25 さて、手記を解読しましょう
こんなに遅筆なのに評価やブックマークをしてくださってる方々、本当にありがとうございます。
今日は朝から雨だった。
シトシトなんてかわいいものではなく、ザーザーとそれなりの勢いで降っていた。
こんな日は学園に行く気にならない。というか、外に出る気になれないので憂鬱になる。
雨の日はいつもサボっちゃおうかと思うが実際はサボることなく学園へと向かう。
なぜなら、我が家の敏腕執事・ライアンが無表情でじっと見てくるからだ。
無言の圧のせいでなんだか悪いことをする気分になってしまい、学園へと足が向くというカラクリになっている。
「あ〜あ、だるいな・・・」
学園について早々、私が向かったのは数ある避難場所の一つである通称『失せもの部屋』。
ここは3階保管庫(という名の物置部屋)の中にある一室だ。
保管庫は使わなくなった机や椅子といった家具類から掛けかえて外された絵画や欠けたシャンデリアなどが保管されている。その部屋の奥には学園生たちの落とし物や忘れ物が保管されている小部屋があり、平素は誰も出入りしない空間が広がっている。
この学園に通う9割の学園生は多少の貧富の差はあれど貴族だ。
どんな貧乏貴族だろうと持っている物はそれなりに高価な物になる。
無理をしてでも子供には良い物を持たせる親が多いからだ。あまりにも身につける物が貧乏臭いと「あそこの家は財政状況が危ないのかしら」などという噂が子から親へと伝わり、すなわち社交界へと広がってしまう。
そして貴族は見栄っ張りな種族だ。そのうえ、他人を蹴落とし嘲笑おうとするへそ曲がりが多い。
だから内情はどうあれ、「我が家は順風ですわよ、おほほほ」と見せかけるために学園に通う子息令嬢たち
には高価な物を持たせる傾向にあるのだ。
そんな学園生の落とし物や忘れ物がその辺にほっぽっていい安物なわけがない。
それらは持ち主が現れるまで、学園側が厳重に保管する事になっている。その保管場所がここ、『失せもの部屋』である。ちなみに『失せもの部屋』は私がそう呼んでいるだけで正式名称は『重要遺失紛失物保管室』らしい。無駄に長い。
そして見栄っ張りな親の子供も変にプライドが高く、忘れ物や落とし物があっても自ら名乗り出る者はあまりいない。先祖代々伝わる物やよほど高価な物でない限り「無くしたなら買い直せばいいじゃない精神」が根付いている。もちろん例外もいるけど。
この部屋に出入りする人がほとんどいないことを知った私はそれ以来ありがたくこの部屋を有効活用させてもらっている。デザインが古くなったので取り替えられた用済みのソファやサイドテーブルがあり、窓は無いが空調が完璧に管理されているので快適に休むにはうってつけの場所だ。
「さて、と」
型落ちしたモスグリーンの3人掛けソファに腰を下ろし、薄汚れた手記──あの建物から持ち出したあの手記──をじっくりと見つめる。
くすんだ茶色の表紙は所々黒く濁っており、名前もサインも書かれていない。
ページをめくると古紙特有の匂いが鼻をかすめる。
「やっぱわかんないや」
昨日は真っ暗の中で小さな明かりだけだったからよく見えなかったのかもと思ったが、どうやらそういう訳ではないらしい。
明るい光の下でもまったく解読不能だ。
そんななかで唯一わかるのはあの嘆く女性の絵。相変わらず心が締め付けられる女性の姿に喉が苦しくなる。
パラパラとめくると今までとテイストの違う絵が目に入った。
「微笑んでる・・・?」
それは、椅子に座り刺繍をするあの女性の絵だった。
まっすぐに床へと流れる髪は目を隠しているが口角は上がっている。
今までとは違い、女性の穏やかな日常を描いたかのような絵だ。
そんな絵が何枚かあった。
少しすると今度は着飾った女性の絵が出てきた。派手なドレスに髪はアップでまとめられ、単色の絵なのにきらびやかさが伝わってくる。
驚く事に着飾った女性の絵が一番多かった。
違うドレス、違う髪型、違うアクセサリーだがどれも華やかで淑女の表情をしている。上品な笑い声が聞こえてきそうなほど生き生きとしていて、先ほどの女性と同一人物か疑いたくなるほどだがきっと同じ女性だろう。
文字も先ほどより丁寧に書かれている気がする。なんて書いてあるかわからないけど。
(結局なーんもわからないか)
手記を閉じて行儀悪くソファに転がると目を瞑った。
くしゅん、とくしゃみが一つでてなんだか肌寒い。
もぞもぞと身を縮こませると、そのまままどろみの中に落ちていった。
■■■■■■
ゆらゆらと、空間を漂う。
何もない空間。場所も、時間も、空気も、何もない場所で身体の重ささえ感じない。
ただそこに浮遊するだけの物体となったように、だが確かに私はそこに存在している。
ゆったりと空間に身を預けていると、音が聞こえてきた。
コツン、コツン、コツン。
(足音?)
唐突に理解した。
これは、『私』の足音だ。
意識した途端、身体の重さを感じて視界がクリアになった。
『私』は両側を兵士に挟まれて歩いてた。
長くて薄暗い廊下。石造りのそこはガチャガチャと兵士の鎧がこすれる音と、『私』の足音が響いている。
手枷で拘束され、長い髪を引きずるように歩いている。
そうだ、きょうは『私』の最後の日。
塔に閉じ込められていた『私』がようやく土の上を歩けるようになった、解放日。
そして自由になれる日。
なぜこんなことになったのだろうか?
ただあの人を愛していただけなのに──。
「魔女め!」
「さっさとくたばれ!!」
いつの間にか外の広場に出ていたようで、人々のざわめきが聞こえていた。
罵詈雑言。『私』を非難する声ばかりだ。
顔を上げるとたくさんの人が憎しみの目で『私』を見ている。
反対側を見ると貴族たちが並んでこちらを見下ろしていた。
『私』は無意識にあの人を探す。
「──よって、この者を火刑に処す!」
長々と『私』の罪状を読み上げていた兵士の声が止むと、刑場は割れんばかりの歓声が響いた。
たいまつを持っていた兵士たちによって中央の大きな穴の中に火が広がる。
さながら火の海だ。
燃え盛る炎に、ようやく『私』は心を吹き返す。
「なんで?なんで『私』がこんな目に合わないといけないの・・・?」
久々に出した声はかすれていて聞き取れる者はいない。
ふと、王族の席にあの人の姿が見えた。
『私』が愛した唯一の人。この国で最も尊い一族の、あの人。
涙がにじむ目に見えたあの人は、顔色一つ変えずに無表情で『私』を見下ろしていた。
この状況を見たらもしかしたら目を覚まして『私』を助けてくれるかもしれないと、一縷の希望を持っていたけれど。
「ああ、やっぱりそうなのね」
『私』の婚約者だったあの人は、『私』のことなんて心底どうでもいいのだ。
平民の女に心を奪われ為政者としての誇りを失った次期国王は、幼い頃から決められた婚約者である『私』がむしろ邪魔だったのだ。
優柔不断で少し我が儘なところがあるあの人を支えて来た『私』。
苦労する事もあったけど、これからもあの人の隣で支えると誓っていたのに。
それなのに、あの人は裏切った。
平民の女と一緒になるために、ありもしない罪をでっち上げてまで『私』を陥れたあの人・・・。
涙がダクダクと流れていく。
兵士に乱暴に誘導された『私』の周りを槍がぐるりと囲み、眼下には炎が広がっている。
あと一歩踏み出せばもう終わりだ。
「なにをしている。その魔女をさっさと落とせ」
頭上から冷たい声が降って来た。
誰の声かなんて顔を見なくてもわかる。『私』の愛した──。
・・・愛?いいえ、そんなものはない。
はじめから空っぽだったのだ。
だって、そうじゃないと、こんなにも冷たい声で『私』の死を命じないだろう。
途端に『私』の中で今までにないほどの憎しみがあふれてきた。
ドンッ!と背中に衝撃を感じた。
視界いっぱいに広がるのはメラメラと揺れる赤と黄色。
許さない、許さない、許さない、許さない。
絶対に許さない。
たとえこの身が燃え尽きようとも、何百年かかろうとも。
あの人を、ハンゼンブルグ家を許さない!!
──音にならない呪詛は炎の中に消えていった。
■■■■■■
「・・・はっ!!」
横たえていた身体がガバっと起き上がる。
「はあ、はあ、はあ・・・」
(私、生きてる?炎の中に落ちたのに・・・?)
混乱するなか、ドサッと何かが落ちる音に下を見ると、手記が落ちていた。
(あ、そうか。この手記を見ている途中で寝ちゃったのか。さっきのは夢で・・・)
手記を拾いながら夢でよかったと心底思う。
炎の中に生きたまま放り込まれるなんて絶対にいやだ。
「はぁ〜・・・」
まだ心臓がバクバクしている。こんなリアルな夢を見たのは始めてだ。
なんでこんな夢をみたんだろう?
ん?そういえば・・・。
手記を開き女性の絵を見ていく。その中には手枷をはめられた姿があった。
(もしかして、この女性の体験を夢に見た、とか?)
「いやいやいや、ないないない」
私にそんな能力はないし今までもない・・・と思う。
でもただのリアルな悪夢として片付けるには後味が悪いのも事実。
「ん〜、調べてみますか」
未だにバクバクとする心臓が落ち着くのを待ってから、図書館へと向かった。
読んでくださりありがとうございました。




