11 信じてくれなくてもいいです
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昨日からの殿下の様子やリゼット嬢の証言からおそらく“黒い女”、すなわちミリア嬢の支配下から脱しているはずだ。「ミリア」ではなく「ワーナー嬢」と呼び、彼女のことをアンポンタンとまで言ったんだ。ミリア嬢=“黒い女”と考えるのは早計かもしれないがいまそれについては考えないこととする。
仮説は正しいと思うけど、改めて確認してからどこまで話すか決めても許されるだろう。
「殿下、私からもいくつか伺ってもよろしいですか?」
「ああ。それともう俺に気を使う必要はない。ナディア嬢の本性を知った今となっては丁寧な対応されても気持ちが悪いだけだ」
「いろいろ引っかかる言い方だけどそれなりの対応はさせていただきますよ」
にやにやと面白そうにこちらを見る殿下に隠すことなくため息をしてやった。
「それで、聞きたいこととは?」
「殿下はワーナー嬢をどう思います?」
「見た目は愛らしいが頭が残念でマナーがなっていないご令嬢。俺にすり寄ってくるところをみるとそれなりの野心はあると思うが、知性のかけらもないな」
「はっきり言いますね」
「当然だ。俺がおかしくなったのは彼女に関係があると思っている。その証拠にいまの俺は一切彼女を愛していない」
ここまで言い切るなら本当だろう。せっかくだからいろいろ聞いちゃえ。
「以前はワーナー嬢を愛しているように見えましたが、その時はどう思っていました?」
殿下は少し考えるそぶりを見せてから答える。
「自分でも不思議なんだが、ワーナー嬢を愛していたというより愛そうとしていたように思う」
「無理矢理愛そうとした、ということですか?」
「そうだ。なぜそんな風にしてたのかはわからない」
「この半年のことは覚えてます?」
改めてこの半年を振り返っているのか、殿下は目を伏せている。
「覚えているがなんというか・・・どこか他人事なんだ。確かにその時の俺が考えてしたことでその自覚はある。でもそれは俺であって俺ではないというか・・・」
「操られたような?」
「ああ、その表現が一番しっくりくるな」
やっぱりあの“黒い女”が関係しているんだろうか。
「殿下は、ワーナー嬢と出会ったときからおかしくなったと思いますか?」
「いや、そんなことはない。最初の頃は彼女を拒否していたくらいだからな」
「そうなんですか」
「ああ」
最初の頃、つまりミリア嬢が学園に通い始めたときは何の異変もなかったということか。確かにその頃は黒いモヤは見なかった。彼女がどこかで何かに憑かれたのはここに通うようになって以降。ということは、その何かは学園のどこかにあったっていうこと?・・・もしそうなら今まで私が気づかないとは思えない。それに“黒い女”が殿下に憑いたタイミングもよくわからない。
考え込んでいると、殿下が「そういえば」と呟くのが聞こえた。
「俺の体調が悪くなったのもワーナー嬢と絡むようになってからだ」
「ずいぶん顔色が悪かったですよね。どんな風に体調が悪かったんですか?」
「頭が重くてぼんやりしたり疲労感が抜けなかったり、常に息苦しくて夜中もうなされてよく眠れなかったな。・・・常に視線を感じるようになったのもその頃からだ」
「視線・・・」
“黒い女”かもしれない。
“黒い女”はミリア嬢に取り憑いて、殿下にも取り憑いたということ?それにしては彼女が体調を崩した様子はない。二人の出会ったタイミングが重なっただけで、殿下に“黒い女”が取り憑いたのとミリア嬢への態度は別として考えるべき?
「ワーナー嬢と出会った頃、いつも行かない場所へ行ったりしませんでしたか?もしくは今までと違う出来事があったとか」
今までと趣旨の違う質問に不思議そうにこちらを見る。
「・・・そんなことはなかったが」
「そうですか・・・。では、なにか人から恨まれるようなことに心当たりは?」
「ない」
「うっそだー」
「本当だ。なんでそう思う」
「だって殿下、本当は性格悪いですよね」
「あのな、普段の俺を思い出してみろ。誰にでも分け隔てなく丁寧に接してただろ。それこそ理想の王太子殿下だと言われるほどに」
「確かに」
「将来王位を継ぐ身だ。面倒ごとは避けて平穏に過ごしたいからな」
「つまり外面がいいってことですね」
殿下の「お前に言われたくない」という声が聞こえたがそれには一切返答しない。殿下ほどじゃないし。それよりも気になるのが──。
「それで、いまの殿下は元に戻っているんですよね」
「それがそうとも言えない」
「え?」
「体調はだいぶよくなったがまだ完全に回復していないし、何よりワーナー嬢に対しても・・・」
「何があったんです?」
そうして殿下が説明してくれたのは、私が先ほどリゼット嬢に聞いた出来事だった。
「君とここで話したあと、講義に出るため向かう途中でワーナー嬢と遭遇してしまったんだ。彼女はいつものように絡んできたそのとき、頭が痛くなり自分の意志に反して思ってもいないことを言いそうになった」
「操られるような感覚が戻ったような?」
「そんな感じだ。あのままだったらまたおかしくなっていただろう」
うーん、やっぱりミリア嬢に原因がありそう。でも完全に戻っていなくても明らかにマシになってる。
「でもなんで急に殿下は正気になったんでしょうね」
「それなんだがナディア嬢、原因は君だと思う」
「は?」
「昨日、君に介抱されてからいろいろと良くなったんだ。目が覚めたような、久々に深呼吸をしたような爽快感を感じたというか。常に息苦しく感じていたのも消えたし思考もはっきりとした」
「ええ?」
「だから君が俺に何かしたんだと思った」
「私、何もしてないですよ?」
そういうことか。だからこの人は何をしたのか聞いてきたんだ。私はてっきりあの行動を責めるために聞いてきたのかと思ったよ。結果的にこの状況を引き起こしたのはその行動が原因だけど。
「本当に何もしていないのか?」
「してないです」
「じゃあ、俺がおかしくなった原因に心当たりは?」
殿下の質問にドキリとした。思わず下を向いて言葉に詰まってしまう。
心当たりと言えば“黒い女”のことしかないがそのことを話すには私的にかなりの覚悟がいる。視えない人にわかってもらおうとは思わないけど、もう否定の言葉は聞きたくない。
「・・・さあ、わかりません」
膝の上に置かれた自分の手を見ながら答える。無意識のうちに左手にした予備のミサンガを触っていた。
──沈黙が続く。
しばらくそうしていると、殿下から静かな声が響いた。
「答えられないか?」
「・・・」
「なら別のことを聞こう。さっき返したハンカチまだ持っているか?」
「・・・?はい、もってますけど・・・」
意外な問いかけに顔を上げる。殿下は静かに微笑んでいた。
「そのハンカチ、少し貸してくれないか」
「はあ、どうぞ」
ハンカチを取り出し殿下に渡す。殿下のやりたいことがわからないので黙って様子を伺う。
「カロン家の使用人は中途半端な仕事はしない、そうだろう?」
「は?もちろんそうです」
「さっき君は怪我をしていないと言っていたな」
「はい」
「俺もどこも怪我をしていない」
「はあ」
質問の意図がわからず戸惑っていると、殿下はハンカチを広げてみせてきた。
「なら、この赤黒いシミはなんだ?血液だと思うがどちらも怪我はしていないし、使用人がこんなシミが付いたものを主人に渡すはずがない」
そのシミは、あの時の──。
「ナディア嬢、君は何か知っているんじゃないか?」
手を強く握り、深呼吸をする。
ああ、もう。
「殿下、私がこれから言うことは到底信じられないようなことです」
喉がゴクリと鳴った。
「私は、普通の人には視えないモノが視えます」
覚悟を決めた。
たとえ信じてもらえなくても、それはそれで殿下と関わることはなくなると思ったから。
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