10 人はこれを脅迫というのです
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今日の講義が全て終わり、私は図書館に来ていた。
いつもなら穏やかに過ごせる憩いの場所なのに、なんでこんなに沈んだ気持ちでここに来なきゃいけないんだろう。・・・わかってる、自業自得だってことはわかってるよ、はぁ。
やりきれない気持ちを抱きながら奥へ向かうが殿下はまだ来ていないようだ。
換気のため開いてる窓へ近づくと、葉がサワサワと音を奏でていた。小さく風が吹き、髪を撫でていく。まだ冷たさを感じさせない風が心地いい。
しばらくそうしていると、かすかに息を飲む声が聞こえたので振り向くと殿下が立っていた。
「お待ちしておりました、殿下」
来たなら声くらいかけてほしいよ。まったく。
「・・・あ、ああ、待たせてすまない」
さて、なんとかごまかし切って早く帰ろう。
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読書用のソファに座り、最初に口を開いたのは殿下だった。
「約束は覚えているな?俺の質問に答えるように」
「ええ。もちろんです」
「では聞こう。『俺に降り掛かる災厄』とはなんだ?」
──きた。大丈夫、シミュレーションはばっちりだ。
「殿下のワーナー嬢への想いですわ」
「ワーナー嬢への想い?」
「ええ」
よし、食い付いた。
「長年の婚約者であるフォールマン家のご令嬢より、不意に出会ったワーナー嬢を愛してしまったことは様々な試練を生むでしょう。学園に通う者なら殿下の心変わりは周知の事実ですが社交界や王室はそうではありません。お二人を悪く言う者だけでなく殿下は王太子の地位にふさわしくないのではないかという者まで出てきています。そんななか、殿下は想いが暴走し国の重要貴族が集まる中でフォールマン嬢に対して婚約破棄という手段をとりましたわ」
一息入れて更に続ける。
「古い考えが未だ根付く方々には到底受け入れられないことでしょう。そんな方々を相手に、これから殿下は王太子という地位を失うリスクを背負いながら納得させなければいけないのです。それを災厄と言わずなんと言いましょうか」
正直、意味不明な部分満載だがこういうのは雰囲気だ、言ったもん勝ちでしょ。なんとかこれで逃げ切りたい!
「フォールマン家への賠償を含めた誠意のある対応、ワーナー嬢を妃に迎えるための根回しや準備、頭の固い方々への説得・・・。これから殿下が直面する数々の問題は『愛ゆえ』の一言で片付けられるほど甘くはありませんわ。殿下の想いがまさに災厄へとつながるのです」
言い終わって殿下を見ると、どこか呆れを含んだ眼差しを向けてきた。
「なるほど、確かにそれは『災厄』だな。さすがは建国以来の長きに渡って王家に忠誠を誓うカロン家の令嬢だ」
なんだか小馬鹿にされているような気がするのは、気のせいだろう。
「ところで、ナディア嬢はどこか怪我はしていないか?」
「怪我、でございますか?いいえ、していませんが・・・」
急な話題の転換に思考に急ブレーキがかかった。
怪我なんてしてないけど・・・どういうこと?
「殿下?」
「いや、こちらの話だ。ところで君は、ワーナー嬢が次期王妃にふさわしいと思うか?」
「・・・正直なところ、ふさわしいとは」
「なぜ?」
「・・・」
「気にせず発言してかまわない。このことはカロン伯爵には伝えない」
「では、僭越ながら申し上げます。ワーナー嬢は自己中心的で脳内お花畑のちょっとネジが外れた見るに耐えないお方とお見受けいたしますわ。思慮も浅く、自己の欲望しか見ておらず国母には適さないかと」
「ははっ」
『自己の欲望しか見ない』のは私もだから偉そうには言えないけど。
殿下がおかしそうに笑うのを見て、少し安堵する。多少過激な物言いをしてもお咎めはなさそうだ。まあここでのことはお兄様に伝わらないんだから問題ないよね?
「カロン家は建国当初から代々王家の忠臣として仕えている」
うん?
「王家御用達の店を業種に関わらずいくつも構えている。王家との付き合いは深いが政治的なことには関与しないため他の貴族からは『古くからの名家』としか認識されていない。そのためカロン家がどんなに王家に重宝されていても疎まれることはそうそうない」
「ええ」
「だがそれは表向きの顔。国王もしくはその王子たちが道を外しそうになったときは諌め、時には国王の相談役にもなっているのがカロン家の裏の役割だ」
・・・なんだか雲行きが怪しくなってきた。
「そんなカロン家のご令嬢である君は、王太子の妃に、ひいては未来の王妃にふさわしくないご令嬢に対して王太子が熱を上げていたのにこの半年間何もしなかった」
「そ、れは、敬愛する殿下が真に愛する方を見つけられたのかと」
「『ワーナー嬢は脳内お花畑のアンポンタン』だと君自身が言ったんだ。そんな令嬢は王太子から引き離すべく動くのがカロン家の仕事でしかも君は俺が明らかにおかしかったのを知っていた。なら早い段階で動けたはず。当主であるヒューゴ殿に一言相談するだけでもよかったんだ」
ちょ、『アンポンタン』までは言ってない!しかもさりげなく私のせいにしてきてる?!
「つまり、全て私が悪いのだと?」
冗談じゃない。私には全く責任がない。元をただせば“黒い女”が全ての原因だ!・・・けどそんなことは言えない。
やきもきする私を殿下は更に追い込んできた。
「そんなことは言っていない。仮にここでの話の内容を誰に話してもほぼ100%君を悪く言う者はいないだろう。だが、ヒューゴ殿はどう思うかな?」
殿下の声に体がこわばった。
殿下も言った通り、お兄様もお父様も王家への忠誠心がとてつもなく強い。カロン家の人間はそうあるべきだと遺伝子レベルで刷り込まれていると言っても過言ではない。私はいずれ他家へ嫁ぐ身だから多少目を瞑ってくれているが、それでも『殿下の様子が明らかに違っていて道を外しかけているのに知らんぷりした』なんてことがバレたら・・・・・・。
「それをふまえて君が先ほど言った『災厄』の内容。これは王妃に値しない令嬢との仲を肯定しているとしか思えない内容だ。もしこのことをヒューゴ殿が知ったら?」
血の気が引くのがわかる。きっと今の私の顔色は以前の殿下の比ではないくらい悪いだろう。
なんとか挽回しようと絞り出した声は、弱々しかった。
「先ほど殿下はここでのことを兄に伝えないと・・・」
「俺が伝えないと言ったのは『ワーナー嬢が次期王妃にふさわしいかどうか』のナディア嬢の返答だ」
先ほどの殿下とのやりとりが脳裏によみがえる。
——
—
「ところで君は、ワーナー嬢が次期王妃にふさわしいと思うか?」
「・・・正直なところ、ふさわしいとは」
「なぜ?」
「・・・」
「気にせず発言してかまわない。このことはカロン伯爵には伝えない」
——
—
「・・・腹黒ヤローめ」
ボソッと出た言葉はしっかり殿下に届いていたらしく、意地悪い笑みを浮かべている。
「それが素か。ああ、今更取り繕わなくていい。俺もその方が気が楽だ」
長い脚を優雅に組み悠然と微笑む殿下を見て、私は負けを悟った。
今日も早く帰れそうにない──。
ユーテリアの本領発揮です。
これからお互い被っていた猫を脱ぎます。
読んでくださりありがとうございました。




