13 私は「バケモノ」らしいです
ブックマークと評価、ありがとうございます。
更新が不定期になり申し訳ないです。
————
———
——
初めてそれらを認識したのはいつだったのか、もう覚えていない。
物心ついたときからそれらは日常にいた。
「それでね、オスカーったら、階段の手すりをスロープのようにすべっておこられたのよ」
「ワフッ」
柔らかく吠えるのは犬のニーナ。全身が薄茶のフワフワした毛で覆われ、大きな耳と黒い目が特徴のメスの犬。悲しいときはただ静かにそばにいてくれて、楽しい時は一緒に走り回ってくれた、当時の私の一番の親友。まだヨチヨチと歩くくらいしか出来なかった私に合わせてゆっくりと歩く思いやりのある女の子だった。
ただ一つ、他の犬と違うのはその姿が半透明だったことだけ。
いつから彼女がいたのかは知らない。気がついたらそばにいたから、私が生まれる前からいたのだと思っていた。どんなときも彼女と一緒にいたから特に不思議に思うことはなかったし、彼女以外にも半透明に見える人や動物はいたから気にしなかった。子供心に「半透明の人もいるんだな」くらいにしか思っておらず、他の人も自分と同じように見えてると思っていた。
時折、怖く感じる半透明の存在もいたけど。
ニーナには一度も恐怖を覚えたことはなかった。半透明だけど触れば普通の犬となんにも変わらないし彼女の眼差しはいつも優しかった。
私の日課は、寝る前にベッドの中でニーナに今日一日の出来事を報告することだった。
半透明だけど彼女の体は柔らかくて温かくて、いつもそのまま一緒に寝ていた。朝起きると彼女は先に起きていたのか、すでにそこにはいないのでニーナと一緒に寝ていたことを知る人はいない。
その頃はいつもニーナと一緒にいた。追いかけっこ(といっても私がうまく歩けないので歩き回ってただけ)やかくれんぼをして遊んでいたのをよく覚えている。彼女は私を見つけるのが本当に上手で、でも同時に彼女は隠れるのもうまくて私が鬼だといつも苦戦していた。
当然、家の人たちは私たちが庭や屋敷で遊んでいるのは知っていると思っていたのでかくれんぼのときに「ニーナみなかった?」と問いかけることもあった。みんな「ニーナ、ですか?」と不思議そうに顔を傾けて戸惑っていたけど、それは私にニーナの隠れた場所を教えないようにしていたのだと思っていた。
唯一、その問いかけに答えてくれていたのがお母様だった。
「おかーさま、ニーナこっちきた?」
お母様はふわりと微笑むと「ここには来てないけど、広間の方へ行くのを見たわよ」と答えてくれた。
それが私の日常。私にとっての普通だった。
ニーナ以外にも屋敷には半透明の人たちがいた。
侍女の格好をしてみんなに混じって仕事をしている人もいれば階段の踊り場でただ立っているだけの人や書斎の隅でうずくまる人・・・。大抵は半透明だけど色彩はしっかりあって、そういう人たちから危害を加えられたことはなかった。
ただ、色が薄く感じられる人たちは意地悪で顔もどことなく怖くてそういう人たちが近くにくると私はいつも泣いていた。廊下を歩いている時にいきなり後ろから腕を掴んできたり、庭でお茶をしているとカップをひっくり返したり・・・。されたことを挙げたらきりがないほどだが、どれも驚きはするけど些細なことばかりだった。
もちろん、それまで命の危機を感じたことはない。
その日は、幼なじみのオスカーが来ていた。
オスカーはルナール辺境伯の息子で、私と彼の父親が昔からの友人だ。その縁で私たちも幼い頃はよく一緒に遊んでいた。
彼は私より二歳上なのに意地悪で、私のことが嫌いなのかいつも髪を引っ張ったり酷いことを言ってきていた。それでも時々見せる笑顔がまぶしくて憎めない男の子だった。
二人でかくれんぼをしている時にそれは起きた。
かくれんぼをしていたのは庭にある離れの小さな一軒家。
ここにも半透明の人はいたが、色彩がはっきりとしていて意地悪をしない人だったから強く意識したことはなかった。その人は若い男の人で、一カ所に留まらず離れの中を自由に歩き回っていたと記憶している。
鬼はオスカーで、私は一階のダイニングルームで隠れられるところを探していた。
「どこにかくれよう」
早くしないとオスカーが探しに来てしまう。力も背も足りないので椅子を動かすこともできない私は、仕方なくテーブルクロスを撒くってテーブルの下に隠れた。
オスカーが探しにくるのを待っていると、空気が揺れたような気がした。何とも言えない感覚で、何となく嫌な感じだった。
どうしよう、このままここにいるべき?それとも離れから出るべき?オスカーはどこ?オスカーは・・・? 逡巡している間に、事態は悪い方へと流れていた。
「うあぁぁぁぁっ!!」
突然、悲鳴が響いた。体が強ばり思わず目を瞑ったが、すぐに「オスカーだ」と気づいた。
──オスカーが危ない!
そう思ったときには、テーブルから抜け出し声が聞こえた方へ歩き出していた。
「オスカー・・・?」
弱々しい声で探しまわっていると、図書室の中で座り込んでいるオスカーを見つけた。
「うあ、あ・・・」
どこかを凝視しながら声にならない声を挙げるオスカー。
・・・なにかに、怯えている?
オスカーの目線の先には、いつもこの離れを自由に歩き回っているあの半透明の男の人がいた。
「オスカー!」
オスカーに駆け寄ると、頬に切り傷がついていた。まさかと思い半透明の男の人を見上げる。
「あなたが、やったの?」
そのときの感情は『怒り』と少しの『失望』。人に、オスカーに危害を加えるなんて、今までそんなことなかったのに!わずかにあった恐怖は吹き飛び、男の人を睨みつける。
「なんでこんなことするの!」
許せなかった。ここまで怒ったのはそれまでの人生で初めてで、感情のコントロールができない。
オスカーを守るように男の人に向き合い怒りをぶつけるように睨んだ。
「・・・ナディア」
背後からオスカーの呼ぶ声が聞こえる。戸惑っているのか、少し震えている声。
「ゆるさない」
男の人に一歩近づく。もう一歩、また一歩。
手を伸ばせば触れるくらいの距離まで来ると、男の人がびくりとした。
「オスカーをきずつけたあなたなんか、だいきらい!!」
さらに強く睨む。男の人に向かって出た声は、自分でも驚くぐらい低かった。
「『消えちゃえ』」
そう言った直後、男の人は霧のようにぼやけて消えた。
小さな体に疲労感が襲ってきた。なんで男の人が消えたのかわからないが、オスカーのことが気になり駆け寄る。オスカーは目をいっぱいに見開き、そのままの体制で呆然としていた。
「オスカー、もう大丈夫だよ。ケガ、痛む?」
血がにじむ頬に手を伸ばすと、オスカーは体をビクッとさせて少しだけ後ずさった。驚いて、混乱して、さっきの男の人への恐怖がまだ抜けてないんだと思った。
だからこれ以上怖がらせないように説明をした。
「こわがらせてごめんね。さっきの人、いつもはこんなひどいことしないのに」
「・・・・・・」
オスカーは何も言わない。少しだけ体が震えている。
「ほかの半透明の人たちにも、こんなことしないようにいうから——」
——だから、これからも一緒に遊ぼうね。
そう続くはずだった言葉を遮ってオスカーが口を開く。
「他の、半透明のひと・・・?」
「うん。おやしきやおにわにいるひとたち。さっきもおにわにいたでしょ?」
当然、オスカーも見えていると思っていたから。
「・・・なに言ってんだ?半透明のひとなんていない。さっきのやつも!いきなり僕の前に出てきた!」
「え?」
「それに、なんなんだよ、その目!!気持ち悪い!」
「・・・オスカー?」
オスカーは意地悪だけど「気持ち悪い」なんて言われたことなくて戸惑った。オスカーが何を言っているのかわからなくて。頬に見える切り傷が痛そうだからと伸ばした手は、彼に届くことはなかった。
「バケモノ!僕に近づくな!わけのわからないものをみて、追い払って・・・目が金色に光って!お前もバケモノだ!」
バタバタと逃げるように走っていったオスカー。
追いかける気力もなく、呆然とそこに座り込んだ。
──「バケモノ!」
頭に響くのはその一言だけ。悲しいのか、つらいのか、悔しいのか、よくわからない。
わかっているのはオスカーに「バケモノ」と言われたことと、オスカーに嫌われたことだけだった。
読んでくださりありがとうございます。




