
時刻は17時。
話す時間はまだ十分にあった。
つ、次こそは主人公の名前を・・・!
読んでくださりありがとうございました。