24 一歩前進でしょうか
遅くなりました。
みなさん、暑い日々が続きますので体調管理にご注意を・・・。
月のない、夜の森の中にそびえ立つ建造物。
星の光も雲で隠れているため空から届く明かりは皆無で、この森に照明設備はない。
それでも暗闇に慣れてきたこの目は、その異様な建物をしっかりと捉えていた。
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ミリア嬢が去ったあと、私は暫し悩んでいた。
──この建物に入るべきか、否か。
正直に言うと、入りたくない。というか、私の本能が「ヤメロ」と告げている。
本能で感じるものには従う主義の私だ。本来なら危険だと判断した場所は無視するところだが進展のなかった毎日にようやく現れた解決の糸口。──入らないという選択肢は、残念ながらない。
ポケットからペンライトを取り出し足下を照らしながらゆっくりと近づいていった。
建造物の周りをぐるっと回りながら見てみると、3つの建物から成り立っていることがわかった。
高さが違う3つの四角柱の塔が連なっていて、崩れた外壁が周りに散らばっている。レンガの壁を触ってみると結構な厚みを感じた。
しばらく建物に沿って歩いていると、壁が途切れ大きな扉が現れた。いつの間にか一周していたようだ。
秋の夜の外気に晒されているからか、扉は冷たい。
「鉄製?」
指先に感じた冷たさとサビた匂いで鉄製だと思い、ライトを当てて扉をよく見る。
明かりに照らされた扉の表面は黒く、何かのレリーフが刻まれているのがわかるが小さいライトだけでは全体像がわかりづらい。
「ふう」
扉に手を付き一呼吸する。最初から目を集中して鉄の扉を押す。
ギギッと重い音を響かせながら開いた扉の向こうは、何者かが息をひそめているような闇が広がっていた。
建物の中は曲がり角が多く油断すると迷子になってしまいそうな構造になっている。
(え〜と、5つ目の角は左で・・・いやいや、右だっけ?)
まるでゴールのない迷路を彷徨っている気分になる。このままこの中を永遠に歩き続けるような外に出られないようなそんな感覚になるのは、おそらく内装が全く変わらず目印になるものがないからだろう。
いまのところ何の異変もないが、ここに入ってからずっと肌が泡立つ感じが続いている。
ここはいったいなんの為の建物なんだろう?
途中でいくつかドアがあり、二段ベッドが並ぶ部屋やデスクと棚が押し込められた部屋など、明らかに用途の違う部屋が並んでいた。
全ての部屋に共通するのは飾り付けるものは一切ない、ということくらいだろうか。殺風景で人工的な雰囲気の部屋は、まるで。
(兵士の詰所、みたいな)
もしかしたらここは、かつて王族に仕えていた兵士の詰所だったのだろうか。
王族の別邸だった敷地だ。あり得ない話ではない。
2階へ進みまた廊下を進んでいくと、今までとは違うドアが目に入った。他のドアより二回りほど大きく、ドアノックが付いている。
ドアノブに手をかけ、ゆっくりとドアを開けて中に入ると今までの部屋と違うとわかった。
部屋に入ってすぐ目についたのは大きなデスクとチェア、右側の壁一面には空っぽの本棚が、左側の壁には空っぽの本棚と絵が掛けられていた。
他の部屋にはなかった装飾品の絵画には荒れ狂う海が描かれている。
デスクにはうっすら積もったホコリ以外なにもなく、両側にそれぞれ4つの引き出しがついている。その中で左側の一番下の引き出しが気になったので開けようと引っ張るが、古いからかスムーズに開かずガタガタと引っかかるだけだ。
「ゴホッ! ゴホッ!ホコリが・・・ゲホッ!」
積もりに積もったホコリが一斉に舞ったようで喉は苦しいし目はかゆいし鼻はムズムズするし全体的にザラザラするしこれなんて苦行?いますぐ湯浴みしたい。そもそもなんでこんなところにいるんだっけ?なんで窓もない建物の中でこんなホコリにまみれてるんだっけ?肝心の殿下はまったくノータッチなのになんで私がこんな目に・・・?
なんだかイラついてきた。私、本来なら全く関係ないよね?それもこれも全部あの腹黒殿下に言われたからだよね!?
心の声に呼応するように手に力が入り、引き出しはより一層激しくガタつく。
「もう絶対殿下の頼み事なんて聞いてやんないんだから!・・・・・・あ、開いた」
イライラしていたけどホコリへの苦しみが転じて殿下への怒りになり引き出しが開いたので良しとしよう。大声を出して少しすっきりし、引き出しを覗き込むと何かがあった。形状からして本のようだ。手に取りホコリを払ってみるが表紙には何も書かれていない。パラパラとページをめくると手書きでズラッと書き込まれていたのでおそらく誰かの手記だろう。とても古いもののようで慎重にめくらないとすぐに破れてしまいそうだ。
それにしてもこの手記・・・。
「・・・読めない」
字が汚すぎて読めないのか私の読解力がないからなのかわからないが全く読めない。いや、ここは暗くてよく見えないってことにしておこう。
ページをめくっていくと絵が描かれていて思わず手を止めてしまった。
描かれているのは、泣き崩れる女の人の姿。
床にへばりつき長い髪が散らばるその姿に題名を付けるならまさに『絶望』だろう。
色のないスケッチなのに女性の慟哭が聞こえてきそうなこの絵には、胸が締め付けられるほどの感情を沸き起こさせる。
次のページにも、そのまた次のページにも女の人の嘆く姿が描かれている。どの絵の女性も長い髪と簡素なドレスをきているのでおそらく同一人物だと思われる。
いったい、この女性にどんな不幸が訪れたのだろうか。
何が彼女をここまで苦しめたのだろうか。
それを知る術を私は持っていない。
名前も素性も知らない女性の気持ちに触れようとした、その時だった。
ガリ・・・
ガリ・・・
ガリ・・・
どこかから、引っ掻くような音が聞こえてきた。
その音はわずかに耳に届く程度の大きさなのに鈍く部屋中に響いている。
ガリリ・・・
ガリ・・・
ガリッ
(これは、マズいかも)
ゆっくりと身体を起こし、手記を閉じる。
浅く呼吸をしながら部屋を見回す。
ふと、壁にかけられていた絵に目が止まった。
荒れ狂う海の様子が描かれていたその絵の中央に、さっきまではなかった赤いモヤが漂っているのが視える。
モヤは渦を巻くようにゆっくりと、ゆっくりと絵から出てきているようだ。
(赤は警告。何者かに警戒されている・・・?)
同時に、監視されているような視線を感じる。
これ以上の長居は無用だ。即刻ここから立ち去ろう。
ルートを脳内に描きながら、私は部屋をあとにした。
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外に出た時、空はさらに雲が分厚く重なってゴロゴロと音がしていた。
もしかしたら一雨来るかもしれない。
一応女子寮に戻ってミリア嬢が休んでいるか確認して今日はもう帰ろう。
ひどく疲れた。
今日ぐらい、ゆっくりと寝てもいいよね。懐中時計を見ると時刻はまだ深夜と呼べる時間だ。十分とは言えないが休む時間はある。
帰ろうと森の中に引き返すと、手に持っていた手記の存在を思い出した。
「あ・・・持って来ちゃった」
今更返しに行く気にもなれないしここに置いていく訳にも行かない。
誰の物かわからないが放置するのは憚られる。それに・・・。
(なーんか気になるんだよねぇ、この手記)
私は直感を大事にする方だ。
たとえ今はなんの意味がなくても後々わかることもある。
「さ、戻ろっと」
森の中を女子寮に向けて進む背後には、変わらず暗闇に佇むあの建物が私を見下ろしている。
あの絵が飾られていた部屋を中心に、赤いモヤが一点のシミのように滲んでいるのを夜の森だけが知っていた。
読んでくださりありがとうございました。




