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17 癒しのあとは試練です

ブックマークと評価、ありがとうございます。


 久々の学園は騒々しい声が響き渡っていた。



「ユーテリアさまぁ〜、どこにいるんですの〜!?」



休憩時間になるたびに廊下から響く、鼻にかかった甘ったるい声。どうやったらそんな声が出せるのか不思議だ。この広い学園内で響き渡るってスゴいよ、ミリア嬢。どこにいても聞こえるもん。

 かくいう私は、リゼット嬢と一緒に次の講義に向かっているところだ。



「今日も絶好調ですわね」


「今日もってことは昨日もこんな感じだったんですの?」


「昨日もおとといもその前も、週明けからずっとですわ。お休みだったナディア嬢がうらやましいと思いましたもの」



 べったりだった二人の姿は学園から消え、いまは殿下を捜すミリア嬢の姿が定着していた。偶然か必然か、殿下はミリア嬢の前に姿を現さなくなったのだという。たぶん殿下が逃げまくってるんだろうけど。


 そのおかげか、いま学園内では少しずつ『殿下が元に戻った』という噂がささやかれ始めていた。みんな鋭いなぁ。 

 『元に戻った』ということは、やっぱりみんな以前の殿下を『元の殿下ではない』と認識しているということだ。面白い事に『なんでおかしくなったか』は誰も気にしていないようだ。


 さて、ミサンガをどうやって渡そうか。

ミリア嬢が探してもいないんだからその辺でばったり会うなんてことはないだろうし、会ったとしても人の多いところは嫌だ。今まで人前で殿下と話した事がないのにいきなり物のやりとりをしているのを見た人は何かあるのではと勘ぐるだろうし・・・。なんとか殿下だけがいるところに遭遇できないものか。

 まあ今日無理ならやっぱりお兄様にお願いしよう。「早く渡したいけど殿下と会える保証がありませんので」とか言えば許してくれないかな。

 

 考えながら席に着くと廊下から「ミリアはここにいますぅ〜」と言う雄叫びが聞こえてきた。


 この講義が終わったら息抜きにでもいって考えよう。




■■■■■■



 

 「やっぱここ落ち着くなぁ」



 講義終了後、私は第1図書館に来ていた。

いくつかある息抜きスポットの中でもここが一番いい。他の棟から離れているから人の往来自体少ないし何よりミリア嬢の声が聞こえない!

 窓を開けて思いっきり背を伸ばす。はぁ〜、本当にきもちのいい昼下がりだね。



「お久しぶりですね」


「あら、司書さん。ご無沙汰しております」


「ここ数日、姿を見なかったのでもうここに飽きたのかと思いましたよ」


「そんな、飽きるなんてこと絶対ないですわ。しばらく体調を崩しておりまして、学園を休んでいたんですの」


「もう大丈夫なんですか?」


「はい、すっかり回復しましたわ」



 私の癒しでもある司書さんは、本棚の目録を整理していたのか近くの本棚を検分していた。

 司書さんの名前は知らない。以前は「司書様」と呼んでいたが、様付けはやめてほしいといわれ「司書さん」呼びが定着した。様付けに慣れてないと言う事は、下位貴族もしくは平民だと思うけど所作は洗練されている。謎の人物だけど悪い人ではない。

 薄茶色の髪はふわふわと柔らかそうで、黄色の瞳は甘い蜂蜜を連想させる。どこか懐かしさを感じさせる笑顔は優しくて、こんな風に微笑む人が悪人なわけがない。出会った当初から私の直感は『この人はいい人だ』と告げていたから。

 


「なにか、悩み事ですか?」


「・・・わかりますか?」



 司書さんの問いかけにヘラリと答える。そんなに顔に出てたかな。



「疲れているようでしたから」


「ええ、一気にいろんな事がありまして・・・」



 殿下の誕生日パーティーで“黒い女”を見てからいろんな事が起きた。一ヶ月も経たないうちに怒濤の展開が続いて私のライフポイントはもう残りわずかよ・・・。

 気持ちが落ち込みそうなところで、何かが頭に触れる。



「大丈夫、大丈夫ですよ」



 顔を上げると、優しい黄色の瞳と目が合った。

 髪越しに感じるぬくもりは司書さんの手で。慈愛に満ちた微笑みは安心感を与えてくれる。


 不意に、涙が溢れそうになった。 


 一連の出来事が起きてから、誰かに弱音を吐いて慰められたのは始めてだ。



「あなたは出来る限りのことをしています。だから、大丈夫ですよ」



 詳しい事なんて司書さんはわからないだろうけど、疲れている私に同情しているだけだろうけど。

 頭をなで続ける司書さんの手に、もう少しだけ甘えさせてほしい。




■■■■■■




「慰めていただき、ありがとうございました」


「少しでも元気が出たのなら良かったです」



 時間にしてわずか数分とはいえ、身内以外の男性とこんなに接近してしまうなんて令嬢にあるまじきことだ。我に返った私はすぐに司書さんから離れお礼を言う。



「勝手に触れてしまいもうしわけありません」


「いえ、こんな風に誰かに頭をなでられるなんて久々でうれしかったですわ」



 司書さんと微笑み合いほんわかした空気が流れる。もうしばらくこの空気を堪能したかったが、司書さんはまだ作業の途中だ。案の定、司書さんは「そろそろ作業に戻りますね」と奥に去っていった。



 司書さんがいなくなった直後、会いたくないけどいま一番探している人物の声がした。



「ナディア嬢?」


「・・・ごきげんよう、殿下」



 さっきまでの雰囲気が一気に吹き飛んだ。こうなったらさっさとミサンガを渡してしまおう。

そう思ってポケットに手をいれると、殿下から視線を感じた。



「殿下?」



顔を上げて、殿下を見るとどこか苦しげに見えた。



「あ、いや・・・その・・・そうだ。いま、誰かと話していなかったか?」


「司書さんと少し話しておりました」


「司書・・・?」



 まさかさっきの見られてた!?うわ〜恥ずかしい!



「そ、それより!殿下に渡したい物がございますの」


「俺に渡したいもの?」


「はい、こちらですわ」



 話をそらすようにミサンガを見せると不思議そうな顔をする殿下。



「こちらはミサンガといいまして、お守りのような物です」


「ミサンガ・・・。以前、君が探していものか」


「はい。あのときのミサンガは私専用でしたがこちらは殿下用に作りました」


「俺用に?君が、作ったのか?」


「え?ええ、そうですわね」



 なにさ、私がなにか作るのがおかしいのか?顔赤くさせてそっぽ向いて。私だってお兄様に言われなかったら作ってないから。



「殿下、手を出していただいてよろしいですか?」


「あ、ああ」



 左手首にミサンガをつける。さっきよりも近い距離に今更ながら緊張してきた。

そういえば殿下に会うのってアレ以来だ。一心不乱にミサンガを作ったり司書さんに癒されたりして忘れてたけど、ちょっと前までは昔の事を思い出して落ち込んだりしてたっけ。なんか随分昔に感じるけどほんの数日前なんだよね・・・。いまはなんか吹っ切れて殿下にどう思われても気にしないや。我ながら感情が続かない。



 ミサンガをつけ終わり、殿下に説明をしていく。殿下には力のことは話してあるからさくっといこう。



「私がナニカを視ることはお話ししましたね。昔から見境なく何でも視てしまう私を心配した母が教えてくれたのがこのミサンガです。母も私と同じ視える人で、私の力は母譲りです」



殿下の息が飲む声が聞こえるが、かまわず続ける。



「私たちには視る以外にも力がありますが、そのひとつに“念織(ねんお)り”というのがあります。このミサンガは“念織り”で作りました。簡単に言うと、思いを込めて糸を編み込む事です」


「ちょっ!と待ってくれ」


「質問は説明を一通りしてから受け付けますわ」



 気になることがあるのはわかるが口を挟まれたくない。だまって聞いててくれ。



「私がつけているミサンガは『遠ざける念』を込めて作った物です。これによって悪意を持った霊は近寄れない、ちょっとしたバリアのようなものです。殿下に作ったミサンガは『守りの念』を込めています。殿下がナニカの干渉を受けたときに力を発揮しますがそこまで精密な物ではありません。自己免疫力を高める程度の物、とお考えください。それでも持っていないより随分負担が減ると思いますわ」



一通り説明を終えて殿下を見るとミサンガを触っていた。



「質問がありましたらどうぞ。答えられる範囲でお答えしますわ」



殿下はミサンガを触りながら質問をする。



「ナニカの干渉を受けた時とは、例えば」


「ああ、“黒い女”には効かないと思いますよ?そうですね・・・せいぜい『ワーナー嬢の呪縛から守る』くらいでしょうか。殿下次第ではありますけど」


「俺次第?」


「自己免疫力を高める程度と言いましたがまさにそうですわ。以前、殿下がワーナー嬢の呪縛にかかりそうだった時、なんとか自力で免れたでしょう?それを手助けすると思ってくださいな」



いまは逃げ回っているだけだが、これがあれば対峙してても正気を保っていられるはずだ。それだけでもいいと思うんだけど、不満でもあるのか?



「前回、殿下がワーナー嬢の呪縛に抗ったときに思い浮かべた事があればそれを強く意識するといいでしょうね。一度それで免れたのですから、イメージしやすいのではないでしょうか」



そうアドバイスすると、殿下の顔がみるみる赤くなった。え、本当になに?



「大丈夫ですか?顔が赤いですが・・・」


「あ、ああ大丈夫だ!大丈夫・・・」


「大丈夫ならいいですが」



 殿下が大丈夫だと言うなら大丈夫なんだろう。

説明も終わったし、これで義務は果たしたよね?



「では、私はこれで失礼致します」



殿下の横を通りすぎようとした瞬間。



「待ってくれ」



なぜか私は殿下に腕をしっかり掴まれた。



「殿下・・・?」


「その、だな、言いたい事がある」


「・・・クレームでしたら受け付けておりませんが」


「そんなのではない!むしろ・・・!」



 殿下に腕を引かれよろめく。



 見上げるとすぐそこに殿下の顔があり、その近さに固まってしまった。なにかを言いたそうに開きかけた唇が妙に目につく。

 

 お互いの吐息がかかりそうなほどの、近さ。


 


 時間が止まったかのように、私たちはお互いの瞳を見ていた。











読んでくださりありがとうございます。

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