犬と鋼鉄と飯
麻婆豆腐のお皿にご飯を入れたら麻婆丼になります。
素人が作った人工皮膚。
質の悪い合成血液。
錆びた鉄の骨。
ジャンク屋で売ってたサイバネパーツ。
私達の身体の6割ぐらいは、そういうブツで出来ている。
「じゃあ、あと4割は何?」
黒い犬みたいな相棒──シェラはへらへらと笑ってそう聞いてきた。私は何も答えず、脂が浮いた密造酒を一気に飲み干した。悪酔いした女の独り言にいちいち突っ込んで、この子は楽しいのだろうか。
「でも、人工のパーツが6割だけならラッキーだよねー。10割いったらもう人間じゃないもん。この前依頼してきたクソロボットと一緒! あー、思い出しただけでムカつく!」
クソロボットというのは……
うん、文字通りクソロボットである。私達に護衛を依頼して、報酬を渡す前に不具合で爆発した。私は無傷だったけど、シェラは右足を吹っ飛ばされた。
本当に、面も名前も思い出したくないクソロボットだと思う。
それから一週間ほど、私は一人で仕事をする事になった。シェラは多分、闇医者先生を探し出してサイバネ化手術を受けていたのだろう。今の相棒には鋼鉄の足があり、打ちっぱなしのコンクリ床をガンガン叩いている。
「やかましいぞ赤目犬。ちっとは相棒を見習え」
厨房の方から店主がやってきて、麻婆X定食とラーメン定食、密造酒のおかわりをお盆ごとカウンターに叩きつけた。スープが頬に飛び散り、脂っこい空気にまみれていた肌が余計に脂っこくなった。
「はい店長! 私がうるさいんじゃなくてマオが静か過ぎるだけだと思いまーす!」
「お嬢、こいつに首輪つけて放り出していいか?」
「いいんじゃないですかね……」
「ひどーい!」
シェラはイヌ科生物のDNAを組み込まれた改造人間で、耳が2対ある。くるんと巻いた尻尾も生えている。犬みたいで目が赤いから、という理由で赤目犬と呼ばれる様になった。何の捻りもない。
私にも一応あだ名があるが、これも「刀女」とそのままだ。この街の住人はネーミングセンスがない。そんな下らないモノより、自分の命が大事だからだろう。
自分の命を繋ぐために、他人の命を守る。ガードマンというのは変な仕事だ。変な仕事に惹かれた私も、相当変だけど。
「飯食ったらとっとと帰んな」
「痛い!! シンプルにひどい!!」
店主はシェラの耳をつねると、厨房に戻った。
この中華飯店は彼女一人で回している。昔は他にも店員がいたらしいが、全員酔っ払った客やイカれた犯罪者に殺されたのだという。
「話戻すけどさぁ」
「うん……」
「残り4割って何?」
シェラは卵スープに胡椒を振りながら、落ち着いた口調で蒸し返してきた。
少し考えてから、こう答える。
「安くて美味しいご飯とか、こうしてお酒飲んで色々考えてる時間……」
相棒はややあってから尻尾を振り、人懐こい笑顔を見せた。
「私もマオと同じ。へへー」
同じ気持ちならば、あとは言葉にしなくても分かるだろう。
私は髪を結んで割り箸を割る。
シェラは防弾コートを脱いでれんげを取る。
「「いただきます!」」
安くて美味しいご飯は、熱々のうちに食べるのがいい。
相棒と一緒なら、もっといい。
それが、私がこの街で生きていく理由だ。
麻婆XのXとは謎の肉の事です。豚肉に近いですが、神を信仰している者にはとてもじゃないけど食べられません。