19 王太子のこれまでと苦悩と、これからは?
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ハンゼンブルグ家。
それは、王国を統べる一族の名前。
一族には約1500年前の建国当初から、信頼の厚い臣下がいた。──それがカロン家だ。
カロン家は代々、王家の相談役として王家と共に歩いてきた。ハンゼンブルグ家のいわば盟友であり戦友のような家門。関わるのは当主である伯爵なので他の家族と交流はなかった。
カロン家にはまだ秘密があるようだが、それを知る事ができるのはハンゼンブルグ家当主、つまり国王陛下のみ。それは代替わりの時に伝えられると聞いている。もし伝えられる前に陛下が崩御された場合はカロン家当主から次代の国王へ伝えられる。
今代の国王陛下がそのパターンだった。
俺の父親でもある先代国王陛下、ロベール・ド・エリオ・ハンゼンブルグは即位の2年後、不慮の事故で帰らぬ人となったのだ。まだ28歳だったと聞いている。
ハンゼンブルグ家当主は短命の者が多いとされていた。病や事故など原因はさまざまだがそれまでどんなに元気に過ごしていた者も当主の座に就いたとたん、命の危機にさらされることが増える。
父上も自身が長くないと悟っていたのか、弟である現国王陛下に「なにかあったらまずカロン伯爵を頼れ」と言っていたらしい。
当時、俺は3歳で立太子をしておらず、国王の代行を担うはずの王妃殿下も不在のため叔父上が即位した。叔父上はすぐに俺を後継者に指名、5歳で王太子となった。
そのころからよりいっそう勉強と剣術が厳しくなった。いつ何があるかわからないから身体を鍛え、後継者として申し分のない教育を施された。
王太子になった次は婚約者が決まった。イザベラ・フォールマン嬢だ。
彼女はおっとりとしていて争いを好まない優しい女の子だった。成長してからもその気質は失われず、むしろ磨きがかかったように思う。それでも芯はしっかりとしており、名家のフォールマン公爵家令嬢としてプライドも忘れていない。
だが、愛はなかった。それでも伴侶として申し分ない女性だからいずれ結婚するのを受け入れていた。彼女ほど王妃にふさわしい人物はいなかったから。彼女も覚悟を決めていたのに。
全てを水の泡にしたのは、他ならぬ俺自身だった。
自分がしでかした事の重大さに気づいたのはずっと後になってから。
自分がおかしくなったことに気づき正気を取り戻してからは自らまいた種との戦いが待っている。それに加えてミリア・ワーナー嬢という火種がまだ残っていた。
俺にはどうにもできない、大きななにかが背後にある。
姿の見えない敵は俺だけでは無理だ。戦い方すらわからない。それが俺の結論。
そんな俺の前に現れたのが彼女だった。
ナディア・カロン嬢。
金色の髪と緑に少し金が混じったような不思議な色をした瞳の少女。あのカロン家の令嬢なのに王家に無関心を貫く少女。口調や物腰を敬っているように見せていたのは最初だけだった。
でも俺は嫌いではなかった。あからさまに媚びへつらう貴族よりマシで、王太子の俺と真正面に向き合う感覚は好ましかった。自由な彼女の前なら、俺も本来の自分になれる気がしたから。
彼女は猫かぶりのうまい令嬢だ。
本音を隠し、誰も信用せず誰にも頼らない。年頃の令嬢にしては少々そっけなく、目立つ事も好きではないようだ。今回の事がなければ、俺と面識をもつこともなかっただろう。
半分脅すような形で約束を取り付け第1図書館へと向かった事があった。窓際で風に遊ばれる彼女を見た時身体が動かなかった。目を奪われるというのはああいうことなのだろうか。女性に対して奇麗だという感想を持ったのも彼女が始めてだった。
「お待ちしておりました、殿下」
「・・・あ、ああ、待たせてすまない」
彼女は振り返り、何でもないように声をかけた。見とれていた事を認めたくなくて、彼女にも悟られたくなかった。
「私は、普通の人には視えないモノが視えます」
彼女の告白に、柄にもなく動揺した。
淡々と告げられるのは彼女にしか視えないモノの話だった。俺とは無縁の世界の話。理解が追いつかなかった。
話の内容を噛み砕き、考えていた。
俺は決して神秘主義者ではない。どちらかというと現実主義者だ。それでも彼女の言う“黒い女”はこの半年間の異常の答えにたどり着く、唯一のように思えた。
いまここで結論を出すには情報も考察も足りない。ナディア嬢の話も、ちゃんと腰を据えて聞くべきだろう。彼女の話し次第では、協力を要請する可能性もある。
俺にはわからないナニカを断つための切り札になるかもしれないから。
俺は自分の事しか考えていなかった。彼女がどんな気持ちで告白しているかなんてわかろうともしていなかった。だから──。
「少し、考えさせてくれ」
今後のためにもじっくり考えてから改めて話す必要があると思ったから。
顔を挙げた彼女の目に俺は映っていなかった。
「ええ、どうぞ」
よそよそしい雰囲気に戻った彼女と目が合わないまま、彼女は帰ってしまったのだ。
俺は、答えを間違えたんだ。
彼女と会わないまま5日が過ぎた。学園を休んでいるようだった。
俺は何度か彼女と始めて会ったあの木陰や第1図書館に足を運んでいた。
正気になってからはワーナー嬢に会わないように避け続けていた。ワーナー嬢から逃げるにも最適な場所だったのもある。
俺はまだ完全にナニカから逃げ切れていない。
ワーナー嬢のそばにいるとまた囚われてしまう気がしていた。実際一度だけ危なかったが。
いつものように第1図書館に行くと、奥からナディア嬢の声が聞こえた。
誰かと話しているのか、彼女の声は穏やかだ。視界に捉えた彼女は安堵の表情をしていた。
奇麗なのに儚くて、幼い子供のような表情。
誰が君にそんな顔をさせられるのだ?俺ではないのは確かだろう。では、一体誰に?
「ナディア嬢?」
「・・・ごきげんよう、殿下」
俺に気づいた彼女は、すっと表情を変えた。当たり障りのない上辺だけの笑顔に。
「殿下に渡したい物がございますの」
彼女に渡されたのはミサンガというお守りだった。
数種類の青い糸で編み込まれたブレスレットのようなお守りは彼女が自ら作ったものだという。
「俺用に?君が、作ったのか?」
「え?ええ、そうですわね」
なんとなく恥ずかしくて彼女を見る事が出来ない。
彼女が俺の腕にミサンガをつけるのを見下ろす。小さな手がいやに目についた。
ミサンガや彼女の母親、彼女自身について説明をする姿は相変わらず淡々と話しているがやはり俺を見ていない。一線を引かれているのがわかった。
「前回、殿下がワーナー嬢の呪縛に抗ったときに思い浮かべた事があればそれを強く意識するといいでしょうね。一度それで免れたのですから、イメージしやすいのではないでしょうか」
ミサンガの説明の中で彼女に言われた言葉に思わず絶句した。
ワーナー嬢に再び囚われる感覚になったあの時、無意識に俺の脳裏に浮かんだのはナディア嬢だったから。
目の前の彼女にそんな事言えるはずもなく、ただ顔に熱が集まった。
「大丈夫ですか?顔が赤いですが・・・」
「あ、ああ大丈夫だ!大丈夫・・・」
「大丈夫ならいいですが──では、私はこれで失礼致します」
義務は果たしたと言わんばかりに立ち去ろうとするナディア嬢。横をすり抜ける瞬間、俺は彼女の腕を掴んでいた。
「殿下・・・?」
「その、だな・・・言いたい事がある」
「・・・クレームでしたら受け付けておりませんが」
「そんなのではない!むしろ・・・!」
掴んで手に力がこもる。思わず引き寄せてしまいよろめく彼女。
始めて、彼女と目が合った。
■■■■■■
「俺は、君を信じる」
答えはとっくに出ていたのだ。
彼女の話をもっとしっかり聞こうと思った時点で疑ってなんかいなかったのは明白だった。
改めて話をするため次の約束をして別れたあとも、心は晴れやかだった。
正直なところ、彼女と仲良くなるのは打算もあった。
一連の出来事に絡んでいると思われる“黒い女”とワーナー嬢の件を解決するために、彼女を利用するという腹黒い考えだ。
だが彼女の話を信じているのは紛れもない真実だ。
嘘を言っているようにも見えないし、俺自身も彼女を信じたい。それに──。
彼女に、ナディア嬢に嫌われるのはいやだ。
芽吹き始めたこの感情がなんなのか、わからないほど子供ではない。だが安易に受け入れることもできない。俺は、王太子だから。それにまだイザベラ嬢との婚約も続いたままだ。問題はたくさんあるからまだ結論を出す事はできない。引き返すなら早いうちがいいのもわかっている。
それでも、俺は彼女を手放す気もないのだ。
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