1 王太子殿下は人が変わったようです
思いつきでパッと書きました。
書き貯めてないけどがんばります。
「イザベラ・フォールマン、私はそなたとの婚約を破棄する!」
きらびやかなシャンデリアの下、突如響いた残酷な宣言。和やかに進められていた王太子殿下の17回目の誕生を祝うパーティーは、殿下自身によってあっけなく崩された。
「・・・いったい、どういうことでしょうか、ユーテリア様」
戸惑いながらも凛とした声が投げかける当然の疑問に、王太子殿下の誕生日を祝うために集まった紳士淑女たちの注目が集まる。誰もが寝耳に水の出来事に興味津々だ。
「知れたこと、そなたは王太子妃にふさわしくないからだ。思い当たることがあるだろ?」
「思い当たること・・・?なにも、ございません」
婚約破棄を告げられたイザベラ嬢は、戸惑いながらも毅然と答える。でもよく見ると肩が震えて痛々しい。
「あ〜あ・・・」
おっと、いけない。思わず声が出てしまった。
令嬢としてあるまじきだがどうせ皆さんあちらに夢中で、たかが伯爵令嬢の私なんて気にしていないだろう。
それにしても、王太子殿下からの婚約破棄宣言、か。以前の殿下なら考えられなかったが、最近の殿下ならあり得るなと思ったけど。
ユーテリア・ド・スミス・ハンゼンブルグ王太子殿下は、このハンゼンブルグ王国の次期国王として幼い頃から帝王学や経営学を学び、騎士としてもすばらしい実力で容姿も一級品。まさに文武両道、眉目秀麗、智勇兼備なパーフェクトな王子様だ。物事を平等に考え、王族として貴族社会の身分を尊重しながらも平民にも優しい、だが決して優柔不断ではなく決断力、統率力、発言力など、いわゆるカリスマ性もあるまさに稀代の王太子。
そんな王太子殿下に婚約者がいない訳がない。
イザベラ・フォールマン公爵令嬢。
殿下が6歳、イザベラ嬢が5歳のときに婚約された由緒正しい血筋のご令嬢だ。黒曜石のような瞳は曇りがなく澄み渡る夜空のかけらだと讃えられ、流れるような美しい髪の毛は一本一本が光るように輝く、まさに美を凝縮したかのような存在。頭脳明晰、品行方正、才色兼備。性格はおっとりとしていて少々気が弱いところがあるがそれを補って余るほどの人格者。完璧な王太子殿下の横に並ぶにふさわしい方だと言われているのがこのイザベラ嬢である。
政略的な婚約とはいえ、お二人の仲は良好だった。
あの子爵令嬢が学園に来るまでは──。
「ユーテリアさまぁ、ミリア、怖いですぅ」
「大丈夫だ、ミリア。私に全て任せていればいい」
婚約破棄を告げる殿下の隣に立つのは、ミリア・ワーナー子爵令嬢。
鼻にかかる甘ったるい声、無遠慮に殿下の腕に巻き付く品の無さ・・・。仮に心変わりされたとしても正直、殿下の趣味を疑うわー。あ、でも華奢な体に見合わず豊満なお胸をお持ちですね。しっかりとそのお胸を殿下の腕に押し付けている様子は学園でも見慣れた光景になりつつあったものだ。私は遠目にしか見たことなかったけど、間近でみるとなかなか・・・なんというか・・・うん。
ミリア嬢はワーナー子爵夫人の遠縁にあたる没落した男爵家の令嬢だった。
両親を失い、路頭に迷いそうになったところをワーナー子爵が引き取り学園に通うようになったらしい。
ミリア嬢が学園に通うようになってから殿下は変わった。
まあ、いま目の前で繰り広げられている感じだよね。婚約者であるイザベラ嬢を遠ざけ、ミリア嬢ばかりかまうようになったのだ。本当に人が変わったようだとみんなが噂した。
ミリア嬢はことあるごとに殿下に甘え、苦言を呈した令嬢方にも「ミリアが殿下のお気に入りだからって、よってたかってひどいですぅ」なんて言うお人だった。
そのあまりにもな人柄に、周りはミリア嬢が殿下に怪しい薬でも使ったのでは?いやいや、あやしい術でもかけたんだ!などと噂していたけど、たぶん・・・。
「・・・私は、何もしておりません・・・。信じてください、ユーテリア様」
「だがミリアはいつもそなたに怯えていた!聞けばミリアの所有物を壊し、日常的に罵声を浴びせていたそうじゃないか!」
回想にふけっていたら婚約破棄宣言は断罪劇に変わっていた。
相変わらず弱々しい声で、でもしっかりと身の潔白を訴えるイザベラ嬢はこんなときでも奇麗だな〜とぼんやり思いながら目線を殿下とミリア嬢に移す。
(あ〜・・・やっぱり真っ黒だ)
ミリア嬢を中心に二人を包むように漂う黒いモヤ。おそらくそれが殿下が変わった原因だと私は思っている。
私は他の人には見えないモノが見える。
幼い頃は半透明の人や動物が視えてギャン泣きしてたっけ。私にとって初めてはっきりした恐怖体験とも言える出来事が家族で従兄弟の領地の湖に出かけたとき。「そこに血を流したおばあさんがいる」と何度言っても信じてくれず癇癪だと思われたのは幼心に傷ついたぞ、お父様。てか湖で何があったんだ、おばあさんよ。
まあそれからもいろいろあって、何かが視えても私は一切それらと関わらないと決めた。
たとえそれが王太子殿下に、ひいては国に関わることだとしても、だ。
これは推測だけど、黒いモヤはミリア嬢に巻き付くようにしているから、多分黒いモヤは彼女に憑いていてその影響で殿下がおかしくなっているんじゃないかな。私は霊媒師ではないので細かいことはわからないけど、経験上、黒いモノはよくないモノが多い。そしてなぜミリア嬢に憑いたモノが殿下に影響したのかはわからない。まあミリア嬢は殿下にまとわりついてたからミリア嬢が一番長く接触していた人が殿下になるのかな?彼女、寮暮らしだし。
「わかりました。・・・婚約破棄は、承ります。ですがワーナー子爵令嬢へ行ったという・・・私の振る舞いは、否定させていただきます」
それでは失礼致します、と震える声で絞り出したイザベラ嬢は優雅な礼をし退出していった。
またもや私の思考が飛んでいたら事態は終息に向かっていたようだ。
「まったく、ミリアへの無礼を謝りもしないとは。あんな女が婚約者だったのは私の人生の汚点だな」
「ユーテリアさま、そんなこと言っちゃイザベラさまがかわいそうですぅ」
「ミリアは優しいな。聖女のようだ」
この人たちは周りの状況が見えているのかな?よく見て、殿下!周りはものっそいあきれてるよ!
「本当に殿下はどうしたんだ」
「以前のような聡明さが消えてしまったな」
「それになんだかお顔の色も悪いわ」
「やはり噂は本当なのでは?あの下品な令嬢が殿下に薬を使っているという・・・」
「いや、しかし・・・」
一連の出来事を見守っていた紳士淑女たちは、いま見たことが噂を裏付けるとして一気に話に火がついた。もちろんコソコソとだけど。
殿下とイザベラ嬢とミリア嬢の話は学園だけにとどまらず、既に社交界に広まっていたのだ。そして明日には婚約破棄の話も加わるのだろう。
「皆の者、せっかく私の誕生日を祝うために集まってくれたのにすまなかった。今回のことは改めて場を設けるとして、引き続き楽しんでくれ。まだ手付かずの料理やデザートが残っているだろう。宮廷料理人が心を込めて作ったものだ。心置きなく堪能してほしい」
殿下は音楽隊に演奏を命じ、美しい旋律が会場の雰囲気を徐々に戻していった。
さすがは殿下、指揮能力は立派です。腐ってても王太子ですね・・・て、あれ?
目をこらしてじっと二人を視る。
二人を囲むようにある黒いモヤ。
でも、それだけじゃない。
細長い、黒い塊。
あれは、なに?
あれは・・・。
わかった瞬間、背筋がゾクリとした。
二人の背後にある黒い影──。
それは、髪を振り乱し、ボロボロのドレスを身にまとった女性の姿だった。
あれは、だめだ。よくないモノだ。だって。
黒い女性は殿下を睨んでいた。
この世の全ての恨みをぶつけるかのように。
ずっと、ずっと、睨み続けていた。
ああ、そうか。私は勘違いをしていたんだ。
黒いモヤはミリア嬢ではなく、殿下に憑いていたんだ──。
見切り発車感が否めない・・・(汗)